最も権威のある日付――1914年

 エホバの証人は、1914年がキリストが天において臨在を始めた年であり、「終わりの時」が始まった年であると確信している(『エホバの証人 神の王国をふれ告げる人々』P.139)。
  その1914年の根拠はC・T・ラッセルの聖書研究シリーズ第2巻"The Time is at Hand"(『時は来たりぬ』)にこれでもか、これでもかと執拗なまでに説明されている。それほど権威のある書物なのに現在のエホバの証人にはそれを読む手だてがない。王国会館には置かれていないのだ。

その説明の一例を以下に記す。

The Time is at Hand(『時は来たりぬ』)P.76,P.77
この章では異邦人の時の終結、即ちその領土の占有の期間の終結のが1914年であることを証明する聖書的な証拠を提示する。いくら遅くとも、その時まで不完全な人間による統治は幕を下ろす。(中略)1914年が終わるまで神が認めた「キリストの教会」、「忠実な聖職者」、「キリストの体」の最後の成員は「頭(かしら」)とともに栄化される。(中略)
幸いなるかな。その時以来、エルサレムはもはや異邦人によって踏みにじられることはない。冷酷な仕打ちから立ち上がる。不名誉な土地から誉れある土地のために立ち上がる。「異邦人の時」は成就し、その幕を下ろすことになる。

同P.79
これらの史実を基にすると、異邦人が始まった年がすぐに分かる。キュロスが統治を開始した年は特定されている。プトレマイオスの著作通りに世俗的にも、宗教的にも、完全に符合する。それは紀元前536年である。イスラエルの荒廃が終わり、ユダヤ人の回復が始まった年から70年を経過した年が紀元前536年である。ユダヤ人の王国が打倒された年は紀元前536年から70年を引いた年、即ち、紀元前606年であることを強く裏付ける。これから異邦人の始まった年、紀元前606年が導出できる。

同P.89
聖書においては文字の上でも、または象徴的にも、「時」は「年」として使われる。預言において用いられる象徴的な1年は月齢を基準としていて、1か月を30日として数える。1年は360日を表す。結局、「時」即ち「年」は360日を象徴していて、「七つの時」は2520日(360X7=2520)であり、文字通り2520年である。

page90同P.90
イスラエルに加えられる「七つの時」にわたる罰   2520年
異邦人に賃借された年、紀元前606年から「七つの年」は時を刻み始めた。つまりその期限は西暦1年を過ぎた残りの年、1914年であることを表す。

同P.101
驚くには当たらない。後の章で見るように神の王国の樹立はすでに始まっている根拠を示そう。預言には1878年に権威の行使が始まる日付として示されているし、1915年に「全能者なる神の大いなる国の戦争」(新世界訳聖書啓示16:14)がすでに始まっている。そして世の全ての統治者の権はことごとく打倒される。

 『エホバの証人 神の王国をふれ告げる人々』にも暗示されているようにC・T・ラッセルの年代計算はバーバーの強い影響を受けているばかりか、N・H・バーバーの『三つの世界及びこの世界の収穫』から流用した計算式である。
three world


"Three World and the hervest of this world" 『三つの世界及びこの世界の収穫』P.83
30日というのは一か月に対応する聖書的な物差しである。……黙示録12:6では女(教会)は1260日、荒野に逃避したと書かれている。その14節では「一時と二時」と呼ばれていた。黙示録13:6では「活動する権威」は「42日間」活動すると書かれている。42か月は三年と半年である。42x32=1260である。だから三年と半年は1200年と60年である。「七つの時」は2520年を指す。
紀元前536年、キュロスの統治する最初の年、70年にわたる捕囚は終わりを告げた。その年の70年前、即ち紀元前606年に彼らの捕囚は始まった。紀元前606年に神の王国は終了した。王権は取り除かれ、地上はすべて異邦人により放棄された。紀元前606年から2520年経つと1916年に終わる。即ち1874年から40年が経過する。私たちの生きている40年はそのような「国があった時からの艱難の時である」。この40年の間に神の王国が設立される。ユダヤ人は回復される。異邦人の王国は「陶土の器」の如く、粉々に粉砕され、世の王国は「主」とキリストの王国となり、裁きの時の始まりが告げられる。

 今でも、エルサレムの崩壊の年を紀元前606年と特定している団体は、この地上ではものみの塔だけである。従ってバーバーの年代計算を流用した事実はゆるぎない。


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