野党の平和主義理解と「有事法制」への態度(1)
〜 憲法学の観点から 〜

もくじ
 1. はじめに
 2. 民主党の平和主義理解
 3. 民主党の「有事法制」への態度
 4. 若干の検討

1. はじめに

 「有事法制」をめぐる議論が、政府・与党を中心に進められている。必ずしも広範な関心を集めているわけでも、国民的議論が盛りあがっているわけでもないが、政府は今国会への法案提出にこだわっている。閣議決定は、4月16日にも予定されている。与党幹部は、連休前からの実質審議も主張している。こうした動向を受け、「有事法制」に反対する取り組みが全国各地で行われるようになった。政党や法律家団体なども、パンフレットや機関誌紙で問題点を訴え始めた。雑誌でも特集を目にするようになった。
 ところで、今回の「有事法制」論議が、従来までのそれと異なるのは、全ての野党(しかも有力な野党)が反対の態度をとっているわけではないという点である。民主党や自由党は、独自の法案を提出することを明らかにしている。実際、民主党はすでに「緊急事態に対する民主党の基本方針」を公表している。また自由党も、連休明けに独自案を発表する予定であるとしている。有力な野党のなかに「有事法制」に肯定的な勢力――しかも独自案をまとめるほどの積極的な勢力――が存在するというのが、今日的特徴の1つである。とするならば、政府案に対する批判はすでに一定なされているが、あわせて野党の「有事」に対する考え方や独自案の方向性などについても検討が加えられて然るべきだろう。そこで、この小論では民主党と自由党をとりあげ、その平和主義理解と「有事法制」への態度を簡単ながら紹介することで、両党の「有事法制」に関する1つの情報提供としたい。今回の一文では、民主党を扱うことにする。自由党については、独自案の発表をまって、改めて検討する。
 なお、報道されているように、政府は三法案を国会に提出する予定であるが、その可決にあたっては、国民の権利を制限するなどの法案の性格からしても、諸政党の広範な支持の獲得にとくに考慮することが予想される。米軍用地特措法改定のときのイメージである。その際には、この一文は、政府・与党と野党とのあいだでの修正協議の焦点を予想し、理論的批判を加えるための予備的作業としても位置づけられるかもしれない。

2. 民主党の平和主義理解

 民主党の平和主義理解について、この間の党の文書を中心に確認していきたい(下線はいずれも筆者)。

【民主党基本政策,1998年3月25日】
「国際社会の利益と調和させつつ、わが国の安全と主体性を実現していく『外交立国・日本』をめざす。憲法の平和主義に則った防衛政策を継続する一方で、現実的かつ柔軟な認識と戦略を持って、日本外交の自立性とダイナミズムを確立する」

