「監獄人権センターセミナー2001」報告(5・26、於:東京)

刑務所内での人権NGOの活動・イギリス

福島 至 (龍谷大学法学部教授)  


司会:それでは、福島至さんからお話をいただきます。福島さんは、つい最近までイギリスで研究し、「イングランド・ウェールズ検死陪審法廷―被拘禁者の死亡原因の究明」(『季刊刑事弁護』第25号118頁)という論文でイギリスの法制度とNGOについて発表されています。刑事訴訟法が専攻、大学の先生でありながら、アムネスティインターナショナルやわが監獄人権センターのメンバーとしても非常に積極的に活動していただいています。よろしくお願いいたします。

刑確定後の適正手続
 こんにちは福島です。龍谷大学で刑事訴訟法を担当しております。私は御紹介にありましたように、イギリスと言いますか、イングランドのブリストル大学に99年の9月末から2001年3月末まで客員教授で行っておりまして、1年半にわたって向こうで研究活動をしてまいりました。専門は刑事訴訟法で、しかもこれまでの著書は『略式手続の研究』と『コンメンタール刑事確定訴訟記録法』ですから、直接的には監獄とは関係ないんです。ただ私自身の関心は、イギリスに行く前には刑の執行手続きを適正化するということが中心でした。刑事訴訟法というのは刑が確定するまでをカバーすると思われているけれども、あの法律をよく見ると「刑の執行」というところも条文として載っている。しかし、これまでは刑訴法学からはほとんど手付かずのままだった。ですから、刑確定後の適正手続きというのももっと考えるべきではないかという問題意識から、それを研究テーマとしてきました。
 本来は、図書館の中にもぐり込んでいろいろな文献をコピーして、それを読解するという形で研究を行います。しかし考えてみると、今はインターネットに代表される時代ですから、イギリスで同じような方法をとるのはもったいない。そんなのは別に日本の国内にいてもできるだろうと思い、向こうにいるからこそできる方法をとろうと思いました。私自身、市民運動というかNGO活動にいろいろとかかわっていたこともあって、活発な向こうのNGO活動に接して、その運動を担っている人とお友達になることと、なるべく現場を見てまわるということを心がけてきました。現在も向こうのいくつかのNGOのメンバーになっていて、資料が送られてきています。今後はそれらから継続的に情報を集めて、研究を進めていこうというふうに思っています。
 今日は「刑務所内での人権NGO活動・イギリス」というテーマですが、1年半にわたる私の「NGOまわり」をここで全部お話しするということは難しいので、ざっと概括的なお話をして、近年、日本でも被拘禁者の死亡、特に自殺問題がだいぶ多くなっているようですから、それとの関わりでのNGO活動として「インクエスト」(INQUEST)等を紹介しようと思います。

