石原都知事発言を人権擁護施策審議に生かそう

人権フォーラム21代表   武者小路公秀

  石原東京都知事の発言は、差別発言として許すことができないばかりでなく、構造的・制度的差別を正当化する意味でも、地方自治体の長が自ら人権侵害政策を発表したものであった。その意味で石原発言は、逆に人権擁護施策の審議過程で看過できない問題を世間に公表したものとして、大いに参考になる。その意味をとらえるために、この発言の国際的背景、日本での意味、そして特に東京都での現実的な問題について説明したい。

国際的背景

  石原都知事の人種主義的発言の撤回と謝罪を求めることは当然であるが、その背後にある国際組織犯罪に対する人種主義的対応をも問題にすべきである。国際組織犯罪は、自由放任主義的なグローバル経済の中で合法的な諸企業と競争して、1997年には約100兆円以上の巨大多国籍産業になっている。特に、開発途上諸国の困窮化が進み、北の先進工業諸国が南からの移住労働者の増大を厳しく抑えている結果、女性と子どもの人身売買が中でも有利な資金源となり、「人間の密輸」も国際犯罪組織を、国際金融を動かして多くの国の政治腐敗を支える影の国家としている。これに対して、特に先進工業諸国が共同で対応策を練っており、国連でも、人身売買と「人間の密輸」を取り締まる議定書を準備している。ただし、この対応策は、国際犯罪組織の被害者である、先進工業諸国に政治難民・環境難民・貧困難民として「不法」移住せざるを得ない開発途上諸国のひとびと、特に借金奴隷として人身売買される開発途上諸国の女性の人権を尊重しないで、被害者である彼ら・彼女らの人権を、「不法」入国者として入国管理・警察当局がさらに侵害するという状況がうまれており、これに対しては、国連人権高等弁務官を中心に、反差別 国際運動を含めての市民運動が国際世論に訴えて、被害者を加害者の身代わりにする見当違いな国際組織犯罪対策を根本的にみなおすことを要求している。

日本での意味

  日本政府は、「人間安全保障」の一環として、国際組織犯罪対策として、盗聴法などの治安立法を急ぎ、今年7月の沖縄サミットでも先進工業諸国に積極的に協力をよびかけることを議長国日本としての「目玉商品」にしようとしている。

東京都の問題

  東京の場合、石原発言の背景となっているのは、いわゆる「やくざ」として国際的にもその実力が注目されている日本の犯罪組織(暴力団)が中国系などの日本国外からの犯罪組織との競争に負けて、「歌舞伎町」の支配権を失いかけていることへの、都知事の憂慮を表している。たしかに、都知事としては、都の重要な財源となっているセックス産業を背後で操ってきた日本系犯罪組織が外国勢力に押されがちになることに危機意識をかんじることは、それがいいかわるいかは別として、理解できないわけではない。特に日本系犯罪組織は、政界へ資金を注入するし、警察にある程度協力して、「繁華街」の治安維持に協力してきた実績があり、「歌舞伎町」に見られる「繁華街」のグローバル化は、政治家にも警察にも迷惑ではある。しかも、非日本犯罪組織は警察に十分に協力する日本型の共生文化になじまず、「歌舞伎町ではヤクザも安心して歩け」なくなっていることに真の問題がある。

石原発言の構造的・制度的問題

  石原都知事は、国際組織犯罪がグローバル化の結果、警察にも手に負えなくなってきたことを、軍隊の導入で補う乱暴な対応策でのりきろうとしている。そして、国際犯罪組織の被害者になっている「不法入国」外国人を、【彼女ら、彼らが、自分で望んで不法入国してもいない事情を無視して】罪を犯しかねないと断定し、本当の犯罪者である日本と非日本を名指しにして断罪することを避けている。そうすることで、国際組織犯罪の取り締まりの目標を取り違えている。また、合法的に入国した外国人と「非合法」に入国した外国人が、ひとしく人権を尊重されるべきだという日本国も批准している人権条約に違反している。大体、日本国籍をもとうともたないとにかかわらず、都の治安をみだしているのは犯罪組織であって、外国人ではない。また、国際犯罪組織を指揮している大物は、「不法入国」外国人でない場合のほうが多い。香港にいて東京の犯罪産業を指揮している。「不法入国」者はむしろ組織犯罪の被害者であって、都知事の庇護を受けるべき東京都の住民である。したがって問題は、単なる失言問題ではない。もっと根の深い都政の基本的な方針についての全く見当違いな都知事の認識、いやその政策方針を公式 に表明した発言として、その背後にある問題性を東京都民が認識する必要がある。

石原発言の教訓

  石原発言は、日本が1979年に批准した市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権自由権規約)の第20条2項の「差別、敵意、又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱導は、法律で禁止する」という規定に明確に違反する。また、日本が1995年12月に加入したあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(人種差別撤廃条約)の第2条2項の「各締約国は、個人、集団又は団体に対する人種差別の行為又は慣行に従事しないこと並びに国及び地方のすべての公の当局及び機関がこの義務に従って行動するよう確保することを約束する」との規定、並びに第4条4項の「国又は地方の公の当局または機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないないこと」との規定にも明らかに違反している。
  このような差別発言や構造的・制度的差別に寛大すぎる都職員、マスメディア、一般市民に対する教育・啓発の法制化の必要はもちろん、「地方の公の当局」の人種差別の助長・扇動を禁止する規制の法制化が急がれる。この深刻な事態は、当然国連の人権委員会などの場で国際的な弾劾の対象になるので、一刻も早く対応策を講じることが必要である。もちろんそれ以前に、石原発言は外圧抜きで、日本における人権擁護のために真剣な対応を必要とするものである。しかし、日本の人権状況は残念ながら、外圧なしにはなかなか改善されないきらいがあり、その点でも人権擁護推進審議会の積極的な対策策定に期待したい。


 

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