番組紹介
司法反動化の恐ろしい実態を告発
テレビ朝日サンデープロジェクト・シリーズ「言論は大丈夫か」より


 テレビ朝日のサンデープロジェクトは、今年5月から6月にかけて「言論は大丈夫か」をシリーズ特集で放送した。取材は、ジャーナリストの大谷昭宏氏。シリーズ5回目からは「司法」に焦点を当て、5月13日「人質司法と自白強要」、5月20日「裁判員制度の『落とし穴』」、5月27日「行政訴訟はなぜ『9割敗訴』か?」、6月24日「裁判検証ができない」が放送された。
 番組は冒頭で、「市民の人権・言論の自由が侵されたときに頼るべき最後の砦となるのは司法だが、はたして司法はその役割を果たしているのだろうか」という疑問を投げかけ、司法反動の実態を告発した。以下は、簡単な番組紹介である。

2007年8月1日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局




「人質司法」と自白強要、「判検交流」と国勝訴判決の連発

 「人質司法」とは、逮捕された被告に対して、長期間身柄を拘束して自白を強要する検察・警察の常套手段である。裁判所は、捜査機関の拘留要求を追認している。
 今春、12人の被告全員の無罪が確定した鹿児島の選挙違反事件。新人候補が住民に計191万円を渡したとされたこの事件は、物証がなく、警察はもっぱら被告の自白に固執した。任意同行から始まった取り調べは、最初から犯人と決めつける強圧的なものであった。
 藤元いち子さん「本当のことを言っても怒って怒って怒るんです。朝から晩まで怒鳴ってすごい声で。」
 永山トメ子さん「『お前はウソを言っている』と言って、昼も食べない、夜も食べないという状況で、『今日は帰さない』と任意出頭の日から言われました。」 
 懐俊裕さん「『もらってないから考えられません』と言ったら、1回、『ダーン』と机を叩きましたね。『こらお前、俺をなめとるのかー、俺を馬鹿にするなよー。』とどなる。」
 警察が取調中に述べる常套句は、「交通違反の事件と一緒だから、認めたらすぐ出られるよ。」「認めなければ、いつまでも出られない。出所できない。」自白すれば、すぐに保釈する、自白しなければいつまでも保釈しない、と述べ、自白を迫ったと言う。
 最後まで否認を通した中山信一さんの場合、鹿児島地裁、福岡高裁、最高裁と8回も保釈請求が棄却され、逮捕395日後の9回目の請求でようやく保釈が認められた。中山さんと一緒に逮捕された妻のシゲ子さんも否認を通したが、保釈されたのは逮捕から273日後だった。拘留中は、犯人扱いで、「お風呂は週に2回、15分間です。監視が付きます。」「夏場は拘置所は扇風機もない。蒸し風呂のような所です。」
 存在しない事件を捏造した上で、身柄を人質にとって自白を迫った警察とそれを追認した検察。警察や検察の注文に応じて保釈請求を棄却した裁判所。
 中山シゲ子さん「人質をとっといて、その中で追い込んで認めさせると思った。」
 中山信一さん「警察、検察、裁判所、一体だったとしか思えない。」

 地方公務員の井田隆史さん(仮名)が3万円を盗んだとする根拠のない目撃証言で逮捕された事件、高知に住む卓球少年団指導者の竹内真一郎さんが児童の身体を触ったとして逮捕された事件など、物証がなく、自白しない被告を長期間拘留する不当逮捕の例を番組は数多く紹介している。

 現在、被告が否認している事件で、保釈が最終的に認められる率はわずか13%。1984年には35%、1970年代は50%であった。こうした保釈率が下がってきた背景には、1960年代末に最高裁によって行われた指導があったとされる。当時、国に異を唱える判決が多く出たことを憂慮した最高裁は人事権を握っていることをテコに個々の裁判官への締め付けを強め、今に至っているとされる。

 番組では、裁判所が反人民的な性格を持っている理由の一つとして、「判検交流」を紹介している。諫早湾干拓事業で、佐賀地裁の榎下裁判長は、「干拓事業と漁業被害の因果関係あり」として工事中断を命令。これに対して国は福岡高裁に抗告、そして2005年5月、福岡高裁の中山裁判長は、地裁での漁民勝訴の決定を棄却、国勝訴の判決を出した。この判決を出した福岡高裁の裁判長は、「判検交流」によって法務省に数年間出向し、訟務検事の経験を積んで戻ってきた人物であった。訟務検事とは、国家賠償訴訟など国が訴えられた裁判で、国の弁護をする代理人である。漁民は、「(裁判長が)国側の人ならどげん理由を付けてでも俺達を負けさす。(結果を見て)やっぱりかと言う気持ちがあった。」と憤る。
 「判検交流」は、終戦後から行われ、現在は40人ほどが裁判所から法務省に出向し、法務省からは検察官が裁判所に出向しているとされる。「司法が行政から独立していることは民主主義の大前提」とされるが、実態はそうであろうとする裁判官にとって、よほどの自覚と意識性が必要とされる状況である。