1 刑事司法問題に関わるNGO─概観

 刑事司法問題にかかわるNGOとしてどんなものがあるかというのを概観したいと思います。イギリスといっても法制度が国内で違っていまして、イングランド・ウェールズとスコットランドと北アイルランド、大きく分けて三つの法制度があります。NGOの中には全国的な活動を展開しているところもありますが、法制度が違うということもありまして、専らイングランド・ウェールズを対象にしているNGOが多いといえます。
(1)包括的な人権団体
 さて、私もAmnesty International(アムネスティ・インターナショナル)のメンバーですが、「包括的な人権団体」を最初に掲げておきました。これは、人権問題について非常に幅広い領域で活動している団体で、それが刑務所内における人権侵害、拷問とかそういった問題について発言をする、ロビー活動をする、提言をするというような形で関わってくる団体です。国際的な団体であるアムネスティ・インターナショナルも、イギリス国内の刑務所内での人権侵害などについて発言をしています。向こうでは刑務所だけではなく拘置所、警察署、つまり未決の人も含めてそういうところで亡くなるケースというのが年間100人を超えるわけで、それはもちろん自殺だけではなく、中には人種差別などマイノリティーの人が同房者に殴られて殺されるとか、あるいは刑務官に虐待されて亡くなるといったケースももちろん含んでおりますので、人種問題も含めた形で、こういった包括的な人権団体を取り上げているということです。
 国内的な全国的なレベルの「包括的な人権団体」としては有名なものでLiberty(リバティ)というのがあります。メンバーは法律家が多いですけれども、法律家だけにとどまらないかなり幅広いメンバーを含みます。7年前だったか、イギリスでは黙秘権を制限する法案が出まして可決されたんですが、その時にリバティなども相当な反対をしたという歴史があります。
 それからJustice(ジャスティス)、これは日本でも有名ですが国際法律家団体のイギリス支部としての役割を果たしていますけれども、これはもっぱら法律家の団体です。向こうでは弁護士は、法廷に立つことを職域としているバリスター(法廷弁護士)と、それからそうでない弁護士、ソリシター(事務弁護士)の二つに分かれていますけれども、その人たちが多く参加している人権団体で、法律問題に関わることを取り上げています。
 それからLegal Action Group(リーガル・アクション・グループ)、これも法律家が多いですね。『リーガル・アクション』という雑誌を出していて、その中でも刑務所内での人権問題について発言をしています。これは政治的には、だいたい保守党じゃない人たちの集まりではないかと思われます。これらは一般的な人権団体ですので、そういう団体もこうしたことを取り扱っているということです。
(2)もっぱら刑事司法問題を取り扱うNGO
 2番目はもっぱら刑事司法にかかわる問題を取り扱うNGOとして、最初にHoward League for Penal Reform(ハワード・リーグ)をあげました。これは非常に歴史が古くて老舗のNGOですね。『ハワード・ジャーナル』という雑誌を出していることで有名ですし、もともとこれはジョン・ハワードというイギリスでの刑務所改革運動をした人にちなんで出来上がった団体で、この名称になったのは確か1930年ぐらいだったと思います。刑罰改革に取り組む団体ですね。リーグというのはもともと二つあった団体が合併したために、名付けられたと記憶しています。ここはメンバーも非常に多いですし、カンファレンス(研究集会)を主催します。NGOがカンファレンスを主催するのは、日本では少ないですが、向こうに行くと非常に目につきます。日本の多くの学会は専門職である学者によって大多数が占められていますが、カンファレンスは学会とはちょっと違って、大学の先生、NGOの活動家、弁護士、それから刑務所とか警察署からの専門家、保護観察官とか刑務官とか刑務所長とか警察の本部長とかプリズン・サービス(刑務所庁)の官僚も含めて、みんなが集まってきて会議をやります。そこではそれぞれの意見交換とか厳しい議論とかもするんですが、かなり実のある議論もしています。日本ではちょっとなかなかそういう場というのは作れない状況がありますけれども、向こうではそれは頻繁に行われています。ハワード・リーグも年に1回大きなカンファレンスを2日間にわたってやります。ただハワード・リーグは老舗なので必ず毎年の会議はオックスフォードのカレッジの中でやるという、そういうものです。非常に有名ですが老舗なので新しいNGOとはややソリが合わないところがあるように私にはちょっと感じました。今このハワード・リーグの事務局長の人は、前はアムネスティのイギリス支部の事務局に勤めていたと聞いています。
 つぎにPrison Reform Trust(プリズン・リフォーム・トラスト)です。簡単に申し上げますと、20年前にできたNGOで、刑務所改革に取り組むトラスト、日本ではなかなかトラストというと分かりにくいかもしれませんが、有名なのはナショナルトラストですね。このように自然保護もトラストでやっていますし、NHSといって国民保険、日本でいえば医療保険のもとで各地にある多数の病院もトラストによって運営されていますし、例えば相続財産なんかもトラストになったりするわけです。この団体も、そういったような財団と言いますか、法人格をもってやっています。活動としては刑務所改革に取り組むということで、受刑者の相談に乗ったりとか、出版活動、それから政策提言活動をしています。プリズン・リフォーム・トラストの事務局員は10人あまりです。
 それからPrisoners' Advice Service(プリズナーズ・アドバイス・サービス)です。これは非常に小さな団体で、事務局員は3人か4人です。
 それからNACRO(ナクロ)。非常に大きな団体で、関わっている人の数は何千人にも上ります。もっぱら受刑者の社会復帰に助力するというのが活動の中心です。ナクロ自体がホステル、中間施設といいますか、仮釈放になった人が社会復帰するまでの間、家を借りたりするのは非常に難しいですから、そのための家をナクロ自体がもっていて、日本でいうと保護会のようなことをやっています。実はその保護事業をやっていることで、プリズン・サービス(刑務所庁)から業務委託というべきか、お金をもらっている格好にもなっています。
 それから次、CCJS(Centre for Criminal Justice Studies)です。ここは、刑事司法研究センターと訳することができるでしょう。もっぱら研究中心の活動をしていますが、ロンドン大学のキングスカレッジに付属する研究所でありながらNGOでもある。つまり研究所という性格を持ちながら、一方でいろいろとメンバーを募ってお金を集めて、それ自体で活動する。ここは他のNGOとは違って研究調査活動が中心ですので、ロビー活動ですね、要するに政策提言をして、こういう政策をとれというような、いわば政治的な活動はしない。もっとも、このセンターは2001年の1月に、どのようにして被拘禁者の死亡を防止すべきかというテーマでカンファレンスをやりました。私も参加してきました。直接政治的な活動はしないけれども、CCJSがどういうテーマを取り上げるのかということで、いわばある意味での発信というか提言的なもの、プレゼンテーションをやっているわけです。
(3)特定の課題に絞ったもの─家族の救援、被害者の救援なども含む
 3番目が、もう少し特定の課題に絞った特化したNGOというのがあるというふうに感じました。それは受刑者家族の救援を課題としているところとか、あるいは犯罪被害者の救援などを中心にしているところです。有名なところではVictim Support(ビクティム・サポート)ですね。日本でも被害者援助団体として紹介されていますが、これは私のいたブリストルという町から、27年前に発足したものです。これ自体は、ナクロにいた人たちの中から作られてきたという側面があります。
 次がINQUEST(インクエスト)ですね。これは被拘禁者の死亡、その死亡した場合の家族・遺族の救援、それから原因の究明を目的にしています。また後ほど説明いたします。
 次が、Prisoners' Families and Friends(プリズナーズ・ファミリーズ・アンド・フレンズ)。受刑者、被収容者の家族ですとか友達、そういった人たちを支援するNGOです。具体的にどういう活動をやってるかというと、面会に行こうと思っても自分の友達なり、家族である被収容者が入れられている場所が非常に遠かったりするとそこに行くお金がない、その場合に金銭的な援助をする。また、そもそもどうやって施設にいけばいいのかわからない人もいるので、その人たちに情報を提供する。これまで日本では、だいたい収容される場所というのは刑が確定した裁判所の近くの刑務所ですが、イングランド・ウェールズでは非常に遠くのところ、自宅から非常に離れたところに収容されてしまうということがあって、それ自体非常に問題になっています。そういう人たちの家族、友達を支援するために専ら活動をしているということであります。
 Women in Prison(ウイミン・イン・プリズン)、これは今回は行かなかったのですが、前回イギリスに行ったときに訪問しました。イングランド・ウェールズではもうひとつ問題があって、非常に女子の被収容者数が多い。特にマイノリティーの女性については、ちょっとした万引きでもすぐ拘禁刑が言い渡される可能性があって、そういう人たちが抱える固有の問題もあります。ホロウェイ刑務所は、有名なロンドンの古い刑務所ですが、そこにはマザーズ・ユニットといって生後1年6カ月までの赤ん坊を育てられる区画があります。そういったところで子供を育てる女性受刑者の支援をします。また、その期間を過ぎると子供が母親から切り離されることになりますので、母と子の関係がいろいろな問題を抱えることになる。そういったことが最悪に展開すると、今度はその子供が犯罪を犯す。そのような負のサイクルに陥らないように支援する。ここも非常に小さい団体でした。たしか事務局員は2人か3人しかいません。
 最後にSamaritans(サマリタンズ)と書きましたが、これは被拘禁者の死亡に関わるのでここに取り上げました。この団体は、別に刑事司法にかかわる人権団体というわけではありません。日本で相当する団体といえば、「いのちの電話」でしょうか。自殺をしようかと考えている人や絶望している人たちに対して、24時間電話などで相談を受け付けている団体です。クリスチャン団体です。50年くらい前にできた団体で、向こうでは非常に有名な団体です。実はここでご紹介したのは、ここ最近刑務所の中で自殺をする人が非常に多い。イングランド・ウェールズだけで年間100人くらいになっています。それを防止するためにに直接獄中からダイレクトに相談の電話がかけられるようになっています。これは専用の電話が刑務所内にあって「電話をしたい」と言えば、刑務官は必ずそこへ連れていって無料で受刑者がサマリタンズに電話をするということが、全施設で実行されています。特に収容されたばかりの人が自殺をしたくなるということに注目して、被拘禁者へのサービスを強化している。もちろん、この団体にも刑務所庁からお金が出ています。また、電話相談と並行して、日本ではあまり考えられないのですが、サマリタンズの人が各刑務所に行って受刑者の中からカウンセリングをする人をトレーニングして育てています。所内の同じ受刑者の中から、サマリタンズのリスナー(聞き手)としてのトレーニングをしているのです。自殺したいとか絶望しているような仲間、受刑者がいれば、24時間サービスを提供している。夜中でも、「どこどこの房にいる何とかという人間が、リスナーに話を聞いてもらいたいと言っている」というと、リスナーの人は所内を動いて、その人のところに行って話を聞きます。保安重視の日本の状況からしますと、そういうことまでやっているというのは非常に驚きでした。

