意見書:国際紛争を解決する手段としての「戦争」を放棄した国に、情報機関を設立する必要はない

2022年2月21日

意  見  書

国際紛争を解決する手段としての「戦争」を放棄した国に、情報機関を設立する必要はない

                秘密保護法対策弁護団

                共謀罪対策弁護団

                デジタル監視社会に反対する法律家ネットワーク

意見の趣旨

 内閣に「情報局」を設置する構想は、第二次世界大戦の敗戦を踏まえ、憲法9条によって国際紛争を解決する手段として「戦争」を放棄した日本国の憲法体制と相容れないとともに、プライバシー権と表現の自由を抑圧するものであり、認めることができない。

むしろ、既に存在する公安警察、公安調査庁、自衛隊情報保全隊その他の情報機関に対する監視監督のために、独立した監視機関を設立することを求めるものである。

意見の理由

内容

第1 「内閣情報局」設立の提案 1

第2 安倍・菅政権の遂行した戦争国家体制の構築は最終段階に達している 5

第3 デジタル庁と土地規制法の隠された意図 7

第4 憲法9条はどのようにして国際紛争を解決しようとしたのか 10

第5 情報機関の工作と謀略が世界の平和を破壊し、戦争の危機を産み出してきた 11

第6 我々はなぜ内閣情報局の設立に反対するのか 14

別添1 日本が第二次世界大戦において敗戦し、ポツダム宣言を受諾したことの意味 19

別添2 北村滋氏による内閣情報局と経済安全保障の提案 21

第1 「内閣情報局」設立の提案

1 北村氏の提案する内閣情報局(JCIA)の概要

安倍・菅政権において、内閣情報官と国家安全保障局長を歴任された北村滋氏は、2021年9月に公刊された『情報と国家』の第一章において、「内閣のインテリジェンスの在り方について、あくまで私見であるが、幾つかの提言を行うこととしたい。」として、次のような提案を行っている。

(なお、この意見書の中では、「インテリジェンス」の語は、「情報をどうやって使うかどう役立たせるのかまで考えて収集し、分析し、利用等する活動」を意味するものとして使用している。)

① 「内閣の重要政策に関する情報の収集調査に関する事務」(内閣法第二一条第二項第六号)、すなわち、「内閣の重要政策に関する情報の収集及び分析その他の調査に関する事務(各行政機関の行う情報の収集及び分析その他の調査であって内閣の重要政策に係るものの連絡調整に関する事務を含む。)」(内閣官房組織令[昭和三二年政令第一二九号]第四条第一項第一号)をつかさどる内閣情報調査室の改編、拡充強化

② 内閣情報調査室の改編、拡充強化された機関(以下「内閣情報機関」という) は、内閣の事務を助けるとともに、独立し、かっ、恒久的な行政機関としての体裁をとる必要がある。

具体的には、現在の内閣情報調査室の「局」等への格上げが検討されるべきである。この場合において、当該組織を内閣に置くか、内閣官房に置くかが一つの問題となる。当該組織の独立性及び恒久性を重視するのであれば内閣法制局のように内閣に置かれる機関となるであろうし、現行の内閣官房の所掌事務との継続性、政策部門との近接性、インテリジェンス・サイクルの迅速性を重視するのであれば、国家安全保障局のように内閣官房に置かれる機関となろう。

同時に、内閣情報機関を、民主的観点から、国民を代表して管理・監督し、国会に対して政治的責任を明確化するという意味において、国会議員の資格を有する担当大臣又は担当補佐官を設置することを検討すべきである。

③ 法令上の権限として、内閣情報機関の長の各種情報に対するアクセス権が保障されるべきである。

さらに、内閣情報機関には、次長若干名を置き、うち、外務省国際情報統括官、防衛省情報本部長、警察庁外事情報部長及び公安調査庁次長は、同機関の次長を兼務することとし、外交情報、防衛情報、警察情報及び公安情報が制度的に内閣情報機関の長にもたらされることを確保すべきである。

④ 内閣情報会議及び合同情報会議を抜本的に改組し、その透明性を確保するという観点からも設置根拠を法律で規定すべきである。内閣情報会議は、現在、関係省庁の次官級の会議体であるが、これを閣僚級に格上げした上で、いずれも仮称であるが年次情報評価書、年次及び中長期情報活動計面の審議決定機関とすべきである。また、これらは情報活動の民主的統制という観点から、情報保全上の措置を施した上での国会への報告の在り方を検討すべきである。

⑤ 対外情報機能の強化についてである。

今後はその情報収集目的を大量破壊兵器の不拡散、経済安全保障といった分野に拡大し、更に人員組織も充実強化を図るべきである。

⑥ 人材の育成についてである。

人材の育成は、内閣の統一した方針の下、インテリジェンス・コミュニティ関係省庁の既存の研修施設を最大限活用する一方、情報活動に従事する職員に対し様々な教育訓練を施すことのできる高度な研修施設を設置すべきである。」

まさに、ここには包括的な中央情報機関設立の設計図が示されている(以下、北村氏が設立を構想する包括的な中央情報機関を便宜的に「内閣情報局」と呼ぶこととしたい。)。内閣情報局を設立する提案は、現岸田政権にも引き継がれている可能性があるものとして、このような提案の問題点について考察していく必要がある。

この提案では、対外的な情報機関(アメリカのCIA,NSAなどに該当)と対内的な情報機関(アメリカのFBIなどに該当)が区別されていない。その双方の機能を兼ね備えた、巨大な情報機関が目指されているように見える。

2 1950年代の内閣への情報局の設置提案と頓挫

内閣に情報局を置くという提案は、今回の北村提言が最初ではない。

過去の提案と実現しなかった経過を振り返ることは、今回の提案の意味を考えるうえでも重要である。

内閣情報調査室のルーツは総理府に設けられた内閣総理大臣官房調査室である。調査室設置の背景は「治安関係者だけでなく、各省各機関バラバラと言ってよい内外の情報を一つにまとめて、これを分析、整理する連絡機関事務機関を内閣に置くべきだ」「外務省情報局に代わるべき内閣直属の情報機関が必要」とする吉田茂首相の意向を受けたものである。

戦前に朝日新聞社副社長と情報局総裁を務めた緒方竹虎副総理と、元内務官僚で国家地方警察本部警備課長の村井順を中心に、内閣総理大臣官房調査室が設置された。

吉田はこの調査室を土台として、組織の拡張または別組織の立ち上げを行うことで日本のインテリジェンス機能を強化しようと考えており、関係各省庁も国警の村井順が「内閣情報室設置運用要綱」を、外務省が「内閣情報局設置計画書」を、法務府特別審査局が「破壊活動の実態を国民に周知させる方法等について」をそれぞれ提出するなど、情報機関設置に関して警察・外務・法務各省庁がそれぞれ案を提出した。

1952年4月9日に総理府内部部局組織規程(総理府令)の一部改正により、内閣審議室の調査部門を独立させ、内閣総理大臣官房調査室が設置された。また、法務府特別審査局を発展させた公安調査庁が法務省の外局として設置された。

しかし、この調査室が「中央情報機関」「情報局」となる事はなかった。この構想に対して、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞が「内調の新設は戦前の内閣情報局の復活である」として反対運動を展開したからである。

3 内閣調査室から内閣情報調査室へ

 1957年8月1日には、内閣法(法律)の一部改正、内閣官房組織令(政令)の施行及び総理府本府組織令(政令)の一部改正により、内閣総理大臣官房調査室が廃されるとともに、内閣官房の組織として内閣調査室が設置された。

1977年1月1日には、内閣調査室組織規則の施行により、内部体制が総務部門、国内部門、国際部門、経済部門、資料部門の5部門となった。ここに、対外情報機関の萌芽を見ることができる。

第1次中曽根内閣時代には、当時内閣官房長官だった後藤田正晴の決断によりそれまで官房長官に行っていた「長官報告」が「総理報告」に格上げされた。

1986年7月1日に、内閣官房組織令の一部改正により、「内閣調査室」から現在の「内閣情報調査室」となった。

内閣情報調査室が、麻生政権時代の2009年2月に公表した「我が国の情報機能」と題した資料には、自民党の「国家の情報機能強化に関する提言」(平成18年6月、自由民主党政務調査会 国家の情報機能強化に関する検討チーム)から、以下の提案が引用されている。

