苦境に立つ米英の軍事占領(その1)
○急速に活発化し始めたイラク民衆のゲリラ闘争。民衆の大衆的抵抗も広がり始める。
○無政府状態に打つ手なし。ままならぬ治安維持。治安弾圧体制強化で乗り切り図るブレマー新体制。
○「イラク新法」による自衛隊派兵は、この危険で不安定な占領軍治安弾圧体制強化への公然たる加担に他ならない。


T.はじめに−−政府与党が「イラク新法」強行の構え。もう一度イラク情勢へ関心を向けることが必要。

(1)米英の占領権力樹立が遅々として進まず。
 4月9日のバグダッド陥落からもうすぐ2ヶ月になろうとしている。にもかかわらずブッシュ政権が当初描いてきた政権構想は遅々として進まず。略奪した油田と石油省、首都をはじめ大都市部を軍事占領しているだけで、占領権力自体の構築が思うように進まず、行政権力はまだほとんど機能していない。ガーナーの更迭とブレマーへの頭のすげ替えは、ブッシュ政権の政策的行き詰まりの一つの現れにすぎない。ましてやイラク人による暫定政権の樹立は全く見通しが立たない状態である。米英軍の軍政→軍政の統治下での「暫定政権」(傀儡政権)→選挙による新政権樹立というプロセスのうち、まだ最初の段階で立ち往生しているのが現状である。

 欧米や日本のメディアは、エビアン・サミットの動向、「中東和平」(ロードマップ)、米仏関係と西側同盟の修復の行方、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の封じ込め等々、世界情勢の動向に関心が移っており、イラクは過去の問題であるかのように忘れ去られようとしているが、言語道断だ。アフガニスタンでも、傀儡政権樹立までは大騒ぎしたが、今は現地情勢など無視もいいところ。カルザイはカブールを統治しているだけ(それも怪しくなってきている)、治安状況の悪化と全般的無政府性が支配的になっている。アフガンの民衆は米軍や外国軍への不満と反発を強めつつある。

 アフガンへの侵略、タリバン政権の打倒と無政府状態、イラクへの侵略、フセイン政権の打倒と無政府状態−−これらは「解放」でも「民主化」でも何でもない。「軍事的食い散らかし」である。米英は「テロとの戦い」を口実に、軍事的脅迫で世界を支配するために、そして中東地域への軍事的プレゼンスと石油・天然ガス資源の略奪のために、次から次へと獲物を求めて主権国家を崩壊させ、侵略戦争と軍事基地網を拡大している。

(2)政府与党による「イラク新法」の強行は如何なる情勢の下で行われようとしているのか。もう一度イラク情勢への注意を喚起する。
 政府与党は、参院での有事法案の可決及びサミット終了を待って、いよいよ国会の会期を大幅に延長してまで、「イラク新法」なる自衛隊派兵法案を提出しようとしている。私たちはもう一度イラク情勢を検討し、どんな状況の下で政府与党は自衛隊を送り出そうとしているのか、明らかにしようと思う。

 ここでは5月最終週に表面化してきた新しい2つの現実を紹介することで、最近のイラク情勢の決定的に重要な一断面を概観してみたい。第一に、ゲリラ闘争が同時多発的に起こってきたことである。それは少なからず米英の軍政に、そして兵士の士気の低下にボディブローのような打撃を与え始めている。日本のメディアはイラク民衆の抵抗の事実を全く報道していない。

 第二に、米英の議会やメディアの一部から、大量破壊兵器問題はウソだったのではないかという疑問の声がわき上がっている。対イラク侵略の「大義」「正当性」に重大な疑問符が投げかけられ始めたのである。

 今回の「苦境に立つ米英の軍事占領(その1)」では、前者に焦点を当てて検討する。大量破壊兵器問題については「苦境に立つ米英の軍事占領(その2)」で取り上げる。
※Toronto Star「U.S. mired in war's aftermath/Troops facing extended stays, attack by Iraqis/ Critics question failure to find deadly weapons」TIM HARPER WASHINGTON BUREAU May. 30, 2003.
http://www.thestar.com/NASApp/cs/ContentServer?pagename=thestar/Layout/Article_Type1&c=Article&cid=1052251690324