2 インクエスト─ユニークなNGO

 ここまでは全般的な活動の話をしましたので、残りの時間でインクエストのお話をしようと思います。
 先ほどから申し上げていますが、スコットランドも含めてイギリスで今最大の問題の一つが、被拘禁者の死亡という問題です。ほとんどは自殺によるものですが、それ以外にも暴行等によって亡くなる、あるいは病気で亡くなったのだけれども、迅速な手当を施設当局がしなかったために亡くなるという死亡もあります。もっぱら90%は自殺ですが、しかし自殺にしても自殺の兆候が刑務所当局に分かっていたにもかかわらず、十分な監視看護を怠ったために自殺してしまったということで、後に争いになるということも非常に多く生じています。
 それでインクエストですが、大文字でINQUEST(インクエスト)と書くと、この団体を指します。小文字でinquestと書くのは「検死手続き」、これを指すわけです。インクエストは、死亡した被拘禁者の家族とか友人たちによって1981年に作られたということです。警察とか刑務所の中での「刑務所に関係した死」に対して、それに反対するキャンペーンをする、それから検死手続き、検死官の手続きの改革を求めている。イングランド・ウェールズでは非常にユニークなことに、コロナー(検死官)が全国に130人ほどおります。これは12世紀末からの、ある意味では歴史の遺物みたいな存在なんですが、現代的機能をもって復権しまして、特に原因不明の死亡事件についての真相究明では重要な役割を果たしています。検死官法という法律によると、コロナーは自分の管轄区域内で不自然な死が起きたときには、必ずその原因を究明するために検死手続きを開始しなければいけない。特にその法律でユニークなのは、プリズン(刑務所だけではなく、未決の施設も含みます)の中で人が死んだ場合には、必ず陪審で、公開の法廷でその死亡原因を確定しなければいけないというふうになっています。私が先ほど「現代的に復権した」と述べた理由は、公開の陪審法廷でその人がどういうふうに死んだのかということが審理されますから、情報が必ず公開されます。刑務所当局はコロナーに情報を全部出さなければならない。もちろんこれが犯罪による死だということになると、刑事手続に移る。例えば刑務官が殴り殺したということがが明らかになれば、それは検死の陪審法廷ではなくて刑事事件として刑事裁判所の方へ移されます。けれども、死んだ理由がよくわからない場合は検死陪審法廷でやります。ほかにも医療過誤訴訟等にも検死陪審法廷が機能するという側面がありますけれども、私が注目しているのは、被拘禁者の死にかかわる調査機能を検死陪審法廷が果たしているということです。
 このインクエストという団体はこういった検死陪審法廷での手続きに関して改善を求めて運動をしている。またそれだけではなくて、誰かが刑務所とか警察署で亡くなったというときには、ただちにその情報を入手して、遺族、家族のために働く、必要であればソリシターを紹介し、検死陪審法廷のサポートをするし、検死陪審法廷に遺族が出て行くときに一緒に付き添うとか、そういったことをしています。その一方でロビー活動として政治家とかプリズン・サービス等に、情報の開示や、検死陪審法廷の手続きの改善を求めています。そういう意味では非常にユニークです。
 権力の手にある人が亡くなった場合、このインクエストが働くということは、市民の中によく知られています。インクエストは、ここ最近は刑務所庁を監督するホーム・オフィス(内務省)と協議をして色々な改善を要求しています。「その時どうして刑務官は死亡を防止できなかったんだ」ともちろん糾弾することは糾弾する、批判することは批判するんですね。しかし一方では、刑務官の地位の向上といいますか、結局情報を明らかにしないで隠していることは刑務所を閉ざされたものとして市民からの信頼を勝ち取れないものにしてしまうということから、刑務官の地位の向上といったことも射程にいれて運動をしていくということであります。
 先ほどCCJSののお話をしたときに、今年のカンファレンスは被拘禁者の死亡をどうやって防止するかというテーマで行われたと話しましたが、このインクエストもカンファレンスに参加して、刑務所の幹部といっしょにパネルディスカッションをしておりました。インクエストの人たちが連れてきた刑務所の中で死亡した人の家族・遺族の方たちも、カンファレンスで発言しました。非常に胸を打つ発言で、参加していた刑務官たちも、「今まで受刑者をどうやって自殺させないようにするかということは、我々の問題、我々のスキャンダルとして思っていたけれども、結局そういうことが家族・遺族の悲しみにつながるんだということが初めてよく分かった。目がさめるような思いだった」と話をしていました。そういう意味でも、政府を単に批判するだけではなくて、建設的なつながりというもの作っていく点で、カンファレンスの開催自体が非常に大きな力を持っているのではないかと感じました。
 被拘禁者の死亡に関しては、確かに100人ぐらい亡くなるということでは多いのですが、防止へ向けた取り組み、例えば自殺をほのめかすような人がいた場合にどう対応するかという点では、ここ2?3年でかなり進展があったように思います。それは先ほどのサマリタンズの刑務所内での積極的な活動を認めるとか、亡くなった場合には直ちに情報をメディアも含めて流すという体制が、刑務所庁の側にもマニュアルができています。また、どういうふうにこれを防止していったらいいかということで、英知を集めて、それぞれいろんな所から人が集まってきてやっているということでは、非常に羨ましいという感じを持ちました。

