オランダの刑事施設を訪ねて

海 渡 雄 一        
 

1 はじめに
 2001年9月に、東京3会の拘禁施設調査委員会でオランダの刑事施設を調査する機会があった。調査の対象となった機関と施設は次の通りである。
 24日 法務省矯正局
 25日 ノルドシンゲル拘置所
      麻薬常用者支援刑事施設(SOV)
 26日 保護観察所ユトレヒト
      TBS施設
 27日 ブクト刑務所(ドラッグサポート施設と高度保安施設を中心に)
 28日 ナイメーヘン大学 ピーター・タック教授によるTBS処分に関する講義
 今回の訪問には二つの目的があった。一つは法務省矯正局と日弁連の勉強会での議論に役立てるために、オランダの刑事施設における社会復帰のための処遇や保安警備と人権とのバランスの取り方などを調査してこようというものであり、もう一つは池田小における児童殺傷事件に端を発してにわかに導入が再燃している保安処分論議に役立てるためにオランダの触法精神障害者の処遇(TBS処分)について深めてこようというものだった。調査については詳細な報告書が作成される計画であるし、2月26日午後5時30分から霞ヶ関の弁護士会館5階508号室で報告会が予定されている。
 紙数にも限度があるので以下の報告では、TBS処分と触法精神障害者に関する部分は全体の報告書に譲ることにし、刑事施設に関連した報告に限定して報告することとする。
 
2 矯正システムの全体像
 オランダの刑事施設における一日平均収容者数は約12,000人で、年間の被収容者数は30,000人である。薬物歴のあるものは50パーセント、精神疾患のあるもの11パーセント、外国国籍のもの20パーセント、ホームレスが10パーセントとなっている。
 オランダにおいても、1960年代には4,000人だった施設定員が現在は3倍になっており、過剰収容は大きな問題である。
 
3 施設法の規範体系
 施設法の規範体系でトップにくるものはヨーロッパ人権条約であり、その次がオランダ憲法である。行刑の基本原則は拘禁と社会復帰のバランスをとることで、この二つの役割は同等に尊重されなければならないとされている。オランダの未決拘禁と既決拘禁の基本的法制度についてはピーター・タック教授の「自由と正義」2001年10月号と11月号に掲載された論稿を参照されたい。
4 ノルドシンゲル拘置所
 ロッテルダムの男性用拘置所。収容者数は400で、103パーセントの過剰収容。平均年齢は26歳と若い。28の国籍の外国人がおり、65パーセントを占めている。拘禁後108日以内に裁判が開始されることとなっており、平均滞在期間は5ヶ月。職員数は350人で、うち185人が看守である。未決被拘禁者は作業の義務はないがほとんどの者が作業についている。作業報酬は週29ギルダーで、1,500円程度だが清掃、厨房作業などは週50ギルダーとなっている。
 工場には音楽が流れている。スポーツは盛んで屋内、屋外でフットボール、バスケット、フィットネスなどが行われている。図書館には外国語の書籍が充実している。房は一人一房が原則で、広さは10平方メートルありかなり広い。ラジオ、テレビ(レンタル)、小鳥なども飼える。廊下に電話が設置されており、週に10分間外部に電話ができる。疑わしい場合は録音できることになっているが、いままでにやったことはないということであった。手紙には相手方、回数に制限がない。封筒内に法禁物が入っていないかどうか開封するが内容は読んでいない。面会は週1時間が認められている。面会室は大部屋で8つのテーブルを2人の看守が監視している。互いに抱擁することは認められている。
 懲罰はレクリエーションの停止、隔離房への収容(2週間以内)などがある。懲罰に不服のある場合は、裁判官・弁護士などで構成される施設監督委員会の一部である「不服委員会」に不服を申し立てることができる。
 
5 麻薬常用者支援刑事施設(SOV)
1)SOVとは
 オランダは大麻の少量の取引・所持・製造を解禁している。ヘロイン・コカイン・覚せい剤・LSDなどは売買は取り締まられているが、自己使用目的の所持は起訴されることは少なく、薬物乱用者に対する回復援助が優先されている。SOVは、軽微な犯罪に頻繁に関わる薬物常用者を対象とした社会復帰の支援のための施設である。公判前の勾留中に任意でこの施設に入所し、2年のプログラムを終了すれば判決自体を免除される仕組みとなっている。
 
