紹介:
「知られざるヒバクシャ 劣化ウラン弾の実態」
 著者 田城 明(中国新聞編集委員) 大学教育出版 本体1500円+税
 イラクに派遣される自衛隊員。彼の本当の「任務」は、もしかすると、イラクの人々が被っているあまりにも理不尽でむごたらしい苦難を、我が身に引き受けることなのかもしれない。

 7月26日、小泉政権はイラク特措法を強引に押し通した。イラクに派遣される自衛隊員。彼の本当の「任務」は、もしかすると、イラクの人々が被っているあまりにも理不尽でむごたらしい苦難を、我が身に引き受けることなのかもしれない。自衛隊の派遣が現実に迫る問題となった今、この本に書かれてある米英の帰還兵の陥っている状況に自衛隊員に待ちかまえる劣化ウランの脅威をなぞらえてみることを強く感じないわけにはいかなかった。この本はイラクの劣化ウラン被害の悲惨な現状はもちろん、アメリカの帰還兵、軍需工場、試射場・廃棄場、イギリスの帰還兵について詳しく描かれているからである。 

 彼は、今の状況では必ずイラクの人々を傷付けるか、自らを傷付けるだろう。しかしもし幸いにして、誰も殺さず、誰からも殺されずに帰国することができたとしよう。その後、彼が体の不調を訴え、やがて「遅れてきた戦死者」となっても、彼をイラクに派遣する命令を出した政府は、彼のことを見向きだにしないだろう。
 彼は、愛する女性の体内に、放射能と重金属で汚染された精液を放出することになる。女性は性交のたびに苦痛を感じ、産まれてきた子どもは、重い障害のために彼の腕の中で息を引き取るかもしれない。それでも、日本政府は、米英政府と同じように「劣化ウランの放射能レベルは天然ウランよりも低く、人体や環境への影響はない」と主張するだろう。
 彼、あるいは遺された家族は、いくばくかの恩給を手にするかもしれない。しかし、こんな金よりも、健康な体を戻してほしい、命を返してほしい、という思いは消えることがないだろう。
 この本を読むと、そんな悲しい未来が見えてくる。自衛隊員にとっては、未だ変えうる未来ではあるが、イラクの人々にとっては、それは、すでに起こってしまった現実である。

 この本は、劣化ウラン弾がもたらした被害について、1999年〜2000年に、世界各国の人々を一人一人取材して書かれたものである。劣化ウランは、放射性物質であると同時に、重金属としての化学的毒性を併せ持った物質であり、生産から、実験、廃棄に至るまで、環境と人体に深刻な影響をもたらしている。そして、戦場となったイラクにおいては、衝撃による燃焼で微粒子となって大気中に飛散し、兵士だけでなく、広範な住民もそれを体内に取り込んでしまう。
 2003年1月、新たな戦争が始まらないことを、そして、劣化ウラン弾がこれ以上使用されないことを願って、この本は出版された。(しかし、その願いもむなしく、アメリカはイラクを攻撃し、そこにおいて劣化ウラン弾を使用した。)以下に紹介するのはこの本の記述のごく一部である。

 湾岸戦争に参加した元米軍兵士のジェリー・ウイートさんは、自軍戦車からの誤射で劣化ウラン弾の砲弾を体に受けた。体内には今もその破片が残り、尿からは劣化ウランが検出された。腹痛や関節痛が続き、骨には腫瘍ができ、手術で取り出さねばならなかった。毎日鎮痛剤を摂取する生活を続けながら「まだ病気に負けるわけにはいかない。子どもが二人もいるからね」と彼は言う。
 1997年まで陸軍で保健物理学者として働いていたダグラス・ロッキーさんは、劣化ウラン弾の危険性とその防護対策プログラムを兵士のために作成した。しかし、彼が作成したものは何一つ生かされることなく、機密文書扱いされ、彼が所長を勤めていた軍の研究所は閉鎖され、失業の憂き目にあった。
 米国防総省は、退役軍人らから批判を受け、1998年から、地上戦に参加した兵士たちの被曝の事実だけは公式に認めるようになったが、疾病との関係は、かたくなに拒み続ける。「劣化ウランによる人体への影響については今のところ科学的な裏付けがない。逆に劣化ウラン弾は、戦車の破壊などで絶大な威力を発揮した。」として、将来も使い続けることを明言した。

 戦場に短期間しかいなかった米英の兵士でさえ、深刻な健康被害が出ている。その地でずっと生活しなければならないイラクの人々にとっては、被害を被っているのは兵士だけではない。多くの市民や子どもたちが癌や白血病などで命を落とす。バスラ市内の病院では1999年8月の1ヶ月間に67人の無脳児などの先天性異常をもった赤ん坊が生まれ、その多くは死産か極めて短い命だった。
 イラクの文化情報省(取材当時)の一部門「湾岸戦争調査センター」で、主に劣化ウラン弾の影響について調査しているセンター長のナスラ・サズーンさんはアメリカの敵視政策を嘆いて言う。「非人道兵器を使い、自軍兵士も含めて多くのヒバクシャをつくり、戦争終結後も何年にもわたって人々の命を奪い、苦しめ続ける。それをしているのは、人道や人権を声高に唱える当のアメリカ政府じゃないでしょうか・・・」
 彼女とほとんど同じ言葉を、湾岸戦争から帰還後、体中の痛みに苦しむようになったアメリカのキャサンドラ・ガーナーさんも口にする。「アメリカ政府はよく人権だ、正義だ、平等だって世界に向かって言うでしょう。自分の国でそれが守れなくて、どうして世界中の人々にだけ要求できるの。」彼女はさらに続けて言う。「正直言って、私にはあまりにも高すぎる授業料だったわ。でも、もう時間は戻せないわね。」

 これらは、みな湾岸戦争のことであり、今回のイラク戦争のことではない。
 今後、「高すぎる授業料」を支払わされることになるのは、誰なのであろう。「もう時間は戻せない」という言葉を口にすることになるのは。

 この本は、ぜひ多くの人に読んでほしいが、大きな書店でも店頭に無いかもしれない。そんな時は、最寄りの書店で、書名と出版社を言って注文すればいい。どんな小さな書店でも受け付けてくれる。また、大学教育出版のホームページからブックサービスを使って入手することもできる。http://www.kyoiku.co.jp/2003/2003f.html

2003年7月26日 イラク特措法の強行採決を知って         木村奈保子