 いずれの事態も、米英にとっての命取りとなりかねないものである。軍事力の圧倒的優位で短期圧勝を成し遂げた米英軍に対して、イラクでの植民地支配と一国主義的な「新世界秩序」のリーダシップを根底から脅かすものになりかねない。注目していきたい。


U.活発化し始めたイラク民衆の都市ゲリラ闘争。増える米軍の死傷者とじわりと広がる士気低下。

(1)米英占領軍に対するゲリラ攻撃が急速に激化し拡大し始めた。

5月29日記者会見するマッキーナン将軍「戦争はまだ終わっていない」(AP/BBC NEWS より)
 米英占領軍に対するゲリラ的襲撃事件が頻発し始めた。特に5月最終週にそれは新段階に入った。ブッシュ大統領が5月1日に事実上の「勝利宣言」を高らかに歌い上げたにもかかわらず、イラク全土で小規模なゲリラ闘争が活発化し始めたのである。
 最近活発化しているのはバグダッド市内、及びバグダッドの北部と西部にあるファルージャやヒートなどの都市である。いずれもロケット・ランチャー(RPG)や地雷、小火器を使った襲撃だ。

・5月29日:バグダッド北西部の主要兵站ルートでゲリラの襲撃により米軍兵士1人が死亡。
・5月27日:ファルージャにおいてロケット・ランチャー(RPG)と銃で襲撃を受け兵士2人が死亡、9人が負傷。この襲撃は市内の大きな橋の影に隠れていたゲリラが通りかかった軍用車両に攻撃を仕掛けたもの。救急ヘリも墜落したという。数時間後、ファルージャの市民らがヘリの残骸に集まり「勝利」を祝う様子がアルジャジーラTVを通じてアラブ世界全体に放送された。またタクシードライバーたち(その多くはフセイン政権の役人)が襲撃地点に集まり、口々に語った。「我々はアメリカ人に打撃を与えつつある。パレスチナ人がイスラエルにそうしているように。」「これはアメリカに対するメッセージだ。ここでの攻撃は、アメリカがイラクから撤退しない場合に備えたジハードの一部だ。人民の抵抗は始まっている。」
・5月26日:バグダッド北西130マイルのハディサで第3装甲連隊の輸送部隊がRPGと銃で襲撃され米兵1人が死亡、1人が負傷。
・5月26日:バグダッド国際空港への主要道路であるハイウェイ8において軽装甲トラック(ハンヴィー)が地雷に触れ、1人が死亡、3人が負傷。
・5月25日:バグダット南部の武器庫で爆発。米軍兵士1人が死亡。1人が負傷。

※国防総省「Iraq Remains Dangerous for U.S. Troops; Security Operations Continue」By Gerry J. Gilmore American Forces Press Service
http://www.defenselink.mil/news/May2003/n05272003_200305271.html
※CDIのHPには米英軍の死傷者のリストが掲載されている。
http://www.cdi.org/oldsite/iraq/iraq-casualties.htm

 わずかこの4日間において、確認できたその他の事件も合わせると7件にのぼる米軍襲撃事件が発生している。6月1日にはまたもやバグダッド市内で米軍戦車に手榴弾が投げ込まれ米兵1人が死亡した。米軍兵士の犠牲者は次々と増加しており、イラク民衆と米軍の間の緊張関係は、これまでになく高まっている。
 5月29日米英第7合同機動部隊の司令官デイヴィッド・マッキーナン陸軍中将は記者会見を行い、「戦争は終わっていない」と述べ、最近のイラク側の武装抵抗に危機感を露わにした。彼によれば、襲撃しているのはフセイン支持者、バース党員、武装民兵フェダイーンなどだという。バグダッドの軍事警察パトロールは2倍の4,000人に増強され、第1歩兵師団到着と交代に帰国する予定だった第3歩兵師団も、引き続いて首都の治安維持に残す予定だという。もちろん軍隊駐留を長引かせる口実かとも考えられるが、実際に襲撃事件が多発している中では、むしろ余儀なくされた駐留延長ないし増強だと思われる。
※Stars and Stripes.「McKiernan: Attacks in Iraq show war is not over」By Marni McEntee, Stars and Stripes European edition, Friday, May 30, 2003
http://estripes.com/article.asp?section=104&article=15186&archive=true
※CNN「U.S. casualties prompt Iraq security crackdown Four soldiers wounded in 36 hours」May 31, 2003http://edition.cnn.com/2003/WORLD/meast/05/30/sprj.irq.main/index.html
※NYT「Troops Attacked in Baghdad in Fresh Signs of Resistance」By PATRICK E. TYLER
http://www.nytimes.com/2003/06/02/international/worldspecial/02IRAQ.html