【民主党安全保障基本政策,1999年6月24日】
日本国憲法は平和主義をその基本原理として採用し、他国の憲法に見られるような侵略戦争の放棄だけでなく、より踏み込んだ戦争否定の考え方を採用し、自らに制約を課している。これは第二次世界大戦の悲惨な経験を踏まえ、自衛の名のもとに侵略戦争を開始したことに対する深刻な反省に基づいたものである。民主党は今日においてもその基本精神は重要であり、維持されるべきであるとの立場に立つ
「憲法制定以後、第9条の解釈については国会や学界における論争において 様々な考え方が示された。しかし現時点において重要なことは半世紀にわたる国会の議論の結果、1.外国から違法な侵害を受けた場合の個別的自衛権の行使まで放棄したものでないこと 2.現在の自衛隊が憲法違反の存在でないことの二点については、国民の大多数の間に定着した憲法認識となっているという事実である
「国連安全保障理事会の決議に基づく武力行使を伴なう多国籍軍について、1.憲法前文の国際協調主義を強調する立場、2.憲法9条に規定する国権の発動にあたらないとする考え方に基づき、積極的に参加すべきとの意見がある。しかし1.多国籍軍はその指揮権は各国が持つことが通常であり、かつ2.参加するか否かの選択が各国に委ねられている状況において多国籍軍への参加を日本が決定することを考えると、国権の発動にあたらないとは言えない。このため民主党は後に述べるように正式の安保理決議に基づく多国籍軍が現実に果している役割について一定の評価をしつつも、日本が多国籍軍に参加し武力行使を行うことについては憲法第9条が許容していないと考える
「政府は憲法第9条が認める自衛権の行使は我が国を防衛するため必要最小限の範囲にとどまるものであり集団的自衛権の行使はその範囲を超えるものであり憲法上許されないとの立場に立っている。集団的自衛権の行使とは「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を行使すること」と定義されるが、この権利行使(武力の行使)を解釈として認めることは重大な解釈の変更になり、また憲法第9条は侵略戦争を禁止しているに過ぎないということになりかねない。以上を踏まえ民主党は、集団的自衛権行使の是否を憲法解釈の変更により行うべきではないと考える
「戦後半世紀を経て、憲法の平和主義のもとにおける以下のような防衛政策の原則が確立されてきた。即ち、1.個別的自衛権の行使を超えた海外における武力行使は行わないこと 2.専守防衛を堅持すること 3.個別的自衛権行使のための必要最小限度の実力を保持すること 4.集団的自衛権を行使しないこと 5.核・化学・生物兵器等の大量破壊兵器を保持しないこと 6.自衛権発動については三要件(急迫不正の侵害があること、他に適当な手段がないこと、必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと)に該当する場合に限られること 7. 徴兵制を採用しないこと 8.文民統制を維持すること 9.武器輸出三原則  10.非核三原則などは国会審議を通じて確立した原則である。民主党はこれらの諸原則は現時点においても尊重されるべきであると考える

【民主党憲法調査会「中間報告」,2001年12月18日】
「日本国憲法は、「国権の発動」としての「武力の保持及び行使」を原則禁止している。これは国連憲章の基本原理に沿うものであり、国際紛争の解決は基本的に国連を中心とする国際機関の行動に委ねるとした思想に立つものである。したがって、日本が国連加盟国としての行動原則を優先する限りにおいて、国権の発動としての武力の保持及び行使について自ずと強い制約が存在すると理解すべきである。しかし、このことと日本の国益を考慮し、一国として如何なる安全保障政策を選択すべきかといった論議とは必ずしも相反するものではないし、それは国際連合憲章との整合性の中で実際的に構想されるべき課題である」

3. 民主党の「有事法制」への態度

 ここでは、民主党の「有事法制」への態度を確認するが、まず安全保障政策に関する基本的な認識を概観し、次いで昨年の9・11事件への対応、最後に「有事法制」への態度という順番で見ていくことにする(下線はいずれも筆者)。

