チョムスキー・インタビュー
米国外交・軍事産業・反戦運動

ノーム・チョムスキー
ZNet原文
2002年12月28日

マーク・トーマス: イラクと対テロ戦争をめぐる米国の海外政策についてから話をはじめてもらえればと思います。 現在進んでいる事態についてどうお考えですか?

ノーム・チョムスキー: 第一に、「対テロ戦争」という言葉を使うにあたっては多大な注意が必要です。 テロに対する戦争というものはあり得ません。論理的に不可能なのです。 米国は世界最大のテロリスト国家です。 現在政策決定を行っている人々は皆、世界法廷でテロリズムを批判された人々です。 米国が拒否権を発動しなければ(このとき英国は棄権しています)、安保理でも同様の批判を受けていたはずの人々です。 これらの人々が対テロ戦争を行うなどということはできません。問題外です。 これらの同じ人々は20年前にもテロリズムに対する戦争を宣言しています。 そして、我々は、これらの人々がそこで何をしたか知っています。 中米を破壊し、南部アフリカで150万人もの人々を殺害する手助けをしたのです。 さらに他の例もあげることができます。ですから、「対テロ戦争」などというものは存在しないのです。

 確かに、2001年9月11日にテロ行為がありました。 非常に尋常でない、真の歴史的事件でした。 というのも、西洋が世界の他の場所に常々加えてきたような行為を自らが受けたからです。 この事件は確かに政策を変えました。これは、米国だけについてでなく、広い範囲で言えることです。 世界中のあらゆる政府が、自分たちがやっている弾圧と残虐行為を強化したのです。 ロシアがチェチェンに対して行っていることから、西洋が自国民を統制しようとしていることまで。

 これは大きな効果がありました。たとえばイラクをみてみましょう。 2001年9月11日以前から、米国はイラクに対する関心を持ち続けていました。 世界第二の石油埋蔵量を誇っているからです。 ですから、いずれにせよ何らかのかたちで、米国はイラクを奪取するために何かしたでしょう。 これは明らかなことです。9月11日はそのための口実を与えました。 9月11日移行、イラクをめぐるレトリックには変化がありました。 「いまや、我々が計画していたことを実行する口実を手にした」というわけです。

 2002年の9月まではそんな感じでしたが、突然、イラクは「我々の存在に対する切迫した危機」となりました。 コンドリーザ・ライス(米国安全保障顧問)は、次に核兵器の証拠が得られるときは、ニューヨークの上にキノコ雲が広がったときであろうと警告しました。 政治関係者が声をそろえて大規模なメディア・キャンペーンを開始しました。 この冬サダム・フセインを破壊しなければ我々はみんな死んでしまうだろうといった調子です。 サダム・フセインを恐れているのは世界中でアメリカ人だけであるという点を指摘しない知識人たちには敬意を表してしかるべきです。 誰もがサダムを嫌っていますし、イラクの人々は彼を恐れていますが、イラクと米国以外では、誰もサダム・フセインを恐れてはいないのです。 クウェートもイランもイスラエルもヨーロッパも。 これらの国々は彼を忌み嫌っていますが、恐れてはいないのです。

 米国では、人々は恐れています。それは確かなことです。 戦争への支持はとても薄いものですが、その支持は恐怖によるものです。 米国では昔からのことです。 40年前に私の子供たちが小学生だったとき、原爆のときには机の下に隠れるよう教わっていました。 冗談ではありません。この国は、いつも、あらゆることを恐れていたのです。 たとえば、犯罪です。米国での犯罪は、他の産業諸国と較べたとき、高い方ではありますが、特別ではありません。 一方、他の産業諸国と較べて、犯罪への恐怖は非常に大きいのです。

 これは、極めて意図的に生み出されたものです。 現在政府にいる人々は1980年代に政府にいたことを思い起こして下さい。 これらの人々はすでに一度同じことをやっており、どうやってゲームを進めればよいか知っています。 1980年代を通して、定期的に、これらの人々は、市民を恐怖に陥れるキャンペーンを行ってきたのです。