2)段階的に開放化
 まだ、2000年に開設されたばかりの施設であり、短期収容施設と長期収容施設の2つの部分にはっきりと分けられている。短期施設は120名を3ヶ月収容する。長期収容施設は特別プログラムの実施に同意した人を最長2年間収容するもので訪問時は72人が収容されていた。長期施設では、プログラムの達成に伴って閉鎖ブロックから半開放型、開放型へと移していく。処遇のステージとその処遇を図示すると次の通りである。

 
目的
 
社会
 
生活
 
作業
時間
受け入れ期間 個別処遇計画の作成 院内
 
閉鎖
 
院内
 
第1段階 健全な心身 院内 閉鎖 院内
第2段階
 
新しい生活に備える 院内
 
開放
 
院外
 
第3段階
 
新しい生活の練習 院外
 
監視付
 き
院外
 
 
 閉鎖ブロックは通常の施設と変わりはない。第1段階の半開放ブロックは居室の鍵が内側についている。個人の独立を尊重した作りとなっている。第2段階の開放ブロックは社会一般の居室と同じ水準の居室・居間が設備されている。開放ブロックの中庭にはバーベキューの炉があり、グループごとに戸外パーティをするのだが、これがよく見える位置に半開放ブロックの教育室(絵を描いたりする部屋)があり、換気口からはバーベキューの匂いまで漂ってくる仕掛けとなっている。プログラムを達成してはやく広い庭でバーベキューを食べたいという動機付けとなっているのである。
 開放施設の生活は午前8時から午後5時まで仕事のために外出する。食事は外で買ってきて自分たちで調理する。外から帰ると尿チェックがある。
 第3段階では、施設外で生活する。週に一度SOVに出頭して尿検査を受ける必要がある。保護監察官が週に当初は数回家庭を訪問する。自由な生活に適応していることが示されれば、訪問の頻度は減っていく。すべてのプログラムが終了すれば彼は自由となり、判決が免除される。
 ここの面会室には有料の喫茶サービスがあり、このサービスにも被収容者が働いていた。
 
6 保護観察所と社会奉仕命令
1)ボランティアから発展した保護観察
 社会奉仕命令とは刑期6ヶ月以下の場合に240時間の社会奉仕作業を命じ、これを刑の執行に替える制度である。1年間に2万人が社会奉仕命令を受けており、保護観察所の支部がその監督に当たっている。オランダの保護観察所は1823年に設立されたが、出所後の仕事を斡旋するボランティアの民間団体として設立された。予算は全額が国庫から支出されているが、現在も民間の財団法人として組織されている。保護監察官1500人、年間予算は2億5千万ギルダーである。
 
2)オランダの森からアメリカン・オークを追い出せ
 ここで、見学したのはアモルスフォルトの森の復元のための社会奉仕作業であった。第二次世界大戦中に燃料用に伐採されてしまった森に植林を行う際に育ちの早いアメリカン・オークを植えたという。しかし、オランダの人たちは、このことを深く後悔しており、オランダ固有のオークの森を取り戻したいと考えている。アメリカン・オークを伐採してそこにオランダ・オークを植え替えていく作業が社会奉仕作業として、オランダ全土で50の森で同様の作業が行われているのである。この作業は市からの委託作業であり、市から保護観察所に報酬が支給されている。6〜10人の作業班が作業するところを三人の保護観察所職員が監督している。労働は無償でお茶以外は食事も出ない。1回の欠勤は警告、二回目はレポートの提出、三回目は刑務所に収容となる。
 保護観察所の説明では、刑務所拘禁では一日一人当たり300ギルダーかかるが、この作業では一日60ギルダーしかかからないと、経済的なことを強調された。
 
