ルポ 憲法調査会は名古屋で何を調査したのか?


 2001年11月26日、衆議院憲法調査会は、仙台、神戸に続き第3回目となる地方公聴会を名古屋市で開催した。公聴会は「国際社会における日本の役割」というテーマの下行われたが、「テロ特措法」の成立、自衛隊派兵の直後ということもあり、自衛隊による軍事的「貢献」をめぐる議論が大きな争点となった。名古屋公聴会は、それに先立つ2回の公聴会とは異なり、意見陳述人を10名から6名に減らし、意見陳述人をすべて一般公募で選ぶというものであった。私も、この意見陳述人に応募し、応募第1号とのことであったが、自民6、民主3、公明1の幹事で構成された幹事会における審査で蹴られ、幸か不幸か(?)落選した。ちなみに、応募者の85%は護憲・憲法改悪阻止の立場からのものであったそうだが、意見陳述人の実際の構成は、護憲・憲法改悪阻止派3、改憲派3であった。当日は月曜日であり、しかも開会は午後1時からということで、東海四県の憲法会議関係者の傍聴も困難を極めた。平日の昼間に開催するなどということはまじめに東海四県の国民の声を聞く姿勢に欠けると思われるが、当日講義もなく、一般傍聴券が当たった(全員当たり)私が傍聴およびこのルポの執筆を担当することとなった。なお、一般傍聴人は150名程度であったと思われる(参照『中日新聞』11月27日付朝刊)。以下では、当日のメモ、憲法調査会のHPに掲載された概要をもとに公聴会の模様を紹介するが、正確さに欠ける部分もあろうかと思われる。お許しいただきたい。

 公聴会は、中山太郎会長の挨拶、これまでの憲法調査会の活動概要についての説明から始まり、その後6人の意見陳述人から各15分づつ意見聴取がなされた。


1. 田口富久治氏(名古屋大名誉教授)
 テロは許されざるものだが、米国の報復攻撃は国際法上違法であり、また、テロ対策としての有効性という観点からしても疑問である。国際的な司法裁判手続によって処罰すべきだ。日本政府は、今回のテロ事件を奇貨として自衛隊派兵を行ったが、テロ特措法のいう協力支援活動は明確な軍事行動であり、集団的自衛権についての従来の政府見解の縛りを解き、9条改正への一里塚となるものである。憲法前文と国連憲章2条4項は戦争を違法化し、軍事的貢献を否定しており共通性がある。日本は今後とも非軍事的貢献をすべきであり、軍縮、アフガン周辺諸国とのこれまでの平和外交経験の活用、ユニセフなどとの協力、NGOへの支援などを行うべきである。


2. 西英子氏(主婦)
 日本国憲法前文は「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と述べているが、これについて日本は役割を果たしていると言えるのか。途上国に対する援助にもかかわらず、『世界人口白書』によれば、世界人口の富裕層20%が個人消費の86%を占め、貧困層20%は1.3%を消費しているに過ぎない。1960年にはそれぞれ70.2%、2.3%であり、格差はむしろ拡大している。ODAや民間投資は、貧困層の人々に届いておらず、伝統的な生活様式や環境破壊をもたらしている。アフガニスタンへの空爆はそこに住む人々に恐怖を与え、平和的生存権を侵害するものである。テロの背景には、アメリカの中東政策の問題性、貧困・格差の問題があり、貧富の差の解消に取り組むべきだ。テロ特措法は、極めて短期間の審議で成立し、集団的自衛権を行使するものであり、9条に反する。ペシャワール会の中村医師は、自衛隊の派兵は有害無益でNGOの難民支援活動をやりにくくしていると述べている。


3. 野原清嗣氏(岐阜県立高校教諭)
 今回のテロ事件に関しては、米国への協力をめぐって議論されているが、平和が脅かされたとき何をすべきかという日本自身の問題として考えるべきだ。青少年の凶悪事件の背景にはルールやマナーを教えてこなかったという大人の側の責任があり、大人が子どもを注意できない根本の問題は憲法の存在である。日本国憲法は「国際社会において名誉ある地位を占めたい」などといっているが何か自信なげに聞こえる。憲法は自国の安全を他国任せにしており、自国を守るのは権利であり義務であるという意識が日本人にはない。国を守る義務という意識なくしては、個人を超えた価値観はでてこないし、子どもに対しても大人は自信を持って向き合えない。これが現在の教育問題の根本である。日本人に生まれた喜びを持つことによって国際社会へ貢献できる人材も育つ。憲法に自衛権を明記し、前文も日本人の顔が見えるものへ改正すべきだ。


