関西電力による経済性最優先の危険な原発運転の実態−その2
(定検日数データの追加とグラフの更新)


 下のグラフは、原子力発電所運転管理年報データを基に、関西電力の全原発の過去20年間の定検日数の平均と最短日数を計算したものである(注参照)。
 このグラフを見ると、定検日数の平均は、1980年から2003年までの約20年間に、148日間から42日間へと、3分の1に減少している。また、定検日数の最短も、1980年の121日間から、2003年の43日間へと、3分の1にまで短縮されている(2002年の最短日数は31日間であり、この場合、1980年の最短日数の4分の1となる)。
 さらに最短日数について、グラフの増減を見ると、1980年には約120日だった定検日数は、80年代を通じて短縮され、1987年には約60日と半減する。しかし、その後、チェルノブイリ事故を経て、ボロボロ蒸気発生器細管の時代に入った。1991年の美浜2号機蒸気発生器細管破断事故により、90年代前半は蒸気発生器の取替が続いた。そのため、定検日数は逆に上昇・横ばい基調に転じる。そして、1995年・1996年を境に、1980年代後半〜1990年代前半の遅れを取り戻すかのごとく、検査日数の急激な短縮が開始されるという流れを読み取ることができる(1995年〜2003年で定検日数は約半分に短縮)。このような、80年代後半から90年代前半にかけての定検横ばい・増加と、1995年以降の急激な短縮という特徴は、最短日数だけでなく、平均日数の増減からも読み取ることができる。



【注】
・定検日数は、調整運転等を含まない正味原子炉を止めていた日数とした。
・定検日数の平均については、定検期間が年を超えてまたがる場合、定見日数を各々の年に分割して平均を計算した(例えば、定検期間が1990年12月1日〜2000年1月15日の場合、31日間を1990年分、15日間を2000年分に計上し、基数で割っている)。
・最短の日数については、定検期間が年を超えてまたがる場合、定検開始日が存在する年を定検日数の記録された年とした(例えば、定検期間が1990年12月1日〜2000年1月15日の場合は、46日間を1990年分とし、最短日数を決めている)。
・平均の取り方の計算方法を変えたため、9月13日に本サイト上に掲載した記事「関西電力による経済性最優先の危険な原発運転の実態」のグラフの日数とは若干の相違が生じている。