「重要情報が政策判断によって影響されず、独立性の確保という観点から総理・官房長官に必ず伝わるようにする。このため、内閣情報官を官房副長官と同等クラスに格上げするとともに、総理・官房長官に対するインテリジェンスに係る報告については、できるだけ内閣情報官を関与させる。」[自民 p1]

「現在、内閣情報会議の下に置かれている合同情報会議に加えて内閣情報委員会を設置する。内閣情報委員会には、外務省(国際情報統括官)、防衛庁(防衛局・情報本部)、公安調査庁、警察庁、内閣衛星情報センター、新設の対外情報機関、海上保安庁、財務省、経済産業省、金融庁(必要に応じて厚生労働省、環境省等を加える)が情報コミュニティとしてメンバーとなる。」[自民 p2]と

また、「21世紀の日本の国家像について」(平成18年9月、財団法人世界平和研究所)から、「政府の安全保障に関わる情報力を格段の強化するため、総理直轄の国家情報局を設

置し、内外の関連情報を一元的に集中管理し、国策策定に資する情報資料を整備する。」との提案が[平和研p5]として引用されている。

 このように、内閣情報調査室を格上げし、日本版CIAを創設しようとする考え方は戦後連綿と続けられてきたが、76年間実現しなかったいわくつきの構想なのである。

4 北村提言の持つ現実性と市民の側の対応の必要性

北村滋氏という公安警察・情報官僚が、明確な歴史観と国家像を念頭に、戦後レジームからの脱却を制度的に実現しようと努力し、安倍・菅政権という舞台で、そのかなりの部分を実現させたこと、そして中央情報機関の設立という野望を抱いていることがわかっていただけたものと思う。

私たちが、この9年間取り組んできた、特定秘密保護法・平和安全保障法制・共謀罪・デジタル監視法・土地規制法との闘いは、この北村氏の構想するような国家像が、あらたな戦争を準備するものであり、日本国憲法の定めた平和主義の理念と真っ向から対立することを明らかにし、このようなシステムを実現させないための闘いであったといえる。

残念ながら、北村氏が提言したことは、一つずつ実現してきた。政府は、2022年の通常国会に提出を目指す経済安全保障推進法案(仮称)の策定を加速させるため、21年11月26日に有識者会議が設置された。その委員に起用された北村滋氏は産経新聞の単独インタビューに応じ、推進法整備の必要性を語っている(2021年11月21日産経新聞)。同法案は、2月にも国会に提案される見通しであり、年度内の成立を目指しているという。しかし、罰則で企業活動に対して経済安全保障上の規制を強制することについては、2月16日経済同友会は、経済安保の定義や規制の対象を明確にするよう要求し。「裁量によって適用範囲が拡大する余地を排除しなくてはならない」と注文をつけ、罰則による規制には慎重な姿勢を求めた。経団連も、自由な競争や技術革新が阻害されないよう法規制には歯止めを求めている。罰則がどのように盛り込まれるかなど、現時点(2月20日)では明確でない部分もあるが、経済活動にも悪影響を及ぼす規制が危惧されている。

岸田政権の基本が、安倍菅政権の基本的な方向性を共有しているとみられる以上、北村氏の、次なる提案である「情報局」の提案にも現実性があると考えるべきである。これに対する市民の側の考え方と対応を準備する必要があるだろう。

第2 安倍・菅政権の遂行した戦争国家体制の構築は最終段階に達している

1 特定秘密保護法と共謀罪、デジタル監視法、土地規制法の制定

2012年に安倍首相が政権を担当するようになってから9年が経過した。

安倍・菅政権が始まって約9年間、政府が作り続けてきた法制度を並べてみれば、政府の意図が、日本を、戦争を遂行することができる国家へと作り替えることにあったことは明らかであると思われる。

2013年 国家安全保障会議の設置、特定秘密保護法の成立

2014年 集団的自衛権を認める閣議決定

2015年 平和安全保障法制という名の戦争法が成立

2017年 共謀罪法が成立

2020年 検察庁法改正案の提案(廃案)、学術会議6人の委員の任命拒否

2021年 デジタル監視法(デジタル庁設置法関連6法)と重要土地規制法が成立

2 安倍・菅官邸を支えたふたりの警察官僚

安倍・菅政権を支えたふたりの警察庁出身の官邸官僚のことについて注目する必要がある。8年半もの長きにわたり、内閣官房副長官をつとめた杉田和博氏は、内閣人事局のトップを兼任し、学術会議の委員を含めて霞が関の人事を一手に握ることで官僚機構をコントロールしてきた。

野田政権時に内閣情報官に就任した北村滋氏は、安倍首相に最も多数回面談した官僚として、秘密保護法、共謀罪、土地規制法などの制定を推進してきた。北村氏は、近著「情報と国家」(2021 中央公論新社)の前書きで、「内閣情報官時代に手掛けた、特定秘密保護法は、我が国の外交、防衛、防諜及び対テロリズムの四分野の情報保全を高度化し、同盟国や同志国との情報交換の在り方を劇的に変化させた。」と述懐している(4ページ)。

3 秘密保護法の制定は、警察官僚の悲願だった

国家安全保障会議は戦前の大本営にあたり、特定秘密保護法は軍機保護法に相当する法律だ。北村氏の「情報と国家」の第2章に採録されている北村滋「外事警察史素描」(講座警察法3巻 2010年頃執筆)には、ゾルゲ事件について、 「これらの防諜法規を適用し、昭和16年10月、警視庁は、ドイツ等の新聞社の特派員として8年聞にわたって我が国で活動し、我が国の政治、経済、軍事等の機密情報を収集し、ソ連に報告していたドイツ人リヒアルト・ゾルゲを逮捕するとともに前後して彼を中心とする諜報団の関係者を逮捕した。

ゾルゲらは、(中略)ソ連擁護の立場から、南進論へと政策を志向させるべく活動した。ゾルゲによってソ連に報告された情報には、独の対ソ攻撃予定、日本の独ソ戦不参加等の重要なものが含まれており、最終的に検挙には至ったものの、その被害は極めて甚大であった。」(140ページ)と口惜しげに言及している。

北村氏は、先の戦争を一貫して「大東亜戦争」と呼び、敗戦を防諜活動機能の剥奪と捉えている。大東亜戦争が正義の戦争であり、その戦争に敗北したことを悔しがっているようにしか見えない。北村氏が安倍氏と共有するこの歴史観こそが、安倍政権の改憲姿勢の根幹である。北村氏はGHQのポツダム政令について、「10月4日、司令部から「政治的、公民的及び宗教的自由に対する制限の撤廃に閲する覚書」が発せられたことについて、この覚書には「①一切の秘密警察機関及ぴ言論、出版、映画、集会、結社等の検聞ないし監督に関係する一切の機能の停止、②内務大臣以下の特高警察関係全職員の罷免を行うべきこと」等が内容とされていた。(中略)罷免されることとなった警保局長以下の官吏は、4日付けで辞表を取りまとめ、内務大臣に提出した。」、「防諜、国体護持、治安維持のための作用法はことごとく消滅した」と総括している。

この歴史的総括は、日本の戦後を「平和国家」の建設の開始と捉えるのではなく、「国家の戦争遂行機能のはく奪」と捉えていることは明らかだ。

4 治安維持のための法制度としての共謀罪

戦争法制は、日本国憲法9条の軛を無効化し、自衛隊が米軍とともに世界展開する根拠をつくりだした。共謀罪法は、相談したことが罪になるというもので、多くの犯罪の成立時期を共謀・準備の時点に遡らせるものであった。法の内容は異なるが、あらゆる反政府的活動を一網打尽にできた治安維持法と同様の効果を狙っている。

 特定秘密保護法と共謀罪法の制定が、北村氏にとっては、敗戦によって失われた防諜、国体護持、治安維持のための作用法の復活という悲願の一部を実現したものであった。

第3 デジタル庁と土地規制法の隠された意図

1 デジタル庁創設の隠された意図

(3)デジタル庁の創設は内閣情報局設立のための準備だったのか

2021年に成立したデジタル監視法は、情報コントロール権を明記せず、個人情報保護を後退させ、国家による市民監視を強めるものである。

データを取り扱う際に共通仕様化を進めることにより、国の諸機関や地方自治体からデジタル庁に集積された膨大な個人情報が、権利主体の同意なく、企業や外国政府を含む第三者に提供され、目的外に使用される危険性がある。