3)海外受刑者の支援も保護観察の仕事
 保護観察所の説明で興味深かったことは海外で受刑中のオランダ人のサポートが保護観察所の任務の一つとなっていることである。海外で受刑中のオランダ人は2500人であり、日本で17人が受刑中だという。外国での受刑には言語、文化、食事など多くの問題があり、社会復帰のための援助を提供しているという。保護観察所では世界中にボランティアスタッフが2500人がいて、受刑者を直接訪問してもらっているという。日本では、ボランティアスタッフが面会することが認められていない。日本の刑務所について食事や医療に関する不満はないが、人格を作り直す教育が強いられていて、自由を愛するオランダ人には厳しいという評だった。国家機関が海外での自国民の受刑にここまで配慮している国は珍しいであろう。
 
7 ブクト刑務所
1)歴史
 この施設は1942年、第二次世界大戦中に建てられた。もともとはドイツ軍のSSの施設であった。逮捕された者をポーランドに送る前に一時的に拘禁しておくための施設であった。
 1945年から1949年まではここはナチ協力者を収容する施設となっていた。1949年からは18〜22、23歳の青年を収容する施設となった。16、17歳の少年は原則として収容されていないが、犯罪の性質や精神科医の判断によって16、17歳の少年も収容することができる。
 1980年代の後半に拘禁の定員の不足が生じた。1991年には定員が約700人に拡充された。現在の収容率は103パーセントである。スタッフ数は650人である。
 
2)未既決入り乱れ、細分化されたレジーム
 この施設は6のセクションに分かれている。
 より正確には14のセクションがある。
 以下は所長から頂いた各グループごとの定員と一人当たりの予算、全体予算である。

 

 
定員
 
一人当たりの予算 全体の予算
 
1
 
通常の既決レジーム
188

125.17

8,589,165
2
 
通常の未決レジーム
89

123.34

4,006,700
3
 
ドラッグ対策既決(VBA)
24

141.05

1,235,598
4
 
ドラッグ対策未決(VBA)
12

141.05

618,675
5
 
高度保安既決(EBI)
12

480.16

2,103,101
6
 
高度保安未決(EBI)
12

480.16

2,103,101
7 限定交流既決 44 161.80 2,598,508
8 通常若年既決 84 132.56 4,064,290
9 通常若年未決 72 133.39 3,505,489
10 個人処遇既決 16 157.51 919,858
11 個人処遇未決 8 154.34 450,673
12 攻撃的人格既決 16 190.15 1,110,476
13 移送待ち未決 11 192.11 771,322
14 若年限定交流 12 161.80 708,684
総  計 600 32,838,200
予算の単位はユーロ、総計額には予備費を含む。
 
3)非常に厳しいセキュリティ
 大変厳重な警備体制の刑務所である。まず、全体が二重の塀で囲まれており、その中に、いくつもの刑務所が建設されている。すべてのドアは遠隔操作で開閉される仕組みとなっている。何か問題が発生するとドアは開かなくなる仕組みになっている。かつては、職員用のドアは職員が鍵を持っていたので、職員を人質に取れば簡単に出られた。しかし、今は職員用のドアも鍵が遠隔操作で中央制御室で顔と声を確かめてから、開けるというやり方になった。「皆さんも、中に入って、何かあったら出られないかも」と職員は冗談まじりにこの刑務所の厳しいセキュリティ体制を説明してくれた。とはいっても、一歩中に足を踏み入れるととても明るい雰囲気に驚く。エントランスには子供の声がこだましていて、面会の待合室だろうと思われる。ここから、何度もドアをくぐり抜け、別の建物へと向かう。
 
