人権擁護推進審議会答申「人権擁護委員制度の改革について」に対する見解


2001年12月21日
人権フォーラム21
代表 武者小路公秀
事務局長 山崎公士

 本日、人権擁護推進審議会から標記の答申が出された。1999年9月以来、2年3か月にわたって人権救済のあり方を審議された人権擁護推進審議会のご努力には、心から敬意を表する。しかし、この答申には、下記のような問題点が見られる。
 先の5月25日の人権「救済」答申と今回の答申を踏まえ、「人権擁護法」案が今後国会で審議される。われわれは引き続き国会における同法案の審議を注視し、日本におけるよりよい人権救済制度の確立を目指すものである。

1.全体的な問題点
 答申では、現行の人権擁護委員制度について、「活動の実効性にも限界がある」との認識を示し、また、「人権擁護委員の存在が国民に周知されておらず、人権相談等が十分利用されているとは言い難い」と指摘している。答申が述べる通り、実効性の欠如と周知度の低さというこの二点が、人権擁護委員制度の有する最大の問題点であり、これらを解決する方策を探るために、審議会は別途、人権擁護委員制度について審議してきたはずである。       しかし、答申は、現行制度の抜本的な改革を目指すものではなく、研修の充実や一定の専門性の確保などといった部分修正によって、事態の改善を図ろうとするものであった。答申の示す改革案によって、現行制度の有する問題点が解消されるかどうかは、はなはだ疑問であり、審議会は一歩も二歩も踏み込んで、委員選任方法の根本的見直しや委員の有給化など、制度の全面的な改革案を提示すべきであった。

2.パブリック・コメントについて
 審議会は答申をまとめるにあたってパブリック・コメントを募集し、25,000件あまりの意見が国民各層から寄せられた。答申の中でも「広く一般の方々からも意見を求めて審議を重ね」たと述べられているが、パブリック・コメントをどれだけ真摯に検討したのかは疑問が残る。法務省のホームページでは、パブリック・コメントによって寄せられた意見の概要のみが掲載されているが、審議会がそれらの意見をどのように検討し、答申にどのように反映させたのかを説明すべきである。近年、地方自治体が行うパブリック・コメントでは、意見の検討経過と検討結果を理由を付して公表するものが増えており、法務省や審議会もこのような誠意のある態度でパブリック・コメントを実施すべきであった。そのような形で行われないパブリック・コメントは、単なる「ガス抜き」として形式的に行われるだけの飾り物に過ぎないと判断されても致し方ないであろう。

3.人権擁護委員の資格・選任基準について
 答申では、人権擁護委員となるべき人物は、「人権擁護委員としての熱意、人権に対する理解に加え、地域社会で信頼されるに足る人格見識や中立公正さを兼ね備えていることが必要である」と述べられているが、ここでいう「中立公正さ」の意味が不明確であり、その内容によっては、百害あって一利なしとなりかねない。人権問題の多くは、社会的弱者と強者の間で発生するのであり、それゆえ人権擁護委員に形式的な「中立公正さ」を求めれば、人権侵害や差別の被害者である弱者に泣き寝入りや忍従を強いることにつながる。人権擁護委員に必要な要素は、人権を侵害された者の心の痛みを理解し、その者の立場に立って最善の解決策を探ることであり、外形的な「中立公正さ」は必要ない。当事者から信頼される制度を形成したいのであれば、人権問題に関する誤った中立信仰を捨てるべきである。

4.人権擁護委員の年齢構成について
 答申では、「人権擁護委員も社会の構成を反映して様々な年齢層の者で構成されることが望ましい」とする一方で、その具体的な基準や方法を示すことはせず、「新任時65歳、再任時75歳を一応の上限とする現行の運用は維持すべきである」として、現状を半ば追認している。人権擁護委員の年齢的な偏りや高齢化は、かねてより問題視されてきたところであり、答申はこれらを改善すべく、平均年齢の設定や定年制の採用、再任の制限、年代別の均等な選任の義務化など、具体的な基準や方法を提言すべきであった。

5.人権擁護委員のジェンダーバランスについて
 答申が、委員の「半数が女性であることが望まし」いと明記した点は男女共同参画社会の観点から評価できる。しかし、女性が3割を占めるに過ぎない人権擁護委員の現状を改革するには、「望ましい」との表現では十分でなく、ジェンダーバランスを図るべき一定の義務づけを提言すべきであった。例えば、「一方の性が6割を越えてはならない」など、一定の基準を満たすことを法定化すべきである。