我々が特に危惧するのは、警察が、デジタル庁・内閣情報調査室を経由して、内閣総理大臣としての権限で、各省庁・自治体などが保管する情報にパソコンの操作だけでアクセスすることができ、自由に個人情報を取り出せる仕組みができるのではないかということだ。

改正個人情報保護法69条(利用及び提供の制限)の規定によれば、必要性、相当性があれば、個人の同意なく情報の利活用・第三者提供が可能である。政府は、この条文は改正前と同じであるから、我々の危惧は杞憂であると答弁した。しかし、そもそも相当性、必要性という要件は極めてあいまいであり、濫用を防ぐためにこの要件をさらに限定しようとした野党修正案に政府は応じなかった。

また、デジタル監視法は、これまでの分権的な個人情報保護システムの在り方を破壊しようとしている。地方自治体において、住民との合意のもとで構築されてきた独自の個人情報保護条例を後退させるものになりかねない。

デジタル庁は内閣府ではなく、内閣に置かれ、トップは総理大臣である。そして、デジタル大臣は、特に必要があると認めるときは、関係行政機関の長に対し、勧告することができ、行政機関は、当該勧告を十分に尊重しなければならないとされている。これは時限組織である復興庁にしかなかったもので、デジタル庁に全省庁の中で抜きんでた権限が与えられている。

北村氏の近著「情報と国家」に収録された「内閣総理大臣と警察組織一警察制度改革の諸相」は、戦後の警察制度改革の歴史的な経過を跡付けたうえで、今後の警察が政治的中立性をかなぐり捨て、政権に直接奉仕する(安倍首相にヤジを飛ばしただけで拘束された札幌の事件を想起されたい)国家的な位置づけを持つことを正当化するために書かれた論文である。

戦後の内務省の解体によってつくられた地方自治体を基盤とする警察を清算し、緊急事態における内閣総理大臣の警察を指揮する権限を介して政府と警察組織の間に直接の指揮命令関係を構築しようとしているように見える。そして、このような発想が、デジタル庁の組織構成にも反映され、警察庁のサイバー局や内閣情報局の設立を準備するものとなっているように思われる。

政府は、警察庁に法執行機能を持つサイバー局を設置する法改正を準備し、このような制度改正を年度内にも成立させようとしている。これまで都道府県警察の調整機関とされ、警察庁には執行機関としての性格はないとされてきた。

 デジタル庁が情報監視組織になるのではないかとする批判に対して、政府は、デジタル庁は、政府機関と地方自治体の情報システムを共通仕様化するだけであり、デジタル庁には情報を集約する機能はないと答弁してきた。

 ここにきて、次項で詳しく述べる内閣府に設けられる予定の土地規制法の情報分析機関と警察庁に置かれる予定のサイバー局・サイバー直轄隊という、2つの生身の情報を扱い、国家中枢に置かれる情報集約型の法執行機関が姿を現した。

 このサイバー局が土地規制法にもとづいて内閣府に設置される分析機関と、さらには本意見書のテーマである内閣情報局と情報共有すれば、内閣総理大臣のもとにあらゆる個人情報が集められ、監視社会化が加速度的に進むこととなるだろう。

2 監視と密告につながる土地規制法

(1)土地規制法の成立

また、2021年通常国会の最終日である6月16日の未明に、土地規制法が成立した。この法律は、基地や原発、あらゆる生活インフラ施設の周辺の土地を保有、利用したり、これらの土地に出入りする多くの関係者の個人情報を調べ上げ、内閣総理大臣に情報を集約するための法律である。

周辺住民を継続的に公安警察と自衛隊の監視のもとに置くことにより、戦前の密告社会を産み出した「隣組制度」を現代的によみがえらせる意図も見える。

そして、内閣総理大臣は、市民活動にさまざまな規制を行い、その規制に従わないときには刑罰の対象とすることができる。

自衛隊や米軍の基地、海上保安庁の施設、それに原発など重要インフラ施設のうち、政府が安全保障上重要だとする施設の周囲おおむね1キロ、また国境に関係する離島を「注視区域」に指定する。その区域内の土地や建物の所有者、借りている人、さらにはその関係者についてまで個人情報を収集し調査することとされた。日本人か外国人は問わない。

必要に応じて報告を求め、これに応じない場合には、罰則が科される仕組みとなっている。また妨害行為が明らかになれば、中止するよう勧告でき、これに従わない場合には、罰則を伴う命令を出すことができる。

(2)立法事実を国会審議で示すことができなかった

2020年の予算委員会では、政府は、外国人の土地取得によって基地機能が阻害されているような事実(立法事実)は明らかになっていない、と答弁していた(2020年2月25日衆院予算委員会第8分科会)。

法提出後の2021年5月11日衆院本会議では、小此木内閣府担当大臣は、安全保障のリスクを回避することを理由に、立法事実の有無について「答弁は適当でない」と答弁を拒否した。その後も、大臣の答弁は迷走し、「(立法事実を)探していかなければならないという意味も含めて何があるかわからないことについて調査をしっかりと進めていかなきゃならない」(5月26日)、「不安は雲をつかむようなもので、まずは調査しようという目的」(6月15日)などと変転した。結局、審議は立法事実の有無が秘密のベールに覆われた異常な状況のまま終わり、法律は成立してしまったのである。

 この法律は、戦前の社会を物言えない社会に変えた軍機保護法、国防保安法とセットで基地周辺における写真撮影や写生まで厳罰の対象とした要塞地帯法(明治32年7月15日法律第105号)を、拡大して現代によみがえらせようとしているように見える。

(3)あらゆる法概念があいまい

この法律の最大の問題点は、法の規定する概念や定義が曖昧で政府の裁量でどのようにも解釈できるものになっていることだ。まず、注視区域指定の要件である「重要施設」のうちの「生活関連施設」とは何をさすのかは政令で定め、「重要施設」の「機能を阻害する行為」とはどのような行為なのかについても政府が定める基本方針に委ねている。

重要施設には自衛隊と米軍、海上保安庁の施設だけでなく、政令で指定するものを含むとされ、原発などの発電所、情報通信施設、金融、航空、鉄道、ガス、医療、水道など、主要な重要インフラは何でも入りうる。

また、調査の対象者についてどのような種類の情報を調べるのかについても、政令に委任されている。さらに調査対象者とされる「その他関係者」とは誰か、勧告・命令によって「とるべき」とされる「必要な措置」とはどのような措置(行為)を指すのかについては、政令で定めるという規定すらなく総理大臣の判断に委ねられている。

2021年5月14日の参議院内閣委員会の参考人質疑では、与党推薦で有識者会議の委員でもあった吉原祥子氏から「条文案を読むだけでは様々な憶測が広がる恐れがあることを痛感した。しっかりと議論をしていかなければ、国民の様々な解釈を呼んでしまう」との懸念が示された。しかし、政府は原案を全く修正しないまま成立を強行した。

(4)外資による基地周辺の土地取得の禁止はされていない

この法律は外資による基地周辺土地取得の危険性を制定の根拠と説明されたが、不思議なことに外資による土地の取得自体は規制していない。専ら外国資本等のみを対象とする制度を設ければ、内国民待遇を規定した、サービス取引に関する国際ルールであるGATSのルールにも抵触するためと説明している。

しかし、政府の調査によれば、類似の制度として、米国では2020 年2 月に、「外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」の審査対象に、軍事施設近傍の不動産の購入等が追加され、大統領に取引停止権限が付与されたという。オーストラリアでは、「国防法」に基づき指定されるエリア内において、建造物の撤去等が可能とされているほか、「外資による資産取得及び企業買収法」により、外国人が一定額以上の土地の権利を取得する場合には、事前許可制の対象とされている。

もし、仮に政府の説明するような立法事実が否定できないなら、まず基地周辺の土地の外資取得を制限すれば十分だったはずであり、目的とのバランスを欠き、明らかに違憲立法と言える。

