有事法制・憲法改悪の危険な動向と課題

一 新ガイドライン体制の成立とその強化への動向

 96年日米安保共同宣言、97年新ガイドライン(日米防衛協力の指針)締結、99年新ガイドライン関連法の成立と、日米安保体制は新ガイドライン体制という新たな段階を迎えた。
 この体制は、日本がアジア・太平洋地域の「秩序維持」のために、日本の領域外=海外で米軍とともに自衛隊が軍事力行使を展開する決定的一歩を印したものであり、そのために日本の国家機構、地方自治体、民間の軍事行動への動員体制確立の決定的一歩を印したものであった。
 それはアメリカを盟主とする現代帝国主義同盟の一員としての役割を日本が果たすことを可能にする体制確立への一歩であった。そして新ガイドライン体制の枠組みが形成されたことを受けて、これを基盤に全面的な軍事国家体制構築の動きが強まることになった。
 00年10月、新ガイドライン体制構築のイニシアティブをとったジョゼフ・ナイやブッシュ政権で国務副長官に就任したリチャード・アーミテージなどアメリカの対日政策に大きな影響力をもつ有力者グループが「米国と日本・成熟したパートナーシップに向けて」と題する提言を発表した。
 そこでは「ガイドラインの改定は、太平洋をまたぐこの同盟で日本が果たすべき役割の増強に向けた、上限ではなく、基盤とみなすべき」であるとして、日米同盟を「負担の分かち合い(バードン・シェアリング)から力を共有する関係(パワー・シェアリング)に発展させる時期がやってきた」ことが強調され、日本は集団的自衛権行使の禁止を見直すべきであり、有事法制の制定を推進し、PKOに対する規制を解除すべきであるとしていた。この提言に参加した、ブッシュ政権で国家安全保障会議・日本韓国部長に就任したマイケル・グリーンは、この間、民間・地方自治体への強制措置やスパイ防止法制定を含む全面的有事法制の整備、集団的自衛権行使容認、PKOへの完全参加などを繰り返し発言してきていた。
 こうしたアメリカ側の提言に応える形で、自民党国防部会は01年3月、「わが国の安全保障政策の確立と日米同盟ーアジア・太平洋地域の平和と繁栄に向けて」と題する提言を発表した。そこでは「有事法制を含む緊急事態法制の整備」「自衛隊による国際貢献の充実」が語られ、集団的自衛権の行使に向けて詳細な検討が加えられ、「早急に実現可能とする方策」として、従来の政府解釈の変更を求めるとともに「国家安全保障基本法」を制定することを提言していた。
 また、01年5月には、防衛庁とつながりのある「防衛戦略研究会議」が報告書を公表し、中谷防衛庁長官は「われわれも防衛政策立案にあたり報告書を大いに参考にしたい」と述べた。
 この報告書は「予想される政治的困難が少ない方から順に述べれば」として次の6項目の課題を提言していた。(1)PKF参加凍結解除、(2)多国籍軍後方支援法の制定、(3)有事法制の制定、(4)RMA推進の体制整備、(5)集団的自衛権をめぐる憲法解釈の緩和、(6)憲法第9条第2項の緩和。RMAとはアメリカが推し進めている最先端軍事技術の導入による「軍事革命」のことで、報告書は日米の相互運用性の強化、自衛隊の統合性の強化、情報保護法制の検討、兵器体系・兵力構成の再編をあげている。
 この「軍事革命」にかかわっては、95年に19年ぶりに改訂された「防衛計画の大綱」を05年に再び改訂するため、防衛庁は昨年夏から「防衛力のあり方」の抜本的な検討作業に着手している。自衛隊の準機関紙『朝雲』が報ずるところによれば、ゲリラ・特殊部隊対策強化といった自衛隊の役割多様化の中での組織編成・装備体系のあり方、全自衛隊の統合的運用を可能にするコンピューターシステムの整備、「敵国」の上陸侵攻を想定した部隊編成・装備から海・空重視への転換促進の三点が重点検討項目とされている(01.8.23付け)。また『読売新聞』は、「大綱」に、テロ封じを目的とした「平和維持のための国際協調」を盛り込むことや、国連平和維持活動(PKO)業務を自衛隊の本来任務に格上げすることを検討すると報じている(02.1.9付け)。
 「米ソ冷戦体制」の崩壊と「湾岸戦争」におけるアメリカとその同盟軍の圧勝という「二つの戦後」の事態から進展した日米安保体制の展開、日本の軍事大国化の動きは、はっきりとした姿を見せてきている。それは、「日本防衛」のための「自衛力」の保持としての自衛隊の存在とそれを補完する在日米軍というこれまでの「建前」としての説明を公然とかなぐりすてて、アジア・太平洋地域の「秩序維持」のために日米が全面的な共同軍事行動を展開するための体制づくりであった。

