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週刊金曜日 1199号 2017年9月7日 評者:伊高浩昭(ジャーナリスト)
Latina ラティーナ 2018年9月号 評者:伊高浩昭
出版ニュース 8月下旬号
週刊読書人 2018年8月17日 評者:伊高浩昭
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週刊金曜日 1199号 2017年9月7日 評者:伊高浩昭(ジャーナリスト)

〈祖父ゲバラも主導した革命体制
そこから離れた孫息子の葛藤〉

革命家エルネスト・チェ・ゲバラ(1927-67)にはカネック・サンチェス・ゲバラ(1974-2015)という作家の孫がいた。チェの最初の妻である祖母は左翼知識人にして活動家のペルー人イルダ・ガデア(1921-74)、母は聡明な知識人イルディータ・ゲバラ=ガデア(1956-95)。祖父母は53年末にグアテマラ市で会い、メキシコで55年に結婚、翌年母が生まれた。父はキューバに亡命していたメキシコ人左翼活動家アルベルト・サンチェスである。なんと革新性に満ちた重い血統だろうか。

幼い日のカネックはイタリア、キューバ、スペイン、メキシコを転々として暮らした。86年ハバナに戻り、多感な思春期から青年期にかけて10年を過ごす。特異すぎる出自と幼少年期の流浪の体験によって培われた鋭い感性と深い内向的思考力を備えたカネックは、59年元日の革命から27年経ち、惰性と強制によって続く共産党一党支配の下で一進一退していた社会主義体制の異常、陳腐、倦怠、繰り返し、精神と物質生活の不自由に驚愕する。「革命精神のない者」には絶望的楽観性なしに生きていかれない社会だった。

カネックは、そんな状況や、そこに生きるのを余儀なくされたキューバ人の営みを「傷ついたレコード盤」に譬えた。盤はむなしく回転し、傷ついた箇所で同じ音を繰り返す。本書の中心をなす『33レヴォリューションズ』にカネックは黒人のエリート青年として登場。ソ連消滅でキューバの経済・社会がどん底に陥っていた90年代前半の状況を踏まえ、「経済封鎖だと?この国の経済状態にそぐわない値段がついたものだ」と、封鎖する米国と封鎖されたキューバの双方を皮肉る。この洞察は見事だ。主人公はハバナで実際に起きた重大事件の現場をカメラで撮りまくったり、自暴自棄的に「自分も新しい人間になった」と唱えたりする。撮影魔にして、「新しい人間」という「期待される革命的人間像」を定着させた祖父チェ・ゲバラとの切りたくても切れない血縁への葛藤を示す隠喩である。

素顔のカネックはしばしば「チェの良き孫であろうとするのは難しい」と口にしていた。話を戻せば、物語の黒人青年は最後は党員証を捨て、異なる世界に脱出しようと乗り出す。だが大波に呑まれ、レコード盤のように回転し沈んでいく。ここは、主人公が打ち負かされ船ごと海に沈むメルヴィルの『白鯨』を思わせる。因みに「レヴォルーション(西語でレボルシオン)」には「革命」のほかに「回転」の意味がある。

カネックは96年メキシコに移り、先住民色の濃い南部のオアハカ市に住み、執筆活動に打ち込む。「生国キューバを愛し憎んだ。憎むには勇気が要った」と述懐し、「キューバの民主化はカストロ兄弟後になろう」と展望した。カネックは薄命の家系に背かず15年初め40歳で早世、『モーターサイクル無き日記』が遺作となった。むろん、題名は祖父の『モーターサイクル日記』(原題)のパロディで、これも強迫観念となった「偉大な祖父」に生涯を「規定」された孫の自己認識の苦しみを物語る。

キューバは今、世代交代や市場経済化が進む時代の変化に適合させるべく憲法の大幅改定過程にある。「共産主義社会を目指す」という文言は消え、私有財産制や同性婚公認が盛り込まれる。政治的無関心と出国熱が高まるキューバの若者を考える上での必読の書。
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Latina ラティーナ 2018年9月号 評者:伊高浩昭