第4 憲法9条はどのようにして国際紛争を解決しようとしたのか

 日本国憲法は、日中戦争と太平洋戦争(併せて以下「15年戦争」と呼ぶ)という侵略戦争の反省の意を込めて、第9条で次のように定めた。

「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」

ここで定められていることは

① 国際紛争を解決する手段としての「戦争」の放棄

② 「戦力」は保持しない

③ 交戦権は認めない

の3点である。

この条項は戦後の日本国家の性格付けを決めた重要なものである。

1945年の敗戦以来、76年間にわたって、日本国は、「自衛隊」は保持したが、「軍隊」は保持せず、朝鮮戦争やベトナム戦争、アフガン戦争、イラク戦争にもアメリカの同盟国として関与はしたが、一度も直接には「戦争」に参加することなく、平和国家の途を進んできた。

そして、情報戦を前提とした情報機関を保有することもなく、諸外国との外交は主に外務省に委ねてきた。

ところが、前述の通り、日本も米英独仏各国のように、「情報機関」を保有し、海外の情報や国内の情報を、内閣総理大臣のもとに一元的に集中させ、分析し、国の戦略構築に役立てようという提案がなされた。

しかし、この問題は、単純に「欧米並みに日本も情報機関を持ちたい」というレベルで議論して済む問題ではない。それでは、我々は、戦前の何をどのように反省し、何を放棄したのか、それを正確に思い起こすことが必要である。

日本は、敗戦とポツダム宣言、GHQ指令により、軍と情報機関、特高警察を解体し、治安維持法、軍機保護法、国防保安法、要塞地帯法などを廃止した。1945年10月11日、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーは当時の首相幣原喜重郎に対し、五大改革指令を命じた。

この中には、秘密警察の廃止/労働組合の結成奨励/婦人解放(家父長制の廃止)/学校教育の自由化/経済の民主化(財閥の解体、農地の解放)などが含まれた。

こうして軍国主義体制のくびきから解き放たれた日本の民衆は、民主主義を求める運動に立ち上がり、労働運動・小作争議が続発・高揚した。そのなかで「戦争の惨禍を再び繰り返すことのないようにすることを決意」し民主主義と戦争放棄、人権擁護を旨とする日本国憲法が制定されるに至ったのである。

第5 情報機関の工作と謀略が世界の平和を破壊し、戦争の危機を産み出してきた

1 満州事変は関東軍の謀略によって開始されたことを忘れてはならない。

かつて日本は、あの無謀と言える戦争に突き進み、反対する声を抑圧し、これを止められなかった。15年戦争の始まりは、軍と情報機関の合体したような組織であった「関東軍」が中国軍の仕業と偽装して行った満鉄線の爆破という謀略をきっかけに満州全土を軍事占領し、「満州国」の樹立へと突き進んだことにあった。

情報機関を持たないという戦後の選択は、このような戦前の過ちに対する痛苦な反省に立ったものだ。

2 インテリジェンスは政治の過程に大きな秘密の部分を拡大する

他方、インテリジェンスを強化するということは、社会の中に秘密の部分を拡大させるということだ。一人ひとりの市民が、同じ情報を与えられ、今後の国の方向を討論して決めていくという民主政治の根本原理が危うくなる。

3 インテリジェンス機関の暴走によって紛争を拡大した例(CIA・FBIを例として)

確かに、欧米各国はどこも情報機関があり、独立国が情報機関を持つのは当然という意見もあるだろう。しかし、世界の軍事紛争を見ると、インテリジェンス機関の活動が紛争を拡大し、深刻化させた例は枚挙にいとまがない。

1973年に選挙によって選ばれたチリのアジェンデ政権をピノチェト将軍による軍事クーデターによって転覆させた工作の背後でCIAが大きな役割を果たしていたことは、公的にも確認されている。

イラン・コントラ事件では、1985年8月に、イスラム教シーア派系組織ヒズボラによって米兵が拘束され人質とされた際に、アメリカ政府は、ヒズボラの後ろ盾であるイランと非公式ルートで接触し、極秘裏に武器を輸出する事を約束した。当時アメリカは、イラン革命後1979年に発生したイランアメリカ大使館人質事件によってイランとの国交を断絶していた。イランに対する武器輸出は公式に禁じられていた。ところが、アメリカ政府はロナルド・レーガン大統領直々の承認を受けて極秘裏にイランに対して武器を輸出したばかりか、国家安全保障担当補佐官のジョン・ポインデクスターと、国家安全保障会議軍政部次長でアメリカ海兵隊のオリバー・ノース中佐らが、イランに武器を売却したことで得た収益を、ニカラグアで反政府内戦(コントラ戦争)を行っていた反共ゲリラ「コントラ」に与えていた。イランへの武器輸出と、反共ゲリラへの資金の横流しは、議会の了解を全く得ないで進められた。

アフガニスタンにおける対ソ戦争時に、CIAは「サイクロン作戦」の名の下で、パキスタン軍統合情報局 (ISI)を通じてムジャーヒディーン勢力への資金援助を行ったが、ビン・ラーディンらの組織 (MAK)がアメリカから資金提供を受けたとする報告も存在する。1988年に、ソ連軍がアフガニスタンからの撤退した後、ビン・ラーディンらが、MAKから独立した新組織「アルカイダ」を結成した。アルカイダのアメリカに対する憎しみの背景には、対ソ戦でCIAが彼らを利用しながら、その後に切り捨てられたことへの恨みがあるといわれている。

現在の中東における軍事紛争拡大の契機となった2003年のイラク侵攻は、イラクが大量破壊兵器を保有しているとのアメリカの情報機関(CIAなど)による情報を根拠として遂行された。しかし、戦闘の終結後もイラクにおいて、大量破壊兵器は発見されなかった。

4 第二次世界大戦の敗戦国であるドイツの情報機関

日本と同じ第二次世界大戦の敗戦国であるドイツには、現在、連邦憲法擁護庁、連邦軍事防諜庁、連邦情報庁(BND)の3つの情報機関を設置している 。

連邦憲法擁護庁は、1950年に設置され、国内の極右・極左・イスラム主義の団体活動を監視している。日本における公安調査庁と似通っている。2016年当時の職員数は2972人である。

連邦軍事防諜庁は、1956年に連邦軍事防衛局として設置され、2017年に連邦軍事防諜庁に組織替えされた。法的根拠は1950年に制定された軍事防諜法(MAD法)である。軍事防衛分野の諜報活動に従事している。主としてドイツ国内で活動するが、連邦軍が海外に派遣されている場合には海外でも活動する。2017年現在の職員数は1200名である。

連邦情報庁は、1956年に設置され、ドイツの外交及び安全保障上重要な外国に関する情報を、国内外で収集し、分析する。また、1990年まで、根拠法がなかったが、1990年に連邦情報庁法が制定された。この法制定の根拠は、1983年の連邦憲法裁判所による国勢調査判決であるとされている 。2017年現在の職員数は6500名である。

これらのドイツの情報機関については、議会に設けられた「議会監視委員会」とそのもとに設置された「基本法第10条審査会」がおこなっている。「議会監視委員会」は9人の連邦議会議員から構成されている。会議は年に4回以上開催される。

「基本法第10条審査会」は、議会監視委員会によって任命された学識経験者4名で構成されている。会議は月に一回以上、非公開で開催されている。

これらの機関は職権による調査の権限がないという限界が指摘されている。

2016年BND法が改正された。この改正について渡辺冨久子氏は次のように評価している。

「2016年のBND 法改正において評価されているのは、①在外外国人の通信偵察に連邦首相府の命令が必要となる等、連邦首相府による監督が強化され、②連邦通常裁判所に独立委員会が設置されるなど、BND の活動に対する監視が強化された点である。同時に制定された「議会による連邦の情報機関の監視の強化に関する法律」においては、議会監視委員会法が改正され、連邦議会による情報機関の監視全般が強化された。議会監視委員会法の改正では、例えば、同委員会が毎年、公開の公聴会において連邦の各情報機関の長から報告を受けること、また、情報機関の職員が同委員会に対して内部不正を告発することができ、内部告発者は保護されることが定められた。

