ブッシュの対イラク攻撃準備と国際情勢(X)【資料編】
NHK・ETV2002(5月21日放送)
「どう変わるのかアメリカの核戦略〜米ロ首脳会談を前に」


■ブッシュの新しい核戦略を網羅的に明らかにする。
 以下の文章は上記の番組を文字に直した記録です。(小見出しは私たちが付けたものです)番組は副題にあるように。5月24日の米ロ首脳会談とモスクワ条約締結を前に、アメリカの核戦略の転換とロシアの対応、中国への影響、そしてアメリカが敵とする「テロ支援国家、テロ組織」について現時点で概観したものです。
 これら全体の中で、今アメリカが進める単独行動主義(ユニラテラリズム)が核の分野にまで押し広げられ、「核の一国主義」へと突き進む非常に危険なブッシュ・アメリカの姿が描かれています。ポスト・ポスト冷戦後と呼ばれる21世紀の歴史的な流れの中で、ブッシュ政権が誕生して以来のアメリカの核戦略の転換とその危険性を理解する上で、私たち初心者にとって分かりやすいものです。また、アメリカをはじめ核戦略の推進者の中心人物への直接のインタビューから構成されているので、当事者の考えが分かりやすくまとめられている点でも興味深いものです。

■イラク攻撃に核先制攻撃を選択肢に加える。
 番組はブッシュ大統領の「テロ事件ではっきりしたのは我々の脅威は今や核大国ではなく、テロ組織や大量破壊兵器の開発を目論む国だということだ」という言葉を冒頭に紹介しています。主敵の変更と戦略転換を端的に表しており、極めて印象的です。いまやアメリカは対「テロリスト」を前面に出し、これを戦略上の新たな主敵とすることを通じて核戦略におけるユニラテラリズム、アメリカ至上主義を実現しようとしているのです。イラクを筆頭とする「悪の枢軸」国の核兵器や大量破壊兵器はアメリカへの脅威であると決め付け、ABM条約を破棄し、ミサイル防衛(MD)へ進む、そのためには従来の軍縮条約や軍備管理の合意を破棄してしまうというわけです。
 「いままでの互いの国民を人質に取るやり方(相互確証破壊、MAD)が間違っていたので、ミサイル防衛こそ人道的なのだ」と水爆の父テラーは番組のインタビューで語ります。「対テロ支援国の弾道ミサイルを封じ込める為ロシアと協力して防衛網を築くことは可能だ」。これはポスト冷戦にふさわしい安全保障戦略だ。」とブッシュは言います。
 番組はここで、「敵側から飛んでくるミサイルをことごとく打ち落としてしまう味方の盾が完璧なものなら、アメリカは先制攻撃の誘惑に再び駆られてしまうかもしれません」と当然の帰結を取り上げ、最近暴露された「先制核攻撃戦略」の危険性について示唆しています。「悪の枢軸」をたたきつぶすためには先制攻撃一般は言うまでもなく、核の先制使用も許されると考えているのです。核戦略にまで広がった一国至上主義こそ、世界平和を脅かし、核の危険を拡大しているのです。

■ロシアを核のライバルから引きずり降ろし「米の核一極支配」を狙う。
 ところで、「テロリストが主敵だ」「協力して防衛網を築こう」と口先ではいいながら、実際には従来の対ロ抑止戦略は消えたわけではありません。「ロシアの核の力は侮れない」とラムズフェルド国防長官は考え、ロシアの核弾頭の削減を求めながら自分の弾頭は温存することを追求しています。結局、ここでも自国の一方的優位、アメリカ一国主義の追求が本質なのです。
 ロシアについては米ロ首脳会談後さらに事態は進みました。プーチンは「ロシアとしては米の核よりも国際テロや大量破壊兵器の拡散に脅威を感じている」と述べてアメリカの核の一方的優位を公然と認めたのです。「MDは当面はロシアには脅威にならない」(つまり、ミサイルの弾頭数が多いからMDでは食い止められない)と容認しました。ABM破棄受け入れに続いて、米ロ首脳会談で核の一方的不均衡、一方的不利を受け入れる代わりに、ロシアは米の「準同盟国」になり、サミットの正式メンバーに加えてもらい、西側からの援助・投資に一層依存する道に踏み切りました。
 これら最近のプーチン政権の対米譲歩の決断は、ロシアとアメリカをめぐる核状況に歴史的な転換をもたらそうとしています。戦後半世紀以上にわたる米ソ間の、更には米ロ間の核の均衡が終わり、アメリカによる「核の一極支配」と呼べるような体制の確立をロシアは認めたのです。このあたりの経緯は7月6〜7日に放送されたNHKスペシャル「ドキュメント・ロシア前・後編」にリアルに描写されています。(改めて紹介したいと思います)

