わたしの雑記帳

2011/12/29 奈良中学校、柔道部顧問による傷害事件判決。顧問の過失を認める。  (確定)

2011年12月27日(火)、横浜地裁503号法廷で、奈良中学校、柔道部顧問による傷害事件民事裁判(平成19年(ワ)第4884)の判決があった。
12時50分までに横浜地裁前で傍聴整理券を配布。29の傍聴席に対し、並んだのは55人。
今月は珍しくほかのくじでもくじ運がよかった私は、今回は当たりの青い棒を引き当てることができた。

森義之裁判長は主文のほか、簡単に判決理由の骨子について口頭で述べた。
裁判所が用意した判決要旨のコピーをいただいたので、個人情報の部分を除いて、ここに挙げる。(色付け=武田)

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横浜地方裁判所第6民事部合議A係平成19年(ワ)第4884号 損害賠償請求事件
平成23年12月27日判決言い渡し
裁判長裁判官 森 義之 (もり よしゆき)
    裁判官 古閑 裕二 (こが ゆうじ)
    裁判官 橋本 政和 (はしもと まさかず)

○事案の概要
 本件は、横浜市立なら中学校の中学3年生であった原告Kが、同校の柔道部の練習において、同校の教諭である被告Tと乱取りを行っている最中、突然意識を失い、急性硬膜下血腫の傷害を負ったことについて、同原告及びその両親が、同被告は柔道指導の名の下に制裁を加える意図で故意に又は少なくとも重大な過失によって傷害を負わせたとして、同被告、奈良中学校を設置運営する被告横浜市及び同中学校の教諭の給与等を負担する被告神奈川県に対して損害賠償を請求する事案である。
 横浜地方裁判所は、原告Kの請求(1億7498万9777円)の一部を認める判決をした。

○主文
1 被告横浜市及び被告神奈川県は、原告Kに対し、連帯して、8919万8958円及びこれに対する平成16年12月24日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告Kのその余の請求並びに原告父及び原告母の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用については、原告K、被告横浜市及び被告神奈川県に生じた費用の各2分の1並びに原告父、原告母及び被告Tに生じた日用のすべてを原告らの負担とし、その余の費用を被告横浜市及び被告神奈川県の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

○判決理由の要旨
1 被告Tの故意又は過失
(1) 原告Kは、平成16年12月24日当時、横浜市立奈良中学校の中学3年生であった者であり、同中学校の柔道部に所属していた。
 被告Tは、同中学校の教諭で、同柔道部の顧問をしており、柔道の各種大会で優勝した経験を持つ、当時26歳の男性であった。
 被告Tは、同日の柔道部の部活動で、原告Kと乱取りを開始し、その途中で、絞め技をかけた。これにより、原告Kは、「半落ち」の状態(頸動脈を一過性に閉塞させ、脳虚血が生じ、意識障害が発生している状態)となった。
 被告Tがほほを平手打ちにするなどすると、原告Kは意識を取り戻したので、被告Tは、原告Kとの乱取りを再開し、小内刈り、背負い投げ、一本背負い、体落とし等の柔道の技をかけ続けた。
 原告Kは、上記乱取りの最中に意識を失って倒れ、救急搬送されたところ、急性硬膜下血腫が認められたため、直ちに開頭手術が行われた。原告Kは一命を取り留めたが、高次脳機能障害の後遺症害が残った。

(2) 上記急性硬膜下血腫の原因は、上記乱取りにおいて、「半落ち」となった後、被告Tから技をかけられる中で、その頭部に急激な回転力が加わったことにより、脳内の静脈が損傷したことにある。

(3) 「半落ち」となった後は、たとえ意識を取り戻しても、完全に意識は回復していないため、通常時よりも受け身がとりづらく、また、首の固定が十分でないため、頭部に回転力が加わりやすい状態にあるから、そのような状態で乱取りを続ければ、重大な傷害の結果が生じる危険性があり、そのことを柔道の指導者である被告Tは認識することができた。
 原告Kが中学3年生であることに照らすと、教師である被告Tにおいては、乱取りを中止したり、休憩を取らせるなどして、原告Kの意識が正常な状態に回復するのを待つべき義務を負っていた。しかるに、被告Tは、そのような措置を取らず、そのまま乱取りを再開し、原告Kに傷害を負わせたのであるから、上記義務を怠った過失がある。被告Tが、原告Kの傷害に至る厳密な機序まで予見することができなかったとしても、そのことは、上記の過失があるとの認定を左右しない。