4. 川畑博昭氏(名古屋大学大学院法学研究科博士課程後期課程)
 1990年代に在ペルー日本大使館に勤務した当時にテロ事件に遭遇し、身をもって死の恐怖を体験したことから意見を述べる。近時の政治情勢の下で、暴力に対しては暴力で対抗するという風潮、また、軍事的貢献の必要性が主張されているが、これこそ平和の中に安住している者の発想で、平和ボケと呼びたい。ペルーではフジモリ政権がテロに屈しないという姿勢を示していたが、このことが軍部による人権侵害をもたらし、かつ、テロを誘発するなどの暴力の悪循環が生まれた。テロの背景には、貧困や腐敗があり、暴力には暴力をという軍事的解決は暴力の連鎖をもたらすだけだ。テロに屈しないということは軍事的報復とイコールではない。命の尊さを考えれば、和解と対話が重要で、これこそが真の解決である。


5. 古井戸康雄氏(弁護士)
 日本は従来、ODAなどの経済的役割、カネによる貢献をしてきたが、国際的に評価されていると国民も思っていた。しかし、湾岸戦争時に130億ドル拠出したにもかかわらず国際的には評価されず、これを契機に、カネだけでなく人による貢献もということになり、92年のPKO法の成立へとつながった。日本は国際社会からの評価を気にし過ぎであり、国益で考えることが必要だ。また、理想と現実との均衡の中で考えることが重要で、日本の安全保障政策については、アジア周辺諸国への配慮と日本の安全を守ることは重要であるという国益との均衡をとる必要があり、国民によるコントロールのきく軍隊を持つべきである。国際社会への貢献のためには理想と現実との狭間で苦悩するような人材を育成することが重要である。


6. 加藤征憲氏(名古屋大学経済学部学生)
 日本は国際社会においてリーダーとしての役割を果たしていないが、これは日本国内に真のリーダーが不在であることが原因である。日本は、非核保有国であり、こうした日本が国連安保理の常任理事国となり、核廃絶、世界平和に貢献すべきである。日本が世界のリーダーとしての役割を果たすためには、日本国内にリーダーシップのある首相が必要であり、そのためには首相公選制を導入すべきである。

 以上の意見陳述人の意見聴取の後、休憩をはさむことなく、派遣委員8名(持ち時間15分)による意見陳述人に対する質疑が行われた。最初に質問を行ったのは中山会長であったが、中山氏の質問が始まると、一般傍聴席にいた「アフガン侵略戦争反対」と記したTシャツを着た若者が、「傍聴者にも発言させろ。国民の意見を聞け。発言をさせないなんて、こんなのやらせじゃないか」などと騒ぎだした。これに対し中山氏は傍聴規則を根拠に「議長の許可のない発言は控えてください」、「退場してください」と述べ、若者2人は実力で会場から排除された。こうした騒ぎのため中山氏の質疑時間はほとんどなくなり、安全保障概念の近時の変化について田口、西、古井戸氏に尋ねるにとどまった。これに対し田口、西両氏は、人間の安全保障、軍事力によらない安全保障の重要性を強調し、古井戸氏は国連による安全保障を前提にすべきだと回答した。次の鳩山邦夫委員(自民)の質疑では、鳩山氏が、戦前の台湾植民地支配に関し「日本はよいこともした」、「東京裁判が日本人の精神をだめにした」などと冒頭に発言し、会場からはどよめきと抗議の声が上がった。鳩山氏は、川畑氏に対して、軍事力によるテロ対策の重要性について尋ねたが、川畑氏は、暴力では解決しないこと、テロの背景にある貧困の撲滅の重要性を指摘した。鳩山氏は、他に、環境の義務を明記する憲法改正について質問を行ったが、西氏は、環境保護は現憲法でも十分可能だと一蹴された。島聡委員(民主)は、集団的自衛権を明記する改正、国家の安全保障を国民の義務とする改正、環境の権利と義務を明記する改正について質問を行ったが、回答した陳述人はすべてこれに否定的であった。斉藤鉄夫委員(公明)は、テロ問題に関連し、対話が可能な相手とは思われないとの質問を行ったが、西、川畑両氏は、テロの原因を除去することの重要性、軍事力によるテロ根絶の困難性を強調した。また、斉藤委員は、野原氏に対し教育基本法の改正問題について質問を行い、野原氏は改正に賛意を表していた。都築譲委員(自由)は、国連軍への自衛隊参加問題について質問を行い、これに対し加藤氏は、「世界平和のためならよろしい、国益のためならいけない」、古井戸氏は、自衛隊の参加積極的に行うべきと回答したが、川畑、西、田口の3氏は、自衛隊は違憲、軍事力行使反対との立場から自衛隊の国連軍参加に反対との意見を述べた。春名直章委員(共産)は、軍事力によらないというのが世界の流れではないか、アメリカによるアフガンへの空爆は解決になっていないのではないか、憲法9条は国際的に評価されているのではないかなどについて質問を行い、田口、西、川畑の3氏から同感との賛意が表明された。また、春名委員は、自称改憲論者の加藤氏に対して、日本は核廃絶に関し率先して取り組むべきではないかと尋ね、加藤氏はその通りとの回答を行った。金子哲夫委員(社民)は、テロ対策特措法は憲法をないがしろにしていないかと質問し、田口氏は、同感の旨回答した。金子氏は、次に、野原、加藤両氏に対し、教育現場で憲法の平和主義はどのように教えられているのかとの質問を行ったが、野原氏は自分は憲法を直接教えたことがないと回答し、加藤氏は、小学生のときは原爆のビデオなどを見たが、中学、高校ではほとんど内容に踏む込む教育はなかったと回答し、会場からは驚きの声が上がった。最後に質疑を行ったのは宇田川芳雄委員(21世紀クラブ)であったが、宇田川委員は、加藤氏に対し、大学で9条をどのように教わったか、友人と議論したことがあるかと尋ねたが、加藤氏は、大学では憲法を履修しなかった、友人と議論したことはないと回答し、会場からは失笑が漏れた。宇田川委員は最後に、改憲の是非について、すべての陳述人に回答を求め、田口、西、川畑の3氏が反対、野原、古井戸、加藤の3氏は賛成と回答し、すべての質疑が終了した。
 