3 イギリスのNGO活動の特徴

(1)絶対数が多い
 イギリスのNGO活動を1年半見てきて、どんな特徴だったのかということを、印象的にお話しましょう。
 まず、絶対数として非常に多いということです。先ほど全国的な規模のNGOのことを話しましたけれども、これがまた地域毎にも、いろいろあるということです。日本でいえばダルクのようなドラッグ関係の団体もいっぱいありますし、修復的司法(リストラティブ・ジャスティス)に参画するNGOもあるとか、かなり多い。結局そういったNGO・NPOに対して、法律とか制度上のいろんな支援・整備がなされているなあと感じました。トラストというのを作って、そこでいろんな資金を受けたり、寄付を受ける。「チャリティー」というと、日本だと純粋に慈善事業というふうに思いますけれども、それよりももっと幅の広い活動もチャリティーとして認められている。インクエストなどもチャリティーですし、先ほど述べた団体はだいたいみんなチャリティーとしての登録を受けています。そのことによって税制上の優遇とか、いろんなことがなされているようです。それから、私は所得税を収めてなかったのでだめだったのですが、所得税を収めている人がメンバーになって、例えば会費が1万円なら、30%ぐらい、3000円くらいが国庫からその団体に補助がでます。そういう財政上の支援整備がなされていて、団体の財政上の基盤を作りやすくしています。
(2)広範な参加者
 先ほどのプリズン・リフォーム・トラストは典型的ですが、職業の点でも政治的立場の点でも、非常に幅の広い人たちが参加しています。政治的には保守層も入っているということです。これはやはりNGO自体が独自のリソースを持っていて、非常に有益に、政治とか社会の政策に参与しうるという基本的な捉え方があるということが一つ。それからこれまであげてきたNGOの多くが、「再犯の防止/犯罪の防止」ということを目的の一つに掲げています。つまり刑務所の中で、人間の尊厳が保持される形で被収容者が取り扱われ、そしてスムーズに社会復帰が行われるように努めることが、将来、その人が再び犯罪を犯すことを防止する、と訴えているのです。もちろん人権擁護ということが大きな目的としてあるわけですが、NGOの人権擁護活動自体が犯罪の防止に寄与している面があるわけです。結果として、そういうことが広範な参加者を引き付けることにつながっているのではないかと思います。
 これは一つのエピソードですが、去年の夏ぐらいでしたか、セイラ・ペインという小学校3年ぐらいの女の子が行方不明になって、死体で見つかったというケースがありました。これが非常にかわいい子で、両親が非常に嘆き悲しんでいたということをある大衆日曜新聞が取り上げて、「セイラ・ペイン・キャンペーン」というのを行った。それはどういうことかというと、まだ犯人がつかまっていない段階で、セイラ・ペインを殺したのは性犯罪者であるとして、性犯罪の前科をもって社会に戻っている人間が10万人くらいですが、その10万人の住所と顔写真を新聞で公開すると。まずはじめに50人ぐらいを載せてですね、1回50人ずつ載せると10万人までに何十年かかるかといわれていましたけれども、それをやり始めた。イギリスでも、犯罪被害者問題を取り上げて、非常にタフな刑事政策を展開すべきだという意見が通る素地がないわけではないので、住所と名前と写真が出た家のそばでは、近隣の住民がデモをしてその家に押しかけて、場合によっては石を投げたり、火をつけたりといったことが何件か起こりました。その時に、ナクロとリバティ、それから保護観察官の団体・組合とが一緒になって、「そういったことはやめるべきだ」とキャンペーンしました。日本でこういった事が起きた場合、たぶん私たちはプライバシー侵害だとして反対をしますが、向こうではプライバシーの権利というものの確立がこれまでなかったということもあるのでしょう。そういう形ではなくて、性犯罪の前歴がある人を社会から排除することによって、けっきょく再びその人たちを犯罪に追いやることになる、犯罪防止に役立たない、社会復帰を促すことが基本だという形で反対をしました。NGO自体の目的の中に、そういった被収容者の人権擁護が、将来の再犯防止につながるという視点があるように受け止めました。
(3)政府との関係が緊張感をはらみつつも敵対的ではない
 内務省や刑務所庁との関係が、緊張感をはらみつつも敵対的ではありません。いろんなカンファレンスに出てみると、例えば情報の開示とか双方の協議の成立とかで、「そういったやり方は人権侵害だ」という批判の仕方と、「そういうやり方は有効な処遇につながらない」、それから今言ったように「再犯の防止につながらない」といった形で議論が展開されています。双方の関係が建設的で、羨ましく感じられました。
(4)活発なロビー活動
 それから政党への提言など活発なロビー活動があげられます。イギリスは現在総選挙のさなかですか、犯罪の防止というのが一つの政策課題です。その中で、色々な提言をNGO自体がやっています。かなり政策決定への影響力というものを持っています。先ほどのプリズン・リフォーム・トラストの代表を勤めているハード卿は、もともと保守党の幹部だったのですが、いま保守党の党首のヘイグという人に向かって、新聞紙上で「ヘイグの言っていることはおかしい、あんなことを言って多くの人間を刑務所に閉じ込めてどうするんだ、このままでいったら過剰収容でますます立ちゆかなくなるぞ」と批判しています。  政策決定への影響力があるのですが、その影響力がある理由はやっぱり、リソースを持っているということですね。リソースというのは資源ですが、単に人とかお金だけではなく、情報ですね。結局いろんな調査研究活動をやっていて、そういったことをバックに提言していますので、政策立案の大きな力量を持っていると思いました。ここには、いろいろな研究者も関与しているということです。大体いろいろなNGOの中にそれなりの格付けがあってですね、老舗のものと新しいやつとですね、そこのディレクター、事務局長になるというのは大学院を出て大学には残らなかったけれども研究職をやっているような、そこを目指すような人がなっていて、前はアムネスティの事務局にいたんだけれども今はハワード・リーグの事務局長だとか、将来はもっと上にいくぞとか、見ているとどうも何か、そういうようなものがあるやに思いました。ちょっとここはインフォーマルな部分ですけれども(笑)。日本ではどうしても大学だけになってしまっているんですけれども、そういったNGOの現場で事務局長やって、いろいろな研究をやりながら成果をあげて、また大学に戻るとか、そういうような人の資源、人材のサイクルがあるように思いました。こういう人材がNGOの中にいるというのは、NGOと内務省、刑務所庁とかが、いろいろ協議したり、交渉したりする時の力関係に反映されているような気がしました。
(5)それらを可能にする情報の公開
 最終的にこのような関係を可能にする条件として、情報の公開があります。刑務所庁や内務省は非常に情報をオープンにしています。インターネットでこれらのサイトにアクセスすれば、とても消化しきれないほど情報が出てきます。
 NGOの方も、大体どこでも必ず非常に詳細な年報、アニュアル・レポートを出しています。もちろん財政会計報告もあります、たぶんチャリティーとかトラストであれば義務づけられていると思うんですけれども、こういったものは外に対して訴えるという意味で必要なものではないかと思います。