(2)兵站・補給ルートが主なゲリラ襲撃の戦闘舞台の一つ。ゲリラ戦争に「前方」も「後方」もない。
 小泉政権と与党は、「イラク新法」強行に当たって、再び国民をだまそうとしている。
−−活動地域は非戦闘地域に限定する。
−−「後方支援」(水・燃料・食糧を輸送・提供する)に限定する。
−−武器・弾薬の輸送・提供は禁じる。
−−武器使用基準をめぐっては自衛隊員とその部隊の「正当防衛」に限定する。等々。
※「自衛隊 イラク同意なしで派遣」日経新聞2003.06.04。

 私たちがここで紹介する事実を知らずに寝ぼけているのか、それとも知りながら自衛隊を海外派兵するために国民にウソをついているのか。すでに述べたように、現地で激化しているのはゲリラ戦争である。正規戦でも「前方」と「後方」の区別は曖昧だ。ましてやゲリラ戦となれば、脆弱な兵站・補給ラインを攻撃するのは軍事的常識である。ソルトレーク・トリビューン紙は、5月29日に起こった米軍襲撃事件を詳報している。それによれば第3歩兵師団の戦車・軍用車両は、3月22日以来の正規戦の中でもその補給ラインが襲われたが、現在もほとんどスペア・パーツの補給を受けていないという。イラク民衆の抵抗が激しいファルージャなどへ虐殺部隊を送り込むのに、戦車や装甲車両の故障で問題が生じているらしいのだ。
 つまり米英によるイラクの治安弾圧体制強化には、戦車や装甲車両の補修部品やメンテナンス維持が欠かせない。それには兵站・補給ルートの確保と「防衛」を構築しなければならない。それが米英の「ニーズ」なのである。当然、イラク民衆の側にとれば、自分たちを弾圧する補給・兵站ルートを叩き潰すことが目標になるだろう。「後方支援」だから安全だと考えるのはもってのほかだ。現に米兵の多くは補給・兵站ルートで襲撃に出会っているのである。
※The Salt Lake Tribune. 「More Troops May Be Bound for Iraq」By Chris Tomlinson 2003.05.30
http://www.sltrib.com/2003/May/05302003/nation_w/61553.asp

(3)組織化された都市ゲリラ戦争と矛盾する任務で混乱する米英軍。
 米CBS・TVの取材に応じたバグダッドの治安担当のウィリアム・ウォーレス将軍は、「手強いサダム支持者たちとの戦いが都市ゲリラ戦争に転換しつつある」「今日、我々は住民になったと見られる敵と対峙している、そして彼らは住民にとけ込む能力で優位に立っているのだ」と述べた。
 そしてウォーレスは自分たちの任務の難しさと矛盾を吐露する。「敵を打ち負かす以外に、イラク人を彼らイラク人自身から守らねばならない」と。彼は、首都陥落後90日以内にイラク人に警察体制を立て直させ、自分たちは8月までに米に帰還する計画を立てていたが、その思惑が大きく外れてきたという。
※ CBS Evening News 「General: Guerrilla Warfare In Iraq」BAGHDAD, May 29, 2003
http://www.cbsnews.com/stories/2003/05/29/eveningnews/main556154.shtml?cmp=EM8705
※「Fighting continues in Saddam's heartland」Rory McCarthy in Falluja May 31, 2003 The Guardian
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,2763,967591,00.html

 5月28日の米ABCニュースによれば、若干の司令官は信じている。「最近の攻撃は米軍に対する反対が次第に組織化されつつある兆候を示している」と。
※「Iraqis ambush U.S. occupation forces NO blood for oil--bring GIs home now!」By Sara Flounders
http://www.workers.org/ww/2003/resist0605.php