二 「9.11」以後の事態の進行

 こうした方向に向けての事態の進行が、「9.11」事態を利用して一気にすすめられた。「9.11」テロの衝撃を受けて、ある種のドタバタの中で軍事体制化が大きくすすめられた。「2001年を回顧する」『朝雲』の記者座談会では、「対テロ関係だけでなくPKF凍結解除まで、重要法案が何と四本も通ってしまった」と語られている(01.12.20付け)。
 「テロ対策特別措置法」は、新ガイドライン体制に法的根拠を与えた「周辺事態措置法」と比較しても質の転換をともなっていた。「周辺事態措置法」は日本への武力攻撃を要件とせずに日本が軍事力行使することを可能にしたものであったが、そこでも「我が国の平和と安全に重要な影響を与える事態(「周辺事態」)」という「限定」が付されていた。しかし「テロ対策特別措置法」は「日本の平和と安全」という要件はとり払われ、「テロ対策」ということであれば他国領域を含むいかなる地域でも軍事行動をすることを可能にしたものであった。また、日米安保の枠もとり払われ、米軍以外の軍隊にも後方支援を可能にするものであった。これは、「防衛戦略会議」が提言していた「多国籍軍後方支援法」の質をもつものであった。これは、「国際秩序維持」のための軍事力行使の体制への大きな一歩であった。
 同時になされた自衛隊法改正は、自衛隊の出動事態を拡大し(治安出動下令前の情報収集、米軍基地警護など)、武器使用要件を緩和・拡大し、「防衛秘密」の設定を行なった。海上保安庁法の改正は、領海内での船体射撃の要件緩和を行ない「危害射撃」を可能にした(自衛隊にも適用)。そして課題とされていたPKO等協力法の改正が行なわれ、PKFの凍結解除がなされ、武器使用要件の緩和も行なわれた。
 こうして「防衛戦略会議」が提言していた第一と第二が部分的にせよ実現し、第三番目の「有事法制の制定」が浮上することになるのであった。
 「テロ対策特別措置法」の成立を受けて自衛隊の艦隊が昨年11月、インド洋に向け出撃した。どのような軍事行動を展開しているかはベールに包まれているが、米英艦船に実施した洋上補給は2月24日現在で38回、補給量は約5万9千キロリットル、約23億円に登ると報じられている。また、2月末には初めて約1トンの物資輸送も実施している(『朝日新聞』02.2.28付け)。航空自衛隊は、日本国内の在日米軍基地間、グアム島米軍基地間の空輸支援を行なっている。
 アメリカのアフガン空爆によって一般民間人4000人近くが殺されたとされている。アフガンでのアメリカの軍事行動は今も展開されている。3月までとされていた自衛隊の軍事行動は5月まで延長されようとしており、第二次艦隊がすでに出撃している。
 戦後半世紀以上にわたって日本は、その軍事力の行使によって他国民を殺害することに手を染めないできた。しかし今、日本の自衛隊が他国民殺害の軍事力行使の支援をするという事態が引き起こされている。そして国会に上程されようとしている「有事法制」は、日本が一層全面的に軍事力行使をする体制を築こうとするものである。アメリカ・ブッシュ政権が打ち出している新たな軍事戦略を見るとき、この「有事法制」の行くつき先はあまりにも危険で物騒なものである。