他方で、2016 年の BND 法の改正には批判もある。特に、通信の秘密を保障する基本権は在外外国人にも適用されるべきではないか、という点である。BND が収集するのは国外で行われた通信情報であるが、これはドイツ国内に設置された機器で受信され、記録される。少なくとも、収集したデータの評価及び利用は、ドイツ国内で行われる。連邦憲法裁判所の前長官ハンス=ユルゲン・パピア(Hans-Jürgen Papier)は、基本権の効力がドイツ国内にしか及ばないということが基本法に定められていない以上、ドイツ国外においても基本法が定める基本権が効力を有することを前提としなければならないのではないか、と指摘する。」

また、この機関は、情報収集のみを任務とし、工作などは行わないことが法に規定されている。にもかかわらず、2017年2月24日、ドイツのシュピーゲル誌は、連邦情報局がBBCやニューヨーク・タイムズ、ロイター通信などの電話などを盗聴していたことが報じられている。ある程度の透明性が確保されているドイツの制度の下でも、このような事象が起きていることは、このような機関を設置することには、極めて慎重な姿勢が必要であることを示している。

5 情報機関の活動に対する透明度の欠如

 アメリカにおいては、情報機関の暴走の例も多いが、多くの情報機関が、競合・けん制し合っている。さらに、機密情報が一定の期間の経過によって公開される仕組みが存在する。さらに、機密情報に果敢に挑戦する内部告発の伝統(古くは、ペンタゴンレポートを明らかにしたダニエル・エルズバーグ氏、最近では世界的な盗聴システムの存在を明らかにしたエドワード・スノーデン氏など)とメディア(ニューヨーク・タイムズやワシントンポストなど)の力も大きい。このような要素によって、情報機関の行動についての透明性はかなりの程度確保されて、これらの機関が犯した過ちも、後日検証することができてきた。

これに対して、日本においては、公安警察、公安調査庁、自衛隊情報保全隊などの情報機関に対する監視監督については、公的機関も監督対象に加えた新設個人情報保護委員会がこれに当たることになるが、この委員会はすべての公的機関とすべての民間の情報取扱機関を管轄しているため、綿密な監督は極めて困難である。そして、情報機関の監視に特化した監視システムは何もないのが現状である。

このような仕組みの下で日本に情報機関ができれば、的確な監視・監督機関が欠如していることも相まって、アメリカ以上に秘密国家化してしまう危険性がある。そして、現実に状況が戦争に向かおうとするときに、声を上げ、これを止めることが難しくなるだろう。

6 外務省と国家安全保障局の二重外交の弊害

2018年8月28日付ワシントンポストによると、日本と北朝鮮の情報当局高官が同年7月にベトナムで極秘接触していたと報じられている。「会談は、北村滋内閣情報官と南北関係を管轄する統一戦線部の金聖恵(キム・ソンヘ)統一戦線策略室長との間で行われ、日本人拉致被害者問題などについて話し合われたとみられる。日本の当局者は同紙に対し、会談に関してはコメントできないとしつつ、拉致問題の解決ではトランプ政権だけを頼りにできないと指摘したという。」

しかし、このような報道があった後、拉致問題が膠着状態に陥っていることからも、外務省と外務省以外の外交窓口(北村滋氏は、2011年12月に内閣情報官となった後、2019年9月に国家安全保障局のトップに就任している。)の二重外交が展開されそのために混乱が生じたことがわかる。

第6 我々はなぜ内閣情報局の設立に反対するのか

1 内閣情報局の設置は秘密国家化、監視社会化を加速化する

内閣情報局の設置によって拡充強化されようとしている、対内情報の包括的な収集と対外情報機関の活動は、国が保有する情報や国家の活動の秘密化をすすめ、市民による政府へのコントロールを困難にし、市民のプライバシーを侵害する危険性がある。

すでに、土地規制法などによって、内閣総理大臣は個人情報を徹底的に集めて、個人に命令まででき、その違反に対して処罰までできる。市民の間に不信と密告の体系が作られる可能性があるが、内閣情報局の設置はこのような傾向を一気に進めるものとなるだろう。

また、政府の行動に対して警鐘を鳴らすようなジャーナリズム活動や市民活動に対して大きな制約をもたらしかねない。

このように、情報機関は、適切な歯止めを欠くときには、国際人権規約19条(表現の自由等)、17条(プライバシー権等)を侵害する危険性が高い。

2 日本はなぜ76年間情報局なしでやってこれたのか

 日本と同じような戦争放棄の憲法を持ち、軍隊を持たない国として70年間平和を維持してきたコスタリカでは、ホセ・フィゲーレス・フェレール(1906-1990)が熾烈な内戦に勝利し、1948年に軍を解体した。そして、軍事に投入していた予算を、教育や医療、環境保全に分配することを決めた。 フィゲーレスが軍隊廃止を宣言したときの「兵士よりも多くの教師を」というスローガンはとても有名である。コスタリカでは、軍隊を持たないかわりに、国の安全は、外交や貿易を通じて世界中のさまざまな国々と強い友好関係、信頼関係を築くことでもたらされていた。「敵を作らない」という新しい形の国家安全保障モデルを成功させたのである。中立宣言のときも中米和平合意のときも、コスタリカの大統領はヨーロッパの各首脳を訪ねて支援を要請するなど、積極的な外交努力を積み上げた。近年でも、2014年には、隣国ニカラグアがコスタリカの国土の一部を占領し、一触即発の緊迫した空気が流れたが、コスタリカは国際司法裁判所に訴え、1弾も発砲することなく紛争を解決した。

日本は、軍隊こそ持たないものの、自衛隊という実力組織を持ち、多くの高能力の武器も保有している。しかし、自衛隊は、安倍政権が平和安全保障法制によって覆すまでは、個別的自衛権しか行使できず、集団的自衛権の行使は否定されてきた。日本国憲法における戦争放棄と対外的な情報機関の否定は、表裏一体の国是とも言ってよい、日本国家の屋台骨である。

3 憲法9条は戦争を前提とした情報戦争を認めていない

北村氏にとっては、敗戦とポツダム指令によって日本が治安維持法と秘密保護制度を喪ったことへのルサンチマンが、このような制度の再構築の最大の原動力になっている。しかし、こういう体制を作ってしまうと、現実に状況が戦争に向かおうとするときに、声を上げ、これを止めることが難しくなることに全く無自覚である。

北村氏が唱えている政策体系は、日本をあの無謀な戦争へと追い込んでいった社会システムとほとんど変わらない機能を現代に復活させようとしている。現代の世界には、米中の緊張の空前の高まりなど深刻な国際紛争があふれている。紛争がより深刻なものにならないようにするためには、敵対的な関係に発展する前に、関係国間の信頼を醸成し、話し合いの手段を通じて危機的な状況を克服しなければならない。しかし、 情報機関は秘密組織であり、政権のために反政府組織への潜入、秘密裡の謀略などを展開する可能性があることはCIA・FBI(ベトナム反戦運動への潜入捜査など)の例を見ても明らかである。それを効果的に食い止める手段がないのである。

4 日本の情報組織と情報法制はツワネ原則が求める透明性にはるかに及ばない

(1)ツワネ原則とは

ツワネ原則は、「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則」の略称であり、オープン・ソサエティ・ジャスティス・イニシアティブが呼びかけ、国際連合、人及び人民の権利に関するアフリカ委員会、米州機構、欧州安全保障協力機構の特別報告者を含む、世界70 か国以上の500 人以上の専門家により、計14 回の会議を経て作成され、2013 年6 月12日に南アフリカ共和国の首都・ツワネで公表されたものである。

国家安全保障分野において立法を行う者のために、国家安全保障への脅威から人々を保護するための合理的な措置を危険にさらすことなく、政府の情報への市民によるアクセスをどう保障するかについて、実務的ガイドラインを提供するために作成されたものと評価できる。

(2) ツワネ原則から見た日本の情報法制の問題点

-秘密保護法・デジタル監視法・土地規制法にふれて-

このツワネ原則と秘密保護法やデジタル監視法・土地規制法などと対照すると、日本の情報法制がツワネ原則の要請を満たしていないことが明らかである。日本の情報法制において根本的に改善する必要のある点は以下のとおりである。