■中国の核戦力を無力化するためにミサイル防衛(MD)も視野に入れる。
 現在明らかになりつつあるアメリカの核戦略は短期的なもの、当面のものだけではありません。核戦略見直し報告(NPR)ではアメリカが核攻撃をする可能性のある7つの国に中国が加えられています。イラク、北朝鮮に次いで、中長期的な仮想敵として中国が設定されているのです。アメリカの核戦略は短期的なレンジでは対イラク攻撃、対北朝鮮攻撃を対象としており、そこでの生物化学兵器攻撃用としての核使用、あるいは効率的な超小型の新型核兵器の開発を追求しています。
 しかし中長期の目標として、将来のライバル候補としての「中国の核の脅威」を抑止し封じ込めのために、戦略ミサイル防衛(MD)による一方的な相手核戦力の無力化と一方的優位の追求を狙っているのです。これが台湾海峡をめぐる中台紛争の際にアメリカが本土を攻撃される恐れなく台湾側を支援しながら軍事介入できる条件だと考えているのです。

■小泉政権はブッシュ政権による核使用、核の一方的優位追求まで支持するのか。
 以上のようにアメリカは今後長期間にわたって、一貫して核の一方的優位を追求しようとしています。核の優位を背景にアメリカ中心の新たな世界秩序を確立しようとしているのです。ブッシュ政権はそのためにはこれまでの国際条約や国際法、国連決議や国際的な取り決めの全てを破棄し蹂躙しても強行するつもりです。ABM条約破棄、CTBT署名棚上げなど、核の一方的優位のためには文字通り何でもする、核軍縮をあざ笑い核の一国至上主義を貫く米の戦略こそが、世界中で核の新たな脅威を生み出し、世界平和を危機にさらしている根源であることが見えてきます。
 問題は小泉政権の危ない態度です。これまでもブッシュ政権の言いなり、太鼓持ちのような小泉首相は、イラクに対するブッシュの核使用の脅迫についても、ABM条約破棄についても批判しないどころか黙認しています。何よりも東アジアの核戦力を体現する第7艦隊と在日米軍基地による北朝鮮に対する核の脅迫を法制化する有事法制を強行しようとしているのです。
 番組では最後に「とりわけ核の惨劇を誰よりもよく知る日本にとっては、核の分野でアメリカの行き過ぎた一国主義を押さえ、冷戦後の新たな秩序を築き上げる責務を私たちに今、課しているのではないでしょうか?」と問いかけます。しかしもし本気になってブッシュ政権による「核の一国主義」を押さえようとすれば、小泉政権はもとより、親米自民党政権の崩壊、対米追随外交の根本的転換、安保条約の破棄、在沖縄・在日米軍基地の撤去が前提になるでしょう。ブッシュ政権のイラク攻撃準備と小泉政権による有事法制の強行の中で、私たち日本の平和運動の責務は重大です。


2002年7月10日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局





NHK ETV2002
どう変わるのかアメリカの核戦略〜米ロ首脳会談を前に〜
2002年5月21日放映。



(1)プロローグ−−複雑な表情を見せる新しい核時代の素顔

シカゴ大学キャンパス。73人のノーベル学者を生んだシカゴ大学。経済の実証理論を重んじる「シカゴ学派」の名で知られる。

手嶋龍一NHKワシントン支局長:
「米ソ両大国が核の刃を互いに突きつけて対峙した冷戦の時代、この大学のキャンパスは、ウォルスタッツァー博士をはじめとして、幾多の独創的な核戦略の理論家を生み出し、あたかも核戦略のシカゴ学派の感を呈した。そして今、新たな核戦略を提唱するラムズフェルド国防長官もまた、そうした系譜を継ぐ一人です。その一方にあっては、冷戦期の主要な敵であったソビエトを核の力で圧倒するのではなく、進んで核軍縮を押し進める必要を訴える人々を生んだのもまた、この同じ大学のキャンパスでした。」

