その後、嫌がる女性が申し出たトイレ休憩のためにいっ たん中断したが、その後も脚に力を入れて抵抗する女 性に対し、強いてわいせつな行為をしたものである。
弁護人は、被告人が被害者にわいせつな行為をした こと自体は争わないが、そのような行為に及んだのは ガソリンスタンドでのトイレ休憩の後、出発してから のことであるなどと主張し、被告人も公判でこれに 沿う供述をしている。しかし、被害者の証言は信用で きるものと認められ、これによれば、本件公訴事実は その証明が十分である。
その犯行態様たるや、目の前の前部座席には運転手 と警護の警察官が乗車しているという狭い自動車内 で、大胆にも、被害者と自分の体とに一枚の毛布を掛 け、わいせつ行為が見えないようにして、被害者が身 を守るために、機転をきかせてトイレ休憩を申し出た り、精いっばいの抵抗として脚に力をこめているの に、それを無視して、執ようにわいせつ行為に及んで いるのであって、そのわいせつ行為自体、はなはだ悪 質との評価を免れない。
被告人のため体調不良をおしてまで選挙運動に従事して いる被害者に対して敢行されたものとして、強い背信 性も認められる。
それがこともあろうに、自らの傍らにいる女性に対し、最 も忌むべき性犯罪に及び、さらには、犯行直後、ブラ ンド物のバッグを買ってやるなどと言い放ち、女性の 性的自由を金品で左石できるとの態度を示したこと は、この上なく厳しい非難を免れない。弁護人提出の 証拠によれば、被告人の公約中には、「女性の負担軽 減をはかる社会システムづくり」が掲げられている。
女性に対する性暴力が女性の尊厳を傷つけることはい うまでもなく、そのような被害を根絶しなければ女性 の負担軽減をはかる社会システムづくりなど実現のし ようがないと思われるのに、被告人は自らが府民に 示した公約に真っ向から反する所為をあえてしたもの であり、その背信性・背倫理性は顕著である。
それだけでも被害者に加えられた傷は深刻重大というべきと ころ、被害者は、被告人の後記のような犯行後の対応 及びそれによって生じたさまざまな社会的波紋によっ ても深甚な精神的被害を受けたと認められるところで あって、その被害は甚大である。
したがって、被告人のこれら中傷行為それ自体を犯行 後の情状として考慮するにはおのずと限界があるが、 しかし、少なくとも、被害者証言によれば、これらに より被害者が深刻な精神的苦痛を受けたことは明らか であって、その点は被告人に責任あるものとして考慮 することができる)。被害者の被害感情が極めて激烈 であるのはけだし当然といわなけねばならない。
もとより、これら謝罪は直接被筆者に向けられたも のではないうえ、被告人の公判廷における自白は、当 裁判所の認定事実、すなわち、被告者証言と完全に一 致しているわけではなく、そうすると、被害者にして みれば、被告人が心底反省し被害者に謝罪していると は受け取れないものと考えられるところであって、被 害者の傷ついた心を完全に一致しているわけではなく、 慰籍(いしゃ)するものといえないことはいうまでもない。
しかし、被告人にしてみれば、小学校卒業後直ちに 社会に出て、数々の辛酸をなめ、思うところがあって 政治に志し、参議院議員を四期務め、さらには大阪府 知事に選ばれ、その志を実現しようとしていたその途 次に、そのすべてをなげうったのである。
そして、本件犯行の悪質性と犯行後の態度等の不誠 実さにかんがみるとき、被告人が公人として社会に復 帰できる可能性はほぼ絶たれたとみるのが妥当であ る。被告人も自らの犯罪行為により、当然のこととは いえ、大きな代償を払ったというべきである。もとよ り、被害者が受けた苦痛の大きさと被告人のそれとは 比べようもないであろう。
まして、被害者は何の罪科もないのに理不尽にもかか る苦痛を強いられたのに対し、被告人は自らの所業に より代償を払わざるを得なくなったに過ぎないのであ る。被告人の苦痛を過大評価してはならないことは いうまでもない。
しかし、齢(よわい)六十八に達するまで営々とし て築き上げてきたもののほとんどすべてを失ったこと を軽くみることは、やはり当を得ないと考えざるを得 ない。
そして、被告人が今なお事実の一部を否認して いることも、反省の徹底を欠くものとの指弾は免れな いであろうけれども、自らの犯行のあまりの破廉恥さ にかえってしゅう恥心等々から自己の行為をわい小化 しようとしているものともみられ、人の弱さを示すも のではあっても、先に見たような被告人の知事辞職等 々の出来事や被告人が民事訴訟の確定判決によって 命ぜられた損害賠償金千百万円余の全額を支払ったこと とも併せ考えるとき、被告人の内心に反省と謝罪の気 持ちがないものとまで断ずるのは、余りにも酷との感 を免れない。