ファルージャからの報告:
我々は、ファルージャを「救済」するために破壊せねばならない

ラウール・マハジャン
帝国ノート原文
2004年4月12日


ファルージャ・イラク---イラク西部の砂漠のへりにあるファルージャはとても乾燥した土地だが、大規模な潅漑により農業地域となったところである。広い道幅の街で不法居住者の住む砂色の建物があるファルージャでは、住民の大部分は農業に従事している。

私たちは、「停戦」の期間に、ファルージャにいた。そこで私たちが見聞きしたことを話そう。

ファルージャへの攻撃が開始されたとき、まず、発電所が爆撃された。電力は発電器により供給されており、通常、重要な機能を果たしている場所に優先的に供給される。現在、ファルージャでは4つの病院が運営されている。その中の一つに私たちはいた。その病院は、小さな緊急診療所にすぎない。もう一つの病院は、自動車修理工場を使っている。私たちがいた病院は、大混乱状態にあったので、あまり通訳から状況を把握することはできなかった。私たちが得た情報の多くは、生まれてからずっとファルージャに暮らし、人道NGOインテルソスで働くマッキ・アル・ナザール氏から得たものである。アル・ナザール氏は、医者たちが忙しくほとんど眠らずに働いている中で、この診療所のマネージャーとして働いていた。

流暢に英語を操るアル・ナザール氏は、穏和で都会的な人であるが、米国の行動に激怒して我を忘れんばかりだった(私が彼に、フルネームを使っていいかどうか聞いたとき、彼は「OKだ。今となっては何でもOK。あのろくでなしたちに好きなようにさせてやれ」と答えた)。「停戦」の中、大規模爆撃は稀だった。大規模爆撃が一端停止した中、米軍は重火器で攻撃を続けていた。主として狙撃兵を中心とした攻撃である。

アル・ナザルは、救急車が狙撃兵に撃たれ、女性と子供たちが撃たれたことを私たちに語った。ファルージャ包囲が生みだした惨劇について、彼は次のように言った:「私は47年間、バカだった。ヨーロッパ文明とかアメリカ文明といったものを信じていたんだ」。

ファルージャ入りする前、私はこうしたことについて間接的に耳にしていたが、懐疑的であった。ここでは本当の話を見つけだすのはとても難しい。けれども、次の出来事は、私自身が目撃したことである。運転席側の窓に二つの形のよい正確な弾痕の残った一台の救急車。弾痕の角度は、弾が運転手の胸に当たっただろうことを示していた(狙撃兵たちは屋根の上におり、胸を狙うよう訓練を受けている)。それから、窓にくっきりとした弾痕が一つついたもう一台の救急車。これらは、パニックを起こしてやたらと発砲しまくった結果では、あり得ない。運転手を殺す目的で狙い澄まされた発砲である。

救急車は、赤・青・緑のランプを点灯させ、サイレンを鳴らして走っている。真っ暗闇の街の路上で、救急車が別の何かと間違えられることなど、あり得ない。私たちがそこにいた間に、肌の色の白さをつかって怪我人の場所に行くまで狙撃兵のところを通り抜けようと、私たち米国の同国人が乗り込んでいた救急車も、撃たれていた。

小さな診療所に私たちがいた4時間ほどの間に、恐らく10人を超える怪我人が運び込まれたのを目撃した。その一人は18歳の若い女性で、頭を撃たれていた。診療所に連れてこられたとき、彼女は口を押さえ、口からは泡が出ていた。医者たちは、一晩も持たないだろう、と言っていた。もう一人の少年は、大量に内出血していた。恐らくは、末期的状態だったろう。もう一人私が目にした男性は、上半身にひどいやけどを負っており、太股がズタズタになっていた。クラスター爆弾によるものかも知れない傷である。すさまじい状態の親類達が「アッラー・アクバル」と叫びアメリカ人への怒りを剥き出しにしている中で、それがクラスター爆弾によるものかどうか確認することはできなかった。

ブッシュ政権のあきれかえるような発言の中には、ムジャヒディーンは、ファルージャ住民の大多数からは拒絶されている、孤立した「過激派」の小集団である、というものがある。これほど真実から程遠い発言もない。もちろん、ムジャヒディーンには、女性と小さな子供は含まれていない(私たちは11歳の少年がカラシニコフを手にしているのを目撃している)し、老人も含まれていない。そして、戦闘年齢の男性の大多数でもないだろう。けれども、ムジャヒディーンはコミュニティのものであり、コミュニティの全面的な支持を受けている。怪我人の多くを病院に連れてくるのはムジャヒディーンであり、彼らは、診療所近くで医者を始め人々と気さくに話をしている。一緒に兵站をめぐる相談をしているのである。私は、ムジャヒディーンがカラシニコフを使って人々を脅かしているところなど、一度も目にしなかった。