[基本認識]
【民主党安全保障基本政策,1999年6月24日】

「東西冷戦の終了により、我が国に対し大規模な直接侵略がなされる可能性が低下したことは我が国を取り巻く安全保障環境の最も重要な変化である。一方、テロリズムやゲリラ的活動、生物・化学兵器の使用、領土・領海・領空(領域)への不法侵入、ミサイルや核兵器の拡散など新たな脅威の可能性が生じるなど、北東アジアには警戒を要する状況が残っている。……同時に自衛隊に期待される役割そのものが多様化している。上記の多様な脅威への対応に加え、災害派遣、PKO活動などの国際協力活動、周辺事態における日米協力、海外における邦人救出など、自衛隊は重要かつ多様な役割を果すことが期待されている。……以上のような自衛隊をとりまく環境と自衛隊に期待される役割の変化に対応した効率的で質の高い自衛力の確保が必要である。とくに大規模直接侵略を主として想定して構築されてきた自衛隊の装備、配置及び構成について抜本的な見直しを行い、テロリズムやゲリラ的活動などの新たな脅威に、日本が原則として単独で対処できる体制を早急に整備することが重要である。……陸上自衛隊について戦車部隊中心主義から、より機動力がありかつゲリラ的活動に対処できる装備にも力点を置くことなど新たな環境に対応した体制整備も急ぐ必要がある。我が国に対するテロリズムやゲリラ的活動による主権侵害や破壊工作等に対して法制面での整備も含め検討すべきである。その際、1.このような主権侵害等に対しては断固とした措置をとるとの政治的意思を明らかにすること、2.海上保安庁や警察との連携が円滑に行われるよう一元的危機管理体制を整備すること、3.海上保安庁や警察では対応不可能な状況において、自衛隊が速やかに対応できるようにすること、4.武器使用基準(ROE)の策定も含め、危機における基準を予め明確に決めておくことで冷静かつ効果的な対処ができる体制を整備すること、5.シビリアンコントロールを徹底することが重要である」
従来の日米安保体制は重要な意思決定を米国に委ねるという点で、真の意味での同盟関係とは言いにくい状況にあった。今後日本のとるべき態度は、日本の国益を十分に踏まえつつ米国との緊密な対話・協議を行う姿勢である。日米両国の国益は当然のことながら常に一致するとは限らない。重要なのは、このような場合に率直で質の高い協議を通じてしっかりと調整を行っていくことであり、その前提として求められているのは日本の主体性である。このような観点から「日米安保条約の第6条の事態に関する交換公文(1960年)」に基づく事前協議制度をより明確にする必要がある。例えば従来の政府解釈のように「日本国から行われる戦闘作戦行動のための基地使用」を極端に狭く解して艦船の「移動」はすべてこれに該当しないなどの解釈を再考する必要がある。また、日本政府内で事前協議の当事者は誰であり、どのような手続きを経て日本政府としてYes、Noを判断するのかを国内法令の整備等を通じて明確にすべきである。当然のことながらこれらの問題は米国との緊密な話し合いのうえ実現すべき事柄である」

[9・11事件]
【今回の同時多発テロに関わる国際的協調行動(米国等への後方地域支援活動など)をとるための特別措置への取り組み,2001年10月4日】

「今回の大規模な同時多発テロは、通常のテロの概念を遥かに超えた卑劣かつ残虐な行為であり、その撲滅には、従来の枠組みを超えた新たな取り組みが必要になったと認識すべきである。今回の米国で起きた大規模なテロに対して、すでに国連では安保理決議第1368号で米国の個別的自衛権の行使を理解し、世界各国が支持を表明している。わが国も国際社会が行う協調行動に対して一致協力して取り組むべきである
「わが国が行う支援に関する新法の制定にあたっては、以下の方針で臨む。
<1> 時限立法
1. 1年を経過した日に効力を失う。
2. 1年経過後も対応措置が必要な場合、別に法律で定めるところにより延長できることとする。
3. 1年より前に対応措置を実施する必要がないと認められるに至ったときは速やかに廃止する。
<2> 国会の関与
1. 原則として事前に「基本計画」の包括的な承認を原則とする。基本計画に定められた対応措置の実施前に、これらの対応措置について事前の承認を得る。ただし、緊急の場合は、事後速やかに国会の承認を得ることとする。
2. 計画実施承認から6ヶ月経過後に国会報告を求める。
<3> 任務の場所的範囲
1. 武力行使との一体化を避けるため、「現に戦闘行為が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる地域」とする
2. 受入国の同意を前提条件として、他国領域での活動も認めることとする
3. ただし、テロの特性及び活動範囲が、周辺事態法に規定されていた公海上を越えて、活動が陸上に及ぶことになり得ることから、さらなる限定が必要かどうかを検討する」

[有事法制]
【民主党安全保障基本政策,1999年6月24日】

自衛隊が出動するような緊急事態が発生した時の自衛隊出動にあたっての要件・手続については、自衛隊法が規定しているところであるが、出動した後の自衛隊の活動のルールについては、法律の規定がほとんど存在していない。現状のままでは、日本に対する直接侵略などの緊急事態において自衛隊の活動が円滑に行われないことで国民の生命・財産に対する侵害が拡大するか、または、自衛隊が超法規的措置を取らざるを得ない可能性がある。このためあらかじめ緊急事態における法律関係について十分な議論を行い法制化しておくことが重要である。具体的には、1.緊急事態において、日本に対する武力攻撃などに効果的に対処できるようその活動の根拠を与えるとともに、 2.このような緊急事態においても自衛隊などの活動が、シビリアン・コントロールの下にあり、国民に対する必要以上の権利制限とならないよう、国民の権利、とりわけ憲法上認められた基本的人権・表現の自由等を保障することである

