人権擁護法案の継続審議化によせて

2002.7.31
人権フォーラム21
代表 武者小路公秀
事務局長 山崎公士

 本日、参議院本会議で人権擁護法案が継続審議扱いとされた。迷走した今通常国会において、この法案は実質的に審議されることなく、次の臨時国会で再度審議されることになった。
 日本社会には被差別部落出身者・アイヌ民族・外国人への就職・結婚差別、児童虐待、DV、障害者差別等々、さまざまな人権侵害が存在する。こうした侵害を受けた者を「安(く)・簡(易に)・早(く)」実効的に救済するため、諸国では政府から独立した人権救済機関を設置しつつある。「人権委員会」の新設と、その活動を法的に枠づける「差別禁止法」の整備は、日本社会の緊急課題である。人権擁護法案の制定は新たな人権保障法制構築の第一歩といえる。
 しかし、法案やこれが予定する委員会は以下の根本的問題を抱えており、次期臨時国会では抜本的に修正すべきである。

1.法案は委員会の組織的独立性を確保していない。
 委員会は法務省の外局とされ、同省人権擁護局が委員会事務局に改組される。法務事務官が事務局を担うため、同省が管理する刑務所・拘置所・入管施設内での公権力人権侵害の被害者が十分に救済されるとは到底期待できない。このさい委員会は総合調整機能を持つ内閣府の外局とし、法務省所管とすることは絶対に避けるべきである。
2.法案は中央にのみ委員会を置き、地方に委員会を置かないこととしている。
 自治体が人権委員会の救済手続に関与できる余地はほとんど無く、また地方事務局の事務を地方法務局長に委任することを認める規定が置かれるなど、集権的な事務運営を行うことが予想される。このような中央集権的なシステムは、分権化の推進という時代の要請や、人権問題の実情に適合していない。人権問題は、人々の日常生活の中で、その土地の地域性や慣習、歴史などを背景として生じる場合が多い。このような人権問題を効果的に解決していくためには、各都道府県及び政令市ごとに人権委員会を設置し、独立した救済権限を与えるべきである。
3.法案は公権力による人権侵害を軽視している。
 私人間の人権侵害と公権力人権侵害については調査・救済両面で同じ手続が予定されている。しかし、権力性や密室性が強い公権力人権侵害は、基本的に対等な私人間で起きる人権侵害とは異質である。これに関しては、委員会による拘禁施設への無条件立入調査権限など、行政機関に対する特別の調査・救済手続を整備する必要がある。法律の構成上も、両者の手続を明確に分けて規定すべきである。
4.メディアによる人権侵害に関しては、委員会に勧告・公表など強い権限が付与される特別救済の対象から外すべきである。
 法案ではプライバシー侵害・過剰取材の要件や判断基準が明確でなく、人権委員会の恣意的な判断で、メディアに圧力が加えられる危険性が否定できないからである。
5.法案は現行の人権擁護委員制度を新設予定の人権委員会の下に置くなど、ほぼそのままの形で継続させようとしている。
 しかし、人権擁護委員制度は市民からほとんど信頼されず、実効的な人権救済機能を果たしていない。人権擁護委員の年齢を若年化し、ジェンダーバランスをいっそう確保し、人権擁護委員の研修制度を強化し、同委員の資質を格段に向上させるなど、人権擁護委員制度は抜本的に改編すべきである。
6.法案では委員会の政策提言機能が不十分である。
 人権委員会は首相や国会への意見提出権を規定している。しかし、政府から真に独立した存在となるためには、人権委員会に明確な政策提言機能を持たせ、人権委員会が提言した場合には、その名宛人である行政機関の長や国会は、提言への応答義務と説明責任があることを明記すべきである

 以上、法案の主要な問題点を指摘した。法案は次期国会で抜本的に修正すべきである。人権フォーラム21は、次期国会における人権擁護法案の抜本的修正に向けて、8月下旬にその方向性を再度提言する予定である。


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