チェ・ゲバラは1955年8月、ペルー人左翼活動家イルダ・ガデアとメキシコで結婚した。翌56年に生まれた娘イルダ(通称イルディータ)はキューバに亡命してきたメキシコ人左翼アルベルト・サンチェスと 73年に結婚、長男カネックが74年に生まれた。カネックはイタリア、キューバ、スペイン、メキシコを転々としながら暮らし、86年に再びキューバに戻る。12歳のカネックは革命から27年経っていたキューバ社会の状況を22歳までの10年間観察、96年に父親の祖国メキシコに移り、南部のオアハカ市に居を定める。特異な出自と幼少年期の流浪の経験は鋭い感性と深い思考を作家カネックに与えた。本書には同市で書かれた文書が盛り込まれている。冒頭の「33レヴォリューションズ」は33の小文で綴られているが、全編を貫く重要語は「レコード盤」である。

社会主義体制、全体主義、その全構成者、廃墟のような日常性などあらゆる状況がこの言葉に集約され、レコード盤のように回転する。だが盤が傷ついているのか、蓄音機に何度かけてもひっかかり、うまく回らない。「レボルシオン(革命)」には「回転」の意味もある。カネックは、革命社会がうまくいっていないことや、そこから抜け出せない住民のやるせなさを象徴的に巧みに描いている。

例えば、ハバナの海岸通りマレコンに群がる人々を眺めて書く。「時が過ぎてゆくのを眺めるのは、この国の人間のお気に入りの余暇の過ごし方だ。背後には、汚れていても美しい壊れた街がある。目の前には、敗北をほのめかす深みが広がる。その深みが、その孤独が、俺たちを定義し条件づけている」、「孤立することで俺たちは勝利し、また俺たちを孤立させることで奴らも勝利している。海は壁であり、俺たちを守ると同時に閉じ込めるカーテンだ。俺たちは孤立しながら抵抗している。繰り返しの中で生き延びている」。この「繰り返し」こそが、回っては止まり、止まっては回る、耐えるしかない「レコード盤」なのだ。

キューバの庶民と心理的境遇を共にしながらも、ゲバラの孫として特権階級に身を置いていたカネックだった。その分身(主人公)は最後には「レコード盤」から抜け出し、粗末な筏でフロリダ海峡に乗り出す。だが沖に出た筏は大波に呑まれ、レコード盤のように回転しながら沈んでゆく。カネック本人は2015年初め、40歳で早世した。
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出版ニュース 8月下旬号

〈詩人を魅了する崇高な苦しみの感覚は、個人的な、自分で起こした、本物のオーガズムとしか比べることができない。精神にとって喜びを分かち合うことは、胃袋がパンを分かち合うことと同じくらい、面白くないものだ〉(「掌編集」より『愛のない恋愛物語』)カネック・サンチェス・ゲバラ(1974-2015)は、チェ・ゲバラの孫。本書はカネックの死(暮らしていたメキシコで病死)の直後に出版された文学書で、キューバ革命以降に生まれ、親に同伴しての世界放浪や祖父の「名声」を抱えての心象風景を短編小説に結実させた。カネックの政治・社会思想についての解説(太田昌国)も併せて。

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週刊読書人 2018年8月17日 評者:伊高浩昭

〈祖父チェ・ゲバラの孫である葛藤 愛憎半ばするキューバを斬る苦悩〉

「俺にとって政治はニュースで伝えられる不幸な出来事の一つでしかなく、俺の人生を何一つ変えやしない。人を煽るような、楽しくは読めるが真面目には受け止めてはならない安っぽい小説をあたかも読んでいるかのような感覚で新聞を読む」。『シエテアニョス 死に損ないたち』に出てくる吐き捨てるようなこの件(くだり)は、政治と新聞(ニュース)への嫌悪感と絶望を表している。共産党一党支配下のキューバ体制と、その言動を伝える官報の国営新聞・通信社の報道を長年、取材・分析してきた書評子は胸が痛む。キューバ市民にとって政府と新聞は日常社会そのものだからだ。