4)プリズン・イン・プリズン(重警備刑務所)の説明
@ 事前説明
 今回の訪問で最も印象に残ったのは重警備棟の視察であった。これまでの数多くの弁護士会の海外視察でも重警備刑務所の視察ができたケースはない。非常に貴重な経験であり、今後の規律秩序に関する法務省との協議にも有益と考えられるので、できるだけ詳細にレポートすることとしよう。
 重警備の区画は単位が5房になっている。この区画に4人を収容する。一つ余裕があるのは、房内の検査の際などに使うためである。中に入るのにいくつもの扉を通過して、時間がかかる。被拘禁者は4人のグループ内は相互に交流することができる。家族面会も仕切りを通して行うのが原則であるが、月に一度は仕切のないところで認めている。弁護人接見も仕切りを通してとなる。たまにこの区画から外に出ることもあるが、その際は収容者1人について3人のスタッフがつく。完全に孤独(孤立)の処遇ではなく、スポーツや作業、図書館で他の収容者と交流ができる。普通の被拘禁者についてはプログラムの時間はあらかじめ決まっている。しかしここの被拘禁者についてはプログラムの時間を本人に教えない。逃走などの事故を防ぐためである。週78時間の活動を法律が定めている。週20時間の作業、スポーツの時間、面会の時間、礼拝の時間、1日1時間の屋外散歩など、内容は普通の収容者もここの収容者も同じにしなければならない。スポーツのためのジムなども設備されている。スポーツはインストラクターはガラスの壁を隔てて指導する。医師等の診療の間にも必ずガラスの壁を通じてか看守が立会うこととなる。礼拝や学習の時も同様である。面会内容もテープ録音する。しかし 弁護士、ソーシャルワーカーについては法の規則により録音できない。週2時間の屋内スポーツの時間がある。しかし、収容者は居房にいることを好むようだ。特に問題なければ、面会は1か月に1回ガラスの壁も立会もなしで行なわれる。そこには、ベッドとシャワーもあるし、イスや机もある。ドラッグの問題があると、このような面会は許されない。このような面会の後は尿検査する取り扱いとなっている。
 被拘禁者の不服として多いのは、ガラスを隔てた面会についてである。ガラス版のない面会の場合、握手は認められる。キスはだめである。その理由はキスをしてドラッグを受け渡すからである。多くの被拘禁者は子供を膝の上乗せたがるが、これは認められない。それは、子供には薬物などの隠し場所がいっぱいあるからである。
 以前は、施設毎に重警備施設があった。しかし、その場合共通の廊下を歩かせることになる。そのため、看守の耳に鉛筆を差し込むなどして、人質に取る事件がたびたび起こった。看守が武器を持ち込んだケースもある。ここでは逃走事件はない。しかし計画はいくつかあったようだ。
 弁護士からの手紙は開けてはいけないことになっている。しかし、弁護士は信頼できない。出してない手紙の返事が来る。そのような場合、弁護士会会長に開披する許可もらってチェックする。
 
A 見学経路に沿って 
 <保安システム>
 看守の誰も錠を持ってない。中央でテレビカメラで確認して、操作して開ける。1つドアが開くと他のドアは全部閉まる仕組みになっている。鍵を持った職員を人質を取って鍵を開けさせることを防止するためのシステムである。
 <生活空間の構成>
 被拘禁者が生活している区画はまず、6つの房が並び、その前に廊下がある。廊下前には防弾ガラスがあり、その前はスポーツルームがあり、ジムが設備されている。この区画と外部の戸外運動の区画がやはり大きな防弾ガラスで仕切られており、ドアでつながっている。また、運動スペースから階段で二階に上がることができ房の二階には様々な活動を行う部屋と台所などが設備されている。つまり、スポーツルームと戸外運動の区画は二階分の高さがあるということである
 <スポーツルーム>
 ガラス壁越しにインストラクターが指導する。ガラスの厚みは約10センチもある。運動設備はずいぶんそろっている。さらにその外側に戸外運動場がある。戸外運動場は高い塀に囲まれており、塀の上にはヘリコプターでの奪取を防ぐために、金属メッシュが設備されている。運動は最大4人一緒に行なう。
 <房>
 一つの区画には6つの房があるが4人しか使用しないことになっている。
 スタッフが房の扉のキーを差し込み、さらに中央がスイッチを操作しないとロックが解除されない仕組みになっている。シャワー付である。家具は全て動かないよう固定されている。ベッド、机、シャワー、棚、トイレなどすべて固定されている。毎日房内を職員がチェックする。武器の制作等がないかどうかをみる。
 <電話室>
 運動室の隅の壁の中に電話設備があった。電話のダイヤル・ボタンはなく、受話器とマイクが壁に埋め込まれている。ダイヤルはコントロールルームでコントロールしていて、番号を言って掛けてもらう。10分で切れる。
 <4人での共同活動>
 台所は一回に1人だけしか使えない。刃物を使うため。食物もリストから買える。喫煙室、ゲーム・ワークショップ・コンピューター室などは4人まで一緒に活動できる。週に1回買物が可能である。リストをスタッフに渡して刑務所内売店で買う。
 作業は単純作業で、例えばカーテンのホック付け等をやっている。今いる人では5年が最長である。ここの後は通常の警備施設に移送になる。
 <面会設備>
 面会は、先に受刑者を部屋に入れ、次に面会人(3人まで)を入れ、その時点から時間を計測する。週1時間、2週分まとめて2時間やっても良い。面会室は4つあった。16人に4つである。セキュリティに関する会話は禁止されている。4つある面会室の真ん中の通路(ガラス越し)に看守のいる小さな室があり、その壁はマジックスクリーンになっている。通常の面会は聴くことができる。ガラスの看守側にスクリーンがあり、これは弁護人の面会の際にはスクリーンをおろす。この場合は、内容を聞かない。
 <体育館>
 ジムの外に本格的な体育館がある。インストラクターもいる。バレーボールは1コート分の広さがあり、1人1人入ってくる。最大4人まで入れる。インストラクターと被拘禁者はインターコムで会話する。トレーナーも人質に取られないように、体育館内には入らない。バドミントン・テニス・ボクシングなども可能である。
 <その他>
 1セルに3000万ギルダーの建築費が掛かっている。防火システムは消防車は中まで入れないので、自前の消防システムを備えている。食事は1人でとる。
B 質疑応答
 <重警備の対象者は>
    1.組織リーダー
    2.残酷犯罪
    3.精神病で残酷犯罪
    4.外国で暴力的逃亡歴
 