① 秘密指定の合理性の立証責任は国にある 

ツワネ原則は国家秘密の存在を前提にしているが、誰もが公的機関の情報にアクセスする権利を有しており、その権利を制限する正当性を証明するのは政府の責務である(原則1,4)としている。しかし、秘密保護法にはこのような基本原則の定めがない。

② 国の違法行為を秘密指定してはならない 

ツワネ原則10は、政府の人権法・人道法違反の事実や大量破壊兵器の保有、環境破壊など、政府が秘密にしてはならない情報が列挙されている。政府が自らに不都合な情報を隠すような事態を未然に防止するためには、秘密にしてはならない情報をあらかじめ列挙することは極めて有効である。しかし、秘密保護法にはこのような定めは皆無である。

③ 秘密指定は必要な期間に限定しなければならない

ツワネ原則は、情報は、必要な期間にのみ限定して秘密指定されるべきであり、決して無期限であってはならない。政府が秘密指定を許される最長期間を法律で定めるべきであるとしている(原則16)。同様の制度は欧米諸国においても整えられている。しかし、秘密保護法には、最長期間についての定めはない上に、一定の要件を満たさない限り公開するという手続が定められたものの、公開前に廃棄してしまうことが可能な仕組みとなっており、すべての特定秘密が最終的に明らかにされる仕組みには程遠い。

 土地規制法でも、収集された監視区域の土地所有者、住民、関係者らの情報の保有期限など全く定められていない。

④ 市民のイニシアティブによる情報開示の手続が必要である 

ツワネ原則は、市民が秘密解除を請求するための手続が明確に定められるべきであるとしている(原則17)。秘密保護法4条7項は、「要件を欠くにいたった時」「すみやかにその指定を解除する」と定めているが、秘密指定を行った行政機関の長の全面的な裁量に委ねており、市民やその付託を受けた第三者がイニシアティブを持つような効果的な指定解除の手続は存在しない。土地規制法においても、内閣総理大臣のもとに集約された情報について、市民の秘密解除の手続きは全く定められていない。

⑤ 裁判の公開と証拠開示を義務付ける必要がある 

ツワネ原則は、裁判手続の公開は不可欠であり、刑事裁判において、公平な裁判を実現するために、公的機関は、被告人及びその弁護人に対して、秘密情報であっても公益に資すると思慮する場合はその情報を開示し、裁判所は、公的機関が公平な裁判に欠かせない情報の開示拒否をした場合訴追を延期又は却下すべきであるとしている(原則28,29)。しかし、秘密保護法にはこのような規定がない。土地規制法における内閣総理大臣の発する命令違反を内容とする刑事事件についても、命令の根拠とされていた情報についての開示請求の手続き、開示が拒否された場合の訴追の打ち切りに関する規定はない。

⑥ 独立監視機関が必要である 

ツワネ原則は、安全保障部門には独立した監視機関が設けられるべきであり、この機関は、実効的な監視を行うために必要な全ての情報に対してアクセスできるようにすべきであるとしている(原則6,31-33)。秘密保護法は、18条1項において、秘密指定、解除、適性評価の統一的な基準を定めることとし、同条2項において、この基準の策定と変更について、有識者の意見を聞くことが定められたが、この有識者会議は、意見を述べるだけで、基準の策定の権限も、秘密情報へのアクセス権や秘密の指定解除権を有しておらず、監視機関とは呼べない。

秘密保護法によって内閣府に設けられた独立公文書管理監や衆参両院に設置された情報監視審査会は、第三者機関として十分機能しているとはいいがたい。

独立公文書監理監は、秘密情報へのアクセス権や秘密の指定解除権を認められているはずの機関であるが、実際の機関のパフォーマンスとしては、秘密の開示につながるような活動の実績はほぼ皆無である。

既に存在する公安警察、公安調査庁、自衛隊情報保全隊などの情報機関に対する監視監督のためにも、独立監視機関の設立が必要である。

⑦ 内部告発者の処罰には比例原則に基づく検討が不可欠である 

ツワネ原則は、内部告発者は、明らかにされた情報による公益が、秘密保持による公益を上回る場合には、報復を受けるべきでなく、情報漏えい者に対する訴追は、情報を明らかにしたことの公益と比べ、現実的で確認可能な重大な損害を引きおこす場合に限って許されるとしている(原則43,46)。秘密保護法は、公益通報者保護法による内部告発者の保護と法律による規制とがどのような関係にあるのかについて沈黙し、何の指針も明らかにしていないし、この仕組みによって重要な情報が社会に明らかにされた実例もない。

⑧ 秘密を明らかにした市民とジャーナリストは処罰してはならない

ツワネ原則はジャーナリストと市民活動家を処罰してはならないことを定めている。すなわち、公務員でない者は、秘密情報の受取、保持若しくは公衆への公開により、又は秘密情報の探索、アクセスに関する共謀その他の罪により訴追されるべきではないとしている(原則47)。また、公務員でない者は、情報流出の調査において、秘密の情報源やその他の非公開情報を明らかすることを強制されるべきではないとしている(原則48)。このような原則はヨーロッパ人権裁判所の判例理論に基づくものであるが、秘密保護法にはこのような考え方は見あたず、公務員以外の者による特定秘密取得行為を処罰の対象としている。取材源などの情報源の開示を求められないことの保障も見あたらない。

(3)ツワネ原則の法源性 

この原則の策定には、権威ある国際機関に属する専門家が関わっており、アムネスティインターナショナルやアーティクル19のような著名な国際人権団体だけでなく、国際法律家連盟のような法曹団体、安全保障に関する国際団体など22の団体や学術機関が名前を連ねている。この原則には、自由権規約委員会の見解(view)、ヨーロッパ人権裁判所の判決例やアメリカ合衆国における憲法判例など、安全保障と知る権利の相克について最も真剣な論争が行われている法域(jurisdiction)における努力が正確に反映されている。

5 結論

 以上のとおりであり、我々は内閣情報局の設立は、対外情報機関については、その設立は憲法9条の趣旨に反すること、対内情報機関についても、プライバシー権と表現の自由を抑圧するものであり、認めることができない。

我々は、国際紛争を平和と外交によって解決することを困難にし、日本がみずから戦争する国となる途を開くと共に、表現の自由を萎縮させて、監視社会を現実のものとする内閣情報局の設立に反対する。

既に存在する、公安警察、公安調査庁、自衛隊情報保全隊その他の情報機関に対する監視監督のために、むしろ独立した監視機関を設立することを求めるものである。

以上

別添1 日本が第二次世界大戦において敗戦し、ポツダム宣言を受諾したことの意味

1 15年戦争の敗北とポツダム宣言の受諾

日本は、1930年9月18日の満州事変(関東軍が謀略によって満州鉄道の鉄路を爆破しながら、これを中国軍の仕業であるとして満州全体を武力で制圧した侵略戦争であった)以降、中国、アジア、太平洋地域において大規模に遂行された侵略戦争(15年戦争と総称する)に敗戦した。

日本は、国際連盟から、満州事変が侵略戦争であるとして、軍事占領の解除をするように求められたが、これを不当として国際連盟から脱退し、国際社会からの孤立の道を歩んだ。

 第二次世界大戦は、こうした日本やナチスドイツ、イタリアなどのファシズム国家に対して、連合国側が反ファシズム・反侵略の世論に押されそれらを大義として掲げる戦争となった。

ファシズム諸国家は次々と敗北し、日本も、1945年7月26日に、連合国である米・英・中・ソが発したポツダム宣言を、8月14日に受諾した。

この宣言には、次のように述べられている。

「日本が、無分別な打算により自国を滅亡の淵に追い詰めた軍国主義者の指導を引き続き受けるか、それとも理性の道を歩むかを選ぶべき時が到来したのだ。

我々の条件は以下の条文で示すとおりであり、これについては譲歩せず、我々がここから外れることも又ない。執行の遅れは認めない。

日本国民を欺いて世界征服に乗り出す過ちを犯させた勢力を永久に除去する。無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまでは、平和と安全と正義の新秩序も現れ得ないからである。

第6条の新秩序が確立され、戦争能力が失われたことが確認される時までは、我々の指示する基本的目的の達成を確保するため、日本国領域内の諸地点は占領されるべきものとする。」

2 ポツダム宣言の受諾は日本政府の非武装化を意味した

「カイロ宣言の条項は履行されるべきであり、又日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに我々の決定する諸小島に限られなければならない。

