大阪府財政再建案:橋下知事が手をつけない巨額の聖域
赤字財政の原因=公共事業と国による借金押しつけを批判する

はじめに

 橋下知事は6月5日、大阪府財政再建案(「維新案」)提示の際に、「絶対に守るべき責務」として「障害者」「いのち」「治安」の3分野を挙げた。しかし、「財政再建プログラム試案」(PT案)からの大幅な譲歩は、警察本部長とのトップ交渉で決めた「520人削減」の全面撤回、警察力=弾圧機構の維持だけである。障害者を含めた医療費負担増については今年の11月実施というPT案を来年度実施に先送りしたに過ぎない。「障害者就労支援事業」もPT案通り廃止であり、不明瞭な「再構築」が付け加わっただけである。「救命救急センター運営事業」についても、「2か所の補助廃止、2か所の削減」から「1か所の補助廃止」を取りやめただけである。

グラフ 削減対象となっているのは、一般施策費の内、府民生活に関連する部分で、全体のわずか2割に満たない。
 ターゲットは徹頭徹尾、障害者、低所得者層と高齢者、女性と若者、生徒と児童、そして自治体職員・労働者と教職員である。府職員・労働者と教職員に対しては、この間の賃金抑制策に加えて、さらに全国的にも例のない10%以上もの切り下げを行おうとしている。退職手当も都道府県ではじめて5%カットする。
 私学授業料助成の削減は、年収288万円から430万円の世帯で7万円減、430万円から500万円以下の世帯で6万円の減になる。今でも、公立を不合格となった生徒が進学そのものを断念する、あるいは定時制へ進学することが増大しており、この削減はこのような傾向をいっそう助長するものである。
 老人、障害者、乳幼児、ひとり親家庭に対する医療費負担増大の政策は「弱者」への追加的な打撃である。これまでの月1000円までの自己負担を、来年度から1割負担にしようとしており、大幅な負担増になる。また救急体制の危機が特に関西で深刻な問題となっているこの時期に、4か所のうち1か所の救命救急センターへの運営補助を廃止、2か所への補助を削減とした。これらは「セーフティーネット」=「命綱」を守るべき自治体として、まさに最後の「一線」を越え、自己の使命のもっとも根幹的な部分を放棄するものである。
 大阪の文化と教養、伝統を担う施設、女性や若者のための施設も平然と廃止させられようとしている。
 私たちがここで問題にしたいのは、「維新案」が府民生活を直撃する中で、「削ろうとしていないもの」についてである。「聖域無き」はウソである。巨額の聖域がある。橋下は、「直轄事業はどうしても削れなかった。やろうと思うと法律改正運動をしなければならない」などと、今月11日の記者会見で語っている。では法改正運動をしたらどうなのか。直轄事業とは、国が勝手に公共事業をおしつけ、地方自治体が自動的にその一部を負担せざるをえないように義務づけられているものなどをいう。
 無駄な事業をそのままにし、国の言うがままに負担金を払い続けるのが正しいのかどうか、赤字のツケを一方的に府民に犠牲転化することが正しいのかどうか、私たちは徹底して追及しなければならない。 
※橋下知事に残った「聖域」 どうする国直轄事業負担金
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200806140064.html


まずは400億円負担のダム工事を止めさせるべき

 6月21日の各紙トップには「国交省『4ダム建設』 諮問機関の反対意見無視」の字がおどった。「淀川水系流域委員会」が「建設は不適切」との中間意見書を出したにもかかわらず、国交省は諮問機関の意見を無視し、ダム建設を強行しようとしている。水域の京都、滋賀、大阪は巨額の負担を強いられるが、中でも大阪の負担は突出している。
※淀川水系ダム問題:国交省「4ダム建設」 諮問機関の反対意見無視
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080621ddm003010012000c.html


(図1)「維新」案の「改革効果図」(一般財源ベース、億円)
*一般財源ベース:大阪府予算(一般会計)の財源は、国庫、府債、一般財源、その他である。「維新」案は、削減の対象(分母)を「H20概算一般財源(通年)」としている。この財源ベースの全体、詳細は、大阪府が2008年度予算を策定しておらず、4ヶ月間の暫定予算しかないので、PT案に記入されている以外不明である。
 淀川水系の3ダム(川上、大戸川、天ケ瀬)で、国土交通省が明らかにした大阪府の治水負担額は400億円に登る。丹生ダムはまだ事業費が確定していない。これとは別に、安威川・槇尾川ダム事業があり、一般財源だけで110億5900万円(08年度)を計画している。「維新案」は、このうち11億2000万円しか削ろうとしていない。この2ダムには、一般財源に加えて府債が38億4200万円(うち4億5700万円削減)、その他財源も7億9500万円(うち1億600万円削減)つぎ込まれている。箕面森町も残事業だけで219億円あり、08年度の一般財源支出は37億6700億円(うち削減予定29億4600万円)である。堺市に進出したシャープに対し、昨年12月に、大阪府企業立地促進補助金(先端産業補助金)136億円の支給を決定したが、それを見直そうとはしていない。
 最大の無駄であるダム工事、公共事業の中止を決めることこそが、橋下がまずやるべきことである。