 恐怖を作り出すことは難しくありませんが、このたびは、議員選のタイミングであったことがあまりに明らかだったので、政治コメンテータさえそれに気づいたくらいです。 来年半ばには大統領選挙キャンペーンが始まります。勝利を狙わなくてはなりません。 そしてそのためにさらに次なる冒険へ・・・と続くわけです。 そうしなければ、米国市民が、自分たちの上に起きつつあることに注意を向けてしまいます。 1980年同様、一般市民に対して大規模な攻撃が加えられているのです。 1980年の記録を政府関係者はほとんどそのまま繰り返しているのです。 1980年代に最初にしたことはといえば、1981年に、米国の財政を大赤字にしたことでした。 今回は、富裕層への課税削減とここ20年間で最大の連邦財政支出によって、また財政を赤字にしたのです。

 現政権は異様なまでに腐敗した政権です。いわばエンロン政権といった感じです。 ですから、大規模な利益が異様に腐敗したギャングの一団に流れ込んでいるのです。 こうしたことを新聞の一面に出すわけにはいきません。 一面からこれらを隠す必要があるのです。人々がこれを考えないようにしなくてはなりません。 そのための唯一の方法は、人々を恐怖に陥れることで、現政権はそれを得意としているのです。

 ですから、タイミングについては、国内の政治的要因が関係しています。 2001年9月11日が口実を与えた一方、イラクに対しては長期にわたる関心があったのです。 そのために戦争をしなくてはということになります・・・そして、大統領選よりも前に戦争を終わらせなくてはならないだろうというのが私の予想です。

 問題は、戦争をするときには、実際に何が起こるかわからないことです。 恐らくは米国にとって朝飯前の仕事でしょう。そのはずです。 イラクには実質的に軍隊はもう存在しないのですから、数分でイラクは崩壊するはずです。 でも、確実ではないのです。CIAの警告をまじめに取るならば、その点について率直です。 戦争が起こるならば、イラクはテロ行為で対応するだろうというのです。

 米国の冒険主義により、様々な国が、抑止力として大量破壊兵器開発をするようになっています。 他に抑止力がないのですから。通常兵力は役に立ちません。そして、外部的な抑止もありません。 自衛のための唯一の方法は、テロと大量破壊兵器なのです。 こうした理由から、それを行うだろうと考えるのは妥当なことです。 CIAの分析の基盤となっているのもこれでしょうし、英国情報筋も同じ考えだと思います。

 けれども、大統領選挙キャンペーンの真っ最中にそれが起こって欲しくはない・・・ 戦争の作用をどうするかをめぐる問題がありますが、それは簡単です。 ジャーナリストや知識人がそれについて話さないということをあてにすることができます。 アフガニスタンについて話をしている人々がどれだけいるでしょうか? アフガニスタンはいまやもとの地位に戻り、軍閥とギャングが支配していますが、誰がアフガニスタンについて記事を書いているでしょうか? ほとんど誰も書いていません。 もとの場所に戻りさえすれば、誰も気にしないのです。誰もがそれを忘れるのです。

 イラクで人々がお互いに殺し合いを始めるとすると、私は今すぐにそれについての記事を書くことができます。 「遅れた人々を我々は救済しようとしたが、けれども、これらの人々は殺し合いを望んだ。というのも、結局のところ、卑劣なアラブたちだからだ」とかなんとかいったことです。 そして、そのときには、米国は別の戦争に乗り出しているでしょう。 たぶん、シリアかイランを相手にして。

 実際、イランとの戦争が進められている可能性があります。イスラエル空軍の12パーセントほどがトルコ南部に進められたということが知られています。 これは、イランに対する戦争を開始するための準備です。 イラクについては気にしていません。イラクは簡単に料理できると考えています。 けれども、イランはつねにイスラエルにとって問題でした。 湾岸地域で操ることができない国であり、米国は長年そのことを考慮してきました。 ある報告によると、イスラエル空軍は諜報や挑発活動としてイラン国境地帯を飛び回っています。 そしてイスラエル空軍は小さな軍隊ではありません。英国空軍よりも大きいのです。 米国を除けば、NATO加盟国のどの空軍よりも大きいのです。 おそらく、イランに対する戦争が進められているのです。 アザリ分離主義を扇動しようとしているという報告もあります。考えられることです。 ロシアが1946年にそれを試みました。 そうすれば、イラン(あるいはイランの残り)はカスピ海の石油から切り離されます。 それから、油田を分割すればよいというわけです。 現在恐らくこうしたことが進んでおり、これから、イランが明日にも我々を殺すだろうから、今日のうちにイランを破壊しなくてはならないといった物語が語られることになるでしょう。 少なくとも、こうしたパターンでものごとが進められてきたのです。

武器貿易に反対するキャンペーン: アメリカという大規模な兵器生産機械にとって、自分たちの商品を宣伝するために戦争を広告として使う必要があると思いますか?