三 アメリカの「戦時下」宣言、危険な大軍拡・武力行使戦略

 1月末に行なわれたブッシュ大統領の一般教書演説は理性の感じられない独善的で野蛮なものであった。「我が国は戦時下にある」で始まる演説は、その大半がアメリカの武力行使の正当化とその拡大・継続の決意にあてられていた。「対テロ戦争はアフガンで終わるどころかまだ始まったばかりだ」「テロリストのキャンプは少なくともまだ数十ヵ国に残っている」「我が部隊はフィリピンで、ボスニアで、ソマリア沖で活動している」「テロ支援国家が大量破壊兵器を使って米国と同盟国を脅かすのを阻止する」「これらの国々(北朝鮮、イラン、イラク)は悪の枢軸を形成している」「すべての国家は知るべきである。アメリカは国の安全を確保するために必要なことは何でもする」。
 アメリカのこうした武力行使戦略の背景には、昨年9月30日に発表されたアメリカの安全保障政策の根幹である「4年ごとの国防計画の見直し報告(QDR)」が存在している。これは一国超軍事国家になったアメリカの軍事戦略の基本をブッシュ政権が検討してきていたもので、テロ発生後わずか19日後に発表されたものであった。
 「この『見直し』の中心的課題は、国防計画策定の基本原則を、過去において支配的な考え方であった『脅威対応型』モデルから、未来に向けた『能力対応型』モデルに変更することであった」とする。すなわち、典型的にはソ連を敵として組み立てられていた際の「脅威対応型」から転換する「能力対応型」モデルは、「敵が誰で、どこで戦争が起こるかよりも、むしろ、敵がいかに戦うかに焦点をあてたもの」であるとする。「奇襲」「欺瞞」「非対称戦」から弾道・巡航ミサイル、生物兵器を含む大量破壊兵器にいたるまであらゆる敵の能力に対応しえる体制を築くことをめざすものである。
 そして「グローバル・パワーとして、合衆国は全世界に地政学的関心を有する」として、場所を特定せずに地球規模でのあらゆる敵の能力に対応する軍事力行使の体制を築くため、「前方抑止態勢」を強化することを強調する。この前方抑止態勢のために、「西欧及び北東アジアの他に、追加的な基地及び駐留を強化」して「強制介入可能な部隊を含む前方駐留及び前方展開戦闘遠征部隊の能力」を強化する。
 こうしてこれまでの「脅威対応型」に基づいた「二大規模戦域戦争計画」(中東と朝鮮半島での二大紛争を想定したもの)から地球規模でのあらゆる事態への対応型に転換させたのである。このQDRの具体的イメージについてラムズフェルド国防長官は1月末の講演で、4つの戦線で重大紛争を抑止し、内2箇所で撃退し、その1つは首都を占領し、体制の転覆をはかると説明した。QDRでは、「この能力は、命令があれば、領土を占領し、または政治体制交代の条件を整える能力を含む」とされている。そしてアメリカは、アフガンでの軍事行動を継続しつつ、フィリピン、グルジア、イエメンへと軍事行動を拡大させている。
 このQDRに基づく軍事態勢構築のため大軍拡予算を提出している。13.5%(480億ドル)増、総額3790億ドルの軍事費という予算案を提出し、07年度には02年度から1200億ドル増の4510億ドル(約60兆円)にも達するという大軍拡である。この軍事費の額は世界の軍事費のおよそ半分をアメリカ一国がしめるというものである。
 このQDRで、日本は決定的な位置をしめることになる。「全世界に国益、責任及びコミットメントを有する」とするアメリカは、「決定的に重要な地域」として、欧州、北東アジア、東アジア沿岸部、中東、南西アジアをあげ、「特にアジアは、大規模な軍事競争が起こりやすい地域として次第に浮上」してきており、「ベンガル湾から日本海に至る東アジア沿岸部は、特に危険な地域である」とする。このため在日米軍基地は、「死活的に重要な基地」とされ、「世界の他の地域で将来起こりうる紛争に際する兵力の展開のためのハブとしての役割も果たし得る」ものと位置付けられている。

