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2003年5月 第23回映画研究会は、ミシェル・クレイフィー監督のパレスチナ映画

ガリレアの婚礼

監督・脚本:ミシェル・クレイフィ Michel Khleifi 
撮影:ワルター・ヴァン・デン・エンデ Walter Van den Ende  
編集:マリー・カストロ・ヴァスケス Marie Castro Vazques 
音楽:ジャンマリー・セニア Jean-Marie Senia  
35mm/カラー/116分/アラビア語/1987年 ベルギー・フランス合作
Cast:
Ali M. Akili, Makram Khouri, Nazih Akleh, Anna Achdian,


場所:キノ・キュッヘ
日時:2003年5月18日(日)16:00〜
料金:無料(打ち上げ¥1000)
問合せ:042ー577ー5971(キノ・キュッヘ)

解説:藤田進・担当:中野真紀子

クレイフィ監督は、80年に発表した長編ドキュメンタリー「豊穣な記憶」でパレスチナ映画に大きな転換をもたらした。それ以前のパレスチナ映画がPLOのプロパガンダ映画に代表されるように外部から特定のイデオロギーに基づいてパレスチナを描こうとするものであったのに対して、実際にパレスチナの中に暮らす人々の生の人生が描かれていたからだ。87年に発表された最初の長編劇映画「ガリレアの婚礼」も、現在イスラエル領になっているガリレア地方のアラブ人の村を舞台に家父長主義的な伝統と新しい世代との葛藤を描いたもので、この年の暮れにイスラエルの占領下にあるガザや西岸の民衆が自然発生的に蜂起した第一次インテファーダが起こったこととも重なって、新しい息吹を感じさせるものとして迎えられたようだ

話の筋は、イスラエル軍による外出禁止令が続く中、息子の結婚式にしきたり通りの盛大な夜通しの宴を望む村長が軍司令官とかけ合って、彼らを主賓として招待することを条件に一日だけの特例措置を与えられ、長い長い婚礼の一日がくりひろげられるというもの。「敵」を招待することを潔しとしない村人たちの中には、宴が進むに連れて酔いしれて反感をあらわにする者が出たり、襲撃を企む者があったりし、不穏な動きを感じとったイスラエル側の賓客とのあいだに次第に緊張が盛り上っていく。加えて花婿はストレスのあまり床入りの儀式を果たすことができず、宴の幕を引くことができない。

映画の主眼となっているのは、伝統を一身に背負ったような「村長」に体現される家父長主義的な抑圧に対し息子や娘の世代が反発し、そこから脱却しようともがく様子であり、しかもそのような革新に向かうパワーの源泉が女たちにあることがほのめかされている。フェミニストを自認するクレイフィは「ほんとうにラディカルな革命家とは、ありのままの複雑さにおいて現実と取り組む人のことです。・・・私はパレスチナによって女の問題に導かれ、女によって自由に導かれたといえます」と語る。

だが、そうした監督の直接の主張はどうあれ、その一枚下をみれば映像に現れているのはやはり基調としてのパレスチナの伝統社会である。今回の上映会で解説された藤田進氏は、パレスチナの伝統社会の描き方に注目して、この作品を読み解いている。以下は、藤田氏が指摘された多くのポイントからいくつか拾ったものである。

映画には、村長の家の大広間に村の男たちが集まって婚礼の是非を話し合うという合議制の伝統や、侵略者にさえ適用される「来る者は拒まず」というイスラームのルールが描かれる。こうしたものの破綻がインティファーダの形をとって噴出するのだが、それは抑圧的なものへの反抗というよりは、その無力さに対する反乱だったのかもしれない。

しかし、ほんとうに伝統社会は無力なのだろうか。贅を尽くした村長の一世一代のもてなしは、賓客のイスラエル人たちの相対的な貧しさが透けて見えるほど、食べ物も衣装も歌も踊りも圧倒的な文化的蓄積をみせつけるものだ。その豊かさの根源は土地(自然)との関係性の蓄積にある。土地との結びつきに集約される彼らの強さは、逆にいえば武力にたよるしかないイスラエルの弱さでもある。
このような「土地」に根ざした伝統的イスラーム社会と、それを上から力で支配しようとする近代的勢力という図式にすれば、そのような関係はイスラエルだけでなく、レバノンにもヨルダンにも成り立つし、フセイン体制イラク、さらにはアラファト自治政府がインティファーダを抑圧することにも見て取れるものだ。


ミシェル・クレイフィ(Michael Khleifi)監督 

1950年ガリレア北部(現在はイスラエル領)のナザレに生まれたアラブ人で、70年にベルギーに移住。
1971 − 76年ベルギー国立高等舞台芸術学校(INSAS)映画学科 で学ぶ
1983 - 88年INSASで教える
1987−88年INSAS映画学科主任

制作監督作品:長編映画5本、ドキュメンタリー7本、テレビドラマ多数、演劇
●「豊穣な記憶」  ドキュメンタリー(100分), 16mm, 1980年
パレスチナに住む二人の女(小説家と労働者階級)がそれぞれの人生を語る。パレスチナ人監督がイスラエル国内で取ったはじめてのドキュメンタリー
●「マアルール村はその破壊を祝う」 ドキュメンタリー(30分)、16mm,  1985年 
ガリレアのマアルール村は1948年にイスラエルによって破壊された。最近まで、村人たちがかつて村のあった土地に帰ることを許されるのは、年に一度、イスラエルの建国記念日だけだった。この帰還の一日の出来事を追う。
●「ガリレアの婚礼」 長編映画(110)1986年
87年のカンヌ国際映画批評家連盟賞やサンセバスチアン映画祭グランプリ受賞。 一躍有名になる。
●「石の賛美歌」 長編映画(100分) 1990年
インティファーダを題材にしながら、その上に20年ぶりに再開したパレスチナ人のカップルの物語をかぶせたもの。山形映画祭にも出品された。
●「三つの宝石の物語」 長編映画(105分) 1994/5年
ガザで撮影されたはじめての長編映画。占領を背景にしたファンタジーと恋愛の物語。
●「Forbidden Marriages in the Holy Land」 ドキュメンタリー(66分) 1995年
さまざまな世代や背景の複数のアラブ=ユダヤ・カップルをとらえ、彼らがかかえる問題を描く

クレイフィ監督は山形映画祭のために一度来日した後、1992年12月に、「豊穣な記憶」実行委員会の招聘で、エルサレムのバンド「サーブリーン」とともにふたたび来日。
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(クレイフィ監督についての参考文献)
『豊穣な記憶』―パレスチナ・インティファーダ世代の音と映像 「豊穣な記憶」実行委員会(1992年)
「パレスチナのイマージュと『世界記憶』の生成」:ミシェル・クレイフィへのインタヴュー 鵜飼哲(『現代思想』1993年5月号