「終末時計」がある家。核軍縮を提唱する雑誌「核時代の科学者」を発行している。終末時計は核戦争まであと7分に迫っている。

「核時代の科学者」発行者 スティーブン・シュウォーツ氏:
「私たち軍縮派は、ブッシュ政権が新しい核兵器の研究・開発を行い、配備を進めていることを憂慮しています。ブッシュ政権は、冷戦期に作られたおびただしい核兵器が今や無用の長物だと考えているようです。一方で新たな脅威を抑止し、うち破るために、新型の小型核兵器は欲しているのです。私はこうした核政策は危険であり、不必要であると思います。」

手嶋龍一NHKワシントン支局長:
「かつて、米ソの戦略的な安定を担保したと言われるABM・弾道弾迎撃ミサイル制限条約からアメリカのブッシュ政権が離脱を宣言し、そして、テロ組織アルカイダが密かに核兵器に手を伸ばしていると言われる情勢を反映しています。今夜は米ロの両核大国、そして中国、さらにはテロ支援国家やテロ組織が入り乱れてますます複雑な表情を見せている新しい核の時代の素顔について考えてみます。」

○米ロ
○変わる核抑止戦略
○忍び寄る大量破壊兵器 
○米中
○台湾問題


(2)ブッシュ政権によるABM条約の一方的脱退と先制核攻撃の誘惑

手嶋龍一NHKワシントン支局長:
アメリカのケネデイ大統領とソビエトのフルシチョフ書記長が核のボタンに手をかけて対決したキューバ危機。40年前の出来事。アメリカが先制攻撃でキューバにある核ミサイル基地をたたいたとしてもソビエトから核の大量の報復を受け、ここワシントンが壊滅してしまうという恐怖にアメリカは初めて直面しました。このキューバ危機をくぐり抜けた米ソ両国は、核兵器がもはや使えない兵器になってしまったことを悟ったのでした。こうして「恐怖の均衡」と呼ばれる奇妙な安定の時代が訪れました。先制攻撃は自国の大都市に核の大量報復を招いてしまう、核戦略の理論家たちは、互いの国民を人質に差し出すことで人類の破滅をかろうじて防ぐこうした事態を「核の抑止」と呼んだのでした。

キャンプデービッド山荘からホワイトハウスに戻ってきたブッシュ大統領に黒いアタッシュケースを持った軍人が一人ぴったりと寄り添っている。この中にミサイルの発射を命じるボタンがしまい込まれているのです。敵が核ミサイルでアメリカを攻撃してくれば、アメリカは直ちに核兵器で大量の報復に打って出るという決意を冷戦が終わった今も示し、敵の先制攻撃を封じているのです。しかし、敵側から飛んでくるミサイルをことごとく撃ち落としてしまう味方の盾が完璧なものなら、核を持つ国は、先制攻撃の誘惑に再び駆られてしまうかもしれません。こうした事態をあえて封じてしまうため、核ミサイルを迎撃するシステムを米ソ両国は手にすることを互いに制限する外交交渉が始まったのでした。核の相互抑止体制をこうした条約の面から担保したのがABM・弾道弾迎撃ミサイル制限条約(1972年調印)でした。しかし、アメリカのブッシュ政権はこのABM条約から一方的に脱退することを宣言しました。アメリカはなぜ、これほど重要な条約から離脱しようとしているのでしょうか?ブッシュ政権がどのような核戦略を推し進めようとしているのか、詳しく検証してみましょう。

報告 傍田賢治:
アメリカ建国以来の膨大な外交文書を今に伝える国立公文書館。厳重に監視された倉庫の奥にABM条約の原本が保存されています。冷戦最中の30年前、米ソの両超大国が交わしたこの条約こそ核戦争を防ぐ重要な役割を果たしてきたと言われます。しかし、核抑止戦略の石杖と呼ばれたこの条約があと1ヶ月足らずで歴史の過去に葬られようとしています。ABM条約がある限り敵の核ミサイル攻撃を防ぐ防衛網は築けない、こう主張するブッシュ政権が条約からの一方的な脱退をロシアに通告したからです。同時多発テロ事件をきっかけに米ロ両国の絆はかつてなく強まっている。今なら、条約を離脱してもロシアの反発を最小限にとどめられると言う読みがブッシュ大統領にはありました。

ブッシュ大統領:
「テロ事件ではっきりしたのは、我々の脅威は今や核大国ではなく、テロ組織や大量破壊兵器の開発を企む国々だと言うことだ」

同時多発テロ事件の直後、一人の核物理学者の回顧録が出版され、静かな話題を呼びました。エドワード・テラー博士。アインシュタイン博士らとともに原子爆弾を開発するマンハッタン計画に関わった中心人物。さらに巨大な破壊力を持つ水爆の製造を手がけたことから、水爆の父と呼ばれています。アメリカの核開発の生き証人とされるテラー氏は回顧録の中でABM条約を軸にした核抑止戦略に厳しい批判を投げかけています。