6.外国人の選任について
 答申は「外国人の中からも適任者を人権擁護委員に選任することを可能とする方策を検討すべきである」と述べ、人権擁護委員法の改正を求めている。依然として横行している在日韓国・朝鮮人差別や、日本社会の国際化に伴う新たな外国人の人権問題を解決していくためには、外国人も人権擁護委員から排除すべきでないことは当然であり、答申の提言は評価できる。しかし、外国人の人権問題を解決するためには、外国人を人権擁護委員にするだけではなく、語学力のある日本人を人権擁護委員にすることなども重要である。さらに、人権擁護委員に対して在日韓国・朝鮮人の来歴や、宗教による考え方の違いなどを教育することも欠かせない。外国人の人権問題は今後ますます深刻化することが予想されており、日本を多民族が共生する社会へと改革しようとするのであれば、答申においても、こうした点に言及すべきであった。

7.人権擁護委員の選任方法について
 人権擁護委員の選任方法については、答申は現行の手続を基本的に維持することが妥当であるとしているが、答申も述べる通り、現行の選任手続は「硬直化して適任者の人選に支障を来している面」が否めない。これを打破するためには、公募制の採用、及び人権NGO・当事者団体との事前協議などを取り入れ、選任過程の柔軟化と複線化を図るべきである。答申では、人権擁護委員の資質として「人権擁護委員としての熱意」を挙げており、熱意ある者を採用するためには、公募制はもっとも適合的な手続であると言える。答申は「全国一律に一定の手続を定めるよりも、むしろ‥‥各地の実情に応じた実効的な人選のあり方を追求していくことが相当」であると他人任せの姿勢を示しているが、硬直化した現在の選任プロセスを改革するためには、最低限、公募制の採用と民間団体との事前協議の義務化を選任手続のナショナル・ミニマムとして提言すべきであった。

8.人権擁護委員に対する研修について
 答申では、人権擁護委員に対する研修の充実を訴え、その中で具体的な研修課題として「人権保障に関する基本法令・条約‥‥」を挙げ、国際人権条約を研修項目にすることを提言している。この点は評価に値し、憲法をはじめとする人権関連法令と共に、各種の人権諸条約を人権擁護委員の研修項目に積極的に取り入れていくべきである。また、答申は「研修を効果的に実施するためには、講義形式によるもののほか、事例研究等の参加型研修を取り入れるなどの工夫が必要である」と述べているおり、これについても基本的には肯定的に評価できる。しかし、「参加型研修」の内容が不明確であり、また「事例研究」が「参加型研修」の例として挙げられているなど、理解に苦しむ部分がある。人権擁護委員の研修にとって必要な「参加型研修」とは、差別や人権侵害の実情を見聞し、それに苦しむ人々の声を聞き、弱者の立場に立って共に考え、共に行動する意識と態度を養うことであるはずである。単なるOJTやボランティア活動、あるいは社会科見学的な視察などを「参加型研修」と捉えているのであれば、全くの見当違いであり、「参加型研修」を言うのであれば、人権問題に対する熱意や意欲を駆り立てるような研修方法を例示すべきであった。

9.人権擁護委員の待遇について
 答申では、人権擁護委員の待遇について、現行の無給制を維持することを提言し、他方「その職務遂行に要する費用については十分補われる必要がある」として、実費弁償の充実を訴えている。しかし、人権擁護委員の実効的な活動を図るためには、無給制では限界があり、少なくとも一部の専門性をもった委員については、有給化の途を探るべきであった。また、この問題は、人権擁護委員の年齢構成の改善とも密接に関連している。すなわち、人権擁護委員の年齢的な偏差を解消し、若年化を図るためには、ある程度の有給制を取り入れる必要性があり、そうしなければ労働人口に含まれる若年層を人権擁護委員として採用することは極めて難しいであろう。現在の人権擁護委員の大部分が、退職後の人々で構成されているのも、無給制であるがゆえである。人権擁護委員の活発化と実効性の確保を図り、若年化を期するのであれば、部分的にでも一定の有給化を検討すべきであった。


 

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