占領ノート表紙

占領ノート
一ユダヤ人が見たパレスチナの生活

エリック・アザン著、益岡賢訳
制作協力:パレスチナ情報センター(安藤滋夫)、ナブルス通信
解説:ビー・カミムーラ(ナブルス通信)
現代企画室 1500円(+税)
新書判上製・220p.
2008年10月25日発売

(『占領ノート』に掲載された地図は、どなたでも自由にお使いいただけます。くわしくは、地図についてをご覧ください。)


本書は、Eric Hazan, Notes sur l'occupation : Naplouse, Kalkilyia, Hebron, Paris: La fabrique, 2006. の全訳である。

著者アザンは、2006年の5月と6月、ヨルダン川西岸にあるパレスチナの三都市──ナブルス、カルキリヤ、ヘブロン──を訪問した。本書はその記 録である。その少し前に、パレスチナで行われた選挙ではハマスが勝利を収めた。米国や欧州連合は、パレスチナに選挙を求めておきながら、民主的な選挙で人 々がハマスに投票すると、すぐさま声を大にして非難をはじめ、パレスチナへのボイコットを行った。日本でも勝手な偏見と決めつけに基づく記事がメディア をにぎわす中、本書はパレスチナ西岸に暮らす人々が、日常の中で何を感じ、何を考えて投票したか、偏見に歪んだ決めつけとはまったく異なる世界を伝えてい る。

(「まえがき」より)

ナブルス地図

このノートを取ったのは2006年の5月と6月、パレスチナで行われた選挙でハマスが勝利を収めてからまもなくのことである。この時期、ヨルダン川 西岸は平穏で、殺される若者は一週間に5、6人といったところだった。イスラエルの巨大な軍官複合機械が日々どのように動いているか──この事態は「占 領」というかなり曖昧な言葉で呼ばれている──この目で見るために、私は耳に入った様々な情報をもとに、ナブルスとカルキリヤ、ヘブロンを訪問先に選ん だ。歴史も、場所も、封鎖のされ方も異なる三カ所だった。

旅から戻ってまもなく、占領軍に対するレジスタンスの行動に自尊心を傷つけられたイスラエルの戦争機械が大攻勢を加え、すでに破壊されていたガザ、 そしてレバノン南部を徹底的に破壊し、大量の人々がそれらの地から流出し、数百人が死亡した。突然、パレスチナはメディアから消え失せ、かわってイスラエ ル軍の報道官や人道的時間稼ぎの専門家、ライス米国務長官、地政学屋たちの発言がメディアを席巻した。

処罰、浄化、最終解決。これらは、神聖同盟に参加する首相や大統領、将軍たちの発言の中で変わらず観察される特徴、強迫観念となっているテーマであ る。バグダードとボビニィ[セーヌ・サンドニ県の県庁所在地]、ラファを見てみると、文化や事情が違うにもかかわらず、類似性が目につく。迫害者にとっ て、ことを荒立てず、できれば沈黙を守る者たちだけが、善良なる被弾圧者である。圧政に苦しむ人々が立ち上がると、奴らは我々の価値をわかっていないと か、扇動に乗っているとか、理由もなく暴力に訴えているとか、テロ組織の一員となったなどと言い始める。いずれにしても、悪いのは奴らだ、というわけだ。

そこから、パレスチナ人の悪評が広められる。しかしながら、実際のところ、パレスチナには平穏な状況など存在しない。軍事占領下に置かれている状況 でヨルダン川西岸地区とガザに日々を暮らす人々は、40年にもわたって続く集団的懲罰の中、ときに忍耐強く、ときに忍耐を切らしつつも、何とか生活を維持 してきた。そこにあるのは、イスラエル=パレスチナ紛争というものではなく、植民者と占領軍に対してできるだけの抵抗を行う人々である。<西洋民主主義> 諸国、アラブ各国政府、そして自らの指導者の一部さえ占領軍と共謀している中で抵抗を続ける人々がそこにいる。

支配的な言説は、現実の状況を曖昧にしてきた。これらの言説は、ガザの破壊と、イスラエルに切り刻まれ併合されてゆく西岸の状況、そしてレバノン侵 略の間にある関係を隠蔽しようとしてきた。また、レバノン南部の住民とパレスチナ人の双方に降りかかる恐ろしい運命を、シーア派とスンニ派の対立という物 語の陰に隠蔽してきた。さらにとりわけ、中東に現在見られる荒廃の元はイランやシリアやそのほかの場所にあるのではなく、抑圧されたパレスチナという大鍋 がすべての元にあるという事実を隠蔽してきた。このノートでは、パレスチナという大鍋の熱と緊張を伝えたい。

(英語版「まえがき」より)

ラシード・ハリディ/Rashid Khalidi(コロンビア大学)