テラー博士の回顧録より。ABM条約はミサイル防衛の配備に厳しい制限を課した。これによって、相手の核の大量報復能力をあえて温存し、自らの国民を人質に差し出す戦略がアメリカの核政策となってしまった。  

世界の知性が集まるアメリカ西海岸のスタンフォード大学。94歳のテラー博士をこのキャンパスに訪ねることができた。ABM条約を脱退してミサイル防衛網を築くブッシュ政権の対応こそ正しい選択だ、テラー氏は迷うことなく断言しました。

エドワード・テラー博士:
「ブッシュ政権が、実効性のあるミサイル防衛構想を復活させたのです。その前の民主党政権の防衛構想は−−全く不十分な内容でした。」

ブッシュ政権のミサイル防衛構想の出発点となったのが同じ共和党のレーガン政権です。テラー博士こそ科学の力を持ってすれば、ミサイル防衛の盾を築き、国民を人質に差し出さずにすむとレーガン大統領に訴えた張本人でした。
こうして、レーガン大統領は、SDI=戦略防衛構想を打ち出し、核戦略の大転換を目指したのです。宇宙空間を飛ぶミサイルをレーザー兵器で破壊するスターウォーズ計画と呼ばれる研究が始まりました。

エドワード・テラー博士:
「 核の大量報復による抑止ではなく、敵の核攻撃を無力化してしまうこうした戦略こそ人道的だとレーガン氏は教えていたのです。」

SDIは核抑止による世界の安定を揺るがす暴挙だ。ソビエトは非難をためらいませんでした。敵の核ミサイルを防ぐ盾を手に入れれば、アメリカは先制核攻撃を企てかねない。恐怖の均衡が揺らぎ始めたと映ったのです。

島国アイスランドの首都レイキャビク。1986年10月、米ソ首脳会談。ゴルバチョフ書記長は、アメリカがSDI構想をあきらめるなら核ミサイルの大幅削減に応じてもよいと迫りました。ミサイル防衛を巡る新たな軍拡競争には、ソビエトの経済力がもはや耐えられないと知っていたからです。しかし、レーガン大統領は、SDIを反古にするようないかなる妥協にも応じることはできないと書類の束を閉じ、自ら席を蹴ったのでした。当時、ソビエトとの交渉に当たったシュルツ国務長官。SDIの早期配備には慎重で、テラー氏とは対極的な立場にありました。そのシュルツ氏ですらもはや、ABM条約は歴史の使命を終えたと今は言い切っています。


(3)ブッシュ政権はミサイル防衛システムでも核使用を企てる

シュルツ元国務長官:
「ソビエトの崩壊で状況は一変しました。ロシアとの融和を目指すブッシュ政権の対応は建設的なものです。もはやABMの時代は終わらせるしかないのです。」

米ロの対立を前提にしたABM条約がある限り、21世紀の両国の新たな絆は築けないとブッシュ政権は考えています。むしろテロ支援国の弾道ミサイルを封じるため、ロシアと協力して防衛網を築くことすら可能だ、これこそポスト冷戦時代にふさわしい安全保障戦略だとしています。しかし、アメリカがロシアの核に対する不信感をぬぐい去っているわけではありません。米ロ両国は、戦略核ミサイルの弾頭を今のおよそ3分の1に減らすことで、合意に達しています。しかし、ロシアが削減する核弾頭はすべて廃棄すべきだと求めたのに対し、ブッシュ政権は、一部の核弾頭は温存しておくと主張し、対立が続いてきました。予測できない将来に備えることこそ真の戦略だというのが理由でした。

ラムズフェルド国防長官:
「ロシアの核の力は依然侮れない。それに周辺地域には戦略上の不安定要因も抱えているのだ。」

実はブッシュ政権が、ミサイル防衛システムに核を使うことも視野に入れていることが明るみに出ました。(ワシントンポスト)核を搭載した迎撃ミサイルなら標的のミサイルとおとりを見分ける必要もなく、全てを瞬時に破壊できる。こうした構想も検討に加えるようラムズフェルド国防長官が指示を下したというのです。核を使ったミサイル防衛。かつて、テラー氏も開発を手掛けながら、政治的に内外の理解が得られないとして、葬り去られたはずの案でした。