 レバノン紙「アス・シャフィール」によれば、米英占領軍と戦い、占領を妨害するためにイラクのほとんど全土を網羅したイラク人武装抵抗グループの司令委員会が形成されたという。定かなことは分からない。しかし、5月最終週のゲリラ攻撃と期を一にしたものであり、一定の信憑性はあるのではないか。そのグループは「イラク解放統一戦線」(Unification Front for the Liberation of Iraq)という。そのグループの原則的使命は「全ての適切な政治的手段及び軍事的手段」を使うことによって「イラク領土を外国の占領者から解放する」ことである、そしてイラクの民族政治勢力に即刻の抵抗闘争をし、占領者との協力を妨害し、その「手先」をボイコットするよう呼びかけている。
※UPI「Iraqi group formed to resist coalition」BEIRUT, Lebanon, May 29 (UPI)
http://washtimes.com/upi-breaking/20030529-090006-8465r.htm
"The "Iraq Liberation Front" Gets to Work", by Walid Manaf, El-Osboa, May 12, 2003
http://www.neravt.com/left/war/el-osboa1.html

(4)治安悪化と無政府状態の激化・先鋭化の下で、米軍兵士たちの士気が一部で落ち始めている。
 一般兵士たちの士気が一部で低下し始めている。彼らは「8月までには帰れる」「9月までには帰れる」という限定された任務を前提に士気を保ってきたのだが、一転して駐留延長、その期間は不明だという命令に不満を見せ始めている。イラク侵攻から2ヶ月、部隊によっては米本土からクウェートへ進駐した時から半年も経過しているのである。
 米NBCニュースは、「なぜ殺すことが“平和維持”なのか?」と疑問を呈する兵士の声を伝えた。彼らはイラク民衆と接する中で、「自由」「解放」という開戦理由がウソではないかと疑念を持ち自信を持てなくなっている。手放しで歓迎しているのは一部だけ。各地でイラク民衆の不満は爆発しようとしているのである。
※NBCSandiego.com「Morale Lags For Some U.S. Troops In Iraq Soldier Questions Why 'Those Who Did Killing' Are Now Peacekeepers 」May 28, 2003
http://www.nbcsandiego.com/print/2232671/detail.html?use=print

 駐留延長を余儀なくされた米英兵士の士気は、ゲリラ攻撃の頻発で一気に加速している。過去のゲリラ戦でも同じことだが、言うまでもなくその目的は圧倒的な米英の軍事力を打ち負かすことではない。兵士の士気を挫くことである。
※「Morale reportedly flagging as U.S. soldiers who invaded Iraq anticipate going home 」By CHRIS TOMLINSON Associated Press
http://www.staugustine.com/stories/052903/ira_1568163.shtml

 兵士の士気は、故障や事故が相次ぐことによっても低下している。
※June 02, 2003 「Despite war's end, military deaths a growing concern−Accidents in Iraq - even more than hostile attacks - account for most US military fatalities, as they do globally.」By Ann Scott Tyson | Special correspondent of The Christian Science Monitor
http://www.csmonitor.com/2003/0602/p02s01-usmi.htm


V.ゲリラ戦だけではない。散発的に大衆的な反撃も始まる。

(1)イラク民衆による持続する占領反対の抗議行動。極限に達する不満と反発。
 占領への抵抗は、ゲリラ戦だけではない。大衆的な抵抗闘争も頻発している。とりわけフセイン支持者が多いと言われているスンニ派住民が多数を占めるバグダッド周辺の中小都市部において米による軍事占領に対する反発が強く、武装襲撃事件が相次いでいる。

 高まる緊張関係の中、米軍による住民虐殺事件が多発している。5月25日、バグダットの北方サマラ市における結婚式のパレードに向けて米軍が発砲。十代の子どもたち3人が死亡、その他7人が負傷した。祝い事に行われる空に向けての銃砲の音を米軍が攻撃と勘違いし、パレードに向けて銃撃したようだ。
 また同じサマラにおいて5月29日、検問所を通過しようとした車に米軍兵士が発砲。車に乗っていた2人が死亡、2人が負傷した。これ以外にも、米軍による住民虐殺が各地で発生している。また米軍が民間人を殺害したにもかかわらず、それを襲撃事件に対する反撃として片づけられた事件もある。このように相次ぐ米軍による民衆虐殺事件は、イラク民衆の怒りをかき立てている。

 それに加えて、深刻化する人道的危機、解決の目途が立たない失業問題も、軍事占領を継続する米英に対する反発となって顕在化してきている。民衆の抗議行動以外にも、医療環境の改善を求める医師たちのデモも先月バグダットで行われた。「我々は、新たな医療システムを要求する!」これが彼らの掲げたスローガンである。

