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2002年1月10日発行166号ピースネットニュースより

【連載】反グローバリゼーションの運動のいま(10)

「テロとグローバリゼーションそして貧困」を突破する
オルタナティブとしてのトービン税

ATTAC Japan 事務局  田 中 徹 二

突破口としての「トービン税」
 21世紀の2年目の幕が明けた。年頭にあたってのマスコミの論調は、「テロとグローバリゼーションそして貧困」であった。弱肉強食の経済のグローバル化が、豊かな国をかつてなく豊かにする一方で、途上国に圧倒的な貧困をもたらし、その貧困や不平等が極端な原理主義やテロリズムの温床になってきた――このような視点は、次に述べるジョセフ・スティグリッツのみならず、9・11テロ以降広く受け入れられてきた見解と言ってよいであろう。
 問題は、ではどうすれば貧困や不平等を解消していくことができるかである。残念ながら、日本のメディアや識者からはその政策提言をみることはできない。しかし、ほとんど知られていないことであるが ―― だからこそ、メディアや識者が政策提言できないでいるのであるが ―― 、昨年11月フランスの国民議会(国会)が「トービン税」法案を採択したと言うビッグニュースが飛び込んできた。この「トービン税」こそ、途上国の貧困等を解消するための強力な武器のひとつである。今日までこの税制は“理想としては分かるが現実性はほとんどない”ということで葬り去られてきた経緯がある。ところが、フランス国内でのATTACの強力な運動もあり、今や陽の目を見ようとしている。フランスが突破口となり、それがEU(欧州連合)内へ、そしてアメリカや日本へと飛び火していけば、本当に実現することが可能になるのである。
 これまでのグローバリゼーションのもとでの途上国支援のあり方と、なぜ今「トービン税」が浮上してきたかを見てみることにする。

日本のマスメディアから ―― 提言は見えず
 NHKテレビは元旦に『世界はどこへ向うのか・新たな秩序への模索』(NHKスペシャル)という番組を放映し、その中の「グローバル経済と貧困」というセッションで、昨年のノーベル経済学受賞者であるジョセフ・スティグリッツ(コロンビア大学教授)は次のように語った。“テロの背景には、途上国の絶望的な貧困と圧倒的な不平等の広がりがある。それをもたらした要因は経済のグローバル化であり、なかでもIMF(国際通貨基金)の何でも規制緩和、民営化すればよいとする市場原理主義にある”、と。スティグリッツの言葉は基本的に正しいと言える。
 ここに付け加えれば、中国やマレーシアなどほんの少しの国を除いて途上国はことごとく借金(債務)を背負いその返済に苦しんでいる。それらの国々は、IMFと世界銀行に管理されているが、IMFなどはアメリカや日本、そしてEU諸国によって経営されているといってよい(これらの機関は出資金に応じて票数が与えられており、先進国だけで過半数を押さえられている)。従って、大部分の途上国は先進国、すなわちG7(先進主要国)によって管理されていること、換言すればG7の準植民地といっても過言ではない状態となっている。ここから言えることは、世界は単に豊かな国と貧しい国があるという平板な図式になっているのはなく、豊かな国が貧しい国の首根っこをを押さえ介入しているという“支配−被支配”の図式になっているのである。
 話を戻そう。それではどうすればこのような貧困や不平等を是正していくことができるであろうか? スティグリッツは言う。「(開発援助にあたってIMFのようなやり方ではなく)途上国の声を、意志を民主的に取り入れること」、と。なるほどそれはそうであるが、これまでNGOなどからもそのような提案がされていたにもかかわらず、いっこうに改善を見せていない。とすると、IMFや世界銀行など開発援助の仕組みを根本的に変えない限り、実効性のない提案に終わりそうである。
 この課題に対し、コメンテーターとして出席していた佐和隆光京大教授と岡本行夫外交評論家は、それぞれ次のような提案を行った。前者は「豊かな先進国から、貧しい途上国への強制的な富の移転をさせる何らかの仕組みが必要」、後者は「ODA(政府開発援助)を増やすこと、技術援助を行うこと」など。しかし、何らかの仕組みと言うのでは提案になっていないし、後者のODAなどはそれこそ掛け声ばかりで、逆に減少してきているのが実態である。
 このように、残念なことに貧困が問題と言っている3人の識者から有効な提案を聞くことはできなかった。では、冒頭で述べたトービン税が有効な提案となるのか、その前にトービン税とは何かについて見てみる。

トービン税とは――トービン博士の意図と地球規模の課題
・どのような税で目的は何か?