(4) 原告らは、「被告Tは、日常的に体罰を行っており、原告Kが高等学校への被告Tの推薦を断ったことや原告Kの態度に対して立腹して、制裁を加える目的で原告Kを負傷させたのであって、故意がある」と主張する。
 しかし、被告Tが現実に日常どのような行為を行っていたかは、本件証拠からは明らかでない。上記推薦が断られたことや原告Kの態度に対して、被告Tが立腹した可能性はあり得るものの、制裁を加えようとした意図があったとまでは認められない。その他、被告Tが制裁目的で故意にKを負傷させたとまでは認められない。

2 後遺障害の程度
 原告Kの高次脳機能障害は、労働者災害補償保険の障害等級認定基準の第5級の1の2及び自動車損害賠償責任保険の認定基準第5級の2号「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に相当する。

3 結論
 治療費、遺失利益及び慰謝料など、相当因果関係の認められれる損害の総額は、8919万8958円であり、原告Kは、被告横浜市及び被告神奈川県に対して、それぞれ同額の賠償を求めることができる。
 公権力の行使に当たる公務員が、その服務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合なは、公務員個人はその責を負わないから、被告Tは、損害賠償責任を負わない。
 原告Kの後遺障害の程度などに照らすと、原告父及び原告母の慰謝料請求は認められない。

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判決後に、裁判所近くの貸会議室で、記者会見を兼ねた報告会があった。
滋賀愛荘町の町立秦荘中学校の柔道部で、男性講師との乱取り後に急性硬膜下血腫で亡くなった村川康嗣(こうじ)くん(中1・12)のお母さんや叔父さん、同じ横浜地裁で係争中の横浜商科大学高等学校の柔道部で遷延性意識障害の傷害を負わされた北川大輔くん(当時高1)のお父さん、長野県松本市の柔道教室で指導者に投げられて遷延性意識障害になり、一審松本地裁で勝訴、東京高裁で一審以上の賠償金を伴う和解をした澤田武蔵くん(当時小6)のお母さんなど、全国柔道事故被害者の会のメンバーも、傍聴に駆けつけていた。

Kくんの父親であり、全国柔道事故被害者の会の会長でもある小林泰彦さんは、柔道事故裁判の厳しい現実を知っているだけに、「かなり認められた。うれしい結果」と感想を述べた。
とくに、頭を直接打たなくとも、回転力が硬膜下血腫の原因であると認められたこと、顧問教諭には十分予見できたはずと予見性が認められたこと、そして加速度損傷などの医学的知識、厳密な機序を知らなかったとしても、安全配慮義務を左右するものではないと認められたことを高く評価した。

一方で、ここに至るまでの学校や教育委員会の対応について、学校に対し「なぜこのような事故が起きたのか?」と、親としての素朴な質問をし、教育や柔道の専門家に調査分析をしてほしいと望んだが、教育委員会からは「調査の結果、ふつうの柔道、何もけがに対して理由となるものはなかった」と回答されたこと、教育委員会主事から「お宅の息子は、学校に行く途中、電信柱にでも頭をぶつけたのではないか」と言われたこと、顧問は傷害容疑で書類送検されたものの、検察は嫌疑不十分で不起訴にし、検察審査会が不起訴不当としたにも関わらず、不起訴にされたことへの無念を口にした。

そして、高校入試に当たって、T教諭にスポーツ推薦を強く勧められたにもかかわらず、息子はほかに行きたい学校があったために推薦を断ったことで、T教諭が立腹していたこと、「サマーバケーション」(夏休みのように何もできない状態)の隠語で、日常的に顧問による暴力が行われていたという原告の主張に対し、「可能性がある」とはしながらも、「故意に暴行を加えたとまでは認められない」とされたことを「残念に思うと」と話した。

柔道家の安田氏も、中学生を絞め落とすということは全く必要のないこと。まして2回も行っている。これは制裁によく使われる方法だと指摘した。


母親の小林恵子さんは、損害賠償が認められても、うれしいという気持ちにならないと話した。なぜ、このような傷害を負わされて、被害者側が行為と結果との因果関係を証明しなければならないのか。そして、息子の高次脳機能障害は一生治らない。脳の中の神経をめちゃめちゃにされた。見た目ではわからないかもしれないが、例えば腕を失っても新聞記者の仕事はできるだろう。しかし、脳に障害を負っては記者の仕事はできない。そういう障害なのだと話した。

そして、記者からの「息子さんにどのように伝えますか」の質問に、お父さんはすでに電話で勝訴を息子さんに伝えたと打ち明けた。Kさんは、「これで、先生は謝ってくれるかな」と話したという。


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ここから武田私見。

これからの柔道事故裁判に大きな影響を与える判決だと思う。
「柔道場で、柔道着を来て、柔道技をかけていたら、けがをしても、死亡しても責任を問えない」と長い間されてきたことが、ようやく覆されつつある。

