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東京新聞ほか 2020年3月31日 評者:五十嵐太郎
図書新聞 2020年3月28日 評者:隈研吾(建築家)
渋谷読書No.16(渋谷区図書館発行)2020年3月
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東京新聞ほか 2020年4月2日 評者:五十嵐太郎

〈代官山と歩んだ半世紀〉

最近、前川国男が設計した宮城県美術館(1981年)や谷口吉生による葛西臨海水族園(89年)など、完成して40年に満たない、手を加えればまだ使える、優れた公共建築が移転や建て替えの危機に陥った。

住宅の寿命も約30年とされるように、日本では人間の方が建物よりも長生きになっている。欧米に比べると、建築がおそろしく短命なのだが、東京において奇跡的に半世紀に渡って、街の歴史とともに歩みを続けている建築が存在する。

69年以降、槇文彦が代官山地域の旧山手通りに沿った土地に、店舗や住居、ギャラリー、ホールなどを手掛けたヒルサイドテラスだ。約30年に渡るプロジェクトで、14棟の建物が完成した。

それぞれのデザインの時代や環境を反映し、少しずつ異なるが、基調となるのは、端正なモダニズムである。建築群が連鎖することで、相互に見え隠れする複雑な空間の関係性や路地のような場面を生み出す。この稀有なプロジェクトが成立した背景には、この街に住み続け、良質な街をつくる志をもつ施主の朝倉家と槇の出会いがあった。

2019年にヒルサイドテラスの50周年を記念し、書籍「Hillside Terrace 1969-2019」(現代企画室)が刊行された。多彩な関係者の証言を集めつつ、江戸時代から戦後に至る、朝倉家と土地の歴史や、建築の論考を収録している。

例えば、越後妻有アートトリエンナーレの総合ディレクターで知られ、ここを拠点とする北川フラムのエッセーのほか、改めて緑が多い風景であることに気づかされる新津保建秀の写真、この場所で開かれた展覧会やイベントの記録などだ。

本書が伝えることは、建築がただの箱ではなく、それを創造的に活用する人々によって、生きた空間の器になったことだ。本書のサブタイトル「アーバンヴィレッジ代官山のすべて」は、都市の中で村のようなコミュニティーを育む決意を示したものである。もちろん、これは民間が維持している特別な場だ。しかし、本来は公共の建築も、見習うべき重要なモデルではないだろうか。
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図書新聞 2020年3月28日 評者:隈研吾(建築家)

〈ヒューマンで、やさしくて、クール
世界の現代建築を見渡しても、ヒルサイドの気づきはとても早かった〉


ヒルサイドテラスは僕の人生にとって、特別な意味を持つ場所である。

子供の頃から、建築家というものにずっと憧れてきたのだが、実際に大学で建築学科に進んでみて、正直、建築に対して失望した。憧れていた丹下健三がその頃作っていたものは、アラブやシンガポールのニューマネーのためのケバケバしい「宮殿」に見えた。

生物や、アジアの原理で建築を作るという思想を唱えていた黒川紀章も、中学校以来のアイドルであり、彼の著書を愛読していたが、彼が実際に作っている建築を見て、生物ともアジアとも全く無関係に見えて、丹下に対してと同じようにがっかりした。

70年代当時、地球環境やコミュニティというテーマが社会的に注目されはじめているにもかかわらず、建築界はあいかわらず工業化社会そのままのコンクリートや鉄の怪物作りにあけくれているように感じられて、暗くペシミスティックな気分になっていた。

その時、唯一、代官山のヒルサイドテラスだけが、「まともな」建築に見えた。他の怪物たちと違って、ヒューマンで、やさしくて、クールに感じられたのである。設計者の槇文彦さんが、僕の新しいアイドルになり、槇事務所で模型作りのアルバイトをさせて頂いた。槇さんの気さくで軽やかな人柄に触れ、その人柄と、作品から伝わってくるものは、深い関係があるということを知った。槇事務所のハンズオンな設計の進め方も印象的であった。偉そうにドグマ(教義)を唱えるだけで、現実の世界に建築を着地させることに関心のない多くの建築家と比較して、槇さんは、この大地、この日常の世界に建築をランディングさせるかに深い関心があった。現実と理念との接合のさせ方に、執念深く、軽やかにこだわっていた。槇さんは食事をした後も事務所に戻ってきて、建築の収まりや材料についてまで、細かく議論をし、指示を出していた。僕も、こんなふうに建築と向き合い、現実というものと併走したいと感じて、自分の未来に対して、少しだけ、明かりを見出すことができた。すべて槇さんのおかげである。週末にはヒルサイドに行って、トムズサンドイッチとベーコンを噛みしめながら、槇さんのディテールをじっくりと観察し、メモをとった。

そのヒルサイドの50年の歴史をまとめたのがこの本である。本の作り方が、ヒルサイドテラスの建築の構造にも似て、ヒューマンで、さりげなく、しなやかである。建築というハードは背景にしりぞき、そこで繰り広げられてきた様々な活動、日常、人間が前景になっている感じも、ヒルサイド的である。写真家の新津保建秀が撮りためていたヒルサイドの風景も、通常の建築写真とは違って、建築に刺す弱い光、様々な葉っぱの影、ゆらぎ、人間の気配を丁寧な手つきでつかまえている。

ページを閉じて、ヒルサイドが大きな転換点であったということを、再確認した。僕にとってだけではなく、時代にとって、日本にとって、大きな転換点であった。工業化によって、高度成長を達成したイケイケの日本が、ポスト工業化の少し静かで、ちょっと大人っぽい世界へと転換するきっかけ、その転換のヒントを、このさりげない地味な場所が、われわれに与えてくれたのである。

世界の現代建築を見渡しても、ヒルサイドテラスの気づきはとても早かった。日本という場所だからこそ、早く気がつけたのではないかとも、僕は感じる。日本の路地に漂うヒューマンスケール、こじんまりとして、しかも暑苦しくないコミュニティ感覚を、どのようにして現代の都市に再生させることができるかを、槇さんはヒルサイドを通じて、世界に示したのである。それはその後の建築の流れに大きな影響を与えた。あんなにさりげなく、なんでもないような街がである。なんでもないからこそ、とても新しいのだということが、この本の各ページから伝わってくる。
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渋谷読書No.16(渋谷区図書館発行)2020年3月

2019年秋、第1期竣工から50周年を迎えたヒルサイドテラス。「アーバンヴィレッジ代官山」と称されるコミュニティがいかにしてつくられてきたかを、豊富な写真、各界を代表する人々の証言とともに明らかにする。



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