わたしの雑記帳

2004/3/9 NPO法人 ジェントルハートプロジェクトの設立一周年記念シンポジウム


2004年3月6日(土)東京ウイメンズプラザにおいて、NPO法人 ジェントルハートプロジェクトの設立一周年記念シンポジウム「こころとからだへの暴力 〜子どもを守るために大人は何ができるのか〜」が無事終了しました。会場にお越し下さったみなさん、ありがとうございました。
告知が遅れたこともあって、どれだけの方が会場に来てくださるか心配していました。しかし、前日に朝日新聞が私たちの活動のことを取り上げた記事を掲載(http://www.asahi.com/edu/news/TKY200403050217.html)してくださったお陰で、会場はほぼ埋まっていたようです。用意していた私の本も、おかげさまで全て売り切れたということです。

森田ゆりさんの基調講演はとても内容がわかりやすかったです。さすがプロというか、あきさせないし、言葉が染み込んでいくようでした。
そして、
その後のパネルディスカッション。私の初コーディネート。パネリストは、リンチで殺害された青木悠くんのお母さんの和代さん、岡崎哲くんのお父さんの后生さん、いじめ自殺した小森香澄さんのお母さんの美登里さん。そして、それぞれの子どもたちも文字通りパネルで参加してくれました。
私は今回、できるだけ「遺族」という言葉を使いたくありませんでした。遺族だから参加してくれたというより、自分の子どものために今も闘っているお父さん、お母さんとして参加してくれているのだと思うからです。そして、わが子と同じように、他の子どもたちを守りたいと思ってくれている人びとだと思っています。

今回は森田ゆりさんにも参加していただいており、私がコメントするまでもないので、時間の関係もあり最初から自分の意見はあまり入れないつもりでした。代わりに、私が言いたいことは資料のなかに入れさせていただきましたので、それをここにも転載したいと思います。


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ジェントルハートプロジェクトの活動を通して見えてきたもの

 ●なぜ、私たちはいじめとリンチ殺人とを一緒に語るのか

 ジェントルハートプロジェクトは、「未来を生きる子どもたちのためにいじめのない社会をめざして」います。本来は「いじめ」という名前が付こうが付くまいが、ひとを深く傷つける行為はけっして許されないと思うのですが、それでは法人の目的があまりに漠然としすぎてしまうという危惧から、「いじめ」という言葉を用いています。さまざまな「いじめ」の定義があるなかで、私たちは「いじめ」をかなり広範囲に、「心とからだへの暴力」として捉えています。

 多くの専門家たちが、いじめと少年犯罪とを一緒に語るべきではないと言います。いじめとリンチ殺人の被害者・遺族がともに手を携えて活動する私たちの法人にも同じ疑問が寄せられます。
 いじめと少年犯罪とはどこがどう違うのでしょうか。被害の大きさを言うひとがいます。しかし、本人がどう感じているかは他人には計り知れません。身体に対する暴力をけっして軽視するつもりはありませんが、心への暴力が身体への暴力に匹敵することもあります。子どもであっても、大人であっても、心への暴力は時としてひとの生きる力、命をも奪います。集団リンチを受けたときに、体の傷より心の傷のほうがより深く、将来にわたって残ることもあります。また、被害の大きさは他人と比較できるものでもありません。本人にとってはどんな被害も100パーセントであり、他にもっと不幸なひとがいるからといって、自分の受けた被害が軽減されるわけではないのです。

 そして、いじめも少年犯罪も、加害者と被害者はごくふつうの子どもたちであることが今は圧倒的に多いのです。いじめをする子どもと、犯罪行為をする子どもとは別ものではありません。軽微ないじめも放置すれば、あっという間に恐喝やリンチなど犯罪行為に発展します。「子どもを守る」という視点に立つならば、いじめと少年犯罪とを別ものと考えることのほうがむしろ危険ではないかとさえ思います。


 ●被害者・遺族との協働

 近年、被害者支援という言葉をきくようになりました。たしかに、被害を受けたばかりで混乱している時期など、支援が必要な段階もあるでしょう。しかし、今の私たちに必要なことは、支援ではなく協働(パートナーシップ)であるとジェントルハートプロジェクトの活動を通して実感しています。

 「支援」ということで言うならば、むしろ彼らの支援を必要としているのは、私たち社会のほうかもしれません。誰よりも真剣に考え、全身全霊をかけてこの問題に取り組んでいる被害者・遺族たちは、私たちが学ぶべきことを多く持っています。そのなかには必ず、私たち社会がこの問題を解決するために必要ないくつもの教訓が含まれています。その知恵を私たちは、未来を生きる子どもたちのために共有したいと思います。

 代わりに、私たちが提供できるものがあるとするならば、それは理解、あるいは理解しようとする心ではないかと思うのです。ジェントルハートプロジェクトの名前は、いじめで亡くなった小森香澄さんが残した「やさしい心がいちばん大切だよ」という言葉に由来しています。相手の心、とくに「痛み」や「悲しみ」を理解しようとする心を「やさしさ」と言うのではないでしょうか。そして、自分の子どもは亡くしてしまったけれど、他の子どもたちにはけっして同じことが起きてほしくないと思う、幸せに生きてほしいと願う心を「やさしさ」と言うのだと思います。

 今、世の中で人と人との関係性が崩れつつあります。そのことが多くの問題を引き起こしていると私は感じています。厳しい競争社会のなかで、個人と個人とがバラバラにされ、つながりにくくなっています。対等で濃密な関係の代わりに、力で人を支配しようとする。そういう形でしか、安定した人間関係を築けなくなりつつあります。
いじめ・暴力。子どもの問題は大人の問題でもあります。この問題に第三者はいないと私たちは考えます。
いじめ・暴力をなくすためには、まず大人たちがつながり合うことが第一歩になるのだと思います。

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最後に男女3人グループのPedu(ペドュー)が友情出演で、ジェントルハートではすっかりおなじみになった「窓の外には」(小森香澄さんが9歳の時にパソコンで書いた詩に、死後、香澄さんが信頼していたOBが曲と歌詞を付け加えてくれたもの)を歌ってくれました。何度も何度も聴いている歌なのに、そのたびに条件反射のように涙がこぼれます。隣で美登里さんも泣いていました。
「やさしいこころ」と「いのち」の大切さを伝え、こころとからだへの暴力である「いじめ」のない社会の実現を目指すこの活動をもっともっと多くの大人たち、子どもたちに広げていきたいと思います。
 



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