わたしの雑記帳

2002/4/6 大野悟くん(中1・13)の裁判、進捗状況


2002年4月3日、大野悟くんの裁判の傍聴に埼玉県浦和地裁に行ってきた。
遺族が起こしている裁判は現在2つ。学校を管理する市と加害生徒9人の保護者17人を相手どって起こした裁判と、加害少年のうちひとりの母親が、遺族に対して誹謗中傷・脅しともとれる手紙を3回にわたって送りつけたことに対する損害賠償請求(「わたしの雑記帳」バックナンバー me020201 参照)。

学校と加害生徒の保護者を訴えている裁判のほうは、前回は進行協議だったために傍聴できなかった。
原告側の桜井和人弁護士の説明によると、学校側はいじめの実態を、誰が何をやったかまで把握しながら、この裁判中も情報を開示しようとはしない。そのことに対して、裁判長から、現在把握している事実について書類の形で提出してほしいという要請が改めてあり、学校側は「そうしましょう」ということになったという。そういう状態で、まだ、誰を証人として呼ぶかの協議の段階にも至っていない。

この裁判の被告側の弁護士のひとりはなんと、岡崎哲くんの被告側の弁護士でもある。
これは私が当初思っていた「偶然」ではなく、学校災害の保険を依頼されている保険会社と契約している弁護士ということで、同じ保険会社を利用していれば、同じ弁護士がつく可能性は十分にあるという。
なお、この弁護士は、牛久市の小学校で発生したサッカーゴールによる圧死、日時計による圧死の事故(詳細不明)の被告側の弁護士でもあるという。

雑記帳のなかの me010421 でも、教育裁判の問題点について、私の知りうるところを書いたが、被害者側の弁護を引き受けてくれる専門的な弁護士は数少ない。その最大の理由が、教育裁判は時間がかかり、労力が大きいわりに、収入にならないということだ。弁護士にも生活がある。生活の糧にならない裁判ばかりに関わっているわけにはいかない。
ところが、学校側につく弁護士にはその収入の道が補償されている。当然、知識やノウハウが蓄積されていく。そしてその保険料は、おそらく(違うかもしれないが)、被害者となった生徒も等しく支払っていたものだ。もしくは税金の一部?
よく被害者からきく話しがある。「加害者側にはすぐに学校側が弁護士を斡旋するのに、被害者側には何もしてくれない」という不満の声だ。学校の中で起きた事件・事故で、被害者と加害者が平等に扱われないばかりでなく、被害者は学校の敵となり、加害者が学校の味方となる。  

これからはもっと、被害者側に立ってくれる弁護士を市民の手で支え、育てていく必要があるだろう。
弁護士がボランティアとしての参加するのではなく、収入面でもきちんと補償されるような形で。
(人権派と言われる名のある弁護士の事務所が意外なほど質素で、損得で動く名も知らない弁護士事務所のほうがずっとりっぱだったと聞いたことがある)

話しを元に戻す。4月3日の裁判は、手紙を出した母親に対する損害賠償の裁判だった。
前回は、この件に対する初めての公判ということで記者の数もけっこういた。しかし今回、「記者席」と書いた白いカバーのかけられた専用席には誰も座らなかった。傍聴人は大野さんを支援するグループのひとたちだけ。悟くんの祖父も期待していた冒頭陳述は今回、ならなかった。(もうひとつの裁判では、冒頭に遺族がどのような思いできたかを祖父が代表して述べた)
今回は書類のやりとりだけかと思われたが、思った以上に早い展開をみせた。
裁判長は、被告側と原告側の代理人に対して、この裁判を別個にする意味を問い質した。同じ内容を別々の裁判でやることは二重起訴にあたるという。その回答を述べるなかで、被告側弁護士(上記の岡崎さんの裁判とは別の弁護士があたっている)は、母親の行為について、「よけいなことをした」「社会常識的に許されざる行為」とはっきりと述べて、この件に関してはきちんと対応すべきと自ら述べた。
原告側もこの裁判はもうひとつの裁判と重なる部分もあるかもしれないが、全く別の内容が絡んでいるということで、別に行いたい旨を話した。
しかし、被告側に謝罪や損害賠償支払いの意思があるのならということで、裁判はさっそく、「和解に向けての話し合い」をすることになった。(5月10日、非公開)

公判でのこのやりとりだけを見ると、裁判を起こすまでもなく、先方には損害賠償の意思があるようにみえる。全面的に自分たちの非を認めたように思える。
しかし、実際には、答弁書(原告側の訴えに対する被告側の答え)のなかで、被告は匿名の手紙を出したことの非は認めたが、相変わらず、手紙の内容と同様に自分の息子がいじめに加担したことについては全面否認し続けているという。
法廷でも、被告弁護士は、手紙に対する非は認めたが、背景については何も語っていない。それは別の裁判で係争中なので何も言えないということを強調した。

桜井弁護士の説明を聞いて、遺族や支援者は口々に言った。そんな馬鹿な話しがあるかと。
悟くんが2000年7月26日に亡くなったあと、8月1日には、この親子も他の加害生徒とともに、学校の教師につれられて大野家に謝罪に訪れている。その際、一人ひとりから、具体的にどのようなことをやったのかを聞いてその場で、支援者のひとりがすべてメモをとり、それをもうひとつの裁判に証拠として提出してある。そのとき、Aさんの息子は「何回か蹴りました」と述べている。
第一、答弁書にあるように、ほんとうに無関係ならば、母親があのような手紙をわざわざ出すはずがない。しかも匿名で。

遺族は800万円の損害賠償をこの母親に請求している。しかし、当然のことながら目的は賠償金ではない。先方がポンと「では800万円を支払いましょう」とでも言うのなら別だろうが、手紙のことは認めて和解金を支払うがいじめに関しては全面否認するという姿勢であれば恐らく、遺族は和解には応じないだろう(あくまで私の考え)。そのために、簡単には支払う気にならない金額を設定したのではないかと思っている。
遺族からすればおそらく、この裁判を悟くんへのいじめに関係する事実のすべてを明らかにするための突破口のひとつと考えていることだろう。
Aさんは手紙のなかで、他の加害生徒のことをいろいろ述べている。それは、自分の子どもから目を逸らさせるための単なるでまかせなのか、子どもから実際に聞いた真実をリークしたものなのかはわからない。被告弁護士からすればまさしく「よけいなこと」をしてくれたわけだが、原告からすればここでAさんから様々な証言を引き出すことができれば、被告側が口を噤んでいる事実についてもより出てきやすいだろう。そして、Aさんは自らがとった行動により、皮肉なことに、9人という大勢のなかの1人から、最も目立つ存在にわが子をもさせてしまった。他の子どもたちを悪く書いたことで、同じ被告のなかでも孤立せざるを得ないのではないだろうか。これは恐らく今後、加害者の親たちにとって、大きな教訓となるだろう。

今後もできうる限り、この裁判の成り行きについて注目していきたいと思う。


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