あれほど世界中に希望を醸した1959年元日の民族主義革命は対米対決、対ソ接近、共産党との合流を経て変質。21世紀に生き延びたものの、全体主義を嫌い自我を思うままに発揮したい「自由人」には窮屈な社会が頑迷なまでに存続している。キューバ人に鬱積する不満を描きつつ体制の欺瞞を暴く著者カネック・サンチェス・ゲバラ(1974-2015)は、革命社会の基盤をカストロ兄弟と共に建設したエルネスト・チェ・ゲバラ(1928-67)の実の孫であり、キューバに身を置けば特権者扱いを受ける。祖父らがつくった社会を特権を享受しながら批判的に生きるという大いなる矛盾に苛まれた著者はメキシコ南部のオアハカ市に移り、「チェの孫」という強迫観念と闘い、かつ共存しながら、離脱したキューバ体制をアウトサイダーとして書き続けた。「チェの良き孫であろうとするのは難しい」、「生国キューバを愛し憎んだ。憎むには勇気が要った」と、しばしば口にしていた。

チェ・ゲバラはラ米大陸放浪中の1953年グアテマラ市で、左翼知識人にして活動家のペルー人女性イルダ・ガデア(1921-74)と出会い、55年8月メキシコで結婚。翌年、娘イルディータ・ゲバラ=ガデア(1956-95)が生まれた。ゲバラは結婚直前の7月19日メキシコ市で、亡命者として到着し間もなかったフィデル・カストロ(1926-2016)と初めて会い、キューバ革命への参加が決まる。革命勝利後、イルダ母娘はハバナに移住、イルディータは後に、キューバに亡命していたメキシコ人左翼活動家アルベルト・サンチェスと結婚、カネックが生まれることになる。最もリベラルで激動に満ちた時代とされる20世紀第3・4半期(1951-75)にラ米で花咲いた邂逅の連鎖と革命が生んだ重厚な血統である。

幼い日のカネックはイタリア、キューバ、スペイン、メキシコを転々として暮らした。86年ハバナに戻り、多感な思春期から青年期にかけて10年を過ごす。特異すぎる出自と幼少期の流浪の体験によって培われた鋭い感性と深い思考力を経ながら依然、試行錯誤しているような生気のない社会主義体制に直面、苦悩する。本書第1部は、その時代を描いた『33レヴォルーションズ』、第2部は前記『シエテアニョス』など掌編(コント)5作品、および太田昌国執筆の解説で構成されている。カネックの発言・思想、背景の状況などを細かく綴るこの解説は、本書とキューバ革命の変遷の理解に役立つ優れた論考だ。

そこに紹介されているカネックの発言に、「僕にとり左翼とは右翼に対峙することを意味しない。権力に対峙するのだ」というのがある。右翼・超保守勢力が左翼を攻撃するのは、自分たちが帰属感を持つ権力に左翼が歯向かっているからということになる。キューバでは革命後、右翼は掃討されるか米国に逃げるかし「左翼だらけ」になった。カネックはそこに生まれた社会階級の上位者が「抑圧機構と、人民から遊離した官僚機構をつくった」と指摘する。キューバ政府と共産党は今、そんな権力構造を和らげ、市場経済が地味ながら機能し世代交代が急速に進む社会に適合させるべく憲法を大幅に改定する作業を進めている。カネックは短命の家系に背かず2015年初め40歳で早世した。もっと長生きし、「世代わり」期のキューバやメキシコに洞察の眼を向けてほしかった。(棚橋加奈江訳)

★カネック・サンチェス・ゲバラ(1974-2015)=革命家チェ・ゲバラの孫。幼少期からキューバ、欧州、メキシコを各地転々として暮らす。



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