第3回監獄人権セミナー 市民が監視する拘禁施設
イギリス 市民による留置場巡察制度に学ぶ


来日したロド・モーガン教授(イギリス・ブリストル大学:刑事法)にイギリスでの市民ボランティアによる留置場巡察制度(レイビジター制度)について講演していただきました。(編集部)


《レイビジター制度を支える理論》

今回は、レイ・ビジター制度の具体的運用だけでなく、理論についてもお話したいと思います。なぜなら、理論は具体的な活動を正当化するものだからです。健全な民主主義とは選挙を繰り返すことだけでは足りず、手続きの各段階で市民が参加していくことが必要です。そうすることで政策を日々新たにしていくことができ、一方で市民は自分達の行っている理論と現実について学ぶ教育の機会にもなります。
この参加型の民主主義の議論は刑事司法で非常に重要なものです。国家は全国民のために機能しているものでなければなりませんが、そこには健全な疑いがなければなりません。特に刑事司法は国家が強制するもので、どんな人でも警察に捕まりそのもとに置かれる可能性があります。よって、刑事司法をモニターし、その社会全体にとってプラスになるように動いていくかどうか、信頼出来るかをチェックする必要があるのです。特に警察の拘禁施設・監獄は秘密性の高い場所なので、注意してみていかねばなりません。
イギリスでは刑事司法の中の参加型のシステムは幅広い状況の中で行われており、4つの特徴があります。1つめは英国の下級裁判所の"Magistrate"(マジストレイト、日本語訳では治安判事)で、これは普通の市民から構成されており、法的資格を持ったクラークからアドバイスを受けながら審理しています。イングランドとウェールズで計28,000人いますが、強制(≒刑事)裁判の95%を行っているのが一般の市民なのです。2つめは陪審員制です。マジストレイトの段階で処理出来ない複雑な事件については1年間に何千人もの陪審員が活躍しています。3つめはボード・オブ・ビジター(訪問者委員会)の制度で、この50%はマジストレイトです。そして、4つめがレイ・ビジター制度なのです。

《レイ・ビジター制度の歴史》

この制度ができた大きなきっかけは、70〜80年代にイギリスで頻発した誤判です。例えば、70年代に起こった殺人事件で3人の若者が捕まりました。そのうちの一人は15〜16才でしたが精神的に障害を持っていました。彼は親とも弁護士とも会うことができず、警察で長時間の尋問を受けました。警察は自白すれば家に帰してあげるといい自白させたのです。他の2人についても同様で、3人は裁判で有罪が確定し、終身刑となりました。しかし、その数年後に自分がやったという別の人間が現れたのです。これはスキャンダルとして上級判事による調査が行われ、法が改正されました。
もう一つきっかけとなった事件に、1991〜94年の警察に対する暴動があります。この暴動には若い黒人層が多く参加していました。ある調査の結果が、警察は黒人を差別的に扱い、暴力を振るっているという疑いを引き起こし、暴動のきっかけになったのです。
この時も、非常に尊敬されていた上級判事スカーマン卿が先頭に立って上級裁判所による調査が行われました。彼が、警察とコミュニティとの信頼関係を構築するシステムが必要と提言し、レイ・ビジターができたのです。
この時、警察の信頼性を高めるために様々な方策がとられました。私はこれをパッチワークのような方策と呼んでいます。1つがレイ・ビジター制度であり、2つめは警察証拠法の改正、3つめは"Community Consultation"と呼ばれる、警察の方針などを地域に説明していくシステム、4つめは、苦情申立をし、調査を要求できるシステムです。