四 有事立法問題の経緯

 54年に自衛隊法が成立して以来「有事立法」は、制服組の間では密かに検討が続けられており、「三矢作戦研究」に代表されるようにその内のいくつかは暴露されて大きな問題になった。
 しかし「有事立法」問題が政府の政治課題として浮上するのは70年代末になってであった。77年8月、福田首相の了承を得て、三原防衛庁長官が防衛庁に有事立法研究を指示し、翌78年7月、福田内閣は有事法制の研究を閣議決定した。国会内外の強い批判を受けて防衛庁は9月、「あくまで研究が目的であり、立法化を前提としたものではない」とする見解を発表して事態の沈静化をはかった。
 防衛庁の有事法制研究は、防衛庁所管法令を「第一分類」、他省庁所管法令を「第二分類」、所管省庁が未定のものを「第三分類」と種分けされて行なわれ、81年には第一分類の、84年には第二分類の検討結果の報告がなされていた。第三分類の検討については88年版防衛白書は、「内閣安全保障室が種々の調整」を行なっているとしていた。
 「第一分類」での焦点は、すでに自衛隊法103条で規定されている戦前の「徴発令」「徴用令」に該当するシステムに実効性をもたせようとするものである。自衛隊法103条では、防衛出動が発令された場合、病院などの施設の管理、土地・家屋・物資の使用、物資の生産・集荷・販売・保管・輸送に従事する業者に対する取り扱い物資の保管命令、これら物資の収用、医療・土木建築工事・輸送業者に対する業務従事命令を発令することが可能とされているが、これらの手続きを規定する政令が未だ制定されていない。
 この政令の下で予定されている業務従事命令の対象者は、医師・歯科医師・薬剤師、保健婦・助産婦・看護婦、土木・建築技術者、大工・左官・とび職、土木・建築業者とその従業者、鉄道・自動車・船舶運送業者とその従業者、港湾運送業者とその従業者である。81年報告書は、こうした政令を制定するとともに、命令に従わないものに対する罰則規定の新設、使用土地上の工作物の撤去を可能にする規定の新設、さらに防衛出動待機命令下令時から可能にする規定の新設などを要求していた。
 また84年報告書では、軍事優先体制の法システムを構築することを要求して、たとえば陣地構築のための土地使用のために海岸法・河川法・自然公園法・森林法に特例措置を設けること、軍事施設構築のための建築基準法への特例措置、野戦病院設置のための医療法への特例措置、火薬類の取り扱いについての特例措置、さらには戦死者の埋葬についての墓地・埋葬法への特例措置などがもられていた。
 第三分類については公式な報告はなされていないが、新聞報道によると、「住民保護」の名の下に避難用道路の設定(軍の交通路の確保)、自主的民間防衛組織の設立(戦前の隣組)、「自衛隊の作戦上必要な規制」として自衛隊に必要な電波・周波数の確保、特定港湾・空港の封鎖及び自衛隊による使用が、そして「捕虜の待遇や文民の保護を規定したジュネーブ諸条約関連」として、捕虜収容所の設置、捕虜の取り扱いに関する法整備などが検討されている。
 85年4月には加藤防衛庁長官が、「共同対処の米軍に関する有事法制研究に着手」と国会で答弁し、88年版防衛白書以降は「有事法制」を、「自衛隊の行動に関わる法制」「米軍の行動に関わる法制」「自衛隊及び米軍の行動に直接には関わらない法制」の三分類とすることになる。そして新たなガイドラインの検討がなされていた97年版防衛白書では、「防衛庁としては有事法制については当然のことながら研究にとどまらずその結果に基づき法制が整備されることが望ましいと考えている」と踏み込んだ記述をしたが、「法制化するか否か」は「高度の政治的判断」とした。
 新ガイドライン体制が成立した99年版防衛白書ではストレートに「有事法制の整備が望ましい」と記述がされ、同年10月の自自公政策合意で「有事法制整備」が確認され、今日に至るのである。
 この経緯から分かるように、有事立法問題は、78年ガイドライン、97年新ガイドラインという日米安保体制の展開と密接な関係をもって登場してきている。では3月末にも国会上程されようとしている有事法制とはいかなるものになるのであろうか。