 <誰が、どうやって判断するのか>
 ここに収容するという決定はハーグのセレクションオフィサーが行う。判断は困難なので、多くの情報を集める。ポリス、シークレットエージェンシーの情報も集める。
 その後の処遇については、ハーグのセレクションオフィサーからも情報をもらう。毎月1回本人と話し合いを行なう。その結果に基づいて、6か月に1回このままスティかここから出すかを判断する。
 <このシステムはどのように評価されているか>
 セキュリティはクローズド・ドア・システムが基本である。何か異変があれば鍵は一度に閉まってしまう。このシステムにしてから、人質事件は起こっていない。一人の人を長く置いておくことはしない。最長で20ヶ月ぐらいである。懲罰事例はあまりない。被拘禁者ではなく、外の人間がで所長を脅迫した事例はある。
 だれも、このようなシステムが良いとは思っていない。しかし、オランダ全体でわずか16人しかいないと言うことをよく理解してほしい。このようなシステムを持つことによって、他の被拘禁者の自由を守ることができるのだ。
 
Cヨーロッパ拷問防止委員会の評価と所長の見解 
 メレンキャンプ所長が配布されたこの重警備棟についての説明資料末尾には次のような記載がある。
「ヨーロッパ評議会の拷問防止委員会が1998年にEBIを訪問して、このレジームを厳しく批判し、ある側面は非人間的と呼ばれた。弁護士、Doctor of Confidence、Prison Ministerの間での厳しい批判は新聞にも報道され、EBIについての否定的な見方を作った。しかし、このような批判は物事の他の面を見ようとせず、事実に基づかないものであった。
 EBIの始まりの時の予測とは対照的に、EBIに収容されるものの数は減少し、19名となっている(訳注 私たちの訪問した2001年9月には16人であった)。
 EBIの被拘禁者が他の施設に移送された後に、「歩く時限爆弾」のように振る舞っているという兆候はない。
 同僚の被拘禁者による被拘禁者の殺人の後に実施されたヘルスケアに関する国立監察官の調査によると、この刑務所のケアシステムは非常に包括的で慎重なものであるとされている(2000年5月)。また、ナイメーヘン大学の調査は、このケアシステムが非常に慎重なものであり、やるべきことを成し遂げていることを示している(2000年6月)。」
 