ムジャヒディーン戦士の一人は、イラク警察のジャケットを着ていた。彼を知っている別の人たちに聞いたところ、実際に彼はイラク警察の一員であるとのことだった。

通訳の一人、ラナ・アル・アイービは、私に、「単純な人たちなんだ」と言った。少し高見に立ったような発言だが、そこには大きな真実が含まれている。宗教を敬虔に信じ農業に従事するファルージャの人々は、島国根性的なものを持っており、異邦人を容易には信頼しない。友人がいて、また、人々を救援に来たため、私たちは安全だった。ファルージャの人々は、アフガニスタンのパシュトゥン人にとても似ている---良き友だが敵に回すと恐ろしい。

ムジャヒディーンは、パレスチナの第一次インティファーダで石を投げていた人々がパレスチナの人々を表していたように、人々を表している。どちらでも、「若者」を意味する言葉が彼らを指すのに使われていた。私はアリという名の青年と話をした。私たちがバグダッドに運んだ怪我人の一人であった。彼は自分はムジャヒディーンではないが、それについて意見を訊ねたところ、微笑んで、親指を上に向けて突き上げた。今日のところはムジャヒディーン戦士でない若者でも、明日には顔を覆ってカラシニコフを手にしているかも知れない。どんな若者でも。

アル・ナジャールは、サダムが命令したというだけの理由でアメリカ人に抵抗することを、ファルージャの人々は拒否した、と私に教えてくれた。実際、昨年、ファルージャでの戦闘は特に激しいものではなかった。「サダムが働けと言えば、我々は3日の休暇を取りたくなる。けれども、アメリカ人は我々をサダム支持者と見なしたがっている。サダムが拘束されたとき、アメリカ人たちは、抵抗運動が消滅するだろうと言っていた。それから抵抗運動が激化した今になっても、我々のことをサダム支持者と呼んでいる」。

アメリカ人の侵略者たちが、かくも残虐に人々を扱わなければ、ファルージャの人々の信頼を得ることほど簡単なことは、イラクではなかっただろう。ファルージャの人々のような「部族」の人々は、これまで何世紀にもわたって帝国主義者に最も簡単に騙されてきたのである。けれども、既に転回点は来てしまった。アメリカ人にとって、「ファルージャ」は今でも4人の傭兵たちが殺され、遺体がバラバラにされて乱暴されたことを意味するかも知れない。イラクの人々にとって、「ファルージャ」は、その攻撃に対する野蛮で残忍な集団懲罰を意味する。600人以上のイラク人が殺された。そのうち200人は女性で100人以上が子供であると推定される(女性がムジャヒディーンとして戦いに参加することはない。したがって、女性犠牲者200人全員が非戦闘員である。男性犠牲者の多くも、また)。

ベトナム戦争時代、米軍特殊部隊の大佐は、ベントレの町について、次のように言っていた:「我々は、町を救うために、破壊しなくてはならない」。この言葉は、ベトナム戦争を一言で表している。今日のイラクでも、同じことが言える---ムジャヒディーンからファルージャを「救済する」ためには、町を破壊しなくてはならないのである。

ラウール・マハジャンは帝国ノートを運営しており、バグダッドからWebとブログを発進している。最新の著書は「Full Spectrum Dominance: U.S. Power in Iraq and Beyond」。この本の中で、マハジャンは、イラクに対する米国の政策、大量破壊壁をめぐる嘘、ネオコンの計略とブッシュの新たな帝国主義政策について述べている。メールアドレスは、rahul@empirenotes.org。


アルジャジーラを始め、いくつかの情報源から、ファルージャで殺された子供たちの写真や情報が届いている。米国のブッシュ大統領や日本の小泉首相、英国のブレア首相をはじめとする犯人グループの嘘と傲慢で上塗りされた犯罪により、突然、その生を中断された人たち。何一つ意見を求められることもなく、ただ単に、大国の政治シーンでネクタイをしてデタラメをしゃべるだけの者たちに殺された子供たち。怒りと悲しみに、思わず、予定を変更して、12日昼永田町で行われた、自衛隊撤退を求める集会に出てきた。

今、『カラマーゾフの兄弟』に出てくる、イワンの次のような言葉を思い出している:
ところが、どうだい、ぎりぎり決着のところ、僕はこの神の世界を承認しないのだ。この世界が存在するということは知っているけれども、それでも断じて認容することができないのだ。〔・・・・・・〕僕は神の創った世界、神の世界を承認しないのだ。どうしても甘んじて承認するわけにはいかないのだ。ちょっと断っておくが、僕はちっぽけな赤ん坊のように、こういうことを信じているんだ、---いつかずっと先になったら苦痛も癒され償われ、人生の矛盾のいまいましい喜劇も哀れな蜃気楼として、弱く小さいもののいとわしい造りごととして、人間のユークリッド的知性の一分子として消えてしまい、世界の終極においては、永遠な調和の瞬間に一種たとえようのない高貴な現象が出現して、それがすべてのひとびとの胸に充ちわたり、すべての不平を満たし、すべての人の悪行や彼らが互いに流し合った血潮を購い、人間界に生じた一切の事を単に赦すばかりでなく、進んで弁護するに足るほど充分であるというのだ、---まあすべてこの通りになるとしておこう。しかし、僕はこれを許容することが出来ないのだ。許容することも欲しないのだ!〔・・・・・・〕

