城野医療刑務所看護士暴行事件

石塚 伸一


CPRのみなさんへ

 7月22日にドイツに来て約3週間になります。この間、永山さんたち4人の死 刑の執行があったりして、少し落ち込んでいたのですが、先週あたりから、天気も 良くなったので、行動的に刑務所周りの準備を始めています。
 すでにご存じかとは思いますか、城野医療刑務所の看護士暴行事件について、福 岡県弁護士会の正式の勧告書等が出ました。遠くにいて隔靴掻痒の気持ちなのです が、お盆休みに入ってしまって、その後が少々心配です。現在の私の感想を述べさ せてもらいますのでご検討下さい。


<城野医療刑務所看護士暴行事件についての福岡県弁護士会の勧告等について>

 今回の福岡弁護士会の勧告等については、長期にわたる熱心な調査と審議の結果 であり、行刑の密行性と情報の壁を乗り越えて得られた成果としてその粘り強い努 力に敬意を表する。  

 矯正当局については、再三の内部告発と事件の重大性にもかかわらず、最小限の 処分で問題を処理し、正式の行政処分および司法処分の後も、被害者のご遺族に対 して、謝罪も説明も行っていないことはきわめて遺憾であり、弁護士会からの勧告 があった以上、このような事件の再発を防止するためにも、ご遺族に対しても、ま た社会に対しても、誠意ある態度を示すべきであろう。また、「事件を隠蔽した可 能性がある」とも言われる幹部職員に対しては、遡ってきちんとした行政処分を検 討すべきであろう。

 検察庁については、異例の代行検視を認め、特別公務員傷害致死の可能性もある 事件の立証を不可能にしてしまった責任はきわめて重い。そればかりか、内部告発 後の捜査についても、刑務所の内部調査を優先させ、かつ、暴行についてだけの略 式命令にとどめた対応には、きわめて不透明なものがある。暴行と死との因果関係 の立証は不可能か、不適切な医療行為が特別公務員傷害致死罪に該当しないのかか 、隠蔽行為が虚偽診断書作成罪・公文書偽造罪・変死者密葬罪などの行為に当たら ないか、そして、時効の進行を中断るいは停止する事由はないかなどを再調査する ために、捜査を再開し、みずからの責任についても明確にすべきである。

 勧告等では触れられていないが、小倉簡易裁判所の責任についても言及しておく べきであろう。この事件が略式命令の請求のあった事件であったとしても、刑事訴 訟法第463条は、その事件が略式命令をすることが相当でないものであると裁判 所が判断したときには、通常後半手続を行わなければならないと規定している。本 件の刑事確定訴訟記録を閲覧してみれば、本件には様々な問題点があり、略式命令 が相当でない事件であることは明白である。本件のように被告人も、検察官も、周 囲の関係者も、できるだけ穏便に事件を処理したいという意図が明白な公務員の犯 罪については、憲法第82条の裁判の公開の原則の趣旨を生かし、公開法廷で審理 をすることが望ましいことは当然のことである。ましてや、被害者が死亡し、遺族 との示談等も成立していないこの種の事件を略式手続で処理することを認めた簡易 裁判所の対応は適切な裁量の範囲を著しく逸脱している。裁判所においても、この ような不透明な事件処理を防止する立法的・行政的処置を検討すべきである。

 マスコミ関係者については、今回の事件の報道が、きわめて厚い情報の壁に阻ま れていたにもかかわらず、秘密裏に処理されそうになっていた本件を調査・取材し 、刑事確定訴訟記録の閲覧等公式のルートを通じて、社会にこれを伝えたことは、 国民の知る権利の担い手として高く評価したい。しかし、本件の確定記録を独自に 閲覧したかぎりでは、被害者は軽微な財産犯罪のために刑務所に収容され、高血圧 等のために医療刑務所に移送されてきたのであり、「飯を減らしたら、ただではお かない」という言葉の一部分を引用して、被害者の粗暴性を連想させるような表現 を用いることには疑問がある。今後の被害者・加害者双方の関係者への取材等を含 め、人権の保障にご配慮ねがいたい。

 本件は、きわめて異例な経緯をたどった事件であり、法律学の見地からも重要な 事案である。通常、本件のような事件においては、記録の保管期間は、判決の確定 後3年であり、昨年12月にこの期間は経過している。したがって、法律上は、本 件記録がいつ廃棄されても不思議のない状況にある。法務大臣は、早急に本件記録 を刑事参考記録として保存すべきである。

 刑事司法の適正な運営は、司法関係当局者だけの努力で実現されるものではない 。一般市民の代表者で構成される検察審査会は、この事件の審査を開始すべきであ る。

 福岡弁護士会および日本弁護士会が、被害者およびそのご遺族の権利を守るため により具体的な支援を開始すること、そして、刑事施設の被収容者の権利を守るた めの市民団体がこれを支えていくことを強く希望します。
以上

1997年8月7日 ゲッティンゲン 石塚 伸一(北九州大学法学部教授・ゲッティンゲン大学客員教授)

事件の経緯と問題点については、拙緒『刑事政策のパラダイム転換』(現代人文社:1996年)149ページ以下参照。

この事件については、すでにヒューマンライツ・ウォッチ・プリズン問題担当の ジョアンナ・ウォシュラーさんが来日された際に、添付のような報告書を提出しています。
 また、本年5月来日されたアムネスティーインターナショナル・アジア調査員の ピエール・ロバートさんにも伝え、9月のアムネスティー本部(ロンドン)訪問の 際にも、事情を詳しく説明したいと思っています。