5)ドラッグユースサポート D.V.A
 この施設の中には薬物使用者の社会復帰を支援する区画もあった。
 48セル(房)あり、18〜45才の男性を収容している。未決と既決の両方の被拘禁者用の区画に分かれている。ソフトドラッグとハードドラッグは分けている。(所長からもらった分類ごとの定員表では既決24、未決12となっている。しかし、現場での説明では4グループ48名ということであった。さらに定員を増やしたのであろう。)
 この区画はドラッグ・ギャンブル等の嗜癖のある人の自立のためのサポートのための施設である。新しい生活本当に望んでいる、他の人と違う被拘禁者を選び出して、ここで共同生活を送る。この施設専門の面会室が等ある。精神科医もついている。一般の被拘禁者と区別している。
 13年前に24人ではじめた。当時被拘禁者の65パーセントが薬物の中毒患者であったことがはじめたきっかけである。ユニットは全部で4つある。
1 最初の3〜4週間 インカム モチベーションチェックのグループ
  個人がどのような問題を抱えているか、ドラッグを使った理由、どうして立ち直る気持ちになったのかを把握する。この段階はグループ活動である。このあと、次の3つのグループに分かれる。
2 個人処遇のグループ(他の被拘禁者とうまくコミュニケートできない人たちのグループ)
3 グループ処遇で未決
4 グループ処遇で既決
 この区画では、処遇の仕組みをグループリーダーの職員と一緒ではあったが5〜6名の被拘禁者が自ら、英語で説明してくれた。年齢的にも、若い者と比較的年輩の者が力を合わせて仲良く暮らしている雰囲気が伝わってきた。
 一つのグループの活動として、4か月滞在する。12人1グループで生活する。時に問題が起きると、個別に対応する。皆が自分の問題点・バックグラウンド・家族について話したりする。互いに質問する。4ヶ月で必ず出られるわけではない。
 最初4〜6週間プレゼンテーションにかける。壁に自分のことを紙に書いたものを貼る。ここに、バックグランド・家族・教育・仕事・自分のドラッグやギャンブルなどの問題を書く。このような過程を通じて、問題点をグループで共有する。このリビングスペースに座って、みんなで話し合う。外部から来たソーシャルワーカーに話すこともあるが、グループで話すことに効果がある。つまり、お互いが、パーソナルなカウンセラーの役割を担うことになる。
 尿検査は最低週3回行う。この区画にあるトイレで行う。マジックミラー越しに人が見ているので、恥ずかしい。メンバーの中で、誰かがドラッグを使用していることが露見すればそのプログラムは全体が終了する。
 ここに来ている受刑者はグループリーダーの職員がノーマルのユニットを回って、このユニットでやっていることを説明して、志望者を募って、志望者の中から選ぶ。ここは、スポーツの時間も多く、安易に志願する者もいる。グループリーダーは本当に立ち直るつもりか、動機がしっかりしているかを見極める。また、尿検査を受けるつもりがあるということも、確認する。
 このグループリーダーは刑務所の職員なのであるが、グループの一員のようであり、皆の兄貴分という感じである。服装も受刑者と替わらず、最初は職員とわからないほど、グループに溶け込んでいる。
 個々人が行なわなければならないことが決められている。ランドリーとか皿洗いとか。このような活動を行なっているかどうかは、同じグループの他の被拘禁者がチェックする(例えば、時間通りコーヒーが準備されるかどうか。準備されなければその日は全員がコーヒーを飲めなくなる。)。仲間に対する責任感を通じて、立ち直る気力を持続させようとしていると考えられる。
 プログラムが完了すれば釈放される。釈放後もフォローアップはされる。プログラムの期間は6週〜1.5年。平均5〜6か月である。スポーツは共同作業として、コミュニケーションをとらせる方法としても効果的である。フィットネス、バレーボール、バスケット、ベースボールなどをやっている。
 社会に適応していくための教育もする。例えば、ドラッグに結びついていってしまう考えの志向を変えるようにする。自分では気づかなかったような問題点を先生や仲間から教えられる。問題の解決方法を、暴力でなく話し合いで解決する方法を学んでいく。 未・既決は同じプログラムであるが、人は分けている。これまでは、このようなプログラムは刑が確定してからやっていた。しかし、それでは遅すぎる。
 房を見せてもらう。ベッド、机、イス、スナック、テレビ、ラジカセなどが置かれており、日本より床面積はやや広い。
 
8 まとめ
 このようなオランダにおける多様な処遇は、今後の日本における刑事拘禁のあり方や処遇プログラムの改善にとって、極めて意義深いものといえよう。これらの成果を今後日弁連と法務省との刑事処遇に関する勉強会などにも役立てていきたい。