《レイ・ビジター制度の具体的内容》

レイ・ビジターは一般市民のボランティアです。警察や警察を管轄する地方公共団体が広告を出し、そこで内容を説明し、人を募ります。レイ・ビジターの多くが20代ですが、これは被疑者のほとんどが15〜20才なので、信頼できる、話しやすいということがあります。また、民族的にマイノリティの人が入るように配慮されています。アイルラ ンドではレイ・ビジターの30〜40%が黒人あるいはカリブ海地域あるいはインド出身者です。このようなマイノリティ達は特に警察に対して疑いを持っているのです。
レイ・ビジターに選ばれるとまず警察から数時間の研修を受けます。警察証拠法・被疑者の権利・拘禁記録の記載事項を学び、自分達がどこまでやれるのかの限界を知ります。この後に身分証明書の交付を受けます。これには写真が入っており、任期が書いてあって最初は1年から2年のことが多いのです。警察署に着いたらこのカードを見せると被拘禁者のいる場所まで案内されます。従来は案内されるまで非常に時間がかかりました。しかしこれでは警察への疑いが増すことになり、その後警察がこのシステムを認めるようになると、このような時間の遅れはなくなりました。
次に訪問の頻度についてですが、これは場所によってまちまちです。一番頻繁なのはロンドンです。ロンドンのレイ・ビジターは非常にプロフェッショナルで、少なくとも1週間に1回は訪問し、異なる曜日や時間をローテーションさせて訪問しています。予告なしに金〜土曜日の朝や夜中の1時2時に訪問することができます。そうした時間には拘禁施設はいっぱいになっている可能性が高いのです。非常に重要なのはこの制度がスタートして13〜14年になりますが、警察署の留置所の壁に血が付いていたことがないことです。つまり、警察での暴力が行われなくなったのです。警察での暴力が全くないとは言えませんが、レイ・ビジターの存在により、以前に比べれば、暴力の可能性が非常に減ったといえます。
一方で、この制度は警察にとっても非常にメリットがあります。第一に、拘禁施設の物理的状況が良くなり、また警察官の労働条件も結果的に良くなりました。第二は警察の拘禁施設の不正使用について国会でロビー活動ができたことです。実は英国では監獄の人口が過剰になったため、警察の留置場を拘禁施設として使用する特例法をつくりました。しかし、シャワーや運動施設がないなど警察の留置場は長期間の拘禁を目的に作られてはいないので、長期拘禁には適しておらず、レイ・ビジター達が非常に強く反対しました。
上級の警察官たちは警察と一般社会との関係をよくするためにこの制度を非常にうまく使っています。一例をあげると、まず、イギリスでは事実上、黒人がドラッグの使用・供給を最も多く行っています。また、黒人の地域社会は非常に敏感に反応します。よって、ドラッグについて警察の強制捜査を行う場合にはレイ・ビジターに秘かに知らせ、逮捕手続きの一部始終を見てもらうようにします。そして、地域の人々が集まってきたり、反対の声があがったときには同じ地域から出たレイ・ビジターが群集に話をしたり、あとで新聞に談話を載せたりします。つまり、手続きが正しく行われた、暴力は行われなかったことや弁護士がちゃんとついたことを発表することで不穏な動きを抑える働きも持っているのです。
最後にボード・オブ・ビジターについて説明をします。これはレイ・ビジターとはまったく成り立ちが異なっています。1877年に監獄の管理が自治体あるいはマジストレイトから中央政府の管轄になりました。この時、マジストレイトから権限を奪うことになったので権限を一部残しておく必要がありました。そこでこのボード・オブ・ビジターという制度ができました。今のシステムでは各監獄に20人から50人の「ボードメンバー」(構成員)がいます。これは全て一般市民から成り立っており、50%がマジストレイトです。現在は2つの役割を持っています。一つは監獄法に基づき2週間に1回、定期的に監獄の調査を行います。これは国会が監獄の状況をよくしていきたいという意思がありますから、この意思を体現する、代行するということで調査を行うのです。昼夜いつ訪問してもよく、監獄のどの部分を見てもよく、被拘禁者と直接話をしてもよく、スタッフが聞いていないところで話が出来ます。彼らの権限には制限がありません。二つめは苦情申立の機能です。被収容者は、当局のやり方が公正でない自分の権利がちゃんと行使出来ない、不正な取り扱いを受けている場合には訪問時に直接ボードメンバーに言ったり、月に1回のミーティングで意見を述べることができるのです。
ボードメンバー達は年次報告書を書き、監獄の担当大臣に提出します。しかし、自分達が、問題だ="unhappy"だと考えた場合にはもっと頻繁に大臣に報告書を出すことができます。彼らには一般社会を代表してオープンに話をすることが奨励されているのです。

<質疑応答>

1)レイ・ビジター制度導入に向けて市民の意識を高めるためには何をしたらよいのでしょうか。

レイビジターのシステムは、地域社会に警察への不信感があり、チェックしなければならないという強烈な圧力があって導入されたケースが多いのです。たとえば、まだ一時的ながらオーストラリア・南アフリカで導入されています。オーストラリアでは、人口に占める先住民・アボリジニーの割合は1.4%に過ぎないのに、警察の被拘禁者に占めるの割合では33%にもなるのです。そのため、警察の留置場のアボリジニーが死亡した時には非常に厳しい調査が行われ、地元のグループが警察を訪問するようなシステムを作ってきているのです。日本については詳しくは分かりませんので、一言ではお答え出来ません。

2)被拘禁者は、自分の訴えがどのように処理されたのかは知ることができるのでしょうか。

監獄の場合は長期の拘留であり、何度か顔を合わせることができますので比較的容易です。しかし、警察の留置場の場合は、最高で5〜6時間しか拘留されず、逮捕された人の85%は6時間以内に他の場所に移されるので、レイ・ビジターと再会する機会はほとんどないことになります。よってレイ・ビジター制度は個々の拘禁者の安全装置としてはあまり有効な制度ではないといえます。むしろ一般的な安全装置として有効だと考えています。レイ・ビジター達が自分達のやったことを知らせていくのは直接個々の被拘禁者に話すというよりは年次報告書などの刊行物によって一般的な改善を知らせるという形になるのです。

3)どうして警察側がこのようにオープンな態度をとれるようになったのでしょうか。

いつ会えるかのタイミングは国によって異なりますが、弁護士が裁判前の被拘禁者に会い、房の中に入って触れたり、完全に秘密の状態で話ができないという国はヨーロッパにはどこにもないのです。しかし、このように警察に弁護士が自由に行けるようになったのはヨーロッパでもごく最近のことです。84年まではこのように自由に弁護士が行くことはできず、警察に裁量権がありました。通常は会わせてもらえないこともありました。80年代初頭では弁護士がクライアントに警察で会える可能性は2〜3%でしたが、最近はオープンになってきました。これには誤判が大きく影響しました。まず一般人が怒り、政治家が左右問わず怒り、裁判所も怒ったのです。あまりの誤判の多さに皆、警察が信じられなくなったのです。
現在は上級審に持っていったときに警察側が正当な手続きを踏んでいない場合には、警察証拠法に基づいて訴えは却下されてしまうのです。よって、警察に一番制裁を与えているのは裁判所なわけです。みなさんも裁判官に圧力をかけられてはいかがでしょうか。(了)