一見、騙されてしまいそうなほど簡素に書かれた本である。著者エリック・アザンは本書で、イスラエルの占領下にあるパレスチナで目にしたことを記述しているが、その際、ナブルスとカルキリヤ、ヘブロンというヨルダン川西岸の三都市で出会い、話をした人々が日々当たり前に直面する苦難を、あたうる限り淡々とした口調で語っている。アザンの報告は、イスラエル占領下に置かれた西岸とガザでパレスチナ人に加えられている不正義の周りに作り上げられた沈黙と嘘、ぼやかしの壁を切り裂いている。西岸とガザでは、カフカの世界のように、自由が否定され、土地が盗まれ、数百万人の人々の移動が執拗に制限されている。イスラエルが布いたこのカフカ的体制は二世代以上にわたって続いており、次第に弱まるどころか、日々、より強固に、より強力に、より全面的になっている。

本書は論争的な本ではなく、西岸とガザに暮らすパレスチナ人に強制された監獄のような暮らしの状況を、一人の正直な人物が、優れた理解と雄弁な言葉を使って現地から報告したものである。アザンはただ、飾りのない言葉でそれがどんなものかを私たちに伝えているだけである。過去40年間に占領下パレスチナを訪れた経験を持つアメリカ人のジャーナリストにも、アザンと同じことができたはずである(雇い主がそうした記事に日の目を見させるかとうかは別問題だが)が、アザンが本書で実現した明確なビジョンと道徳性に比肩する仕事は数少ない。

(英語版「あとがき」より)

ミシェル・ワルシャウスキー/Michael Warschawski(AIC: Alternative Information Center

この短いノートの最大の価値は、果てしない驚きを私たちも共有できるように書かれていることにある。医者として、著述家として、活動家として、そして実際の参加者として、過去40年間にわたり様々な紛争を目撃してきた人物であり、したがって何が起きても動じない人物である著者がそれでも感じた驚き。実際、パレスチナの地では、植民地紛争を含め、紛争を解釈するこれまでの枠組みは、役に立たない。したがって、問題は、アザンが「イスラエル=パレスチナ紛争」という関係者の対称性を含意する言葉で呼ぶことを拒否したこの問題の特殊性を見いだすことにある。裸眼では見えないものまで処置することのできる外科医として、著者アザンは背後にある理由のさらに向こう側に、不快さ、愚かさ、内部矛盾、一貫性の欠如などイスラエルの占領を構成するあらゆるものを見いだしている。これらは、明確にしなければ、占領下のパレスチナ領における植民地関係を曖昧なものにしてしまう。驚きを隠そうとしなかったがゆえにこそ、アザンは先入観や単純化された考えの向こう側に読者を連れ出してくれる。

さらにまた、彼自身が驚きを積極的に受け容れたからこそ、政治的な観点から占領地を訪問した人々の中で、報告の最後に次のような言葉を書くことができる数少ない人物となり得たのである。「パレスチナを支配しているのは憎悪ではなく、むしろ巨大な驚き、ほとんどナイーブとも言えるような驚きである」。自らの驚きを通して彼は、パレスチナ人の驚きを触知することができた。あるいはおそらく、パレスチナ人自らが1世紀以上にわたって犠牲となってきた不正義を前に、そして国際社会として知られる世界の共謀と偽善的沈黙を前に、パレスチナ人自身が驚いていることを知ったがゆえに、彼は驚いた一人の人間として、パレスチナを一見素朴だが鋭く観察することができたのだろう。

エリック・アザンの写真

著者アザンは、ユダヤ系のフランス人で、異色の経歴を持っている。アルジェリア戦争(1954年から1962年まで続いた、フランス支配に対するアルジェリア独立戦争)の際にアルジェリア民族解放戦線(FLN)に参加したのち、1975年には外科医の資格を取って、フランス=パレスチナ医師協会を創立し、戦下のレバノンで医療活動を行っている。その後、父親が経営する出版社の編集者となるが、その出版社がフランスの大出版コングロマリットに買収されたのち、辞任。1998年には自ら出版社「La fabrique」を創設した(フランス語版ウィキペディアおよびネット上のいくつかの情報源から要約)。

その間、パレスチナ問題をめぐって発言してきたほか、自身の出版社「La fabrique」からエドワード・サイードの著作のフランス語訳、イスラエルの平和活動家の論集、サイードなどとともにパレスチナ・ナショナル・イニシアチブを創設したムスタファ・バルグーティのインタビューなど、パレスチナとイスラエルに関する様々な本を出版している。本書の原書もまた「La fabrique」から出版されている。

『占領ノート』原著 Notes sur l'occupation : Naplouse, Kalkilyia, Hebron

『占領ノート』英語版 Notes on the Occupation: Palestinian Lives


【地図について】

『占領ノート』に掲載されている日本語版独自の地図は、「パレスチナ情報センター」よりダウンロードして、どなたでも自由にお使いいただけます。

地図ダウンロード・サイト:パレスチナ情報センター