「人権救済制度の在り方に関する中間まとめ」札幌公聴会発言要旨


花崎纂平

 私は、若いころ近代ヨーロッパ哲学の研究者でしたが、恥ずかしいことに一九八○年代半ばまで、第二次世界大戦以後の世界の人権運動とその理論的実践的成果について関心をはらってきませんでした。私はアイヌ民族の人権回復運動にかかわることをきっかけに、国際人権理論と各種の宣言、条約について学習しました。また、東南アジアの草の根の民衆運動を訪ね歩いた際に、人権の侵害が日常化している状況において発せられる「ヒューマンライツ」という言葉の切実さに深い感銘を受けました。
 そのような学習や経験から、国際社会における人権擁護の実践と人権理論の、日本社会への啓発と反映はきわめて不十分であるという認識を持っています。アジア太平洋戦争時のいわゆる「慰安婦」すなわち日本軍兵士の「性奴隷」とされた女性への謝罪と人権回復措置を政府は拒み続けています。先住民族であるアイヌ民族についての日本政府の認識は、一九八○年代半ばまでその差別性を自覚しないものでありました。
 二一世紀前半には、国際人権法の普及定着と地域的人権保障機構の設立が、アジア地域でも課題になると予測されます。そうした趨勢をも展望しつつ、日本社会における人権擁護の制度、機構を整えて行くべきだと考えます。
 以上のような見地から、私は三点について意見をのべます。

第一。あらたに作られる人権擁護機関は、「国権」の干渉からの完全な独立が保障され、「国益」の名による制限から自由な機関にすべきです。
 わずか五〇年前まで全体主義が支配していた日本社会には、なお根強く「国益」のためには人権を制限してもよいというイデオロギーが生きています。私は、在日外国人の指紋押捺制度撤廃運動にも関わりを持ちましたが、法務省の役人が指紋押捺拒否者の裁判で一そのような違反者は)国の立場からは「煮て喰おうと焼いて喰おうと自由だ」と証言したという事実をはっきり記憶しています。現在、教育の場において「君が代」斉唱に応じない教職員への処分が行われています。これも、思想信条の自由へのゆゆしい侵害であると考えます。新設の機関は、公権力による人権の侵害、抑圧にきびしく対処できるものでなければなりません。

第二。人権救済機関の委員の人選、選任方法は、時の政府や官僚の恐意、干渉が加わらないような制度的保障、すなわち公募、資格審蒼などを通じての公開性と透明性が必要です。
 かりそめにも、官僚の天下りや政府による人選にまかせてはなりません。差別や人権侵害の実状の認識や経験に乏しいいわゆる「学識経験者」にたよる運営は好ましくありません。また、いまの社会の女性に対する性暴力、性差別の深刻さと男性中心主義、家父長制イデオロギー支配を考えるとき、委員は少なくとも男女同数にし、むしろ女性をより多数にし、これまでのジェンダー差別、男尊女卑の生活文化を克服する明確な態度表明とすべきです。
 人権救済機関の権威および信頼は、選任される委員の資質、識見いかんにかかるところが大きいと、私は考えます。これまでの日本社会の人権意識では、おのおのの個人の思想、信条、信教など内面的な価値を重んずる意識が稀薄です。この人格の尊厳にかかわる内面的な自由権を尊重する社会を築くためには、委員自身がその倫理の実践者とみなされ、尊敬と信頼を得られることが重要だと思います。そのためにも、被差別者、人権侵害を受けた者の訴えに心を空しくして傾聴し、その尊厳の回復に真剣に努力すること、人権に関する法と制度をさらに伸張する熱意を持つことが資質として必要であり、人権救済機関そのものの権力や権威に屈しない独立性が重んじられなければなりません。その点で、「中間とりまとめ」における政府からの「一定の独立性」という性格づけはあいまいであり、賛成できません。

第三。新しい人権救済機関は、地域ごとに設置すべきです。
 人権の抑圧、差別は、日常生活の中にくりかえし生じてきます。また、地域に固有の課題も生じます。北海道ではアイヌ民族に対する歴史的な差別が、行政の対応も含めてなお克服すべき課題です。また、私は現在小樽市に居住していますが、小樽市内の民間入浴施設が、「ジャパニーズ・オンリー」の看板を掲げて、外国人(日本国籍所有者を含む)、とくにロシア人を排除してきた問題があります。これは明白な人種差別、レイシズムに他なりません。私は、何回も小樽市役所に手紙を書き、この入浴施設の国際法違反への行政としての毅然とした指導、措置を求めました。この問題は、現在訴訟に発展しております。
 このような問題の解決に当たっては、地域の人権擁護機関が、人権擁護に取り組んでいる民間組織(NGOなど)と協力して取り組むことが望ましいと考えます。人権侵害を未然に防ぐためには「啓発活動」が重要ですが、それには地域の課題や市民、住民の意識に即した啓発活動が必要です。したがって、地域の委員には、民間組織(NGOなど)や人権侵害をこうむってきた当事者団体(アイヌ民族など)からも選任すること、それら諸団体との定期協議を制度化することなどが望まれます。


 

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