我々の意志は日本人を民族として奴隷化しまた日本国民を滅亡させようとするものではないが、日本における捕虜虐待を含む一切の戦争犯罪人は処罰されるべきである。日本政府は日本国国民における民主主義的傾向の復活を強化し、これを妨げるあらゆる障碍は排除するべきであり、言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立されるべきである。

日本は経済復興し、課された賠償の義務を履行するための生産手段、戦争と再軍備に関わらないものが保有出来る。また将来的には国際貿易に復帰が許可される。

日本国国民が自由に表明した意志による平和的傾向の責任ある政府の樹立を求める。この項目並びにすでに記載した条件が達成された場合に占領軍は撤退するべきである。

我々は日本政府が全日本軍の即時無条件降伏を宣言し、またその行動について日本政府が十分に保障することを求める。これ以外の選択肢は迅速且つ完全なる壊滅があるのみである。」

3 軍と秘密警察は解体された

9月2日米艦ミズーリ号上において重光葵外相が降伏文書に調印した。ポツダム宣言によって軍は解体された。戦後改革の第1は軍の解体であった。アメリカを中心とする連合国は、日本の侵略戦争とファシズムの根源を断つため、まず非軍事化を強力に進めた。

帝国陸軍と海軍の解体、軍需産業の生産停止、軍国主義者の公職追放、修身・歴史教育の禁止、国家と神道(しんとう)の分離などが進められた。

4 自由の回復 治安維持法と軍機保護法の廃止と特高警察・内閣情報局の解体

まず、新聞の自由が回復された。連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は、1945年9月24日に「新聞界の政府からの分離に関する覚書」、同9月27日に「新聞および言論の自由に関する追加措置」(ただし29日付)を発し、これにより新聞紙法は事実上失効した。

報道の自由が回復した直後、哲学者の三木清が、9月26日に豊多摩刑務所で死亡したことが報道された。GHQは治安維持法違反の政治犯が囚われたままであるという事実に衝撃を受けた。

当時、日本政府は治安維持法の廃止や特高警察の解体などは行わず、1945年10月の段階においても、岩田宙造司法大臣は「司法当局としては、現在のところ政治犯人の釈放の如きは考慮していない」と断言していた。岩田は予防拘禁されている者も含めて釈放の意思はないと外国人記者に言い放っていたのである。

フランス人ジャーナリストのロベール・ギランらの努力により、徳田球一、志賀義男ら、多くの日本共産党員や非転向のキリスト者らが同刑務所内の予防拘禁所に拘禁されていることが明らかになった(ロベール・ギラン『東京発特電』)。

「1945(昭和20)年10月4日 政治的、公民的及び宗教的自由に対する制限の除去の件(覚書)」は1945(昭和20)年10月4日、GHQが、自由を抑圧する制度を廃止するよう命じた指令であり、正式には「政治的、公民的及び宗教的自由に対する制限の除去の件(覚書)」という。「人権指令」とも呼ばれる。この指令は、思想、信仰、集会及び言論の自由を制限していたあらゆる法令の廃止、内務大臣・特高警察職員ら約4,000名の罷免・解雇、政治犯の即時釈放、特高の廃止などを命じていた。

東久邇宮内閣はこの指令を実行できないとして、翌5日に総辞職した。つぎの幣原内閣では、この指令に基づき共産党員など政治犯約3,000人を釈放、治安維持法・予防拘禁制度と軍機保護法・国防保安法、宗教団体法などが廃止された

戦前の法制で廃止するものには以下のものが含まれていた。

「(一)思想、宗致、集会及言論の自由に対する制限を設定し又は之を維持せんとするもの 天皇、国体及日本帝国政府に関する無制限なる討議を含む

(二)情報の蒐集及公布に関する制限を設定し又は之を維持せんとするもの」

5 GHQ 5大改革指令のトップは秘密警察の解体であった

1945年10月11日、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーは当時の首相幣原喜重郎に対し、五大改革指令を命じた。

この中には、秘密警察の廃止/労働組合の結成奨励/婦人解放(家父長制の廃止)/学校教育の自由化/経済の民主化(財閥の解体、農地の解放)などが含まれた。

こうして軍国主義体制のくびきから解き放たれた日本の民衆は、民主主義を求める運動に立ち上がり、労働運動・小作争議が続発・高揚した。そのなかで「戦争の惨禍を再び繰り返すことのないようにすることを決意」し民主主義と戦争放棄、人権擁護を旨とする日本国憲法が制定されるに至った。

別添2 北村滋氏による内閣情報局と経済安全保障の提案

1 総合的安全保障戦略

「情報と国家」の前書きには、同氏が役人人生の中でやり残した課題について次のようにまとめられている(30-34ページ)。

「かかる努力にもかかわらず、我が国の情報機関や国家安全保障機構は未成熟であると言われる。その根底には、本書の「外事警察史素描」や「内閣総理大臣と警察組織」でも指摘したように、それを「戦後レジーム」と呼ぶか否かは格別、終戦、占領期を通じて我が国に与えられ、その後の在り方を規定したこの国の形がある。

米中対立が激しさを増す中、米国の前方展開戦略の最前線に位置する我が国、その生き残りに不可欠なのは、正鵠を射たインテリジェンスに基づき考え抜かれた総合的な安全保障戦略である。

今年六五歳を迎え、高齢者の仲間入りをする。「日暮れて道遠し」の感は否めない。インテリジェンスや安全保障を志す方々が本書を手に取り、著者の思考過程を辿って、その問題意識を基に更に政策を発展させていただくことを念じてやまない。」

2 内閣に情報局を置くことの提案

 そして、本書の第一章には、北村氏の内閣情報官と国家安全保障局長の経験を踏まえて、次のような具体的な制度提言が示されている。まさに、この部分こそが、本書の中で北村氏が最も強く主張したかったことがらであろう。

「内閣のインテリジェンスの在り方について、あくまで私見であるが、幾つかの提言を行うこととしたい。

第一に、我が国が真に独立した国家としての戦略を策定し、遂行するために必要なインテリジェンス機能の強化を目的とするのならば、「内閣の重要政策に関する情報の収集調査に関する事務」(内閣法第二一条第二項第六号)、すなわち、「内閣の重要政策に関する情報の収集及び分析その他の調査に関する事務(各行政機関の行う情報の収集及び分析その他の調査であって内閣の重要政策に係るものの連絡調整に関する事務を含む。)」(内閣官房組織令[昭和三二年政令第一二九号]第四条第一項第一号)をつかさどる内閣情報調査室の改編、拡充強化がまずもって図られるべきである。

この内閣の情報機能の強化という視点なくして、個々の府省における「情報機能強化」に向けた「改革」や取組は、むしろ我が国のインテリジェンス・コミュニティ内部の分散的契機を助長し、内閣の重要な政策決定に係る情報の伝達、集約及び分析を混乱させることに通じることになりかねず、むしろ有害である。

第二に、内閣情報調査室の改編、拡充強化に当たって留意すべきは、改編、拡充強化された機関(以下「内閣情報機関」という) は、内閣の事務を助けるとともに、独立し、かっ、恒久的な行政機関としての体裁をとる必要がある。

具体的には、現在の内閣情報調査室の「局」等への格上げが検討されるべきである。この場合において、当該組織を内閣に置くか、内閣官房に置くかが一つの問題となる。当該組織の独立性及び恒久性を重視するのであれば内閣法制局のように内閣に置かれる機関となるであろうし、現行の内閣官房の所掌事務との継続性、政策部門との近接性、インテリジェンス・サイクルの迅速性を重視するのであれば、国家安全保障局のように内閣官房に置かれる機関となろう。また、内閣情報調査室の内部部局についても、従前の総務部門、国内部門、国際部門、経済部門をそれぞれ、「部」に格上げするとともに、画像情報、カウンター・テロリズム、情報解析等の分野における一次的情報収集能力を更に強化すべきである。

同時に、内閣情報機関を、民主的観点から、国民を代表して管理・監督し、国会に対して政治的責任を明確化するという意味において、国会議員の資格を有する担当大臣又は担当補佐官を設置することを検討すべきである。