 この税は国際的な金融(為替)取り引きに課税するというもので、この考え方を最初に唱えたジェームス・トービン博士(1981年度ノーベル経済学受賞者)の名前をとってトービン税と呼ばれている。唱えたのは今から30年も前の1972年であった。目的は、すべての国際金融取り引きにわずかな税を課すことによって、短期の投機的な金融取り引き量を減少させようとするものである。
 1970年代初頭の世界の為替取り引きは、1日あたり約180億ドル程度であったが、86年には0.2兆ドル、90年代半ばには1.3兆ドル、そして98年には1.5兆ドルと飛躍的に増加してきた(BIS・国際決算銀行など)。ちなみに、モノやサービスという貿易取り引きは年間4.3兆ドルであるから、それは為替取り引きのわずか3日分に過ぎない。この増大する為替取り引きの約85%が短期の資本移動という投機色の濃い取り引であり、これが為替市場かく乱の最大要因となっている。このIT(情報通信)技術に武装されて全世界を駆け巡る巨額な金融取り引きこそ、今日の経済のグローバル化の推進力であり、バブル経済を煽るとともにカジノ資本主義の元凶となっている。
 仕組みであるが、すべての為替取り引きにわずかの税を、例えば0.1%課税することにより、短期の投機的な資本取り引きはその回数が多いので高率となる(毎日取り引きすれば年率48%にもなる)。が、一方で直接投資など長期の金融取り引きは極めて低率の税しか課せられないことになる。このことにより短期の投機的取り引きにブレーキをかけようというものである。

・トービン税を地球的課題のオルタナティブに
 トービン博士の意図はもともと市場かく乱の原因である短期の金融取り引きにブレーキをかけ、市場を安定化させるとともに国内政策の自立性を回復しようというものであった。ところが、今日グローバリゼーションに異議申立てする運動側からトービン税を新たに捉え返そうという作業が始まった。つまり、わずかの課税といえども、例えば0.1%でも単純計算で3,600億ドルになり、その税収は巨額になる。そこで、この税収を国際社会が対処できていない主に途上国の貧困や持続的開発、環境、病気、安全保障という国際公共財を賄うという政策に使用することが可能である、と。
 現実的には、様々な要因から年間に約1660億ドルの税収となると予測されるが、98年のODA総額518億ドル、世界の貧困をなくする基礎的社会的支出400億ドル(国連推計)を優に超える額である。かつて92年の国連環境・開発会議(地球サミット)で貧困対策や環境対策など持続可能な開発のための資金は年間1,250億ドル必要と算出されていた。しかし、国際社会はその支出をサボタージュし、貧困や環境対策よりは途上国を踏みつけての経済拡大を行ってきたために、今日のテロを生み出すまでの絶望を蓄積してきたのである。トービン税の実現は、地球的課題となっているといっても過言ではないであろう。

フランス−EUで切り開かれた地平を全世界に波及させよう!
 冒頭述べたように、トービン税は理想としては分かるが実現性はないと言われてきていたが、ついに昨年11月19日フランスの国民議会で投機的外貨・外為取引に対する課税(これこそトービン税)が、最高0.1%まで引き上げ可能な課徴金として採択された。ただし、EUの他の諸国がまったく同一の措置を取った場合にのみ実施されるという条項が付いた(「トービン税の可決」ATTAC フランスの11月20日付コミュニケ)。この条項は、一見実施するのを送らせる、あるいは邪魔するための措置に見えながら、逆にいえばEU加盟諸国ですべて可決すれば本当に実現できるということを意味する。
 ATTAC(市民を支援するために金融取引への課税を求めるアソシエーション)はその名称の通り、トービン税実現を重要課題として98年フランスで結成されたのであるが、「アタック運動への世論の支持」(同上コミュニケ)こそがフランス国会を動かしたのであった。また、EU閣僚理事会でもフランス政府の提案によりトービン税に関しての予備調査を行うことが決められた(11月16日)。ここに至り、EU諸国内のNGOや労働組合は絶好のチャンスを迎えているといえよう。
 もとより、EUだけでの実現ということでは地球的課題は半分しか成就しない。大きな外為市場は他のG7諸国、とくにアメリカと日本にも存在する(ちなみに、最大の外為市場はロンドンで32%、続いてニューヨークで18%、東京8%、シンガポール7%、フランクフルト5%、チューリッヒ、香港、パリで4%――98年4月現在)。
 フランス−EUで風穴が開けられようとしている今日、私たちはこのウェーブを受け止めつつこの日本の地で ―― ほとんどゼロの状態からの出発となるが ――、運動をまき起こしていくことが求められている。いわば地球的課題への挑戦である。その第一歩として、トービン税も議事になるであろう第2回世界社会フォーラム(1月31日〜2月4日ブラジル・ポルトアレグレで開催)に参加し、世界の人々とともに討論を行っていく予定である。

※ トービン税の説明については、西南学院大学の吾郷健二教授の小論文『いわゆるトービン税について』を参考にしました。また、これまで肩書きが「環境と金融リサーチ」でしたが、今回より「ATTACJapan 事務局」とします。

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