 また6月2日には、失業した元軍人たち1,500〜2,000人がバグダットに終結し、米英に対する抗議行動を行った。5月中旬の300人のデモからわずか半月、集まった動員数も5〜8倍になった。5月24日にはバスラでも50人の旧軍人がデモを敢行した。「彼らが俺たちに支払わないなら、問題を起こしてやる。俺たちの家には銃があるんだ。もし子どもたちに何かがあれば、ただではすまないぞ。」と、爆発寸前の怒りをぶちまけた。家族を養えず、その責任を米英に突き付けているのだ。旧軍人たちは正規軍だけで約40万人にのぼる。彼らは今困窮を極めている。
※「Sacked Iraqi Troops Protest for Pay」Monday, June 2, 2003 washingtonpost.com
http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A2309-2003Jun2

 このように、悪化し続ける人道的危機、一向に回復にする兆しの見られない生活状況や失業問題は、当然のことながらイラク民衆の不満をさらに高めることになるだろう。そしてその根本原因を作り上げた米英の侵略に対する怒りとなり、またそれを強権的に弾圧する彼らに対する怒りの声はさらに高まるであろう。バグダッドで6月3日、イスラム教聖職者の指導により数千人が反米英のデモを展開。米英軍に対して、「撤退しなければ暴力に直面するぞ」と訴えたのは、新しい次の何かへの狼煙かもしれない。
※「自治求めるイラク人数千人、バグダッドで反米英デモ」(ロイター)2003.06.04
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030604-00000131-reu-int


6月2日、バグダッドで旧軍人たちが「給与を支払え」「占領反対」など反米スローガンを掲げてデモ行進。それを阻止する米軍。(AP Photo/Bullit Marquez)

(2)家宅捜査と抵抗・反乱分子の銃殺・逮捕・拘禁。
 イラクでは米英軍による残党狩り、掃討作戦が今も続いている。最近これに新しい掃討作戦が付け加わった。米英の強権的占領支配や人道危機への対処をしない事に怒りを爆発させた民衆に対する弾圧である。

 最近起こった一例を挙げよう。5月26日、バグダッド西175qにある25,000人の町ヒート近郊において米軍の軍用車両が投石され護送部隊がロケット・ランチャー(PRG)で襲撃された。その翌日、米軍は同地域の住民を一斉捜査し「犯人」拘束作戦を断行した。攻撃ヘリを上空旋回させ威圧させながら逃亡者には銃撃も辞さない構えで完全武装した米兵が一軒一軒のドアをぶち破り、住民全てを犯罪者のように扱い乱暴極まりない家宅捜査を行った。
 ヒートはほとんどがスンニ派イスラム教徒からなり、先日米占領に反対する大衆蜂起が起こったところである。28日には住民は警察署にデモで押しかけ家宅捜査に抗議行動を行った。住民らの投石に米兵は銃で発砲し緊張は極度に激化した。まさにこれは「暴動」であり「大衆蜂起」であった。「我々は自分たちの家を守る。自分たちの土地、自分たちの町を守る。」「我々はムスリムだ。最初の仕事は自分たちの家を守ることだ。」「これは我々の尊厳に対する暴力だ。」等々、数千人の民衆は米軍の治安弾圧に怒りを爆発させ、体を張って抵抗し始めた。
※The Washington Post「Their pride insulted, angry locals take their revenge」By Anthony Shadid May 31 2003
http://www.smh.com.au/articles/2003/05/30/1054177723640.html


W.危機感を抱いた米英が権力の強権的再編、治安弾圧体制強化に乗り出す。

(1)「民主化」の仮面投げ捨て軍事独裁権力の本質さらけ出す。
 米英は、最近の武装抵抗、大衆的反乱に危機感を抱き、時間をかけて亡命イラク人たちに「暫定政権」という傀儡政権を作らせる余裕がなくなってしまった。新聞やTVでは、米英占領軍当局が突然、新方針を発表したように報道しているが、実はその裏には、高まるイラク民衆の闘争と抵抗が存在しているのである。
※ Los Angeles Times「U.S. Increases Role in Picking Iraqi Leaders」June 2, 2003 By John Daniszewski, Tyler Marshall and Michael Slackman, Times Staff Writers
http://www.latimes.com/la-fg-iraq2jun02000423,0,2333465.story


