「新たな人権救済制度の設計にあたり性的少数者から要望すること」 ―札幌公聴会発言要旨(1月30日)―


鈴木賢          
北海道セクシュアル・マイノリティ協会札幌ミーティング事務局長
(北海道大学大学院法学研究科教授)

はじめに

 これまで日本では性的指向、性同一性障害、インターセックスなどによる差別が顕在化することがなく、それが差別や人権の問題であるのと認識も一般には広がっていませんでした。そのため専ら性的少数者の側が泣き寝入りし、予想される差別から自身を守るためにひっそりと身を隠して生きることを余儀なくされてきました。この度、貴審議会が仲間報告」において、国際的潮流を視野に入れっっ、「性的指向等を理由とする差別的取扱い」を積極的救済の対象とすることを検討する旨を明記し、加えて今日、このようにその当事者に対して意見表明の機会を与えたことに、まず心より敬意と感謝を表します。以下では、性的少数者の立場から、今度、構築されようとしている新しい人権救済制度がより優れた先進的な制度となるよう意見を述べさせていただきます。

1 性的指向等を理由とする差別こそ積極的救済の対象に!

 現在、日本では多くの同性愛者らは日々廟笑と侮蔑の恐怖にさらされながら、薄氷を踏む思いで生きているのが実状です。他のマイノリティなら一番頼りになるはずの親にすら受け入れてもらえず、家出や自殺に追い込まれる若い性的少数者も後を絶ちませんが、その事実すら日本では社会的に隠されています。また、同性のカップルに対する法律上の保護は全く与えられていませんから、異性愛着なら遭遇しないさまざまな不利益や困難に直面することを余儀なくされます。
 他方で、日本には性的少数者が安心して利用できる信頼に足る人権救済のための制度、ルートがまったく用意されていません。女性、身障者、外国人、HIV感染者、アイヌ民族など他のマイノリティとは違って、行政の相談窓口すら存在せず、我々のような当事者による自助団体がそれを担っているのが実状です。
 以上のように明文による人権保障が唱われてこなかった性的指向等を理由とする差別こそ積極的救済の対象とし、性的少数者について偏見のない国際的水準の知識をもち、公正に人権侵害に救済を与える公的な機関を作ることが是非とも必要であると痛感いたします。

2 公権力による人権侵害にも積極的な救済を!

 公権力による性的少数者に対する人権侵害にも広範に積極的な救済を与えるべきであると考えます。当会が経験した公権力による人権侵害、差別の具体例をあげて、この点を説明させていただきます。
 第1は警察による同性愛者に対する差別的な強引な捜査の例です【資料1】。これは1993年に札幌で起きた殺人事件に関して、札幌北警察署が数百名の同性愛者に対してプライバシーを公表することをちらっかせながら、強引に交友関係、性生活の具体的内容を聞き出したり、指紋、頭髪、唾液などの採取を事実上、強制的に行ったというものです。警察は多くのゲイが家族や職場にゲイであることを知られたくないことを卑劣にも利用して、このような理不尽な捜査を行いました。当会では当時、コミュニティ防衛のために【資料2】のようなビラを配布して、被害の拡大を防ぐ努力をしましたが、既存の人権救済制度ではこうした人権侵害に対していかなる対応もできないと思われます。警察に関しては、同性愛者などが公園などで襲われる事件に対して積極的に捜査しないなど、差別的な不作為なども問題となっています。
 第2は札幌市交通局による地下鉄広告に関わる性的少数者に対する差別的対応です。当会では1996年よりほぼ毎年、その存在を目に見えるものにし、人権の尊重を訴えるために、札幌市内において性的少数者による大規模な街頭示威行動(レインボーマーチ札幌)を主催しております。1998年の第3回目のおりに札幌市の地下鉄につり広告を掲出することになりましたが、札幌市交通局はこれを意見広告にあたるとして、シールを貼り、「レズビアンもいる、ゲイもいる、バイセクシャルもいる、トランスセクシャルもいる、インターセックスもいる。みんなの周りにたくさんいるんだ。びっくりだろ」という部分を隠すことを命じました【資料3】。我々は性的少数者が日常的に存在することを社会にアピールするためにパレードを企画したのであり、これがイベントの目的でしたが、事なかれ主義に徹する役所によって、このように不当に抑圧されました。
 その他、収監施設などでも同性愛者に対する差別的な扱いがなされているという相談が来ており(沖縄の監獄、被収監者は札幌出身)、性的少数者に対する公権力による差別、人権侵害は日常的に頻発しています。人権問題の基本中の基本である公権力による侵害を広く救済対象としなければ、せっかくの制度も生きてこないと考えます。

3 マスコミによる人権侵害にも一定の救済措置が必要!

