head

公明新聞 2015年4月6日 評者:加藤めぐみ(明星大学教授)
産経新聞 2015年3月7日 評者:永井多恵子(ながい・たえこ)
朝日新聞 2015年2月3日
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
公明新聞 2015年4月6日 評者:加藤めぐみ(明星大学教授)

〈他者との共存の難しさ〉

ギリシャ系の従兄弟にそれぞれインド系、セルビア系の妻、ユダヤ系の友人、イスラム教に改宗した先住民アボリジニ男性と白人女性のカップル、レバノン系の同僚、ヴェトナム系の遊び仲間、ゲイとストレートの若者等々、登場人物があらゆる出自と背景を背負う本小説『スラップ』は、現代オーストラリアの多文化社会の縮図のようだ。物語は、パーティでその一人が他人の子どもをスラップ―平手打ちにしたことから、それぞれの考え方や立場、偏見や疑い、嫉妬や怒りが表面化していく様子を、8人の登場人物の目から描き出していく。

18世紀末からのイギリス植民地を経て20世紀初頭に独立したオーストラリアは、長い間イギリス系中心の排他的な政策をとっていたが、第二次大戦後の復興期に移民受けいれの方針を転換、非英語圏からの枠を拡大し、1973年以降から多文化主義を扱くぜとした。現在は政府が積極的に進める政策というより、すでに社会の現実となっている。著者チョルカスもギリシャ系移民の二世だ。父親は多くない給料の中からいつも本を買ってくれたが、英語が読めないので与えた本の中身が判らず、早くからヘンリー・ミラーを読むことになったという、まさに移民親子らしいエピソードもあるそうだ。

物語は、児童虐待かしつけかという平手打ち事件の受け止め方の違いにとどまらない。親と子の世代間ギャップ、老いと孤独、家族の崩壊、フェミニズムの行方、セクシュアリティとアイデンティティ、若者の不安と薬物使用といった、現代の日本社会にも共通するあらゆるテーマを提起する。さらに人種や民族間の偏見、差別、対立が加わり、単なる娯楽小説にはない複雑さと問題意識が浮かび上がる。

多文化社会オーストラリアは、他者との共存という大きな実験をしているといえる。それが成功か失敗かは未知数だが、本書は冴えた訳文で、その難しさや揺るぎを容赦なく突きつける強烈な作品だ。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
産経新聞 2015年3月7日 【書評倶楽部】 評者:永井多恵子(ながい・たえこ)

〈多文化国家・豪の日常が手近に〉

200以上の異なる民族の交じり合う国・オーストラリア。

近年の国勢調査によれば回答者の4分の1が2つの国を祖先にあげている。400種類の言葉が飛び交う日常とはどのようなものか、本著が手近に教えてくれる。

『スラップ』とは平手打ちのことだが、そんな物騒な「感情の爆発行為」がそれぞれの登場人物・ヘクター、アヌーク、ハリー、アイシャなど8人の周囲におとずれる瞬間を描いている。例えばパーティーの席上、ギリシャ系で自動車整備工から成功したハリーは子供の学校選択についてオーストラリア人のゲーリーに難癖をつけられていらだつ。今や財を成し子供を私立にやりたいのだ。ハリーは話題を切り替えるがゲーリーはしつこく食い下がる。パーティーの混乱の中、ついに、ハリーは傍若無人にわめくゲーリーの子供を「平手打ち」してしまう。

小説の構成は章ごとにひとりの人物の視点から語られる。相手を通して人間が複線的に浮かび上がる仕組みだ。ハリーのいとこ・ヘクターはその名の通りギリシャ神話に出てくるような美男の公務員、同性愛者につきまとわれることもあるほどだ。だがイギリス・インド系で獣医の妻・アイシャは本当に夫を愛しているのかどうか、自問自答している。そして、アジアでの獣医たちの国際会議で、隣にいつも席をとる中国・チェコ系カナダ人の獣医とつかの間の恋に落ちる。

「民族でいうとどんな家系なの?」「前にはそいつはカナダ人だけが訊(き)くような質問だと思ってたんだけどな…」と、初対面で民族のルーツをたずねるやりとりも興味深い。

夫と恋人との詳細な性の描写、そして日常化しているドラッグの存在、多文化を背景とした価値観の相対化など、未来の日本の姿も想念に浮かぶ。(クリストス・チョルカス著、湊圭史訳/現代企画室・2500円+税)

評者:永井多恵子(ながい・たえこ) 演劇ジャーナリスト。平成20年までNHK副会長。現在、せたがや文化財団理事長、国際演劇協会会長。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
朝日新聞 2015年2月3日

〈多文化の国で育んだ文学―こだわる「オーストラリアの英語」〉

オーストラリアの人気作家クリストス・チョルカス氏が、最新作『スラップ』(現代企画室)の邦訳版の刊行を記念して1月に来日し、東京都内で講演した。移民国家における多文化主義の可能性について語った。

『スラップ』は、パーティーで傍若無人に振る舞う他人の子どもの頬を平手打ちにするというささいな「事件」をきっかけに、人種間の偏見や怒りが噴出する物語。オーストラリアでベストセラーとなり、ドラマ化もされた。

自身も、両親がギリシャ出身の移民2世。オーストラリアでは、白人以外の民族を排斥する「白豪主義」が1973年まで続いた。65年生まれのチョルカス氏は、「南欧のギリシャ人は白人とは見なされなかった」。子どもの頃のその経験が、「民族的にも文学的にも宗教的にも多様性のある国なのに、それが文学に反映されていない」という自覚を促し、作家の道を進むきっかけになった。 オーストラリアでは昨年12月、イスラム過激派に共鳴するイラン出身の男がカフェに立てこもり、人質2人が死亡する事件が発生。講演は、パリの週刊新聞社襲撃事件の余波が続く中、開かれた。

チョルカス氏は、「多文化主義は、決して容易なものではない。2歩進んでも1歩下がるような歩み」とした上で、「白豪主義を乗り越え、多文化主義をある程度成功させた母国を誇りに思う」と語る。作家としての自身の使命について、「イギリス英語ではなく、多文化主義の象徴でもあるオーストラリア独自の英語で、文学を紡ぐこと」だと話した。(板垣麻衣子)



com 現代企画室 〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町15-8高木ビル204
TEL 03-3461-5082 FAX 03-3461-5083

Copyright (C) Gendaikikakushitsu. All Rights Reserved.