五 有事法制の内容をめぐる対抗

 本稿執筆時点では提出予定の有事法制の全体像は明確にはなっていないが、そこには有事法制の内容をめぐっての対抗が存在していると考えられる。
 1月22日付け『日経新聞』は「『有事法制』の全体像を早く知りたい」と題する社説をかかげた。社説は、「混乱気味の議論」を整理するとして、有事法制を次の三つに整理する。第一に「狭義の有事法制」で、これは日本に対する武力攻撃を念頭においたもの。第二は「緊急事態法制」でテロ、不審船、大規模災害などを想定したもので、第三は「さらに幅を広げた安全保障基本法を求める議論」であるとする。
 第一と第二が「国内有事」を原則的に想定しているのに対して、この「安全保障基本法」は国内にとどまらずに国外の事態にも対応し得ることをめざすものであり、「周辺事態法、テロ対策特別措置法の延長線上にある内容」である。そして安全保障基本法の狙いの一つは「憲法改正によらずに集団的自衛権をめぐる憲法解釈を変更する点にある」とする。そして非常に興味深いことに社説は、「事態の起こりやすさに着目すれば」、「安全保障基本法→緊急事態法制→有事法制の順となる」として、「米国でのテロなどを考えれば、有事法制を含む緊急事態法制、さらにすべてを包括する安全保障基本法の方に今日的意味がある」としている。
 政府の内閣官房が1月22日に自民党に提示した「有事法制の整備について」と題する文書では、「狭義の有事法制」にとどまらない内容が検討されていることが示唆されていた。すなわち「有事法制整備の必要性」では、「武力攻撃に対処する体制を普段から整えておく」必要性にとどまらずに、第二に「日米安保体制の信頼性の一層の強化」「国際協調の下での我が国の安全確保」があげられ、第三に「冷戦終結後の我が国を取り巻く安全保障環境の変化を踏まえ、新たな事態への対応をはかることが重要」とされていた。
 この認識は、周辺事態法、テロ対策特別措置法と推し進められてきたアジア・太平洋における「国際秩序維持」に向けての日米の共同軍事行動体制確立に向けての「有事法制」という視点が投影していた。したがって「有事法制が対象とする事態について」では、「武力攻撃の事態が中心」としながら「ただし武力攻撃に対する対応を的確なものとするためには、武力攻撃に至らない段階から適切な措置をとることが必要」と記していたのであった。
 ところが2月5日に政府が自公保の与党協議会に提示した「全体像のイメージ(案)」では、表題が「武力攻撃への対処に関する法制整備」とされ、「狭義の有事法制」に「後退」したかのように見える。そこでは「全般」と「個別」の二項目に分けられ、「全般」では武力攻撃事態に対する「総則規定」と「法制の整備項目」が掲げられており、いわゆる「プログラム法」を想定していると思われる。「個別」では自衛隊に関わる第一分類と第二分類はもりこみ、米軍に関わるものについてもできるかぎりもりこみ、第三分類については間に合う部分は入れたいとしている。そして「注」では「大規模テロ、武装工作員、武装不審船、サイバーテロ等の事態については、別途必要な検討をすすめる」としている。
 ただし「武力攻撃事態」という用語には注意が必要である。この用語には日本本土に対する攻撃のみならず、「周辺事態」あるいは「テロ対策」で出撃した日本領域外の自衛隊に対する攻撃も「武力攻撃事態」になることを忘れてはならない。そしてこうした場合こそ可能性が高いのである。
 しかしこの「後退」に対して、2月14日付けの『朝雲』で久保文男は、「国民への説得を重視し、包括的検討を指示していた小泉首相と、有事の定義を武力攻撃やその恐れのある事態に限定、早期の法案成立が不可欠とした防衛当局や自民党国防関係議員との政治的妥協の結果だ」として、「領域警備の強化などを含めた広範な緊急事態法制の整備も、有事法制の立法化の一環として急務である」と批判した。また、22日には、亀井正夫を会長とする憲法改正をめざす「新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)」は、日本が直接武力攻撃を受けた場合だけでなく、大規模なテロや災害、内乱など、国家緊急事態への対応を幅広く定める「安全保障基本法」の制定を求める提言を発表した。
 こうして3月末の国会提出に向けて、その内容をめぐって激しい対抗関係が繰り広げられるものと思われる。