「ゼロベース」と言いながら巨大な「聖域」

 「維新案」は「事務事業の見直しについて」で、一般施策費1兆2135億円(08年度概算一般財源ベース)から245億円を削減するとしているが、この冒頭で、「ア、法令での実施が義務付けられている等、府に事業量削減の裁量がないもの」として、7170億円(一般施策費の59%)もの額が挙げられ、削減対象の外に置かれている。公債費2840億円(同23%)も削減対象外である。この二つだけで1兆円、一般施策費のうち82%を占め、これほど膨大な額が最初から「聖域」とされているのである(グラフ参照)。これに、さらに「債務等確定済」「会費等」「法令等で事業量が決められ」などの理由でまったく手をつけられていないものがかなりの額にのぼる。「ゼロベース」「聖域無き」の対象は、残り十数パーセント、2000億円強にすぎない。そしてこのわずかな部分から、無理やり245億円をむしり取ろうとしているのである。ここでは削減率は優に1割を超える。

*府債総額を下記のように分類した
(公共事業関連債):一般公共事業債、一般単独事業債、公営住宅建設事業債、学校教育施設等整備事業債、公共用地先行取得等事業債、災害復旧事業債、首都圏等建設事業債、一般廃棄物処理事業債、厚生福祉施設整備事業債、社会福祉施設整備事業債、一般補助施設整備等事業債、地域改善対策特定事業債、工業事業等臨時特例債、施設整備事業債、特定資金公共投資事業債
(その他の府債):退職手当債、国の予算貸付・政府関係機関貸付債、減収補てん債、財政対策債、財源対策債、臨時財政特例債、減税補てん債、臨時税収補てん債、臨時財政対策債、調整債他
 「建設事業の見直しについて」でも、08年度670億円(一般財源ベース)のうち190億円は「@国直轄事業負担金」として頭から削減除外項目である。これだけでも28%である。そして、また「債務確定済」や法令、国との協定等々、さまざまな理由で「府に事業量削減の裁量がないもの」として30億円以上を削減対象から外している。約3分の1が「聖域」とされているのである。
 しかし、大阪府の財政赤字においては、この「聖域」こそ最大の問題である。ここにこそ切り込まねばならない。
※大阪維新プログラム案
http://www.pref.osaka.jp/kikaku/ishin/ishin_index.html


赤字の原因−−野放図な公共事業

 府債の累積は、1970年代と80年代の初めに増大し、80年代の後半に一時小康状態となったが、バブル崩壊後の90年代に再度急増した。
 この府債累増の元凶は何か?いま「維新」案がターゲットにしている自治体労働者や教職員の賃金、あるいは社会保障費や文化政策費では決してない。野放図に行われた公共事業である。普通建設事業費は、バブル崩壊の1990年代の前半に急増しその後も高止まりして、府債発行高を押し上げ、府債残高を急上昇させた。公共事業関連の府債残高は1990年代を通じて急激に増大した。この経過は、図2と図3にくっきりと表れている。
 この90年代における公共事業の急激な増大はまさに「国策」であった。政府が主導し、都道府県と市町村に強制した。大阪府の歴代の知事と官僚たちは国家的プロジェクトと基幹道路、さまざまな公共事業を進んで受け入れ自ら推進した。公共事業膨張の責任は、自民党・公明党政権と国家官僚、それに同調した歴代の府知事と府官僚、府議会、そしてそれによって莫大な利益を得た財界、建設業界、銀行にある。
 公共事業は、90年代の終わりにかけて、財政的な限界に達し、そのころから府債累増の推進力は府債そのものに移った。公共事業関連債の残高は頭打ちとなったが、それに代わって、減収補てん債や財源対策債、減税補てん債等のいわば「赤字地方債」が急増してきた。まさに借金が借金を呼ぶサラ金財政に転化したのである。これは図4で歴然である。