エドワード・テラー博士:
「結局、核戦略というのは、飽くなき可能性の追求なのです。現状に満足せず、科学の力でどこまで国を守れるのか。このことが常に求められているのです。」

戦略核ミサイルの脅しではなく、ミサイル防衛の盾によって国を守る。一見、核兵器への依存を減らすかに見えた新たな戦略の陰には、本土防衛のためなら、核を使うことも排除しない意図が見え隠れしていました。国益を守るためなら、核の扱いであってもためらうことはない。ブッシュ政権の一国主義は、今や核の分野にまで及ぼうとしていると警鐘を鳴らす声すら聞こえています。


(4)米のABM条約離脱を容認し対米協調外交へ路線転換するプーチン政権

手嶋龍一NHKワシントン支局長:
「新しい核戦略をひっさげて、ブッシュ大統領はまもなくロシアを訪れ、プーチン大統領との首脳会談に臨みます。この会談に先立って両国は、戦略核ミサイルの弾頭を10年間で3分の1に減らす条約に合意しました。核戦略の分野でも一国主義に傾くブッシュ大統領をロシア側はどう牽制しようとしているのか。核戦略を巡るクレムリンの建て前と本音を探る。」

報告:山内聡彦NHKモスクワ支局長:
ソビエトのゴルバチョフ書記長の側近で、改革ペレストロイカの設計者として知られる元共産党政治局員のアレクザンドル・ヤコブレフ氏。80年代後半、核の廃絶と言った画期的な新思考外交を展開。アメリカのSDI戦略防衛構想を巡って、レーガン政権と激しく渡り合いました。その経験から、ヤコブレフ氏は、今のミサイル防衛構想について、全く役に立たないものだと、厳しく批判しています。

ヤコブレフ氏:
「SDIがこけ脅しだったように、今回の構想も無駄骨です。ミサイル防衛は役に立たないと言うのが私たちの意見です。」

ミサイル防衛構想についてプーチン大統領は、新たな軍拡競争を招くものだと強く反対、世界の安全保障体制を支えるABM条約を維持すべきだと主張してきました。そして、アメリカに対し、核兵器の大幅削減を迫り、条約を破棄すれば、核戦力を増強して対抗すると強く警告しました。

プーチン大統領:
「もしABM条約が無効になれば、ロシアを含む全ての国が1つの弾頭に代えて複数の弾頭を装備する権利を得ることになります。」

こうしたロシアの対応が大きく変わるきっかけとなったのが、去年9月のテロ事件でした。プーチン大統領は、中央アジアの基地の使用を認めるなど、アメリカの反テロ作戦を全面的に支持し、アメリカと新しい協調関係を築く決意を明らかにしました。そして、アメリカのABM条約からの脱退について、決定は誤りだと批判する一方、自国の安全保障に脅威はないと、冷静な判断を示したのです。

プーチン大統領:
「決定は予想外なものではありませんが、誤りだと思います。この決定はロシアの安全保障に何の脅威も与えません。」

ロシアが条約脱退を容認した背景には、アメリカと個別の問題で対立しても全体の協調関係は壊したくはないという強い期待があります。また、ミサイル防衛構想は、技術的にも実現が難しく、大量の核兵器を持つロシアにとって、向こう数十年間、大きな脅威にはならないという現実的な判断もあります。またかつて、アメリカのSDIと向き合った、ゴルバチョフ時代の経験にも基づいています。ゴルバチョフ・レーガンの全ての首脳会談に同席したヤコブレフ元政治局員は、当時ソビエト側は、SDIは実現可能であるものの軍事的な脅威とは見なしていなかったと、次のように証言しています。

ヤコブレフ氏:
「私たちは、SDIをソ連に対する軍事的な脅威と見なしていたわけではありません。どんなミサイル防衛もミサイル攻撃から国を守ることはできないのです。」

ロシアが核兵器の削減を強く求めているのは、経済を立て直すために軍事費を大幅に削減しなければならないと言う差し迫った事情があるためです。また、プーチン政権は今ロシアにとって最大の脅威は、アメリカからの核攻撃ではなく、国際テロや大量破壊兵器の拡散にあると見なしています。アメリカとの戦略核兵器の削減交渉で、アメリカが削減した核弾頭や運搬手段を廃棄せず、再び配備できるよう貯蔵することを主張しているのに対し、ロシアは全て廃棄すべきだと強く主張してきました。