【緊急事態法制に対する民主党の基本方針,2002年3月28日】
「私たちが直面する緊急事態には様々なものが考えられるが、今回、法整備について検討する対象は、以下のとおりとする。これらはいずれも「通常の対応措置では国民の生命・身体、財産を守ることが困難な場合であって、国全体として特に緊急かつ強力な対応が必要な場合である」という意味で共通しており、一括して検討できる部分が多いからである。
 1. 天災・人災を問わず大規模な被害が生じ又は生じるおそれのある災害の場合
 2. 大規模テロ等通常の警察力では対応が困難な治安上の重大事態の場合
 3. 外部から武力攻撃を受ける恐れが高い場合
 4. 外部から武力攻撃を受けた場合
「いかなる緊急事態においても、国及び地方公共団体には、国民・住民の生命・身体、財産を守るため、最善を尽くす責務がある。しかし、緊急事態におけるルールがあらかじめ明確になっていなければ、超法規的措置によって民主主義そのものが危機にさらされ、また、国民の人権が侵害される事態に陥るおそれがある。こうした認識から、民主党は、結党大会において承認された基本政策において、「シビリアン・コントロールや基本的人権を侵害しないことを原則としながら、有事・危機に際して超法規的措置をとることのないよう関連法制の整備を早急に進める。」とし、更に99年の「民主党安全保障基本政策」でもこれを決定している。この党大会決定などに基づき、緊急事態法制の整備が必要であるとの認識のもと検討を進めるが、法整備にあたっては、以下の緊急事態法制の趣旨・目的を明確にすべきである
1. 国及び地方公共団体は、緊急事態における国民・住民の生命・身体、財産を守るため、最善を尽くす責務を負う
2. 緊急事態においてもあってはならない基本的人権の侵害を防止する
3. 緊急事態においても民主的統制を確保する
基本的人権に関する基本理念は、平常時・緊急事態を問わず守られるべきものとして、憲法上保障されている。しかしながら、緊急事態における公権力の発動においては、それに伴って結果的に人権侵害にいたる危険性が高いことから、法整備にあたって、これらの理念を逸脱しない具体的なしくみを法律に組み込むべきである」
「緊急事態においては、通常の民主的手続きを踏まえたのでは、対応が遅れるおそれが高い。したがって、より迅速な対応を可能とする手続きを用意する必要があることは否定できない。他方で、緊急事態において、通常とるべき民主的手続きを省略する制度を認めると、その制度の悪用によって、民主主義そのものが危機に直面する事態もありうる。また、基本的人権を確保する見地からも、緊急事態であるからこそ民主的統制がより重要であるとも言える。したがって、緊急事態における民主的統制手続きにおいては、以下の原則が確保されるべきであり、法整備にあたっては、これらの原則を踏まえるべきである。
1.緊急事態にあっても、自衛隊を含む行政各部の行動や、人権制約を伴う公権力の行使は、あらかじめ具体的に決められた法律に基づかなければならない。
2.具体的事態に対応するため法律に定められた権限を発動する決定は、原則として閣議においてなされるものであるが、防衛出動など特に強力な有形力行使を伴う場合など重要な決定に際しては、原則として事前の国会による承認を要する。例外として事前承認を要しない場合は、必要最小限にとどまるべきであり、この場合も、事後的に国会の承認を要するものとし、承認を得られない場合はその効力を失うものとする。
3.上記2.の決定は、原則として閣議において解除されるものであるが、国会の議決によっても解除しうるものとする。
4.上記2.の国会承認及び上記3.の議決のために必要な情報は、開示されなければならない」