4 日本での活動への示唆

(1)研究の蓄積と政策提言への影響力
 最後に日本での活動への示唆ということで、私なりにまとめたものをお話しします。基本的に日本でのNGOの活動を困難にする社会的・制度的困難というと、やっぱりお金というのは大きいわけですが、そういうことは別にしまして、いくつか示唆というものを出しておきましょう。
 先ほど申しましたように、NGO自体がいろいろな研究を蓄積しているということが、政策提言の分野で当局、政府との交渉や政党への働きかけという点で力になっていると思います。それが結局政策決定への影響力というものにつながっている。
(2)ネットワーク
 それからネットワークですね。いろんな団体を先ほど言いましたけれども、もとはナクロから出ているという団体が少なくなく、そこを中心にネットワークが作られています。例えば、刑務所改革に取り組むときは、これらのNGOの連絡会議みたいなものがあって、まとまってロビー活動をするということをしています。また、NGOだけではなくて刑務官の組合とか保護観察官の組合といったものと連携をとるということも行われています。日本の場合は守秘義務とか団結権の制約とか、いろんなことでこういった内部の人たちと交流することは難しいですが、しかし向こうでやっているようなカンファレンスみたいなものをやって、研究者が仲介して、何か課題を絞ったような形での会議というのは一つの方策かなというふうにも思っております。
(3)課題の特化
 「課題を特化する」というのはカンファレンスのこととも関係しますが、例えば被拘禁者の死亡、自殺というものをどういうふうに予防していったらいいかという点では、別に政府と敵対的な関係になるとは思いませんので、そういった形で何かをやっていくことも必要なのかなと思います。
 NGOの目的という点では、単に「人権擁護」というだけでももちろんいいわけですけれども、「受刑者の社会復帰」とか「再犯の防止」といったことも目的の中に入れていく方が、より多くの幅広い人びとを集めるには必要ではないかと思いました。
(4)詳細な年報
 それからイギリスのNGO活動の特徴のところで触れましたが、どこでも必ず年報を出しています。もし真似できるものであれば、年報というものを出すのがいいのではないかと思います。>br<  後は質問にお応えする形でお話をしたいと思います。どうも有難うございました。(拍手)