ロシア・バルエフスキー軍参謀本部第一次長:
「核兵器の大幅削減に向けた大きな動きはまだ見えません。今、必要なのは見せかけの削減ではなく、実際の削減です。」

また、ロシアは一国主義を強めるアメリカに対し、ソビエト時代のように対等の立場に立った核軍縮を求めています。ヤコブレフ氏は、米ソの核軍縮の分水嶺となった86年のレイキャビクでの首脳会談を踏まえ、核軍縮を進展させるには、まずは、首脳同士の個人的な信頼関係を築くことは欠かせないと指摘しています。

山内聡彦NHKモスクワ支局長:
「反米感情の根強いロシアではアメリカに譲歩するばかりで見返りの少なかったゴルバチョフ時代の二の舞になることを恐れる声も出ています。」


(5)「9・11」以降の核戦略の変貌−−対イラク核攻撃の選択肢

手嶋龍一NHKワシントン支局長:
「NYの世界貿易センタービルとペンタゴンに自爆テロが仕掛けられた際、真っ先にテロとの戦いに協力を申し出たのはロシアのプーチン大統領でした。超大国アメリカが新しい核戦略の矛先をテロリストやテロ支援国家に向けさせようと言うクレムリンの思惑が伺えます。一方のアメリカもミサイル防衛網を建設するのはこうした国際的なテロ組織の脅威に備えるものだと説明すれば、ロシア側の抵抗を和らげることができると読んでいるようです。同時多発テロ事件が、アメリカの核戦略をどう塗り替えていったかを検証します。」

報告・高橋祐介:
西部コロラド州、ロッキー山脈に連なる岩山に巨大な軍事施設が隠されています。長さ3キロにわたって厚い岩盤をくり抜いたトンネル、ここがNORAD(北米航空宇宙防衛司令部)の作戦室です。NORADは、冷戦の最中、ソビエトの核ミサイルの動きをいち早く探知するための前線基地として作られました。世界中に張り巡らせたレーダーと人工衛星を使って、今もアメリカ上空に近づくあらゆる飛行物体に目を光らせています。

冷戦が終わり、ならず者国家の核ミサイルこそがアメリカ本土をおそう重大な脅威となる。ラムズフェルド氏はテロ事件の前からこう一貫して警鐘を鳴らしてきました。今のアメリカは昨日の敵と戦っている。ミサイル防衛網の盾を一日も早く築き、新たな脅威に備えなければならない。ミサイル問題の権威を集めた委員会をとりまとめ、アメリカを核ミサイルの脅威から如何に守るか、ラムズフェルド報告の形で提言したのです。

テロ半年後のブッシュ大統領の演説:
「テロ支援国は大量破壊兵器の所有を目指し、持っている国すらある。テロ組織は、こうした兵器を欲し、良心のかけらもなく使用に踏み切る。テロ組織の手に渡れば、脅迫、大量殺戮、大混乱が引き起こされる。」

ブッシュ大統領の演説は、ラムズフェルド報告の提言を忠実に踏まえたものでした。実は、この演説の直前、アメリカの有力紙が、ブッシュ政権の新たな核戦略を巡る機密情報を相次いですっぱ抜いていました。

ロサンゼルス・タイムズ:ペンタゴンがまとめた核戦略の見直し。
厳重な機密扱いとされた部分には、アメリカが核攻撃を想定しうる国として、イラクや北朝鮮など(中国、ロシア、イラン、リビア、シリア)、七つの国が挙げられていました。とりわけ、生物化学兵器を貯蔵する地下施設を破壊するためには新たな戦術核兵器の開発も必要だと指摘していたのです。

この衝撃のスクープが報じられたまさにその時、当のペンタゴンは戦略核兵器の削減交渉のため、ロシアのイワノフ国防相を迎えていました。ラムズフェルド国防長官は事の真偽を質すロシア記者団の追求を得意の毒舌で煙に巻きました。

しかし、ことイラク攻撃に関する限り、反対一本槍だったプーチン政権も微妙に対応を変えつつある。こう読みとったラムズフェルド長官は、アメリカにとっての次なる最大の敵国の姿を語り始めました。

ラムズフェルド長官:
「ロシア以外の国々が公然と核開発に手を染めようとしている。これを米国が警戒するのは当然だ。」

イラクのフセイン政権が開発した核兵器がテロ組織と密かに結びつく。これがラムズフェルド長官が描く破滅のシナリオです。すでにイラクが生物化学兵器を所有しているのは間違いない。この3年あまり、現地の査察を拒まれてきた国連もイラクの核開発に一段と疑いの目を向けているというのです。