4. 若干の検討

 民主党の平和主義理解と「有事法制」への態度について、簡単ではあるが政策論と憲法論の2つの観点から考えたい。

[政策論]
@民主党が「普通の国」路線であることが大きな特徴である。いわゆる「普通の国」という言いまわしは、その字義と異なり実際にはG7諸国レベルの軍事力や安全保障政策が想定されていることが多い。ただここではその意味ではない。上述したように、民主党の安全保障政策は、@個別的自衛権保持・行使、A集団的自衛権保持・不行使、B自衛隊・安保条約合憲、C多国籍軍不参加、D専守防衛堅持、E武器輸出三原則堅持、F非核三原則堅持、GPKO改革必要、H対テロ新法必要、I緊急事態法制必要、J徴兵制反対、という具合に性格づけられるものである。これは、確かにいくつかの政策の点で、国際的に見て「平均」的な安全保障政策とは言えないかもしれない。しかし、対象を日本国民に限定した場合には、世論調査などで現れる傾向に比較的近い安全保障政策のように思われる。このように国民受けする耳あたりの良い政策という意味において、民主党の安全保障政策は「普通の国」路線と言いうる。
A安全保障環境の変化を強調するのも民主党の特徴である。大規模な直接侵略よりもテロリズムやゲリラ活動、PKO活動などへの対応に重点を置いた政策提言となっている。こうした対応に即して法整備を行うことも主張している。その際、とくに武器使用基準(ROE)の策定にまで踏みこんでいるのが注目される。
B具体的な政策について原則的な批判を1点だけ指摘する。民主党は、国連安保理決議1368号がアメリカの個別的自衛権の行使に理解を示したと解している。しかし、この決議は、"The Security Council, ......Recognizing the inherent right of individual or collective self-defense in accordance with the Charter"とあるように、加盟国が保有する自衛権を一般的に再確認したにすぎない。全文を通しても自衛権の行使に理解を示すような決議にはなっていない。この点は、次回検討する自由党の方が正確に理解している。また、そもそも9・11事件の理解としても、これを個別的自衛権の行使が可能な事態とするのは法的に誤りである。9・11事件は、決して「戦争」ではない。
C前記の点について、あわせて内在的な観点からの批判も1点だけ指摘したい。民主党は、専守防衛堅持と集団的自衛権不行使の姿勢を一方では示しているが、他方において9・11事件を受け対テロ新法は必要との見解を明らかにしている。しかし、これははたして両立可能な立場だろうか。周知のように、9・11事件はアメリカで起きたものであり、日本国を対象としたものではない(被害者には日本国民も含まれていたが)。民主党は、「国連では安保理決議1368号で米国の個別的自衛権の行使を理解し、世界各国が支持を表明している」とするが、仮に決議1368号の解釈をめぐる前述の議論は横に置いて民主党の理解に与したとしても、その場合は民主党が主張するアメリカへの後方地域支援活動はいかなる論理によって正当化されるのであろうか。日米安保条約自体を集団的自衛権として理解する見解もあるが、ここでもそれは問わず、仮に政府解釈のレベルで考えたとしても、日米安保条約は集団的自衛権までは定めていないとされている。民主党自身もそういう理解である。とすると、対テロ新法とは、専守防衛の一線を越え、日米安保条約上の義務をも越える内容ということになるが、それを支える根拠はどこに見いだされるのか。「従来の枠組みを超えた新たな取り組みが必要になったと認識すべきである」と民主党は述べるが、その認識を政策として具体化する際の正当化の論理は提示されていないようである。あるいは、民主党としては、対テロ特措法の「国際連合憲章の目的の達成」という文言を強調することで、国連の諸活動への協力を自衛権とは異なる次元で理解しているのかもしれないが、いずれにせよこの点については、さらに明確な説明が必要であると解される。
D本文では紹介できなかったが、民主党は核政策やPKO改革、沖縄政策などについても党としての見解をまとめている。とくにPKO改革や国際貢献には熱心であり、PKF凍結の解除などを主張している。また、核政策が社会民主党のそれと類似しているのも特徴である。沖縄政策については、一応まとめられているが、PKO改革などと比べると積極性に欠け、アメリカに対する要求などでは表現が弱くなる傾向にある。あわせて、民主党は財政面や情報公開などにも問題意識があり、政策への賛否はともかくとして、安全保障政策の全般にわたってバランスよく目配りがなされている。
 
