三つの課題+アルファ

加藤実

在中国・武漢市


  六年前から合肥での日本語教師3年の副産物として、《侵華日軍南京大屠殺幸存者証言集》の日本語版たる『この事実を・・・』――南京大虐殺生存者証言集――を南京大学出版社から出してもらえたのが1999年の秋でした。その印刷促進のためにノート・パソコンを日本から抱えていった日に、担当の方から「これあげます」と新しい分厚い本を渡されました。
  章開ゲン編訳《天理難容》――アメリカ人宣教師の目にした南京大虐殺(1937〜1938)――というので、「あいや、これも訳さなければならないんかな」といった想いが一瞬よぎりました。でも、一読しているうちに、やはりその責任を回避するわけにはいかなくなり、日本に一年いた間のはじめのころに少しばかり訳し始め、愛徳基金会の張さんに編訳者への連絡を依頼しました。
  イェール神学校の図書館に大量に特別秘蔵されている、国際安全区の働きに献身した宣教師たち十数名の日記や手紙や公式レポートなど貴重な第一次史料の数々を、武漢にある華中師範大学歴史研究所の章教授が、中国研究者の立場から取捨し中国語に翻訳されたもので、極東軍事裁判で証言したベイツやスマイスをはじめ、フィッチ、フォースター、マギー、マッカラム、ミルズ、ストュワード、ヴォートリン、ウィルソンら10人の「共に仕えるもの群像」といった感じの本です。

英文からでなく、あえて中国語訳から日本語への重訳を手がけてしまったわけですが、それをたいへん喜ばれた章先生が昨年2月ごろ南京へお出での際に金陵女子学院の宿舎に訪ねてこられ、「今の務めが終わったら、自分のところにきませんか」とお誘いくださいました。日本語学科でもいいし、歴史研究所で院生たちに教えながら研究に共に励むのでもいいし、との温かいお言葉でした。その時いただいた名刺の肩書きの二行目に「中国教会大学史研究センター主任」とあり、「おっ、これは」と思いました。
 中国語で「教会学校」は欧米の数多の宣教会がやっていた学校、ミッション・スクールのことです。1951年に撤退を強いられるまで百年にわたり競って力を入れた高等教育の担い手が教会大学で、中国の近代化に大きく貢献したものです。南京師範大学の前身たる金陵女子大学(→金陵女子文理学院)も宣教師たちの合議から1915年に中国での最初の女子大として発足し、後に南京大学となった男子の金陵大学もその十年ほど前に建てられたもので、華中師範大学の前身も1971年に文華書院として始まったもののようです。
  抗日戦の時期8年ないし15年の間に中国の教会・キリスト者たちがどんな風に取り組み苦闘していたのかが分かったら、その後の新しい社会での革新運動の理解へとつながっていいんだが、と合肥3年の間からなんとなく思い始めていたもので、それもお伝えしましたところ、そうした資料もかなりあると章先生の助手の方から言われました。
「南京」のことも含めてたいへん大きな課題をになわせられつつあるのですが、とにかくそういう思いがけない展開から、この6月に南京での2年の任期を終えたあと、9月から武漢でお世話になることになり、8月末に赴任しました。

  元学長の章教授が名誉所長をしておられる歴史研究所は「中国近代史研究所」が正式な名称で、その入り口に「辛亥革命史研究会」「中国商会研究中心」「中国教会大学史研究中心」の表札も掛かっており、その三番目は英文で“Center for Historical Research on China Christian Colleges”と称されるようです。昔から辛亥革命研究の中核として高名で張謇の研究にも力を入れられた章先生が、最近十数年はミッション教育事業の見直しに打ち込まれこの三つ目の柱も立てられた沿革が一目でわかる感じです。
  時間割などここでの務めを具体的にどう担うのかを伺いましたところ、現任所長に前任所長に名誉所長のお三方から大きな課題が三つ与えられ、そのため日本語の授業をする余裕はないということになりました。1)『天理難容』の翻訳を急いでやりあげる。2)辛亥革命にかかわる当時の古風な日本文の資料で外務省から最近出てきたものの中国語への翻訳に協力し、依頼されている武漢大学日本語科の教師たち4名がこれから翻訳してくるものを校閲する。3)わだつみ世代で東大や信州大の教授をされた田中正彦といわれる方の最近の著書二冊から、日本語がほんの片言おできになる前任所長さんの抜粋翻訳されたものを校閲する。
三つのうちの(2)と(3)とがたいへん厄介で難題も多く予想されますし、それらが11〜12月あたりから回ってくる前に(1)にピッチをあげ仕上げてほしいとのご期待に添うのもまた大仕事ではありますが、残り頁数を毎日にらみながらの時間との競争に無理はしても無茶はしないよう心がけつつ、何とか様になるよう励むしかないと観念しています。
そんなことから、半年前にヴィザ申請のためにいただいた招聘状の類や契約書には“from September 1, 2002 to March 1, 2003”の期間となってますが、研究所の先生方にそれらをお見せしましたら、「それではとても終わらないから、1月に休みに入る前に延長の手続きをしましょう」と言っておられました。
これら三つの大型プロジェクトのほかに、ミッションスクールの諸問題も含めた中国キリスト教史全般にわたる事柄について、この機会にいろいろ学ばせていただきたい想いも抑えがたく、手始めに論文集三冊「中国教会大学史論叢」「文化伝播と教会大学」「社会転型と教会大学」からたいへん興味深い論文を何篇か読み、あのことこのことを早く突っ込んで調べてみたいものと、当分はできない相談を自分に仕掛けたりしています。(2002年9月18日)



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