裁判員制度の「落とし穴」
−遅れる「取り調べの可視化」。「無実の人を犯人にしてしまう」危険−


 2年後に導入される裁判員制度は、裁判員の負担を軽減するため、裁判の迅速化を打ち出すためとされている。しかし、今の取り調べは密室で行われ、自白を強要して調書を警察の都合のいいように作り上げてしまう。2,3日から1週間程度とされる裁判員による法廷で、警察の調書のウソを見抜くことはできない。
 松山地裁、安原浩裁判官「今までの刑事裁判では供述調書がたくさん出る。任意性の判断はいつも苦労している。裁判員制度になると調書の行間を読むことは不可能です。」
 鹿児島の選挙違反事件で逮捕され、密室で人権を踏みにじる取り調べを受けた川畑幸夫さんも「素人が裁判員になっても、録画、録音がないと無実の人を犯人にしてしまう」と懸念する。川畑さんは、父親や孫の名前が書いた紙をムリヤリ何度も踏まされ、「コイツは血も涙もないヤツだ。親や孫を踏んづけるヤツだ」と面罵された。川畑さんは、「時間がたつごとに怒りが来て許さん」と自ら街宣車で裁判の可視化を訴えるようになった。

 裁判員制度では、検察と弁護側が全面対立した「鶴見事件」(公判57回、証人47人、凶器鑑定3回)のような大事件を扱うのは不可能とされる。「鶴見事件」では、「検察は有罪の証拠は出すが、妨げになる証拠は出さ」ず、物証や自白の信用性に極めて強い疑いがあったにもかかわらず最高裁で死刑が確定している。

 番組では、推定無罪の原則が守られているアメリカの裁判を紹介している。
 アメリカでは、検察に全証拠の開示義務がある。
 デラーノ弁護士「もし、被告に有利な証拠を検察官が法廷に出さなかったら、憲法違反で重罪に問われます。」
 さらに、取り調べの録画、録音がアメリカの多くの州で実施された結果、自白の任意性を巡る争いが無くなり、裁判の迅速化に役立っていると報告している。


行政訴訟はなぜ9割敗訴か
 −行政・国賠訴訟こそ裁判員制度を−−


 現在、行政訴訟で住民が勝訴するのは12%(2005年度)。住民が勝訴しにくいのは「行政救済の判決」が行われているからであるとされる。
 ドミニカ移民訴訟は、日本人移民170人が、「国が自分たちをだました」と訴えたもの。1956年、国はドミニカ共和国への移民を募集した。戦後直後の急増する人口対策であった。募集宣伝では、入植地は中程度の肥沃度、水量は豊富で、18ヘクタールの土地の無償譲渡などを約束していた。これを信じた1319人がドミニカに渡ったが、実際の入植地は塩分が多く、水不足で不毛の土地だった。日本政府は事前の情報でこれを知っていたのである。金井康雄裁判長は、国の法的義務違反を認めたものの、民法を根拠に移民から20年以上たった訴訟は無効という国の主張を認め原告敗訴とした。
 菅野庄一弁護士「世間常識を反映させる仕組みがあれば、(裁判の)結論は相当変わったのではないか。行政訴訟にも裁判員制度を取り入れないといけないと思う。」

 市民の常識とは相容れない判決は他にもあった。
 満州開拓民の残留孤児が、早期帰国の実施を怠り、帰国後も語学・就職訓練などの自立支援を怠ったとして国を訴えた裁判。神戸訴訟では原告勝訴であったが、東京地裁、徳島地裁、名古屋地裁、広島地裁では国勝訴であった。
 関東孤児訴訟の鈴木経夫弁護士は言う。「ここまで我々の常識とかけ離れているのか。こういう訴訟は、職業裁判官に任せておけない。」 

 アメリカでは、行政・国家賠償訴訟の一部で、陪審員が評決を下している。日本でも、「行政訴訟に裁判員制度を」と言う意見が根強く、日弁連・行政センター越智敏裕弁護士は、「行政・国賠訴訟に裁判員を入れることが司法を変える一番の近道」だと提言している。