国連監視検証査察委員会・ブリックス委員長:
「イラクでなにが起きているのかを国連は見ていません。このため、査察を再開する必要があるのです。核開発を再開した証拠をつかんだ訳ではありませんが、その可能性を否定することもできません。」

例えイラクが国連の査察に応じたとしても、核開発の意図を断念させることは難しい。フセイン政権そのものを打倒する以外、イラクの大量破壊兵器の脅威を取り除く道はない。ラムズフェルド長官は密かに決意を固めています。

ラムズフェルド長官:
「フセイン政権は挑発姿勢を変えず、テロを支援している。」

時に報復も恐れぬ行動に出るテロ組織とならず者国家。こうした相手には従来の核抑止だけでは通用しない。冷戦後の新たな脅威をどう封じ込めるのか。アメリカの核戦略は大きな岐路に差し掛かっています。


(6)台湾海峡危機を睨んだ中国に対する米の核使用、核脅迫

手嶋龍一NHKワシントン支局長:
「ホワイトハウスがアメリカ国防総省に命じてまとめた一冊の冊子、題して『核戦略の見直し』。冷戦が終わって早10年。アメリカは冷戦期の核戦略を抜本的に見直そうとしていることが、ここから読みとれます。この報告の中でブッシュ政権は、台湾海峡でひとたび危機が勃発すれば、核兵器を使うことを辞さない、としています。台湾問題はよく米中間ののどに刺さった棘、と言われますけれども、アメリカ側は中国が対応を誤れば核戦争を招きかねない、と警告しています。中国の指導部で新旧の世代交代が進む中、この台湾問題を巡る米中間の駆け引きを追ってみました。」

報告・山下毅:対中核戦略の焦点 台湾問題
初めてアメリカを訪れた中国の胡錦濤(こきんとう)国家副主席、ポスト江択民、中国の次の最高指導者と目されています。胡錦濤氏が台湾問題にどう対応しようとしているのか見極めたい。そしてこの中国の新しいリーダーを取り込むきっかけをつかみたい。ブッシュ政権は正副大統領を始め、主要閣僚が相次いで会談に応じ、国家元首並にもてなしました。これに対し、胡錦濤副主席は、台湾は中国の一部だと、一つの中国の政策を守るよう、しっかりと釘を刺すことで応じました。

胡錦濤副主席:
「ニクソン大統領以来、共和・民主いずれの政権も『一つの中国』の政策を堅持してきた。」

こうした発言の背景には、ブッシュ政権が中国に対する敵意を内に秘め、アメリカのどの政権に比べても台湾寄りだという中国側の不信感があります。

2000年、大統領選挙。当時、共和党ブッシュ候補は、中国を戦略的パートナーと呼ぶ民主党クリントン政権を手厳しく批判しました。

ブッシュ大統領:
「核ミサイルを増強する中国はパートナーではない。戦略的な競争相手だ。」(2000年8月、共和党全国大会。)
とりわけ、ミサイル防衛網の構築を訴えた演説では、中国の核の脅威をあからさまに口にしました。

ブッシュ大統領:
「96年の台湾海峡危機のあと、中国の軍部は、核ミサイルでロサンゼルスを焼き尽くせると威嚇した。」中国の核ミサイルの脅しに屈しないためにも、ミサイル防衛網を一日も早く築きたい。選挙キャンペーン期間中とはいえ、中国がこのブッシュ発言を忘れるはずはありません。

北極圏を挟んで、東アジアを臨むアラスカの軍事施設。ブッシュ政権は、ABM条約から脱退する6月13日を待って、新たな迎撃ミサイル基地の建設に着手します。
同時多発テロによって、テロ組織やならず者国家からの弾道ミサイルの脅威は現実のものとなった。こうミサイル防衛の配備を急ぐ理由を説明するブッシュ政権に対し、中国は依然として警戒を解いていません。6000発を越えるロシアの核ミサイルを漏れなく撃ち落とすミサイル防衛の傘を築き上げることは、事実上不可能だ。しかし、20発あまりの中国の核ミサイルならば技術的には手の届く範囲ではないか。ミサイル防衛の傘が築かれてしまえば、アメリカは中国の報復を恐れずに、台湾海峡有事に武力介入できるようになる。

