特集  ノ ッ ク 問 題   

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 横山ノック前知事 強制わいせつ事件判決の要旨  2000年8月10日

【事実認定】

  被告人(横山前知事)は、自己の選挙運動に従事 していた女性に強いてわいせつな行為をしようと企 て、一九九九年四月八日午後五時二十分ごろ、大阪府 堺市内で候補者カーからワゴン車に毛布を持って乗り 移り、後部座席の女性の左隣に座って、自分と女性の 体に毛布をかけるとともに、女性の体を触った。

その後、嫌がる女性が申し出たトイレ休憩のためにいっ たん中断したが、その後も脚に力を入れて抵抗する女 性に対し、強いてわいせつな行為をしたものである。

 弁護人は、被告人が被害者にわいせつな行為をした こと自体は争わないが、そのような行為に及んだのは ガソリンスタンドでのトイレ休憩の後、出発してから のことであるなどと主張し、被告人も公判でこれに 沿う供述をしている。しかし、被害者の証言は信用で きるものと認められ、これによれば、本件公訴事実は その証明が十分である。

【量刑の理由】

●執ような犯行

 本件は、犯行当時現職の大阪府知事で、知事選に立 候補していた被告人が、自己のため選挙運動に従事し ていた二十一歳の被害女性に対し、約三十分間にもわ たってわいせつな行為に及んだ事案である。

 その犯行態様たるや、目の前の前部座席には運転手 と警護の警察官が乗車しているという狭い自動車内 で、大胆にも、被害者と自分の体とに一枚の毛布を掛 け、わいせつ行為が見えないようにして、被害者が身 を守るために、機転をきかせてトイレ休憩を申し出た り、精いっばいの抵抗として脚に力をこめているの に、それを無視して、執ようにわいせつ行為に及んで いるのであって、そのわいせつ行為自体、はなはだ悪 質との評価を免れない。

被告人のため体調不良をおしてまで選挙運動に従事して いる被害者に対して敢行されたものとして、強い背信 性も認められる。

●知事の犯罪

 本件事案の特質として、被告人が犯行当時現職の大 阪府知事であったことを指摘せざるを得ない。

  1. ひとつには、被告人が知事という地位にあったこ とそれ自体が本件犯行を容易にしたという点において である。すなわち、被害者は、被告人がその地位にあ り、強大な権力を有していると認識していたが故に、 本件被害にあっても、これから逃れることはおろか、 同乗の警察官に助けを求めることすらできず、ようや く先に述べたとおりのささやかな抵抗をするのが精い っぱいであったと認められるのである。本件犯行は、 その地位にあったが故に敢行することができたものと いわなければならない。

  2. そして、いまひとつは、被告人が大阪府知事と いう公職にありながち、かかる犯行に及んだことの強 い背倫理性という点においてである。被告人は、いわ ば大阪府を代表する公人として、府民全体の福祉を図 るべき立場にあった。

    それがこともあろうに、自らの傍らにいる女性に対し、最 も忌むべき性犯罪に及び、さらには、犯行直後、ブラ ンド物のバッグを買ってやるなどと言い放ち、女性の 性的自由を金品で左石できるとの態度を示したこと は、この上なく厳しい非難を免れない。弁護人提出の 証拠によれば、被告人の公約中には、「女性の負担軽 減をはかる社会システムづくり」が掲げられている。

    女性に対する性暴力が女性の尊厳を傷つけることはい うまでもなく、そのような被害を根絶しなければ女性 の負担軽減をはかる社会システムづくりなど実現のし ようがないと思われるのに、被告人は自らが府民に 示した公約に真っ向から反する所為をあえてしたもの であり、その背信性・背倫理性は顕著である。

  3. そして、結局、いずれの点についても、被告人が、 大阪府知事という地位が大阪府民から託されたもので あることを忘れ、自らの地位とその力に酔いしれ、政 治を志した初心を忘れ、驕(おご)りたかぶっていたこ とがその根底にあるものとうかがわれ、厳しい非難を 免れないところである。

 ●精神的被害

被害者は、当時二十一歳の女性であるところ、強大 な力をふるう権力者と思っていた被告人からかかる被 害を受け、驚愕(きょうがく)するとともに強い恐怖 感におそわれ、抵抗もままならず、それでも精いっぱ いの抵抗をしていたのに、判示のような深刻な被害に 遭い、さらには、ブランド商品を買ってやるなどと屈 辱的な言葉により傷つけられているのである。