刑事訴訟法281条改悪で裁判検証ができなくなる
−密かに進められる「言論規制」−


 私たちが全く知らないうちに、今から2年前、マスコミによる裁判の検証がほとんどできなくなる法「改正」が行われていた。警察や検察のウソや証拠ねつ造を暴くことができなくなる危険性がある。刑事訴訟法281条で、弁護人や被告人が裁判証拠を裁判以外の目的で使うと懲役など刑事罰に問われるようになったのである。これによって、マスコミに証拠を提供することは法を犯す覚悟が必要となった。情報提供者に圧力をかけて、マスコミ報道を押さえようとする新たな言論統制である。

 殺人などの罪を問われた袴田事件は1966年に発生した。犯行に結びつく確実な物証がなく、袴田被告は1日平均12時間以上の取り調べから20日後、自白に追い込まれた。裁判では自白調書45通の内、44通は「自白の取り方が非常におかしい、不自然」(当時の裁判官、熊本典道氏))とし、証拠採用しなかったにもかかわらず、3人の裁判官の多数決で死刑判決となった。裁判に疑問をもったジャーナリストの高杉晋吾氏は、弁護士から膨大な裁判記録を入手し、検察が提出した犯行の証拠品を検証した。証拠とされた血染めのズボンは小さ過ぎ、袴田被告がはくこともできないことに注目、裁判の疑惑を週刊誌などで暴露した。高杉氏の報道がきっかけとなり、支援運動が広がると新たな疑惑が浮上した。警察は裏木戸を逃走経路と主張、裏木戸を通り抜ける再現実験をし、その写真を証拠として提出していたのであるが、日本テレビの再現実験では通り抜けるのは無理だった。裏木戸は止め金で開かないようにしてあり、警察が証拠として提出した写真には止め金は写っていなかった。警察による再現実験はウソだった。写真は警察に都合のいいようにねつ造されたものだった。 
 日本テレビ報道局袴田直希局次長「組織的に写真を撮る人がいて(裏木戸を)潜る人がいて、その人たちはみんなウソをついて証拠をねつ造した。一件についてねつ造した人たちが出してきた他の証拠は信用できますか?」

 遠藤祐一さんは、30年前、突然、ひき逃げ犯とされた。証拠はタイヤに付いた血のような黒いシミだった。事故直後の検問で、遠藤さんの車輌は2人の警官にくまなく調べられたがタイヤにシミなど無かった。また、事故2日後、警察から車を見たいと連絡があったため、遠藤さんの同僚5人が車を点検したが何もついていなかった。ところが、警察に出頭後、遠藤さんは早めの昼食を取るよう言われ、食事から帰ると遠藤さんの車のタイヤには黒いシミが付いていたのである。警察の証拠ねつ造である。遠藤さんは、自白に追い込まれ、裁判では有罪判決が出た。これに納得できない遠藤さんは、自費でパンフレットを作り冤罪だと訴えた。パンフレットには、犯行の証拠として提出されたシミ付きタイヤの写真を載せた。その後、1986年、「ニュースステーション」が事件を取りあげたことで、全国から署名が集まり、最高裁は無罪判決を出した。

 裁判以外の目的で証拠を利用することが法的に犯罪とされる今、袴田事件や遠藤さんに見られる冤罪事件が起こったらどうなるか。
 質問「一切、証拠を(マスコミに)見せないとなると、この袴田事件はどうなっていましたか?」
 高杉氏「とうの昔に袴田さん、死刑になっているでしょう。(疑惑を)立証しようと思っても資料を見せないということになると大変なことになっていきます。」「遠藤さんはシミ付きタイヤの写真を冤罪だと訴えるパンフレットに載せることもできず、有罪になって裁判は終わっていたでしょう。結局は、マスコミの力を借りることが出来なくなることにつながります。ものすごく恐ろしい法律。」
 
 昨年3月のサンプロ「シリーズ『言論は大丈夫か』@『ビラ配り』逮捕と公安」では、公安警察が共産党機関紙を配る社保庁職員を尾行し隠し撮りしたビデオを放送し、公安警察の実態を暴露したが、ビデオは裁判所に提出された証拠であった。ビデオは、弁護士が処罰を覚悟してサンプロに提供したのである。
 石崎和彦弁護士「場合によっては(裁判所や検察が)懲戒請求をしてくる」
 加藤健次弁護士「検察官自身が懲戒請求する可能性が一番高い」
 日弁連は、正当な理由があれば、検察からの懲戒請求があっても、問題にしないとしている。   

 裁判に直接の関わりを持たない多くの人は、司法が真実を公正に判断すると思っている。しかし、裁判の当事者となるとその考えは一変する。人質司法や裁判の結果は、司法が市民を守るものではなく、国家権力の守護神になっていることを思い知るからである。