お前にはこれがわかるかい。一方じゃ、自分がどんな目に会わされているのか、まだ意味さえ理解できない小さな子供が、真っ暗な寒い便所の中で、悲しみに張り裂けそうな胸をちっぽけな拳でたたき、血をしぼるような涙を恨みもなしにおとなしく流しながら、神さまに守ってくださいと泣いて頼んでいるというのにさ。お前にはこんなばかな話がわかるかい。お前は俺の親しい友だし、弟だ。お前は神に仕える柔和な見習い修道僧だけれど、いったい何のためにこんなばかな話が必要なのか、何のためにこんなことが創りだされるのか、お前にはわかるかい! これがなければ人間はこの地上に生きてゆくことができない、なぜなら善悪を認識できなくなるだろうから、なんて言う連中もいるがね。いったい何のために、これほどの値を払ってまで、そんな下らない善悪を知らにゃならないんだ。だいたい、認識の世界を全部ひっくるめたって、神さまに流したこの子供の涙ほどの値打ちなんぞありゃしないんだからな。俺は大人の苦しみに関しては言わんよ。大人は知恵の実を食べてしまったんだから、大人なんぞ知っちゃいない。みんな悪魔にでもさらわれりゃいいさ、しかし、この子供たちはどうなんだ!〔・・・・・・〕

僕は子供だけを例にとった。そのわけは、僕の言わなければならないことが、明瞭にそのなかにあらわれているからだ。いいかい、すべての人間が苦しまなければならないのは、苦痛をもって永久の調和を購うためだとしても、何のために子供がそこへ引き合いに出されるのだ、お願いだから聞かしてくれないか?〔・・・・・・〕
私は、ファルージャでの米軍による大量虐殺を前に、少し、感情的になっている。国際法に違反した米英の侵略、不法占領下での虐殺・・・・・・これらに荷担して自衛隊を派遣し武装米兵の輸送までさせている小泉首相、石破防衛庁長官、その自衛隊について「イラクの人を助けるため」というデタラメを真顔で(能面のようにですが)言い切る川口外相。子供たちを空から・屋根から・地上から、圧倒的な武器を持って虐殺することが、「民主主義」とか「人道復興支援」という名のもとに(あたかも「これがなければ人間はこの地上に生きてゆくことができない、なぜなら善悪を認識できなくなるだろうから」などと犯罪者たちが言っているかのようだ)まかり通っている。

そして、こうしたこと全てを隠した上で、拘束された日本人3人が自衛隊の「人道復興支援」活動(実際には占領と殺害への荷担)を阻害していると言わんばかりの論調を強化し始めた産経新聞や読売新聞。

お願いだから、聞かせて欲しい。あなたたちは、破壊と殺害に荷担して、それを「人道復興支援」という嘘で塗り固めて、一体全体、何をしようというのか? 全イラクの人々を人質にとり、無辜の子供たちを殺して、どんな未来を造ろうというのか?

今、日本国内でのマスメディアの報道は危機的状況にある。3人の「人質解放宣言」が出て以来、少なからぬメディアで、あからさまに、「自衛隊撤退を拒否したのは正しかった」(何故犯罪を継続することが正しいことであり得るのでしょうか)という粗雑な非=理屈をわめく「識者」が登場し、本当にイラクの状況に心を痛めていた3人の行動が(いささか準備不足で軽率であったとはいえ)日本政府の「人道復興支援」を阻害していると叫んで占領と殺害への荷担を強化しようという流れを造ろうとしているようだ。