[憲法論]
@民主党の安全保障にかかわる理解や政策には、憲法学のいわゆる通説的理解とは異なる部分が少なくない。しかし、民主党自身の憲法理解に即するならば、割と一貫した合理的な政策を提起し続けているのが特徴である。とくに、その時々の立法に際しては、総じて政府・与党案よりも手続面において厳格な態度が見受けられ、民主党の憲法理解に即しつつ、その範囲内での憲法原理の貫徹に独自のこだわりを見せている。この点は、「有事法制」の議論にも通じる。
A「有事法制」については、民主党自身は「緊急事態法制」としてこれを位置づけ、法整備すべき対象に天災・人災を問わない大規模災害や治安上の重大事態を含めるなど、内容は現在の政府案よりも広範にわたっている。あわせて、立法化にあたっては、国民の権利侵害の抑制や手続面(国会の関与など)の重視を強調する姿勢を見せている。ただし、強調するといっても、実際には、「基本的人権に関する基本理念は、平常時・緊急事態を問わず守られるべきものとして、憲法上保障されている」とか、「緊急事態にあっても、自衛隊を含む行政各部の行動や、人権制約を伴う公権力の行使は、あらかじめ具体的に決められた法律に基づかなければならない」などと述べるだけで、当然のことを言っているにすぎないのには注意を要する。政府案に比べるとより制限的でないように見えてしまうが、それは政府案があまりに論外なためそう見えてしまうだけのことだろう。また、「外部からの武力攻撃」から大規模災害や治安上の重大事態までを「一括して検討できる」とする認識も、極めて乱暴だと言わなければならない。民主党は、いずれの事態も「通常の対応措置では国民の生命・身体、財産を守ることが困難な場合であって、国全体として特に緊急かつ強力な対応が必要な場合である」ことから、「一括して検討できる」だけの共通性が存するとするが、「周辺事態」のような事態と自然災害などでは立法事実も立法目的も異なり同日には議論できないはずである。もし民主党が、自然災害の際の権利制限と、いわゆる「有事」の際のそれとを同視するような認識なのであれば、それは両者の事態としての性質の相違と両者の人権制限の目的とを混同しているかなり危うい人権理解であることを意味し、自然災害とそうではない人為的な事態とを冷静に区別する視点に欠けるという危機認識の面からも、「有事」を議論させるには心もとない。民主党の理解がこのようなものであるのなら、政府・与党と民主党のあいだには、「緊急事態なので、権利がある程度制限されるのもやむを得ない」と言うか、「緊急事態であっても、守られるべき権利は存在する」と言うかの説明の仕方をめぐる違い以上のものはないのかもしれない。さらに、民主党は「緊急事態法制」を整備する理由に、「現状のままでは、……自衛隊が超法規的措置を取らざるを得ない可能性がある」ことを挙げているが、こうした点からは法律で規定すればそれで十分コントロールできるとする考え方が背後にあるようにも見受けられる。運用の危険性というものを民主党が認識しているのか、認識しているとしてどのようなものなのか、これらの点も明確ではない。
Bなお最終的な成案をまたなければ全体像はわからないが、「有事法制」の議論にかかわる民主党の独自性は、結局、国会の関与(とくに事前承認)や情報公開(とくに人権制約にかかわる事実関係)といった手続面に限定されることになるだろうと予想される。民主党自身の憲法理解に即するならば、この点が政府案との明白な相違だからである。今後、国会での審議を通じて修正協議が行われるような場合には、この点が焦点の1つとなるかもしれない。一般的には、民主党の方がより人権侵害的でない立場のように受けとめられているかもしれないが、過剰な期待は禁物だろう。むしろ、法律で規定すれば良しとするような民主党に存する「ある種の無邪気さ」の方が、場合によってはおそろしいかもしれない。

2002.04.14
I・M (早稲田大学)

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