質疑応答

Q:イギリスのNGO活動の中で、受刑者自身が自主的に参加できるようなものはありますか。

A:今まで挙げたNGOのメンバーが、直接に獄中で活動するという事はないと思いますが、例えばハワード・リーグにしてもプリズン・リフォーム・トラストにしても、獄中から事務所に電話をして、機関誌を送ってくれと言うことができる。その場合、獄中者は購読料は無料です。それから、刑務所に訪問すると、中で新聞を作ったり、雑誌を作ったりとか、色々なことをやっています。それをNGO活動とは言わないかも知れませんが、内部的な受刑者同士のつながりを作るという意味では、日本よりははるかに活発です。
 イギリスにいる間にスコットランドを含めて約20ケ所の施設を回ったんですが、日本の施設と比べて受刑者同士の会話は自由に行われています。訪問すると、廊下でビリヤードをやっていたりする姿を見かけますから、そういった意味での横のつながりは、自由な感じがしました。
 外への発信という点ですが、獄中の人が新聞に投稿したり、雑誌に意見を載せるということは当たり前のことです。電話もかけられますから、「自分の意見はこうだ」とメディアを通して発言もできます。
 話は変わりますが、最近収容されている人が増えて来ています。イングランド・ウエールズで6万5千人位の被収容者の数ですから、人口比で言うと日本の倍くらいになります。社会的に有力な人も刑務所に入っているので、中から「これはこうだ」とか発言しています。去年の9月に、「人権法の施行」をテーマにハワード・リーグのカンファレンスが2日間、オックスフォードで開かれました。ここに来ていた人の中にアトキンという保守党の元財務副大臣で、名誉棄損か何かで1年半位刑務所にいた人ですが、「刑務所の賃金は安い」と発言して、次の日の『ガーディアン』にでかでかと写真入りで掲載されていました。こんな話を刑務所に行って所長とすると、「日本の刑務所改革には政治家とか、社会的に有力な人がもっとたくさん刑務所に入った方がいいんじゃないか」と冗談交じりで話されたりしました。

Q:今回紹介された団体は、未決の被収容者についても活動しているのでしょうか。

A:むこうで言う「プリズン」というのは拘置所も刑務所も含んでいますから、既決に限りません。もちろんナクロなどは社会復帰を中心としていますから、その限りで未決の人は相手にしていないんですが、ただ未決だ既決だとあまり分けていない。社会復帰して、また未決に戻ってくるというサイクルを意識しているようで、社会復帰した人をどうしたら刑務所に戻らなくさせるかの努力をしています。法制度の違いはあるとは思いますが、それほど未決/既決という分け方を前提に活動を分けているわけではありません。

Q:インクエストに関連して、1、自殺が多い原因は?。2、未決の人の自殺はあるのでしょうか。3、自殺に限らず被拘禁者が死亡した場合、名前などが公表されるのでしょうか。4、インクエストの活動によって死亡事件が明らかにされた実例があれば、それを教えてください。

A:第一に、自殺が多い原因は色々あると思います。スコットランドでは自殺が多いんですが、私自身、刑務所に行って「どうして自殺が多いんだ?」と聞くと、「元々多いんだ」って言うんですね。「大体分かるでしょう?、雰囲気も暗いし」と言われて。そんなもんでしょうかね。夏はいいけど冬は大体3時ころから暗くなって朝8時頃まで暗いですからね。そう言われて妙に納得したような、納得しないようなことがあって。逆に日本の被拘禁者の自殺の数が少ないことについて向こうから聞かれるんです。私たちはそれに関して「日本の被収容者は自殺する自由もないんだ」と答えました。向こうは夜8時に1回、房を巡回するんですが、あとは翌朝7時か8時まで回らないんです。ですから自殺する自由もある訳で、夜8時には生きていた、朝8時には死んでいた、という状況です。もちろん自殺を防止するためにひもを取り上げるとか、そういうことを多少はやるんですが、なるべくなら外と同じように生活することのほうが大事であると考えているようです。カンファレンスで、夜もずっと監視していれば自殺は防げるのではないかという意見が出されましたが、やはりそれはヨーロッパ人権条約の国内法規制を考えると、非人道的だと。例えば、夜間、電気をつけっ放しで眠らせるということなどできない。日本の自殺が少ない原因は、自殺する自由もないと思っています。
 自殺防止のためどういう取り扱いをしているのかというと、だいたい自殺をしそうだという人はある程度前兆がありますので、そういう人を見つけたならば、自殺を防止する専用の部屋に移します。その部屋は自殺が出来るような道具はなるべく置かないようにしてありますが、しかしそれと同時に、ソファーが置かれて優しい色のカーテンがかかっており、花が飾られている。もし必要であれば、サマリタンズの人が来て一緒に過ごす事が出来る。そういう人は夜中でも15分おきにチェックする、といった取り扱いをしている。私が紹介したブリストル刑務所事件でもそうでしたが、被拘禁者に自殺をしようという前兆があったにもかかわらず、房を移さないで、夜中の15分おきのチェックもモニタリングもしなかったといった場合、刑務所の措置の適否が問題となります。やはり突然刑務所なり拘置所に入れられれば、多くの人は自殺したいと感じるというのがベースで、日本で自殺が少ないというのはそれだけ自由がないんだろうと思います。
 第二。次に未決囚の自殺の話ですが、数としては未決の方が多いんではないかと思います。どういう場合に自殺が多いかということですが、幾つかパターンがあります。未決で最初収容されてきた時、そこから2?3日の間に自殺しようと思う人達が多い。その次に判決言い渡しの直前、刑が確定した直後、仮釈放の申請が却下された時とか、このあたりが危機的ポイントです。
 第三。死亡者氏名の公表ですが、インクエスト活動の成果ですけれども、刑務所庁でいろいろマニュアルができています。刑務所の所長は、刑務所で被収容者が亡くなった時には、刑務所庁の広報部に、夜中であろうが直ちに連絡しなければいけない。それを受けた広報部は、メディアにその事実を流すということになっています。ただ、所長がその家族と連絡が取れないうちは、名前を公表してはならないということになっています。だから誰かが亡くなればメディアはすぐ分かる状態になっています。インクエストはこうした色々なルートから情報を入手し、すぐに活動を開始します。最終的には、必ず検死の陪審法廷をやりますし、ここでは名前も含めてすべて公開されます。だから、システムとして隠すということが出来ない。「日本では、隠しかねない」と言ったら「それは良くないと思うよ。どうせ分かるんだから」と答えてくれました。しかしイングランドでも二ないし三〇年前は日本と変わりなかったようです。
 第四。インクエストの具体的成果ということですが、いま言ったような刑務所庁の取り扱いにさせたのも彼らの運動があったからです。被拘禁者の死亡事件に関しては、看守に殴られて殺されたのも当然含まれますが、これがすぐ情報公開させるようになった。したがって、彼らの活動の成果によって、死亡の事実自体の情報公開が制度化されたと言えましょう。
 死亡の事実が公開されても、その原因や背景が明らかにされる必要があります。その機能は、検死陪審法廷です。コロナーは、全ての情報を入手します。刑務所長や警察官は、全ての記録をコロナーに送らなければいけない。コロナーには情報を握っていますが、陪審法廷ではコロナーの職権的手続きで法廷が進み、証拠開示はコロナーの裁量に委ねられます。インクエストは、手続きを公正にすべきだということを要求して、コロナー自体の対応も変わり、事前に証拠開示をさせるということがずいぶん進みました。刑務所庁も、予めどのような書類を家族に開示せよして、刑務所長宛にマニュアルを作っています。私は検死陪審法廷の話を論文に書こうと思っていますが、この手続きは非常にユニークなものです。遺族の代理人もその手続きに参画するんですが、インクエストはその場合リーガル・エイド(法律扶助)の適用を受けられるよう、リーガル・エイド・ボード(法律扶助協会)に求め、制度改革が行われ、それで法律扶助を受けられるようになりました。ブリストル刑務所での法律扶助を受けた例を見ても、まだなかなか全ての家族が受けられる訳ではありませんが、事態は改善したと思います。このことも具体的成果でしょう。