チョムスキー: いわゆる軍事産業というのがハイテク産業だということを考える必要があります。 軍は経済の公共部門の隠れ蓑なのです。私が勤務するMIT(マサチュセッチュ工科大学)では、一部の経済学者を除けば、誰もがこのことを知っています。 皆が知っているのは、給料がそこから出ているからです。 次世代ハイテク経済を創生するために、軍との契約に基づいてMITのような場所に資金が提供されるのです。 たとえば、コンピュータとかインターネットといったニュー・エコノミーと言われるものを見てみましょう。 これらは、軍事生産の名目で連邦政府と契約した研究開発により、MITのような場所から生まれたものです。 そして、利益があがるようになると、IBMのような私企業に手渡されるのです。

 MIT周辺には、以前、小規模な電子企業がありました。現在は、バイオ技術関連企業に取り囲まれています。 これは、次世代の経済先端領域がバイオテクノロジーにあることを示しています。 ですから、政府の生物関係技術への助成金は大規模に増大しています。 いつか高価格で売りつけるために小さな企業を始めたいとするなら、遺伝子工学やバイオテクノロジーなどでやるというわけです。 これは歴史上繰り返されてきたことです。経済を循環させているのは、通常、ダイナミックな公共部門なのです。

 米国が石油を制圧したがっているのは、利益が還流するからです。そして、様々な方法で還流するのです。 単に石油利益だけではありません。軍事セールスもそうです。 米国製武器そして恐らくは英国製武器の最大顧客は、サウジアラビアかアラブ首長国連邦です。 裕福な産油国なのです。大量に武器を買い付け、それが米国のハイテク産業を潤します。 その資金は米国財政に還流します。そうしたかたちで、米英経済は利益を得るのです。

 記録を調べたかどうかわかりませんが、1958年にイラクが石油生産の英米独占を破ったとき、英国は完全に狂気状態になりました。 当時、英国は、クウェートの利益に大きく依存していたのです。 英国は、自分の経済を支えるために石油ドラーが必要だった一方、イラクで起きたことがクウェートにも波及するかのように見えました。 そこで、英米はクウェートに名目上の自治を与えたのです。それまでクウェートは植民地以外の何ものでもありませんでした。 英米はクウェートに、自前で郵便局を運営してよく、国旗を持っているふりをしてもよいといったことを言ったわけです。 英国は、もし不都合が起きたら統制を維持するために断固として介入すると宣言しました。 米国は、サウジアラビアとアラブ首長国連邦に関して同じことを宣言したのです。

武器貿易に反対するキャンペーン: それはまた、米国がヨーロッパと環太平洋とを支配する一手段だということも言われています。

チョムスキー: まったくその通りです。 ジョージ・ケナンのような賢い人々は、中東のエネルギー資源を抑えておけば、他国への「拒否権」を握ることになると言っていました。 彼は特に日本のことを頭に置いていたのです。 日本はそのことに完全に気づいていますから、石油への独自アクセスを求めて一生懸命になっています。 それが、日本がインドネシアやイランなどと関係を樹立するに熱心で、ある程度成功した理由です。 西洋が統制する石油供給体制から逃れるためです。

 (第二次大戦後の)マーシャル・プラン −この非常に寛大なプラン− の目的の一つは、ヨーロッパと日本のエネルギーを石炭から石油に切り替えさせることでした。 ヨーロッパも日本も自国で石炭資源を持っていますが、米国の統制のために石油に切り替えたのです。 マーシャル・プランでつぎ込まれた130億ドルのうち、約20億ドルは、ヨーロッパと日本の産業を石油型にすることを通して石油企業に行ったのです。 電力については、資源をコントロールすることが極めて重要であり、向こう数世代にわたって、その基本は石油だと見なされていました。

