国際テロリズムを克服する「法の支配」を
−−日本国憲法、国連憲章および日米安保条約のトリレンマ・再考


1 国際テロリズムと憲法・国際法
 10月8日(日本時間)の未明、米軍はアフガニスタンに対して空爆を開始した。だが、ベトナム戦争の場合と同様今回も憲法上の「宣戦布告」のない「戦争」開始である。ただし、民間航空機をハイジャックした同時多発テロに対する「これまでとは違った種類の戦争」だと、ブッシュ大統領はのべている。またこの武力行使には、米国内法にも国際法にも然るべき根拠があるとされている。
 8日(ニューヨーク時間)コフィ・アナン国連事務総長が、この米軍の軍事行動は9月12日安保理決議1368(2001)にいう「あらゆる形態のテロリズムとの戦闘に使用されるあらゆる手段」とみなされること、また上記決議が再確認した自衛権行使とみなされると述べたことは、遺憾である。今回国連と事務総長に与えられたノーベル平和賞の評価が、将来改めて問われるかもしれない。「非核三原則」で佐藤栄作首相に授賞されたことが厳しく見なおされたように。
 真に人間の安全保障を実現する観点からすれば、国連憲章第7条にいう非軍事的措置を徹底すべきであろう。この意味で、10月8日の安保理決議1373(2001)にしめされた包括的な反テロリズムの非軍事的措置の実効性を高めるとともに、他方米軍の武力攻撃が非戦闘員に死傷者を生むなど国際人道法のルールを侵害することがないよう、厳しく監視する必要がある。
 ブッシュ政権の武力反撃の根拠は個別的自衛権の行使であり、NATO条約5条の発動として今回初めておこなう武力攻撃の根拠は集団的自衛権の行使だとされている。これらは、いずれも本件「テロ攻撃」を国連憲章51条に言う「武力攻撃」だとするものであり、過去に例を見ない独自の認定である。こうした独自の認定に基づく武力反撃は、戦争を違法化した国連憲章に反するのではないか。また安保理決議1368、1373でいう「テロリズムとの戦闘に使用されるあらゆる手段」とは人間の安全保障の視点から限定解釈されるなら、米軍の軍事行使を含まないものと解釈されるべきだと、わたしは考える。
 さらにいえば、米軍によって極東の平和と安全を確保しようという日米安保条約の見地からしても、本件「テロ攻撃」に対する米軍の武力反撃は是認されない。8日以降実行されている武力行使は国際法上の戦争犯罪であり、とりわけ「人道に対する罪」となるのではないか。これへの参戦も同罪である。国際刑事裁判所規程(ローマ条約)によるまでもなく、「ブッシュ・ジュニア有罪」ということになる。そこに違法性阻却事由があることを、米軍は主張・立証しなけばならないはずである。

2 新規立法案の憲法問題
 小泉内閣は、新規立法案(とくにテロ特別措置法案と自衛隊法改正案)を急遽成立させようとしている。この新規立法案は、日本国憲法前文と9条に「すき間」があるという詭弁を弄して憲法に違反しないと説明されている。しかし、憲法解釈論上、新規立法案は憲法の前文、第9条およびその根本精神に違反することが明白なものである。テロ対策特別措置法案は、次の諸点で憲法違反である。
 米軍などの軍事行動に武器弾薬の輸送など「協力支援活動」をなし、「捜索救助活動」などを行うとしている。このような活動なしに米軍等が武力行使を行うことはできないのだから、それは軍事行動の不可欠の一環である。これは自衛隊が戦後はじめて法的根拠をえて「ブッシュの戦争」に参戦することであり、集団的自衛権の行使にあたるから、日本国憲法第9条に、明らかに違反する。
 法案では、自衛隊が活動できる地域に「外国の領域」が新たに加えられ、地域的無限定という解釈がしめされた。これに、「戦闘行為が行われることがない」という限定をつけても、そこでの自衛隊の活動は事実上戦闘行動と一体のものとなる。武器使用が可能となる対象は、「自己の管理の下に入った者の生命・身体の防護」にまで拡大され、米軍などの傷病兵が含まれるから、武力行使との区別がなくなる。国会の事前承認なく、事後報告のみとされていることから、内閣の専断的判断で自衛隊の参戦がなされる。
 さらに自衛隊法改正法案は、テロ対策特別措置法案と異なり時限立法ではない。この自衛隊法改正法案は次の諸点で憲法違反だと認められる。
 在日米軍・自衛隊の施設等に対する自衛隊部隊の警護出動および情報収集活動の規定が新設されている。これは、治安出動要件を大幅に緩和するものであり、表現・集会の自由など国民の基本的人権を不当に侵害する重大かつ明白な危険がある。警護出動および情報収集活動時の武器使用は、その使用要件、使用しうる武器の種類、および対象地域が過度に広範かつ不明瞭である。したがって自衛隊の国内での武力行使になる危険が大きい。かつて国家秘密保護法案では達成できなかったのに、防衛秘密が今回指定されて、その漏えいに対し通常の秘密漏えいより格段に重い刑事罰を科している。このことは、軍事的価値を文民的価値に優越させるものであり、日本国憲法の立憲平和主義原理に反する。