6月3日、ドーラ石油精製所を訪問したブレマー(AP Photo, Marco Di Lauro/Pool)
 占領当局のトップであるブレマー行政官は6月1日、遅々として進まない新政権作りの手続きを亡命イラク人たちから取り上げ、米英が好き勝手に事を進めると宣言し方針転換を通告した。イラク各派による全国会議を強制的に中止させ、代わりに自らが独断で選定する代表者を暫定統治の諮問機関とする方針を決定。2日には復興人道支援室(ORHA)を合同軍暫定当局(CPA)に統合すると発表した。表向きのイラク人の関与でさえまだるっこいとばかりに、強権的支配に乗り出したのである。当然の如くイラク各派は反発し、イラク国内世論の間で米英占領の長期化を糾弾する声が急速に広がっている。

 ブレマーの強権措置は、結局は米英の軍事独裁権力の本質、植民地権力の本質をさらけ出すことで、イラク各派との矛盾・対立、イラク民衆そのものとの矛盾・対立を一気に激化させ、自らの基盤を掘り崩すに違いない。
※<イラク>米英が主導権を強化 占領長期化に各派反発(毎日新聞)
「当局者によると、ブレマー行政官の構想は(1)米英による省庁運営の補佐役としてイラク人代表者25〜30人を選定し「政治評議会」とする(2)これとは別にイラクの代表約300人で「制憲会議」を設け、新憲法草案の策定を委ねる(3)これらを総合した「イラク暫定行政機構」を7月中旬までに発足させる――というもの。「暫定政権」は作らず、新憲法承認後に選挙で新政権が選ばれるまで米英がイラク統治を続けるシナリオだ。」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030604-00001016-mai-int

(2)新総督=ブレマーが徹底的な軍事弾圧政策に方針転換。

バグダッドでの抗議デモ:「ブレマーは厳しく不当な決定で、イラクにさらに多くの敵を作っている」(AFP/Timothy A. Clary)
 占領軍を撤退させるのか、さもなくば弾圧を強化し泥沼に入るのか−−選択を迫られた米英軍は、治安弾圧体制強化の方に動き始めた。退役将校ガーナーから外交官ブレマーへのORHA責任者の交代は、まるで軍人から民間人へ、タカ派からハト派への交代のようにメディアでは報道されたが、実際には正反対である。

 ブレマーが最初に打ち出した方針は、治安維持のための軍事弾圧体制の強化、とりわけイラク人の強制的武装解除なのである。彼は、この「刀狩り」を断行し、デモや反対行動に対しては徹底弾圧で望もうとしている。5月22日に打ち出されたこの方針は、6月1日から実施に移され、2週間かけて達成するという。もちろん1日に差し出された武器はほとんどゼロだったという。

 ブレマーが次に打ち出した方針は、バース党の解体と公職追放である。バース党員のサボタージュと一部民衆からの反発、そして何よりも旧バース党員がゲリラ闘争を進めていることへの懲罰である。米英占領軍は、一時バース党員を取り込む計画をしていたが、ブレマーは一転して党解体と公職追放を厳しく要求している。現に5月末、警察大学で会合を開いていたバース党員15名が非合法活動の罪で逮捕された。
※NYT「Allied Officials Now Allow Iraqi Civilians to Keep Assault Rifles」By EDMUND L. ANDREWS 2003.06.01
http://www.nytimes.com/2003/06/01/international/worldspecial/01IRAQ.html?ei=...
※「Baath Party members arrested during meeting at Iraq's police academy 」By Tim Sullivan, Associated Press, 5/31/2003
http://www.boston.com/dailynews/151/world/Baath_Party_members_arrested_d:.shtml