それだけでも被害者に加えられた傷は深刻重大というべきと ころ、被害者は、被告人の後記のような犯行後の対応 及びそれによって生じたさまざまな社会的波紋によっ ても深甚な精神的被害を受けたと認められるところで あって、その被害は甚大である。

 ●被告人の態度

しかるに、被告人は、被害者が本件を告訴・公表し たのに対し、犯行を否認したのみか、被害者を虚偽告 訴罪で逆告訴するに至っている。このような態度が被 害者をさらに傷つけるものであることはいうまでもな いところである。 本件犯行によって被害者を傷つけたにとどまらず、犯行後にお いても被害者を苦しめ続けた点においても、被告人 は、厳しい非難を免れない(なお、被告人の記者会見 や府議会における被害者中傷の具体的内容は、これを 示す的確な証拠が当裁判所に提出されておらず、被害 者証言や民事事件の判決によってその一端をうかがう ことができるに過ぎない。

したがって、被告人のこれら中傷行為それ自体を犯行 後の情状として考慮するにはおのずと限界があるが、 しかし、少なくとも、被害者証言によれば、これらに より被害者が深刻な精神的苦痛を受けたことは明らか であって、その点は被告人に責任あるものとして考慮 することができる)。被害者の被害感情が極めて激烈 であるのはけだし当然といわなけねばならない。

 ●情状

 しかし、他方、本件の犯行後の状況を見るとき、次 のような点はやはり、量刑上も無視することはできな い。すなわち、被告人は、極めて遅きに失したとはい え、知事の職を自ら辞し、従前の全面否認の態度を改 め、当公判廷において、犯罪事実の多くを認めるとと もに、被害者に対する謝罪の言葉を述べるに至ってい るのである。

 もとより、これら謝罪は直接被筆者に向けられたも のではないうえ、被告人の公判廷における自白は、当 裁判所の認定事実、すなわち、被告者証言と完全に一 致しているわけではなく、そうすると、被害者にして みれば、被告人が心底反省し被害者に謝罪していると は受け取れないものと考えられるところであって、被 害者の傷ついた心を完全に一致しているわけではなく、 慰籍(いしゃ)するものといえないことはいうまでもない。

 しかし、被告人にしてみれば、小学校卒業後直ちに 社会に出て、数々の辛酸をなめ、思うところがあって 政治に志し、参議院議員を四期務め、さらには大阪府 知事に選ばれ、その志を実現しようとしていたその途 次に、そのすべてをなげうったのである。

 そして、本件犯行の悪質性と犯行後の態度等の不誠 実さにかんがみるとき、被告人が公人として社会に復 帰できる可能性はほぼ絶たれたとみるのが妥当であ る。被告人も自らの犯罪行為により、当然のこととは いえ、大きな代償を払ったというべきである。もとよ り、被害者が受けた苦痛の大きさと被告人のそれとは 比べようもないであろう。

まして、被害者は何の罪科もないのに理不尽にもかか る苦痛を強いられたのに対し、被告人は自らの所業に より代償を払わざるを得なくなったに過ぎないのであ る。被告人の苦痛を過大評価してはならないことは いうまでもない。

 しかし、齢(よわい)六十八に達するまで営々とし て築き上げてきたもののほとんどすべてを失ったこと を軽くみることは、やはり当を得ないと考えざるを得 ない。

そして、被告人が今なお事実の一部を否認して いることも、反省の徹底を欠くものとの指弾は免れな いであろうけれども、自らの犯行のあまりの破廉恥さ にかえってしゅう恥心等々から自己の行為をわい小化 しようとしているものともみられ、人の弱さを示すも のではあっても、先に見たような被告人の知事辞職等 々の出来事や被告人が民事訴訟の確定判決によって 命ぜられた損害賠償金千百万円余の全額を支払ったこと とも併せ考えるとき、被告人の内心に反省と謝罪の気 持ちがないものとまで断ずるのは、余りにも酷との感 を免れない。

 ●実刑には躊躇

 右に見た諸点を総合考慮するとき、被告人の犯行の 悪質重大さはいうまでもなく、また、これによって受 けた被害者の傷の大きさも改めていうまでもないけれ ども、なお被告人を実刑に処するには若干の躊躇(ち ゆうちょ)を覚えざるを得ない。被告人に対し、その 刑の執行を猶予することとしたゆえんである。