現代企画室編集長・太田昌国の発言のページです。世界と日本の、社会・政治・文化・思想・文学の状況についてのそのときどきの発言が逐一記録されます。「20~21」とは、世紀の変わり目を表わしています。
1998年の発言

◆北朝鮮「核疑惑騒動」の陰で蠢く者たち

◆目と心が腐るような右派言論から、一瞬遠く離れて

◆第三世界は死んだ、第三世界主義万歳!

◆時評「この国は危ない」と歌う中島みゆきを聞きながら

◆自称現実主義者たちの現実追随

◆伊藤俊也の作品としての『プライド 運命の瞬間』批判

◆98年度上半期読書アンケート

◆書評:市村弘正著『敗北の二十世紀』

◆「自由主義史観」を批判する〈場所〉

◆民族・植民地問題への覚醒

◆国策に奉仕する「〈知〉の技法」

◆「後方支援」は「武力の行使」にほかならない

◆ペルー日本大使公邸占拠事件とは日本にとって何であったか

◆個別と総体――いまの時代の特徴について

◆植民地支配責任を不問に付す「アイヌ文化振興法」の詐術

◆政治・軍事と社会的雰囲気の双方のレベルで、準備される戦争

◆朴慶植さんの事故死と、時代の拘束を解き放った60年代の遺産

◆書評:ガルシア=マルケス著『誘拐』(角川春樹事務所刊)

◆保守派総合雑誌の楽しみ方

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書評:ガルシア=マルケス著『誘拐』(角川春樹事務所刊)
「サンデー毎日」98年2月1日号掲載
太田昌国 


 麻薬取引は「帝国への復讐戦争だ」と嘯いた麻薬マフィアの首領がかつていた。その人物、コロンビアのメデジン・カルテルを率いるパブロ・エスコバルが言いたかったことは、次のようなことだ。麻薬は、需要があるからこそ製造・密輸される。主要な消費地である、豊かな北側の帝国にこそ問題があるというのに、貧しい生産地に罪を着せるのはお門違いというものではないのか。南側をほしいままに利用してきた帝国よ、麻薬に溺れて滅びの秋を迎えよ、と。

そのコロンビアで、一九九〇年から九一年にかけて十件にも及ぶジャーナリストたちの誘拐事件が起こった。密輸に関わっていた者でも投降すれば司法取引を行ない、罪を軽減するという方針を新大統領が打ち出した直後のことである。

権力の追及と離反者たちの寝返りで窮地に追い込まれていたエスコバルは対政府交渉を優位に展開するために、コロンビア社会の特権階級と結びついた人物を巧妙に選び出しながら連続的な誘拐作戦を実行したのだ。

 ガルシア=マルケスは、請われて、誘拐され六ヵ月間の幽閉生活をおくったひとりの人物の話を聞く。だがこれが他の九件の事件とも密接な繋がりのあることに気づいた彼は、可能なかぎりの当事者から話を聞いた。

かくして、誘拐された人びとの監禁生活を物語の主要な軸としつつ、彼(女)らを解放しようとする側と、有利な取引を模索するエスコバルの側との駆け引きの過程を描いたこの作品は生まれた。

 周知のように、ガルシア=マルケスの原点にはジャーナリズムにおける仕事がある。その力量が十分に発揮されている作品で面白い。だがその面白さを堪能するには、条件があるように思える。

この作品は「罪のない人たち、罪のある人たち両方」のコロンビア人に捧げられているが、前者を誘拐された人びと、後者をエスコバルたちと、単純には思い込まないという条件が。麻薬問題の構造はそれほどまでに複雑なのだ。 

(98年1月8日記)

 
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