以下3段落、補足:なお、軍事アナリストの神浦さんが、「自己責任」について、とても大切なことを書いている。私も見落としていたが:
この事件を受けて危険な地帯に、それを承知で行くのだから、それは自己責任という考えが広がっています。NGOやNPO関係者は危険を予知し、それを自らが防ぐ行動が必要という意見で、それをしなければ無責任だという考えです。一見、正しいように思えますが、パレスチナで虐殺を防ぐために、NGOの人が人間の楯になるために世界各地から集まっています。彼らは無責任でしょうか。東南アジアや東アジアで多くの人が虐待されたり、人権を踏みにじられているのに、そこが危険だからと我々が無視していいでしょうか。私は危険であると認識しても、行くときは必ず行きます。もし現地でゲリラに人質となっても、私の生命を守るために交渉してくれとはいいません。殺されるときは毅然として死にます。もし苦しんでいる人がいれば、自分の命を賭けて助けることが日本人の誇りだと思うからです。今回の3人を助けたのは、まさに高遠さんのような活動があったらです。日本の政府が助けたわけではありません。今までの高遠さんの活動を無責任と非難しますか。私は尊敬します。
できるかどうか、は別として、人間の誇り、と考えるのは大切な視点だと思う。この観点からは、現在この3人について「自己責任だから」「自衛隊の邪魔をするな」と切り捨てんとする論調が頭をもたげている中、3人の行動について、私が「準備不足で軽率」と書いたことは、軽率だった。

「テロリストに屈してはならない」。全イラクの人を人質にとり、200人の女性と100人以上の子供を含む600人以上の人々をファルージャで虐殺し、さらにはナジャフをも包囲しようとしている米軍とその追従者によるテロの前で、生存と自由と自決と(こんな大それた言葉ではなく、本当にただ人間らしく生きるために)のために抵抗している人々は、こんな偽りの言葉を発するまでもなく、米英のテロに抵抗せざるを得ない状況にあるだろう。

「テロリスト」という扇情プロパガンダ用語をめぐる議論は避けてきたが、改めて、書いておこう:
「一定の政治目的のために、暗殺や暴行、粛正などの直接的な恐怖手段に訴 える主義」(『日本国語大事典第二版』 (2001), 第九巻, p. 744)。

「一定の政治的目的を達成するために、政府や公衆、個人に対して、恐怖手 段や予期できない暴力を、体系的に用いること」(Encyclopaedia Britannica --- Micropedia (1994), vol. 11, p. 650.)

「脅迫や強制、恐怖を植え付けることにより・・・政治的、宗教的あるいはイデオロギー的な性格の目的を達成するために、計算して暴力あるいは暴力による威嚇を用いること」(米軍の1984年作戦マニュアル)
単純に、米軍の行為はテロであり、そして自衛隊の行為はテロ支援である。それを指示している小泉首相には、一刻も早く退陣してもらいたい。小泉退陣は、日本の国内では、急務の課題。

私たちは、「テロリストに屈してはならない」・・・・・・とりわけ、大手メディアも参加した「テロリストたちのプロパガンダ」に、騙されないように。そして、気の遠くなるような作業だが、少しずつでも、まわりの人に、何が起きているか、きちんと伝えていくよう努めよう。


4月9日、世界各国の人々が「イラクの人々による独立議会を求める国際的な呼びかけ」が発表され、署名を集めています。次のような内容です(翻訳をした方に感謝):
イラク占領が2年目を迎え、イラク人の要求は日に日に明瞭になってきた。その要求とは占領の即時終結と、すべてのイラク人が自由に参加し、アメリカの干渉を受けない自由選挙である。

現在の状況では、イラク人は占領軍の人質である。彼らは集会の自由もなく、結社の自由もなく、自らの将来を決定する権利も否定されている。その上、アメリカ当局が描く政権移譲プロセスは従順で、アメリカの利益とイラク国内への居座りを喜ぶ政権樹立のためのものである。

以下に署名した平和運動家、宗教指導者、知識人、学者、作家、ジャーナリスト、政治家、労働組合運動家、市民は、イラク人が占領から解放され、自国の歴史の方向を決定する権利を持つことを強く主張する。われわれは、すべてのイラク人が自由に参加し、占領軍から干渉されない自由選挙の要求を支持する。

われわれは、イラク社会のすべての部門が自由に討論でき、そして彼らの国の将来の姿を提案する、占領軍の干渉から完全に自由なイラク人による緊急・独立議会を求めたジャカルタ平和合意の呼びかけを支持する。この呼びかけは、2003年にパリで開かれたヨーロッパ社会フォーラムと2004年にムンバイで開催された世界社会フォーラムの反戦会議の支持を受けている。これは新生イラクへの建設プロセスのスタート、自由選挙と民主主義と主権に向けた重要な第一歩たりうる。

この議会はイラクで開かれなければならない。しかし、この可能性が占領軍によって拒否されるならば、準備会議はイラク外で開催されなければならない。われわれは、これらの会合の誠実性と公開性を、われわれの支援と参加を通じて守る努力をすることを約束する。

われわれは占領の終結を要求し、イラク民衆の主権と自己決定権を支持する。

(声明に賛同する方は次のサイトへ: http://www.focusweb.org/int-call/)
私も先日、「全イラクの人々が人質になっている」と書いたが、この声明にも「現在の状況では、イラク人は占領軍の人質である」ことが明言されている。
益岡賢 2004年4月14日 

イラク侵略ページ] [トップ・ページ