第三に、対外政策、安全保障、危機管理に際しての意思決定が、総理大臣のリーダーシップの下で適切に行われるためには、必要な情報が情報関係者と政策決定者との聞で迅速に共有されることが不可欠である。これまで、府省が取り扱っている情報のうち、我が国の対外政策、安全保障、危機管理の基本に関わるものは、いわば府省の自主性に基づいて内閣官房を通じて内閣へ提供されてきたところであるが、かかる情報を高度な保全を前提としつつ制度的に内閣に集約する仕組み、すなわち、法令上の権限として、内閣情報機関の長の各種情報に対するアクセス権が保障されるべきである。

さらに、内閣情報機関には、次長若干名を置き、うち、外務省国際情報統括官、防衛省情報本部長、警察庁外事情報部長及び公安調査庁次長は、同機関の次長を兼務することとし、外交情報、防衛情報、警察情報及び公安情報が制度的に内閣情報機関の長にもたらされることを確保すべきである。

第四に、我が国のインテリジェンス・コミュニティが有機的かつ機動的に運営されるためには、その中核をなす内閣情報会議及び合同情報会議を抜本的に改組し、その透明性を確保するという観点からも設置根拠を法律で規定すべきである。内閣情報会議は、現在、関係省庁の次官級の会議体であるが、これを閣僚級に格上げした上で、いずれも仮称であるが年次情報評価書、年次及び中長期情報活動計面の審議決定機関とすべきである。また、これらは情報活動の民主的統制という観点から、情報保全上の措置を施した上での国会への報告の在り方を検討すべきである。また、こうした場における内閣情報機関の長の総合調整機能を強化することが必要不可欠である。

第五は、対外情報機能の強化についてである。

2015年1月に発生した「ISILによる邦人人質殺害事件」を反省教訓として、同年12月、「邦人人質事案等の国際テロ事案を未然に防止し、また、発生した場合の有効な対処を実現していくため、国際テロ情勢に関する情報収集を含む国際テロ対策の強化に関する日本政府全体での取組を推進する観点から」(平成二七年[二O一五年] 一二月八日外務省訓令第二五号)、外務省にCTUJ (国際テロ情報収集ユニット)が設置されるとともに、内閣官房に国際テロ情報集約室が設置された(平成二七年一二月四日内閣総理大臣決定)。これらは、前者が実施部隊、後者が司令塔という形でインテリジェンス・コミュニティの総意として設置されたものであり、国際テロ情報に局限されてはいるが、海外における情報収集に特化した組織であり、その体裁から言っても対外情報機関の嚆矢とも言うべきものである。今後はその情報収集目的を大量破壊兵器の不拡散、経済安全保障といった分野に拡大し、更に人員組織も充実強化を図るべきである。

第六は、人材の育成についてである。

情報活動には、それに従事する職員の適性が要求され、事務の専門性に合致する教育訓練が必要である。また、情報は、個々の府省の所掌事務の範囲にとどまらず、我が国の対外政策、安全保障、危機管理等の基本方針の決定の基礎となるものである。したがって、人材の確保・育成は、一府省のみの視点において行われるべきではなく、正に国家の総合戦略の一部として取り組まれる必要がある。したがって、人材の育成は、内閣の統一した方針の下、インテリジェンス・コミュニティ関係省庁の既存の研修施設を最大限活用する一方、情報活動に従事する職員に対し様々な教育訓練を施すことのできる高度な研修施設を設置すべきである。」

まさに、ここには包括的な中央情報機関設立の設計図が示されている。これが、現岸田政権にも引き継がれている可能性があるものとして、このような提案の問題点について考察していく必要があるだろう。

3 情報機関のセクショナリズムに対する自戒のことば

第1章のまとめである「終わりに」には、国の中における複数の情報機関のセクショナリズムを自戒し、内閣情報官のもとに、情報管理を一元化する必要性が強く説かれている(34-35ページ)。

「インテリジェンスの専門用語にstovepipes(ストーブの煙突)という単語がある。この単語を聞く度に思い出すのは、パリの古い家屋の屋根に林立する排煙筒である。これらは、それぞれのアパルトマンの暖炉に通じているが、それぞれの排煙が混じることはない(時には、煤で目詰まりを起こすことはあるが・・・。)。伝統的な情報組織は、正にこのような形の情報の伝達を指向してきた。なぜならば、一つの情報源に何らかの事故が生じても他に累を及ぼすことがないからであり、また、情報の流れが一筋であることからその保全も確実だからである。一方で、この言葉は、インテリジェンス・コミュニティに複数存在する情報機構のセクショナリズムや縦割りを榔撒する言葉としても用いられてきた。その最たるものは、何らの情報関心も与えられずに情報機構が生産するインテリジェンスの自己目的化と重複である。近年は、こうした弊害を克服するために政策決定部門との接点となり得る情報部門の統括組織、すなわち米国のDNIや豪州のONIのような機構が設けられる傾向がある。こうした組織の長の役割は、本稿の二2で述べたように、①インテリジェンス・コミュニティの代表者、②政策決定者とインテリジェンスの結節点、③政策決定者へのアドバイザーというものであり、我が国の内閣情報官もその下にある内閣の情報機構の更なる充実強化を図りつつ、正にかかる役割を十全に果たしていくことが求められている。」

これも、表向きには自らのセクショナリズムを自戒する言葉のようにも取れるが、内閣情報官の優位を確認し、外務省や自衛隊、公安調査庁などの情報を、内閣情報官の下に一元化していくという宣言のようにも見ることができる。

4 経済安全保障の提案

北村氏は、本書の前書きにおいて、「国家安全保障局長として経済安全保障の司令塔役を担う経済班を設置した背景には、外事警察に所属していた頃、我が国企業が手塩に掛けて獲得した機徴技術が合法又は非合法な手段で易々と海外に流出していく様を目の当たりにしたという原体験がある。」と述べている(4ページ)。

岸田内閣において、経済安全保障担当大臣という特命担当大臣が新たに任命されたが、これは、北村前国家安全保障局長の発案によるものだろう。

本書の1章においても、「経済安全保障とインテリジェンス」のタイトルで、次のような刺激的な内容がまとめられている(20-21ページ)。

「米中対立が先鋭化する一方で、コロナ感染症による各国のロックダウンや国境間の移動制限、自国優先の施策は、国際社会における分断の契機を助長するとともに、我が国においても、医事薬事分野におけるデジタル化の遅れや他国に過度に依存したサプライチェーンによる必要物資供給体制の脆弱性を露呈させた。一方、各国がポスト・コロナの国際秩序の在り方を模索する中、中国が主導するデジタル監視型・国家資本主義型のそれが台頭しつつあり、自由で聞かれた国際社会における既存の国際秩序を脅かしかねない事態となっている。

我が国としては、自身が抱える経済・社会の脆弱性を速やかに解消しつつ、我が国しか果たせない強みを活かす「戦略的不可欠性」や、特定国への過度な依存を回避して主体的に政策決定するための「戦略的自律性」を高めるとともに、国際社会においてはルール形成を主体的に担い、国際協調の中核となることによって、自由で開かれた国際秩序の再構築を追求しつつ、国益を最大限確保していく必要がある。

かかる政策目的を達成するために、経済安全保障戦略の策定が叫ばれている。経済安全保障について、今のところ確たる定義は存在しないが、以下の三つの局面において理解可能であろう。

①経済を、安全保障政策の「力の資源」として利用する政策(勢力均衡政策の一環としての経済の利用。エコノミック・ステート・クラフト)、

②国家・国民経済体系の存続・維持・発展への脅威に対処するための規制を始めとする各種政策、

④ 相互依存の深まった自由で聞かれた国際経済システムの維持である。

かかる経済安全保障の、①のエコノミック・ステート・クラフトが他の国際主体から我が国に対して行使される局面、②の国家・国民経済体系に対する脅威の評価において、インテリジェンスが極めて重要な意味を有することになる。一方、経済安全保障に関するインテリジェンスでは、対象となる経済主体の構成、ガバナンス、投資性向、特定国家との関係等が重要な要素となり、これまでインテリジェンス・コミュニティ構成各機闘が集積してきた情報とは異なる分野での情報の収集・分析が求められている。我が国においても、新たな情報線の開拓、情報収集・分析体制の充実強化が求められている。」