六 私たちの課題

 三点についてのみふれておきたい。日本対する武力攻撃への対処に限定した法案であったとしても、それは日本が初めて、軍事優先の法体系をもつことを意味するということである。アジア・太平洋戦争の悲惨な惨害の中から憲法平和主義条項を守り豊かにしてきた日本国民の取り組みは、自衛隊、在日米軍という軍事組織の存在を許してはきたが、その軍の行動にさまざまな制約をかけ、「軍の論理」のひとり歩きを阻止し、軍事優先の法体系を阻止してきた。
 2月15日付け『読売新聞』は、政府提出法案には、国が地方自治体に対して自衛隊の任務遂行に必要な措置をとるよう指示できる規定をもりこむ方向で検討に入ったと報じた。いったん「軍の論理」の法システムを許すならば、その論理は「緊急事態」にも「周辺事態」にも「テロ対策」にも、「国際秩序維持」にもと拡大し、軍事優先の全面的な法体系が出現することになる。これは日本国憲法の破壊であり、なんとしてもこうした事態を食い止めなければならない。
 この闘いを国民的規模の闘いとするために、「安心・安全」イデオロギーの呪縛から私たちが解放される必要がある。小泉首相は、施政方針演説で「安全で安心に暮らせる社会」「備えあれば憂いなし」を強調した。阪神淡路大震災、三宅島、オームのサリン、テポドン発射、狂牛病、少年事件、不審船、「9.11」テロなどの一連の事態のなかで、そうした事態に「実力」をもって対処すべきという気運が強まっている。
 しかし私たちは自然災害とそれ以外の事態を冷静に区別して対応する必要がある。現在の科学技術では自然災害の発生を完全に阻止することは不可能である。したがって自然災害が発生したときに被害を最小にするための対応を考えておくことは当然に必要である。しかし、他の事態は、社会的あり方に原因が存在するものであり、肝心なことはそうした事態が起こる要因を除去することに全力を注ぐ必要がある。起こることを当然の前提としてそれに対処しようとするならば、その行くつき先は、軍事国家と治安国家、管理社会でしかない。
 最後に、アメリカ・ブッシュ政権とそれに追随する小泉内閣への国際的批判の輪を築くことである。これまで人類が築きあげてきた「武力による威嚇・武力行使の違法化」「国際紛争の平和的解決」といった国際法秩序を乱暴に蹂躙するブッシュ政権の路線を徹底的に暴露・批判することの重要性である。
 同盟国のEU諸国ですら強い批判が登場しているにもかかわらず、小泉首相はブッシュ政権への無批判な迎合を繰り返している。この小泉内閣の危険性を明らかにするとともに、アメリカ国民とも連帯して、アメリカ・ブッシュ政権批判の国際的な声をあげていくことがいま問われている。
 そして同時に憲法に基づく国際平和構築に向けての国際連帯の運動を展開していく必要がある。今の事態の基本的性格は、私たちが「被害者」になることにあるのではなく、アジア・太平洋の民衆を殺戮する「加害者」の役割をはたそうとしていることにある。「国際貢献」を旗印に新ガイドライン体制の具体化を進め、いま有事法制の制定、そして憲法改悪へと突き進もうとしているとき、私たちは自らの国際平和の構想を我がものにする必要がある。その基本的理念は憲法が指し示している。「国家の自衛権」を否定して、「全世界の国民」が有する「平和的生存権」の理念がそれである。ナショナルな武力による「国家防衛」の観念を否定して、全世界の民衆の連帯した力によるインターナショナルな国際平和の構想がそこには示されている。
 多国籍企業化による資本のグローバル化は、各国の「国民経済」を破壊している。この破壊を押し止める力はインターナショナルな労働者の連帯した力以外には存在しない。「資本の論理」と「軍の論理」の野放図な展開を押し止めることは表裏一体の関係にある。全労連が、国内外の運動の中心的役割を果たすことを心より期待したい。
 軍事優先の法体系の登場を阻止してきた力の重要な一翼をしめてきたのが、50年代、60年代において平和運動の主力を形成してきた労働運動の力である。日本国憲法第9条と第25条の一体的把握の下に、「平和で健康で文化的な生活」を築きあげていくために、全労連が全力をあげることに強く期待したい。

和田 進(神戸大学)
(『月刊全労連』02年4月号より転載)

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