刑務官部会の設立について

坂本敏夫


刑務官の人権について考える機会を持つべく、現・元の刑務官及び矯正に関係ある方たちに呼び掛けたところ、約60%の方から回答があった。日時場所、出席者は明らかにしないが、はじめての会議を開くことができた。刑務官が上司等から違法・不当な取扱いを受けた実例を紹介し、援助を求める術を持たない刑務官個人を支援する手段について意見交換を行った。

《実例紹介》

1 奈良少年刑務所元刑務官(看守)A氏の裁判
A氏は1982年4月に刑務官になった。
1983年1月27日午前8時50分頃から刑務所の武道場で行われた護身術訓練で指導者から訓練科目にない相撲を取るよう命じられ、同僚Bさんと試合形式の相撲を取って技を掛けた。A氏の頭部はBさんの脇下に抱えられたまま動かせない状態であり、二人は折り重なるように畳の上に倒れた。
この時、A氏は頸椎を損傷し1985年6月3日まで入院した。四肢体感麻痺、尿路管理、直腸障害の後遺症を残し、生涯介助を要し、車椅子の生活を余儀なくされた。A氏は付添看護料、家屋改造等の特別出費、逸失利益、慰謝料などを求めた損害賠償請求訴訟を起こした。 1991年10月奈良地裁はA氏の訴えを一部認め、1億5千万円余りを支払うように命じた。国側は直ちに控訴した。1992年10月大阪高裁は刑務所及び武道指導者に安全義務違反はなかったとして、A氏の全面敗訴判決を言い渡した。A氏は上告したが、最高裁は上告を棄却し裁判は確定した。
奈良少年刑務所等は管理者としての責任を逃れるために、部下であるAさんを敵に回したのだろう。事故現場にいた職員全員を味方に付け証拠の隠蔽、捏造をした疑いが持たれる。 公務中の事故である。せめて裁判での和解をするなどの方法で刑務官が安心して働ける職場であることを示してもらいたかった。

2 過労死をした疑いのある刑務官(看守部長)の公務災害上申に当たっての虚偽報告事例
A氏の場合と同じような国の対応がいま問題となっている。C氏は本年2月24日午後5時40分、長野刑務所事務室で職務中に解離性大動脈瘤破裂で倒れ、手術後意識不明のまま3月11日に死亡した。C氏は50才。前年12月頃から残業が続いていたが、倒れた週は特に過激な勤務をしていた。21日は残業のため職場に泊まり、23日は宿直だった。倒れた24日は宿直明けである。
係長も病気療養で不在だったので、そのしわ寄せもあった。同僚の誰もが公務上の死亡であると認識していたが、長野刑務所が人事院に提出した上申書類の中身はひどいものだった。過労の事実を証明するものはほとんどなかったようである。幹部は、不当な勤務はさせていないという意図のもとに、都合の悪い部分を隠したのだろう。
C氏の直属の上司は35才の看守長で現場経験に乏しいが、階級意識が強く特に上官としての権威を示すタイプであるという。
本件は、CPRから弁護士を紹介してもらい係争中である。

3 支所長から監禁されて長時間の取調べ、暴行を受け、意に反する始末書を書かせられた事例
1992年7月札幌刑務支所(女子刑務所)のD子さん(看守)は、非常招集訓練で膝を負傷し、公務災害上申のための報告書を提出した。
保安課長(女性、1969年生、少年院出身)は、「これでは手続き出来ない」と言ってとりあわなかった。D子さんは、通院もできない不安を父に相談し、父を介して札幌矯正管区に訴えた。
その後、保安課長と支所長(男1936年生)の陰険ないじめが始まった。9月に2週間入院したが、その間、D子さんの勤務状況について、分かっただけで10名余りの受刑者から事情を聴き、数名の発言を調書にした。
10月5日支所長は夜勤明けのD子さんを午後1時に呼び出し、若干の取調べをし、受刑者がいる場所には一切立ち入りを禁じる旨言い渡した。
10月8日支部長は夜勤明けのD子さんを午後5時まで支所長室に監禁し、まったくニュアンスの違うスキンシップ的な行為や些細なことを「暴行した」「不要な私語を交わした」とする内容の録取書を仕上げ、髪を引っ張る等の暴行を加え、署名捺印させた。
D子さんは間もなく札幌刑務所に配置換えになった。D子さんは、自ら札幌矯正管区あてに上申書を提出し、事実調査と善処を訴えた。両成敗のような形で決着したが、謝罪の公示はなく、D子さんの名誉は回復されていない。

4 紙面の都合で1994年の栃木刑務所の実例2件について項目だけ記し、その余は省略する。
¥公務災害で骨折した看守に勤務を強要し、リハビリ中の勤務軽減をしなかった件。(関係者:処遇部長、首席(旧保安課長))
¥「子供はつくらないでね…」と看守部長に結婚退職をせまり、日付ぬきの退職願を書かせた件。(関係者:所長、処遇部長)

《会場で発言があった現在直面する問題》

種々の事項について発言がなされたが、ここでは被収容者の処遇に大きく関わる、係長以下の現場職員の問題を取り上げておく。
<1> 専門官体制における進級の基準があいまいで、いわゆる「上司の受け」による人選になっている。派閥の原因になり、反派閥の者が実例紹介のようないじめに遭っている。
<2> 本来の競争試験で進級した副看守長や、かつて職務能力に長けているところから特別に任命された副看守長の評価がなされなくなって意欲が低下している。

《今後の活動について》


基本的にはCPRの中で正規の部会として設立する。ただし、少年院及び少年鑑別所の職員についてもその対象とする。
CPRの中での部会の立場を、被拘禁者の人権侵害事件を扱うものと区別し、刑務官からの誤解を招かないようにする。獄中者の支援組織は刑務官にとっては、従来は敵対してきたものであり、CPRもその一つ又は取りまとめ団体ではないか?という程度の認識しかない現在では、無用の誤解を招くおそれがあるため。
監獄法改正運動に積極的に参画する。例えば、法務省案を現在の組織・施設建物・予算なども含めて総合的に検討を加え、刑務官の立場から積極的に発言していく。
4 矯正職員(少年施設も含む時は「矯正職員」という表現を用いる。)に対するCPRの効果的な広報を検討する。
当面は困っている職員に対する個別対応によって理解を深めていく。訴訟になる前の示談交渉あるいは仲介などを通して、第三者機関としての中立の立場にあることを明らかにしていく。
年内に第2回目の会合を開く。