 バース党解体という方針転換で、旧警察権力機構を再利用することができなくなった。米英の治安維持の思惑が根本から修正を迫られたのである。4月段階では米軍は9月までに駐留軍を70,000人まで削減しようとしていた。だがそれがままならないどころか、少なくとも当初予定の3倍まで増派するよう迫られている。米英軍は引きに引けなくなっているのである。中央司令部管轄にいる米英軍は295,000人、そのうちイラク領内にいるのは147,000人、数日後にはそれが160,000人まで増強される予定だ。
※「米政府、治安維持のためイラクでの軍駐留拡大を検討=NYT」2003.05.29(ロイター)29日付の米ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙は、米国政府が、当初予想していたよりも大規模な軍をイラクの治安維持のために駐留させ続ける計画を策定している、と伝えた。イラクで今週だけで4人の米兵が死亡したことを受けたものという。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030529-00000629-reu-int
※「20万人以上の兵力維持か イラク治安回復で米英軍」(共同通信)
現在イラクにいる米英軍約16万人の大半は、治安が改善し他国の治安要員が肩代わりできるまで駐留する。クウェートには数万人の補給・輸送部隊もおり、これらを合わせると直接、間接にイラクの治安維持に携わる兵力は20万人以上となる。米軍当局者らは1カ月前には、治安が順調に回復し、第三国の部隊が早急に到着するとの前提で、駐留軍は補給部隊を含めて9月までに7万人以下に削減できると予想していた。(共同通信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030529-00000108-kyodo-int

 治安維持の確保は、占領権力を機能させる大前提である。人道支援や食糧援助のスムーズな運用、ライフラインの復旧や維持、様々な日常生活の再生、経済と雇用の復活等々、将来暫定政権(傀儡政権)を構築するためにも、治安維持が前提条件である。この国家権力の基本条件のところで、安定と安全が確保される見通しが立たないのである。


X.米英が手を焼く治安維持の尻拭いを安請け合いする小泉政権と「イラク新法」の危険性。

(1)治安弾圧体制強化に他国の軍隊を利用。厄介で消耗な治安維持軍の応援を日本や他国に押し付ける汚いやり口。
 しかし米英軍は、可能な限り早期に治安維持やその付随機能からは手を引こうとしている。自分たちは中東とその周辺の軍事的プレゼンスを維持すること、石油資源を押さえること、これらを狙い目に動いているのに、厄介で消耗なイラク国内の治安維持などに構っておれない、彼らはそう考えているのである。そこは日本や「有志連合」などを利用するだけ利用して、治安維持や関連機能を他国に押し付けようとしているのだ。日本を含め世界各国に米英が押し付けようとしているのは、このような自分たちの根本的に誤った侵略行為の思惑外れの後始末、尻拭いなのである。米英はどこまでも自分勝手で傲慢である。

(2)しかし「有志連合」や国連加盟国も及び腰。日本だけが突出するのか。自衛隊派兵阻止の闘いが決定的に重要になっている。
 最近ポーランドで開かれたイラクの治安維持に関する会合には15ヶ国から参加があり、7,000人の治安維持部隊を送る検討を行った。しかしデンマークは5,000人を送るよう要請されたにもかかわらず、実際には380人にとどまる予定だという。その他の国も大なり小なり同じ。なぜならそれぞれの国内に、米英の侵略と戦後の占領支配に批判的な国内世論を抱えているからである。

 その他にも思わぬ障害があるようだ。例えばNATOは5,500人の部隊を準備しているが、それはアフガニスタンの治安維持に向けてのもので、イラクに増派する余裕はない。イラクへ派兵するには、逆にアフガンから引き揚げなければならなくなる。NATOはアフガンに展開している国際治安支援部隊(ISAF)の指揮権を8月から継承され、加盟国にもISAFへの参加を呼び掛けている。重点はアフガンなのだ。
 確かにNATOは6月3日、マドリードで加盟国外相会議を開き、イラクに展開する予定のポーランド軍に全面的な援助を行うことを決めたが、あくまでもポーランド軍への支援であることを見ておかねばならない。
※<NATO>イラクに展開予定のポーランド軍を全面的援助(毎日新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030604-00001010-mai-int

 そもそも米英からして、戦後の無法状態と暴力が当初の自分たちの思惑を越えたものなので、予想外の自国軍の駐留延長を余儀なくされているのである。と同時に、こうした米英の苦境を見た他国が部隊派遣を躊躇し始めるのは当然だ。若干の国は、兵力不足と資金不足で派遣できない状況にある。等々。

 極めつけは、あの忠犬ブレアのイギリスである。姑息にも英政府はすでに侵攻作戦中の45,000人から現在は15,000人まで部隊を削減している。その上さらにその削減数を増やそうとしているのである。フーン国防省は、「長期占領は、イギリスの小さな軍隊を極度に緊張させるだろう。」「公平に言って我々はもう余裕がない。」と泣き言を言っている。強大な軍事力を使えば疲弊した国家を潰すことなど簡単だ。だがそんなところだからこそ、一旦メチャクチャに破壊した国家の再建など並大抵のことではない。国家は壊滅させたが、石油は押さえたが、後は知らぬ存ぜぬ。勝手に侵略をしておいて、何という無責任な態度だろうか。
※「Relief for U.S. troops lacking」By Tom Squitieri, USA TODAY 5/29/2003
http://www.usatoday.com/news/world/iraq/2003-05-29-peacekeepers-usat_x.htm