一方、顧問の故意が認められないことは残念だ、
中学3年生の12月24日。高校では柔道をするつもりはなかった。顧問に見つからないようにこっそり帰宅しようとしていた部員をわざわざ昇降口で待ち伏せして、激しい練習を行わなければならない理由は、制裁以外何があるだろう。自衛隊員のいじめ自殺事件で、剣道にかこつけたリンチを彷彿させる。
これほど明らかなものを故意ではなく、重過失でもなく、判決では過失にしてしまった。
これが生徒ならば、刑事でも、民事でも、暴行罪として認められたのではないか。かえって柔道部顧問という立場、大人で、教師であるが故に、そして大きな大会で優勝するような輝かしい経歴を持ち、それを理由に教師として採用されたが故に、学校、教育委員会、検察からも守られるとしたら、そのことが子どもたちに与える影響は非常に大きいと感じる。

ひとつには、原告Kさん本人が法廷で証言できなかったマイナスはある。被害者本人が証言できたら、違った面があったかもしれない。しかし、Kさんは顧問の暴行によって高次脳機能障害だけでなく、深刻なPTSDを抱えた。両親はたとえそのことがマイナスに働こうとも、息子を守ることを優先した。その選択に間違いはなかったと思う。

両親に対する損害賠償は認められなかった。「原告Kの後遺障害の程度などに照らすと認められない」という。しかし、Kさんは生死の境をさまよった。簡単な仕事につけるまでになったのは、家族の努力と支えがあったからで、自然に回復したわけではない。
本来なら、年齢的にはもう自立している。それが、今も毎日ケアが必要だという。そして、それはこれからもずっと続く。
少なくとも、Kさんの怪我がなければ、両親の毎日はまるで違ったものになっていただろう。顧問にはその責任があると思う。

そして、被害者がなぜここまでしなければ、顧問の責任が認められないのか。それをかばった学校のおかしさ、教委のおかしさ、検察のおかしさ。問題の根は深い。
調査をしたと言いながら、柔道の練習に問題はなかったと言い切った学校、教委の責任は、税金から損害賠償を支払うだけで、このままにされてよいのだろうか。それは、誰かを処分するということではなく、なぜ、顧問の行動が問題にはならなかったのを、裁判所ではなく、自らが追及していかなければならないのではないだろうか。
小林さんが動かなければ、Kさんの傷害は柔道事故とさえカウントされない。命に関わる急性硬膜下血腫の傷害の原因も不明なままだった。

そして、もし小林さんが動いていなければ、柔道事故がこれほど注目されることもなく、漫然と、来年4月から中学校の武道が必修化されるなかで、どれだけの子どもたちの命が脅かされていたかわからない。そのことの反省は、武道必修化を提案した政治家や文部科学省、教育委員会や全柔連にあるのだろうか。
この1年半の全国柔道事故被害者の会の動きは目を見張るものがある。
これだけ大きな警鐘を被害者家族らが必死で鳴らしてきたにもかかわらず、文科省や全柔連の動きは鈍い。この期に及んで、問題を直視しようとはせず、奈良中事件で学校、教委がしてきたように、問題のすり替えばかりにやっきになっている。
「安全だ」「安全だ」と、根拠もなく言い張ってきた原子力発電と同じだ。

本来、誰に言われてすることではなく、文科省や全柔連が自ら、今までの柔道事故を調査分析し、安全指導を提言し、現場に徹底し、それが確認できてから必修化を提言すべきだった。そして、不幸にして事故が起きてしまったときには、裁判で負けて仕方なく賠償金を払うのではなく、事故を起こしてしまったものの責任として、せめて手厚く補償すべきだった。
武道必修化をすでに決めてしまったから、今更、変えられないのだろうか。
数日間の研修を受けるだけで黒帯がもらえる。形だけ整えても、中身が伴わない。そのことは誰より、現場の教師が知っている。不安に感じている。安全対策が整わない今、中止する、もしくは延期する勇気こそが、必要だと思う。
子どもの命こそが最優先されるべきで、愛国心のために命を犠牲にするのは、戦争と変わらない。
犠牲になるのは、子どもたちであり、その家族であり、武道の指導教諭だ。
柔道事故はもうすでに「想定外」ではない。

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被告側が控訴するかどうか、現時点では不明。これ以上、悪あがきをすることなく、判決を真摯に受け止め、Kさんや家族に賠償金の支払いだけでなく、心からの謝罪をしてほしい。

※その後、被告側は控訴せず、一審判決が確定。

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