 様々な諜報機関が集まる国家諜報委員会は、2000年に「グローバルトレンド2015」という見通しを発表しました。 そこでは、グローバル化の結果テロリズムが増大するだろうとの興味深い予測を行っています。 まったく率直にそう言っているのです。 いわゆるグローバル化は経済理論の予測とは正反対に経済の分断を深めると述べています。 これらの人々は現実主義者ですから、それが無秩序と緊張、敵意、暴力の増大を招くと述べています。 その多くは米国を標的とするだろうものです。

 さらに、ペルシャ湾岸地域の石油が世界のエネルギーと産業体制にとってますます重要となるだろうとも述べています。 米国はそれに依存しないけれども、それを統制しなくてはならないとも。 というのも、石油資源の統制は、アクセスの問題だからです。統制は力を生みます。

マーク・トーマス: 現在の反戦運動を、ベトナム反戦運動と較べたときに、どう思いますか? 直接行動と抗議に参加する我々ふつうの人々が何を達成できると思いますか? 戦争が起きる前に止める可能性はあると思いますか?

チョムスキー: 時間がとても限られているのでむずかしいでしょう。 けれども、戦争を高くつくものにはできるでしょう。これは大切です。 阻止できないとしても、次の戦争を阻止するためには、今回の戦争が高くつくことは大切です。

 ベトナム反戦運動とくらべるならば、今回の反戦運動は、比較にならないほど進んでいます。 人々はベトナム反戦運動について話をしますが、その実態を忘れてしまったか知らないのだと思います。 ベトナム侵略戦争は1962年に公式に始まりました。 南ベトナムに対して、空軍、化学戦争、集中キャンプといった攻撃が公式に開始されたのが1962年です。 このとき、何の抗議もありませんでした。 それから4年か5年たって起きた抗議行動は、北ベトナム爆撃に関するものでした。 むろん恐ろしいことですが、南ベトナム侵略と較べると副次的なものです。 主な攻撃は南ベトナムに対して加えられたのに、それに対しては、まじめな反対行動はなかったのです。

 今回、戦争が始まらないうちから抗議行動があります。 これについて、私は、ヨーロッパの歴史上 −米国の歴史を含めて− ではじめてだと思います。 戦争が始まる前にかなりの規模の反対行動があるというのは。 現在、戦争が開始される前から大規模な抗議行動があります。 これは、過去30年から40年のあいだに起きた西洋諸国の文化的変容を示すものです。 これはすごいことです。

SchNEWS: 抗議行動が、たとえば6カ月に一度といった狭い範囲を超えて広がるとすぐに、攻撃を受けるように思えます。 たとえば、最近ブライトンで戦争に抗議していた人々は、ペッパー・スプレーを受け、警棒で殴られました。 ただ、路上に抗議で座っていただけなのです。

チョムスキー: 抗議が大きくなれば、締め付けも大きくなります。それはいつものことです。 ベトナム戦争に対する抗議行動が本当に大きくなってきたとき、弾圧も大きくなりました。 私自身も、長期投獄ぎりぎりの恐れがありました。それはテト攻撃で停止されたのです。 テト攻撃移行、体制も戦争に反対し始め、裁判を取り下げ始めました。 現在のところ、多くの人々がグアンタナモ[キューバにある米軍基地]に放り込まれる可能性があります。 人々はそれを知っています。

 ある国で反対行動があるならば、弾圧もあります。それは避けられるでしょうか? 対応次第だと思います。1950年代前半、米国では、マッカーシズムと言われるものがありました。 それが進められたのは、抵抗がなかったからです。 60年代に同じことをしようとしたとき、すぐさま失敗しました。 というのも、人々がそれを嘲笑したため、できなかったのです。 独裁者でさえ、自分が望むことすべてをできるわけではありません。 それなりの人々の支持を必要とするのです。そしてより民主的な国では権力体制は脆弱です。 これについて秘密はありません。歴史が示すことです。 これらすべてをめぐる問題は、どれだけ人々の抵抗があるかということです。


米国等によるイラクへの攻撃と、日本のそれに対する参加、そしてそうしたことを機にした有事法制に反対します。活動や情報については、Dont Fly!! Eagleおよびそこからたどれるリンク等もご覧下さい。


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  益岡賢 2002年12月31日
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