中国の核戦力の動向をつぶさに見てきたギル氏は、こうした懸念が、中国を核ミサイルの増強に駆り立てていると分析します。

ブルッキングス研究所・ベイツ・ギル上級研究員:
「中国がアメリカに対する抑止力をこれからも保っていけるように、戦略核ミサイルの数を増やそうとしても、驚くには当たりません。」

胡錦濤副主席は、今度の訪米でこうした核戦力の増強は、あくまでも自衛のためだと主張しました。さらに、核を持たない国までも核攻撃の対象に加えようと言うアメリカの新たな核戦略を逆に批判して見せた。

胡錦濤副主席:
「中国の軍備は防衛目的で、軍拡競争に加わったことはない。中国は核の先制使用はせず、核を持たない国を核攻撃しません。」

こうした核を巡るアメリカと中国の対立の底流に潜むのが台湾問題です。アメリカは中国が台湾を武力によって統一することを警戒し、中国は台湾がアメリカの支援を受けて、独立することを恐れてきました。

アメリカ国防総省で対中政策を担うキーパーソン、ブルックス国防次官補代理。ブルックス氏は、中国がミサイルの数を増やし、台湾を脅かしていると懸念を示します。

ブルックス国防次官補代理:
 中国が台湾海峡の沿岸で弾道ミサイルを増強していることは、武力を持って台湾問題を解決する可能性を伺わせます。」

このため、ブッシュ政権は台湾との軍事交流の強化に乗り出しました。台湾の国防当局のトップ、国防部長の訪米を初めて認めたのです。このように、ブッシュ政権が台湾寄りの姿勢を鮮明にする中で、中国側はアメリカがミサイル防衛網を台湾に提供することを最も警戒しています。

高度の防空システムを備えたイージス艦をアメリカが台湾に売却することに強く異を唱えたのも、イージス艦がミサイル防衛の中核となる兵器だからです。ブッシュ政権は、イージス艦の売却こそ見送ったものの最新鋭の迎撃ミサイルを売り渡す布石を密かに打ち始めています。

こうした中で、ブッシュ大統領が、胡錦濤訪米に先立って行った発言が、中国側を一段と刺激しました。

ブッシュ大統領:
「WTOに2つの国、『台湾共和国』と中国を迎え入れたことは重要だ。」

胡錦濤副主席:
「最新鋭の武器を台湾に売却し、台湾との絆を深めることは、台湾海峡の平和と安定を害し、米中関係を損なう。」

こうした警告にも関わらず、ブッシュ政権は、台湾を守る決意をいささかも後退させていません。しかし、中国が台湾に武力侵攻するのを抑止しようと台湾の防衛に傾けば傾くほど、中国の反発を招き、台湾海峡を挟んだ軍拡競争がエスカレートしかねない情勢です。


(7)核の分野での米の一国主義と日本の役割

手嶋龍一NHKワシントン支局長:
「レーガン大統領とブッシュ大統領、この二人はワシントンではよく似たもの同士だと呼ばれています。外交や安全保障の素人と言われながら、いざ政権の座についてみると、歴代のどの大統領よりも野心的な戦略構想を次々に打ち出したからです。しかし、レーガン大統領が中距離核ミサイルの全廃を史上初めて成し遂げたのに対しまして、ブッシュ大統領は冷戦期のアメリカすら控えておりました、あらゆる分野での核兵器を使う新しい方針を次々に打ち出しています。

@迎撃ミサイルに核を使う。
Aならず者国家への核攻撃。
B台湾海峡紛争での核使用。

核の分野でも国益を徹底的に追及する一国主義が際だっています。それだけに、同盟国の間にすら、力の行使を辞さないというこのブッシュ政権の強い姿勢を危ぶむ声が強まっています。

国際政治の舞台では、強大無比の超大国の力を制御するシステムを今だに欠いたままになっています。イラクのサダム・フセイン政権の打倒を急ぎたいブッシュ政権もヨーロッパの同盟国やアラブ穏健派諸国が難色を示しておりますために、イラク攻撃の具体的な日程を詰め切れずにいます。さらに、混迷を深めておりますパレスチナ情勢でもアメリカが繰り広げる仲介努力は明らかに限界に突き当たろうとしています。こうした現実がイギリスやドイツ、フランスと並んで東アジアの主要な同盟国である日本もその外交上の影響力を行使する余地がまだまだあることを物語っています。とりわけ核の惨劇を誰よりもよく知る日本にとっては、核の分野でアメリカの行き過ぎた一国主義を押さえ、冷戦後の新たな秩序を築き上げる責務を私たちに今、課しているのではないでしょうか?