Q:陪審法廷の結果、自殺があったと評決された場合、どんな補償があるのか。その法廷の審理の結果に異議があった場合に、日本でいう国家賠償のような方法でその内容を争うことができるのでしょうか。

A:この法廷の目的は、事実の確定だけです。誰かが何らかの故意的殺人行為によって殺されたか、自殺か、過失による死かといった評決がなされますが、それ自体具体的効果を生み出すものではない。死亡登録書の死亡原因欄に書き込む内容を確定することだけです。例えば、刑務官の対応に手抜かりがあったがための過失死について賠償請求をするのは、民事の損害賠償請求など、全く別な形でやらなければならない。ただ検死陪審法廷でこういう結果がでたということは事実上影響する訳ですし、そこに出された証拠が民事法廷で使える。もう一つ、間接的効果としては、刑務官の過失による死だという評決がなされれば、その事を元にして、刑務所の内部的な懲戒処分とか、問題の具体的評価をしなければいけない。陪審法廷の結果に異議があれば、民事の上級裁判所で争う、異議申し立てができます。

Q:プリナーズ・アドバイス・サービスについてですが、具体的な受刑者への相談方法を教えてください。日本では弁護士でも手紙が検閲されたり、監視下で接見しなければならないとか、なかなか相談を受けにくい状況がありますが、イギリスではどうでしょうか。もう一点、サマリタンズの活動について、獄中での受刑者に対するリスナーとしてのトレーニングの内容を教えてください。

A:プリナーズ・アドバイス・サービスについてですが、その前に少しお話しておきたいことがあります。向こうでは、資力の十分でないすべての人が、2時間まで扶助によって無料で法律相談ができることになっています。それが受刑者であろうが、年金の相談であろうが、交通事故の相談であろうが、何の法律相談であれ、2時間までは法律扶助を受けられる。市民にそれが保障されていますから、たまたまその人が獄中にいても、2時間の無料相談が受けられるわけです。
 プリズナーズ・アドバイス・サービスが受ける相談ですが、ここ自体が事件を全部担当できる訳ではありません。話を聞いてそこで答えを出せるものに関しては、そこで終わる訳ですが、それで終わらないものについては、このグループに参画している獄中訴訟等をやる全国各地の弁護士ネットワークに紹介する。それで、その事案が訴訟を起こすに値すれば、もちろん別の法律扶助を適用する事が出来る。
 日本では刑が確定すると、それまで刑事弁護を担当していた弁護士さんは、「元気でつとめてこいよ。さよなら」という感じで関係が終わってしまう訳ですよね。ところが、向こうの場合、刑が確定した後も、刑事弁護人はそのまま引き続きその人の弁護士なので、受刑者はまずその弁護士に連絡する。それでうまく行かなかったら、プリズナーズ・アドバイス・サービスに連絡して誰かもっといい人を紹介してもらって、という形になっています。ある刑務所を訪問した時、「受刑者の人が困っているとき、どうやってソリシターを探すんですか」と質問をしたら変な顔をされて、「もともとソリシターがついている訳ですし」と言われ、ようやく分かったんですね。役割分担があって、ソリシターは法廷に立つ弁護士ではなくて、日常的にその人の代理人として相談にのっている訳ですから、獄中にいようがソリシターとしての務めを果たす。ホーム・ドクターのようなものでしょうか。もちろんマイノリテイの人とかはそうもいかないので、プリズナーズ・アドバイス・サービスが仲介する。
 それから外部交通のことですが、未決であろうが既決であろうが、ソリシターは秘密の接見をするのが当たり前ですので、刑が確定したからといってその関係が変わるものではありません。また、皆さんにお配りしたプリズナーズ・アドバイス・サービスの文章の一番最後に、「ルール39」というのが書いてあります。これは刑務所規則の39条のことで、「公的な通信をする場合は、すべて密封で他人は開けてはいけない」という保障です。これで、秘密で弁護士と相談ができることになります。
 次にサマリタンズについてですが、リスナーがどういう形でコーラー(相談に来た人)と相談するかということです。CCJSのカンファレンスの際に行われた模擬相談に参加したことがあります。刑務所内には色々なNGOの連絡先とかの張り紙がありまして、その中に「サマリタンズのリスナーになりたい人求む」という張り紙もありました。サマリタンズの人は所内に定期的に来ていて、ボランティアでリスナーになりたいという被収容者の申し出を受けます。トレーニングはそんなに長い期間ではありません。たしか週1回何時間かで、一、二ヶ月ぐらいだったと思います。もちろん聞き手に向く人もいますし、向かない人もいます。長期の施設の場合はいいんですが、未決の施設は問題があります。未決期間というのはそう長くなく入れ替えが激しい訳ですから、長期のトレーニングをやっている暇は無い。ともかく相手の話を聞くことさえできればリスナーになれる、という話でした。