3 不戦論にたつ日本国憲法の指針
 憲法政策の観点から言えば、この新規立法案は、日本国の政治の基本方向が今後一層、不戦・非暴力主義と立憲民主主義の憲法原理から離反することを示している。しかも急場凌ぎの立法であるために、日本国憲法の歴史的先駆性を自ら進んで失うことになっている。これは長期的視点からしておおきな損失であり、「新しい戦争」に対して依然古い軍事力行使で立ち向かうという、ある種のアナクロニズムを支援するものである。
 日本国憲法前文の見地は、平和を愛する諸国民の公正と信義に基いて国際犯罪であるテロを根絶し、人間の生命、自由、安全を確保し、全世界の国民が平和のうちに生きる権利を保障しようと言うものである。こうしたテロ根絶に向けた、民衆の長い地道な、日々のたたかいを支持することこそ、日本国憲法の見地である。しかも、前文と9条の平和原則は市民的自由と人権が実際に保障されることによって辛くもささえられる。こうした見地からして、議会政治を軽視する小泉首相が、今回の新規立法によって執行権の専決によるいわば緊急権の発動にも似た事態を生じせしめることを、われわれは是認してはならない。
 また当面の視点からしても、この新規立法案は、欧米軍事同盟諸国の一員としての負担を進んで受け入れるという立場で立案されている。今回テロを招くにいたった米合衆国の世界支配政策を前提にしている。ことに中東戦争を起こしたイスラエルの制裁を定めた国連決議を無視する当政権を偏重し、パレスチナ問題を放置してきたという「ダブルスタンダード」外交を含む、米国の中東政策に何ら疑問をはさむところがない。さらに将来を展望すると、この新規立法案は、イスラエルと対立するアラブ民族、キリスト教と対立するイスラム世界、および日本軍国主義に警戒を示す東アジア諸国、こうした地域の広範な人々との平和的信頼関係の強化に重大な障害を産むであろう。

4 核兵器使用の危険
 9月11日事件の直後、米国防長官ドナルド・ラムズフェルドも、また国務省のテロリズム担当者であったラリー・ジョンソンも、テロリズムとの戦争で戦術核兵器の使用を排除しないと述べた。また、すでに米連邦議会は、国防総省およびエネルギー省が「堅牢かつ深く埋まった目標」を破壊する目的に供するため、核兵器の使用をあらたに研究することを認める条項を、2001年防衛権限法案に付加している。
 NPT発効後34年間、核兵器の使用を抑制してきた「曖昧政策」、とりわけ1978年のカーター大統領が示した非核兵器国への不使用政策は、いま、見なおされようとしている。ジョセフ・ガーソンは、ブッシュ政権のそとにいる保守派政治家たちばかりでなく、ブッシュ政権内の高官たちもテロに対する核兵器の使用をあれこれと考慮しつつあるといっている。軍備管理協会専務理事であるダリー・キンバルによれば、ブッシュ政権はすでに、冷戦時の過去の「曖昧政策」をこえ、いまや核兵器使用に向けて動き出した。
 米政府当局がこの際、ひとたび戦術核兵器を使用するならば、多数市民の死傷が生じるだけでなく、「核の冬」が出現し、米政府の道徳的な威信が失われる。そればかりか、テロリストによる超小型核兵器の窃盗、貯蔵、威嚇、使用という事態を生むだろう。これは、ヒロシマ・ナガサキの悪夢の再現である。9月11日事件の国際テロリズムが「新たな戦争」と受けとめられているいまこそ、アメリカは戦術核兵器の研究禁止、包括的核実験禁止条約の批准、さらには核兵器廃絶の政治意思とその構想を明示すべきときである。
 日本政府は、非核3原則を厳格に実施する意思を改めて内外に示し、さらに進んで核兵器廃絶を展望して非核3原則法の制定に向けた実効的な取り組みをしなければならない。

5 「新千年紀」が迎えた新しい危機と「法の支配」
 ブッシュの「新しい戦争」は国際テロリズムを克服できるか。それは疑わしい。ブッシュ大統領の「十字軍」発言は、1000年の間地下水脈を流れてきたイスラム教徒の歴史意識を覚醒させ、とくに原理主義の「ジハード」(聖戦)意識に火をつけた。また、アメリカ合衆国とNATOによる武力行使、および日本による参戦は、植民地支配のもとで搾取され、差別され、抑圧さてきた世界の圧倒的多数の民衆に対して、恐怖と不安、不満と反感を呼び起こしている。空爆による非戦闘員の殺傷は、人類史の社会発展の歩みを逆行させるものである。先進諸国のエリートたちがしかける「新しい戦争」つまり「力の支配」は、かえって国際テロリズムの苗床に肥料をまくようなことになるのではないか。とすれば、世界の民衆が権力者の「力の支配」にはっきりとノーと言い、人間の尊厳を確保する「法の支配」をもとめるべきときである。
 10月1日から5日間、国連総会で「テロリズム根絶の方策」と題して168カ国が発言したが、このなかでテロリズムは国際犯罪であり、したがって国連はこれに関する12の条約の発効を急ぐべきであり、ロシアが提案している「包括的禁止条約案」について改めて審議を急ぐべきだという意見が出された。日本政府代表も、「核テロリズム」への国連の取り組みに言及した。
 「核テロリズム」対策について、いま第56国連総会の第6(法制)委員会で、昨年12月に設置されたアドホック委員会が作業を続けている。
 わたくしは、一方で、米欧日連合の「新しい戦争」体制作りに強く反対する。また、米欧日ばかりでなく、世界各国で「監獄国家」体制を構築する様々な方策に反対する。他方わたくしは、人間の尊厳を侵す国際テロリズムの歴史的社会的な根源を明らかにし、それを克服する国際反テロリズム運動を、政府や国際機関だけでなく、市民社会も参加しそれぞれ役割分担し協力して、改めて構築しなけらばならないのではないかと思う。この意味でとりわけ、日本、アジア太平洋、および世界の平和の構築をめざす「下からのグローバルな市民運動」の構築が、いま緊要な課題である。(終わり)

2001年10月18日
浦田賢治(早稲田大学教授)

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