(図4)公共企業関連・その他の府債残高に占める割合(%)


保護される大企業−−法人税収入減少で財政悪化

 以上は支出面である。歳入面での元凶も問題にしなければならない。図5、図6を見ていただこう。1980年代の終わり、バブル時代までは支出の急増ほどではないが、府税収入もかなり増大した。だがバブルの崩壊が大転換点となった。支出はギクシャクしながらも増大を続けた。先に述べた公共事業と公債費のせいである。しかし、府税収入ははっきりと減少した。そしてこの減少の最大の錘となったのが法人事業税と法人府民税、すなわち法人2税である。これは、景気悪化のせいばかりでなく、国の法人税減税に連動して、すなわち政府のネオリベラリズム的政策によって急減したのである。保護されたのは労働者でも「弱者」でもなく、企業であった。そして今年度も法人2税は300〜400億円もの減少が予想されている。
 橋下知事と「維新案」は、府財政赤字の元凶を、歳出面でも歳入面でもともにまったく問題にしていない。財政赤字の解消を主張するなら、この元凶と向き合い、その責任者と真正面から対決すべきである。





地方財政危機を加速した国の借金押しつけと「貸し手責任」を徹底して追及する

 地方自治体の財政赤字は構造的な問題である。大阪府の07年度の当初予算の歳出総額は3兆2600億円、対する府税収入は1兆4700億円、歳入総額の45%にすぎない。あとは国からの補助金や地方交付税、地方債等である。地方自治体全体が同様の状態にある。08年度の地方財政計画では、歳出規模が83・4兆円、地方税は40・5兆円で、歳出の49%にすぎない。06年度の国と地方の歳入・支出割合を見ると、歳入では国税54兆円(60%)、地方税36兆円(40%)、歳出では国60兆円(40%)、地方88兆円(60%)である。「3割自治」の構造は今も生きている。地方自治体は、法的な「裁量」も財政的な「自立」の基礎もないのに、赤字の責任のみを押し付けられている。
 小泉内閣の三位一体改革によって事態はいっそう悪化した。三位一体改革とは、@地方への税源移譲、A補助金の削減、B地方交付税の見直しであり、04年度から06年度までの3年間で@3兆円、A4兆円との計画であった。もちろん、この計画そのものが地方財政の一段の悪化を招くものであった。しかし、実際にはAが4・7兆円、Bが5・1兆円にもなり、@との差は6・8兆円にもなった。大阪府では、03年度と07年度の比較で、Aが607億円、Bが1356億円、3年前と比べて計1963億円もの減少となり、本格的な税源移譲の進まない@との差額は、544億円にもなった。
 しかも、この改悪が、先に述べた国主導の公共事業の拡大とそれに続く公債費の累増、法人2税の減少という事態の上にのしかかったのである。
 「維新」案は、事態の深刻さと批判に押されて、「国への要請」という項目を挿入し、「さらなる税源の移譲」や「国直轄事業負担金の廃止」の要求を書き込んだ。しかし、冒頭で紹介したように橋下府知事は、この方向での行動をまったく行っておらず、逆に「一府知事では国に対して無力」という趣旨の弁解ばかりしている。これではまるで、批判と運動に対する煙幕である。橋下府知事の言動はすべて、国家構造、政府責任を真っ先に真正面から問題にするのではなく、責任を自治体労働者と教育労働者、府民の中の「弱者」に転嫁し、政府与党と財界に媚びへつらっている。だから、経団連、自民・公明の与党、マスメディアに支持され持ち上げられているのである。上にはへつらい、下にはえらそうにする、これが彼の真骨頂である。
 今日の地方財政赤字問題の根本的な解決は、国や銀行と本格的に対決することなしにはありえない。大阪府債の2008年3月末の残高は約5兆円、2007年度府税収入1兆4700億円のなんと3.4倍にもなる。全国全自治体では、地方財政計画によれば、08年度末で地方債残高が199兆円で、地方税40.5兆円の4.9倍である。地方債を抜本的に縮小するための闘争は不可避である。夕張市長は、就任1年後の4月に、383億円を18年間で返済するという財政再建計画は達成不可能と述べ、「民間企業の再生計画では最大9割の債権放棄がある」として、地方債の縮小を訴えている。
 橋下知事も、府を「破産企業」「多重債務者」というなら、貸し手の責任をも問題とし、国と銀行、金融機関に債権放棄を迫るべきである。私たちは、地方財政危機を加速した国の借金押しつけと「貸し手責任」を徹底して追及すべきと考える。

2008年6月23日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局