Q:プリズン・リフォーム・トラストやナクロなどは政府との関係を保ちつつ活動を続けているということですが、政府がNGOの活動実績を受け入れて行った過程にはどんなものがあったのでしょうか。また現在、カンファレンス以外に政府がNGOと継続的なコネクション、連絡を取っていくような意見交換会のような場はあるのでしょうか。最後に、世論、一般市民の認識についてですが、イギリスの社会でこういった被拘禁者へのNGOがどのように受け入れられているのか、支持されているのかどうか、どんな意識のギャップがあるのでしょうか。

A:NGOと政府との関係がどのようにして作られていったのかですが、ナクロは受刑者の社会復帰のための色々な施設や、色々なプログラムを提供し、これに対して政府はある程度のお金を出すということをしています。ロッド・モーガン教授は「俺は反対した」と言っていましたが(笑)。ただ、ナクロがうまいのは、政府からお金を受け入れる組織の部分と、そうではなく政府の政策に反対する活動も含む、政策提言の部分という、組織を2つに分けて、うまく立ち回っていると言っていました。ただ色々ナクロなどの話を聞きますと、このシステムが成立して来た過程は、サッチャー政権以降の「民営化路線」と関係しているようです。どういうことかと言いますと、公的部門の民営化という路線のもとで、政府がやっていた業務を民間に委託するということが、非常にやりやすかった。ナクロがそういう業務委託を利用したのか、政府が利用したのか分からないけれど、どう評価するかは別にして、こうした政策のもと現在の関係が成立してきたということが一面であります。
 こうしたものはナクロだけでなく、ほかにも色々なプログラムがあります。スコットランドの例ですが、怒りっぽい人のため、怒りを自分でコントロールすることができるようにするアンガー・マネージメント・プログラムとか、ドラッグ関係者がドラッグ依存からどのようにして抜け出るのかといったプログラムなどもあります。NGOが刑務所の中に入っていって、こういった社会復帰プログラムを提供する代わりに、政府からお金を貰うといった関係は、どうも業務委託や民営化の路線と関係がありそうな印象を受けました。このほかには、10年余り前に発生した刑務所暴動を契機に、政府が処遇改善ヘの姿勢をとったことが、NGOとの関係を良好なものにした一つの原因でもあろうと思います。
 カンファレンスの外に意見交換会があるかというと、何かを巡って意見を交換する特別の場といった形式はなかったように思われます。むしろ意見交換というのは日常的に行われています。お互いに申し入れをしたり、政党にロビー活動をしたり、政治家と一緒に行ったり、そういった意味での意見交換というのは日常的に行われたように思います。プリズナーズ・アドバイス・サービスはないと思いますが、プリズン・リフォーム・トラストにしてもハワード・リーグにしても、NGOのメンバーの中に当然のように刑務所長とか保護観察官とか刑務官とかが入っていますから、NGOの活動自体が意見交換といえば意見交換です。
 最後の質問、世論についてですが、刑務所の中の人権擁護活動にとどまらず、色んな意味での人権擁護活動について、社会の中にチャリティーの精神があるのではないかという気がしました。アムネスティ・インターナショナルにしてもそうですし、街を歩けばオックスファムがあったり、フェア・トレード(第三世界との公正な貿易)や子供や難病治療に関するチャリティーやNGOがいっぱいあちこちにあります。お金を寄付するだけではありません。不要になったものを寄付して、別のものをリサイクル・ショップで買ってくるという形のカンパもあります。刑務所の中での人権擁護活動も、そのように沢山あるチャリティー、NGOの一つで、それ自体が特に変わったものとは見られていないと思います。実はブリストルにはアムネスティ・インターナショナルのグループがありまして、そこの例会に1年半出席していたんですが、ブリストルのアムネスティは古本屋を持っています。そこにみんながいらなくなった本を持って来る。それを売って収益を得ています。大体年間3?400万の純利益だと言っていました。これは何を表しているかと言えば、多くの人がタダで多くの本をそこに持って行く、多くの人がそこで古本を買うということで、非常に回転がいい。もしこのような古本屋を日本でやったときには、どれくらい儲けられるかなという気がします(笑)。ブリストルは人口40万人ですが、アムネスティのメンバーに登録し、お金を出している人は千何百人と言っていました。ただ、この運動は中流の人たちの運動ではないかとは思います。マイノリティの人達がどれだけ参加しているかという点では、少ない。ともかく、このような文脈で、刑務所関係の団体があるのは普通のことと受け止められています。
 日本との違いはあるかといえば、向こうでもそういったことに全然関心を持たない人もいる訳で、そういう点では変わりはないかなという気がします。ただナショナル・トラストにしても非常に大きな組織で、何百万人という会員を抱えているおりまして、そう言った意味では、「政府とかお上に委ねるのではなく、自分たち自身でやる」という意識は、日本とは違うんじゃないかなという気はします。その中にたまたま刑務所とか人権擁護活動も入っているというだけで、やはりそこは色々な歴史とか文化とか社会の違いがあるとしか言いようがありません。違いは確かにあります。ただそういったことが違うといっても始まらないので、我々はこういった層を厚くするということと、ネットワークを作るということを目指すべきだし、それから政府と対抗してこちらはこちらとして使命を持ってやればいいのではないか。確かに違いはありますが、イギリスもいいことばかりがあるわけではありません。自警団的活動を持っていますし、そういった活動に走る人もいます。ある程度の違いを認識つつも、可能なものは可能ではないかなと思っています。(おわり)