(3)戦後初めて侵略軍に加わることは「集団自衛権行使」。ゲリラ戦に参戦することで「交戦権行使」に踏み込む危険。憲法第9条が否定する正真正銘の違憲行為。
 米英軍が治安維持部隊派遣を躍起になって各国に要請しているのは、実は以上に述べたように、米英軍の占領支配が只ならぬ苦境に陥っているからである。政府与党が、有事法制の強行に続いて、6月にも上程しようとしている「イラク新法」の本質は、自衛隊派兵であり、この米英が苦しむ治安維持を全面支援しようとするものなのである。すでに述べたように、治安維持には「前方」も「後方」もない。「広義の治安維持」=占領軍の治安弾圧体制強化に積極的に加担するというのである。イラク民衆から見れば、正真正銘の「敵軍」である。イラク政府、イラク民衆の了解なしに強引に軍隊を投入するのだから当然である。
※「施設、輸送、通信を期待 米国防副長官、与党に表明」(共同通信)2003.06.03
ウルフォウィッツ米国防副長官は6月3日、山崎自民党幹事長ら与党3党幹事長と会談し、自衛隊による治安維持部隊の支援を指示した。具体的には「施設、輸送、通信」の3分野を挙げたらしい。米政府高官が公の席で自衛隊派遣を指図したのは初めてだ。その中でウォルフォウィッツは、米軍に対する「ローレベルの戦闘」が散発的に続いていることを実際に指摘したという。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030603-00000141-kyodo-pol

 米兵士が襲撃され、死傷者・負傷者が相次いでいる現在のイラク国内情勢の下で、銃撃戦を辞さない構えで派兵しようというのであろうか、それとも何も知らずにブッシュの言われるがままに、戦後初めての戦争状況の下での銃撃戦をやらされに行くのか。結果は同じだ。「テロ対策特措法」の海上の給油支援とは根本的に異なる危険性を伴う違憲行為である。

 もし自衛隊派兵となれば公然たる侵略軍としてイラクの抵抗する民衆を殺戮する任務を担うことになる。ゲリラの襲撃に応戦することになる。それは政府与党すらこれまで否定してきた「集団自衛権行使」に踏み込むことを意味する。まさに戦後初めてのことだ。また侵略した他国領土で実際に戦闘を行うことは戦後半世紀以上にわたり憲法第9条により禁止されてきた「交戦権の否定」の原則を法的にではなく、実際に銃撃戦という形で破棄することを意味する。「集団自衛権行使」も「交戦権否定」原則の蹂躙も、ともに正真正銘の違憲行為である。日本の反戦運動が絶対許してはならない一線である。

(4)イラクへの自衛隊派兵阻止は、米英の行き詰まった軍事占領を加速する。日本の運動の任務は重大。占領軍に抵抗を開始したイラク民衆に連帯しよう!
 私たちが恐れるのは、各国の治安部隊が到着し次第、米軍が治安維持に取られていた部隊を、今抵抗闘争が活発化しているバグダッド市内やファルージャやヒートなどに集中し“血の弾圧”を加えることである。この恐れ一つをとっても、各国が治安維持部隊や「後方支援」部隊を送るこの上ない犯罪性が分かるだろう。

 それでなくても米英の軍事占領は立ち往生している。起死回生の治安維持体制の構築で失敗すれば、さらに苦境は深まるだろう。日本の運動の任務は、「イラク新法」を阻止することで、自衛隊派兵を阻止し、米英による強権的な治安維持体制確立を一層困難にすることである。

 「イラク新法」を前にして日本の反戦平和運動は、新しい課題に直面することになる。占領に反対行動を強めつつあるイラク民衆に連帯する新しい対応を迫られるのである。米英の占領反対、ゲリラ掃討を口実にした強権的軍事弾圧体制構築反対、軍事弾圧体制作りへの加担=自衛隊派兵阻止、米英軍の即時無条件撤退を要求して闘おう。

2003年6月4日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局