 派遣委員の質疑終了後、傍聴人の発言が求められた。土井氏(女性、会社員)は、日本の憲法は世界的に評価されている、平和憲法を生かす努力をすべきだ、意見陳述人のうち女性が1名なのは問題だ、半数は女性にすべきだと発言した。林氏(女性、小学教師)は、同じ岐阜県の教師として野原陳述人は恥ずかしい、大学生が憲法も学んでいないというのは問題だ、子どもたちにもっと憲法を教える必要があると発言した。森氏(81歳、無職)は、日本国憲法はマッカーサーの押しつけだ、自主憲法を制定すべきだと発言した。渥美氏(弁護士)は、日本が国際社会で尊敬されてこなかったのは、9条を持ちながら軍事力を増強するなど憲法を守らない政治を行ってきたことにある。憲法を守り、平和憲法の理念を生かすべきだ。荒良城氏(団体職員)は、戦争違法化が世界の流れ、日本国憲法は当時の世界の英知だ、教育の中でもっと憲法を教えるべきだと発言した。
 
 以上5人の傍聴人の発言が終わったのは4時半少し前であったが、中山会長は公聴会の終了を宣言した。会場で配布されていたスケジュールによると会議終了は5時とされていたが、これ以上傍聴人の発言を求めると護憲派、憲法改悪阻止派の発言が続発すると懸念したためか30分以上の時間を残し終了した。総じていえば、愛知公聴会は、護憲派、憲法改悪阻止派が、意見陳述、質疑の質で圧倒し、また傍聴人の発言でも圧倒していたように思われる。もっとも、改憲派は、東海4県の国民の声を聞いたという既成事実を作ることに主眼があるともいえ、その意味では、護憲派、憲法改悪阻止派も「圧勝」などと浮かれている場合ではない。憲法調査会の設置、地方公聴会の強行という改憲派に押されっぱなしの状況下での「勝利」に過ぎない。とはいえ、国会では圧倒的多数が改憲派と目されるが、国民レベルでは護憲派、改悪阻止派が多数であるとの感を愛知公聴会は示していたとはいえよう。
 なお、公聴会終了後、会場を愛知県中小企業センターに移し、憲法問題懇話会、東海4県憲法会議主催の「検証 憲法調査会は名古屋で何を調査したか」という市民報告集会が開催された。準備機関が1ヶ月足らずではあったが、広島、東京からの参加者もおり、会場は立ち見が出るほどの盛況で、約90人が参加した。衆院憲法調査会の春名、金子両委員に加え、社民党大脇雅子議員、共産党瀬古由起子、八田ひろ子議員も参加し、憲法改悪阻止のため大同団結した運動の重要性など今後の運動について活発な意見交換がなされた。

小松 浩(三重短期大学)

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