 マスコミによる性的少数者に対する集団的誹諺表現、差別を助長・誘発するおそれの高い表現は、いまだにほぼ毎日繰り返し垂れ流されている一方で、性的少数者をポジティブに扱い、差別や排除を戒めるような内容の表現はきわめて稀です。このため幼稚園児ですら「オカマは気持ち悪いμ男のくせに女装するのはヘンタイ」といった差別意識を内面化してしまっており、性的少数者に対する差別を拡大再生産する結果となっています。
 当会ではこれまでテレビ局や新聞社に対して何度もその差別的な報道の内容について抗議を申し入れてきましたが(【資料4、5、6、7】)、性的少数者を侮蔑したり、笑い者にすることが、性的少数者を傷つけ、差別を誘発するものであることをマスコミに理解させるのは容易なことではありません。巨大なマスコミは今や第4権力とも言われるまでに強大な影響力をもっており、我々のような弱小市民団体はマスコミからは対等な交渉相手と見なされていません。言論の自由とは本来、市民に属すものであるにもかかわらず、それをはき違えて、マイノリティを攻撃してもそれを盾に開き直るという態度を幾度となく見せつけられてきました。
 マスメディアの中でもとくにテレビのワイドショー、週刊誌やスポーツ新聞などは、興味本位に性的少数者を取り上げ、玩具にして遊ぶという傾向が顕著であり、こうした低俗なマスロミに自主規制を期待することはとうていできないと感じます。こうした表現行為を言論の自由の美名のもとで、不問に付してしまうようであれば、性的少数者の人権は守れません。マスコミによる人権侵害に対しては勧告や公表などの被強制的方法でも救済方法としては有効であり、言論の自由と両立する人権救済制度の構築は可能であると考えます。圧倒的に力の差のあるマイノリティにとってマスコミの差別的表現から自らを守る手だてとして、人権救済機関は頼りになる武器に映ります。
 このように我々はマスメディアによる人権侵害を是非とも救済の対象に加えていただきたいと思います。

4 性的少数者の人権救済を行うための人権救済機関の組織体制

 性的少数者の立場からも人権救済機関が法務省から独立していることが不可欠であると思います。その他、とくに性的少数者の人権救済にとって重要なことして以下のような諸点があげられます。
 @ 性的指向等の情報に関するコントロール権はあくまで人権侵害を受ける当事者の側にあるのであり、公的機関がこれを無断で公表してしまうことは論外だと思います。プライバシーの保護にとりわけ慎重であっていただきたいのです。
 A 同性愛者のコミュニティの分布から見て、性的少数者に対する相談機関は中核市(30万人以上)、特例市(20万人以上)クラスの都市には設置していただきたい。とくに北海道では札幌だけの設置では利用に当たり不便を来すであろう。相談窓口では性的少数者からの相談を受けられる体制を整備し、面会相談の他、電話やインターネットなどによる相談を受けられるように工夫していただきたい。
 B 人権救済機関委員、相談員、事務局員、人権擁護委員などに対する研修を通じて性的少数者に対する正しい認識をもつように心がけ、性的指向などによる差別、人権侵害に対して適切な救済が行われるように配慮していただきたい。研修にあたっては当事者からなるNGOとの協力も有効な方法でしょう。委員やこれらの職員として当事者を採用したり、アドバイザーとすることも検討に値すると思います。
 このような条件を備えた人権救済機関が設置されれば、性的指向等による人権侵害に対して適切な救済を与えうる日本で初めての制度としで性的少数者の人権保障にとって大きな役割を果たすものと思います。審議会各位のご賢察に期待しております。


 

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