ヨーロッパ拷問防止委員会ハーディングさんを迎えての勉強会

三谷 革司(CPR事務局)


 2000年8月30日、日弁連拘禁二法案対策本部でヨーロッパ拷問等防止委員会(CPT)の専門家(エキスパート)として働かれているティム・ハーディング氏を迎えて、拷問防止の仕組みに関して勉強会が行われた。ハーディング氏はジュネーブ大学法医学部の教授であり、受刑者の保健問題を専門としている。

1 ヨーロッパ拷問等防止委員会(CPT)の構造

 ヨーロッパ拷問等防止委員会(CPT)を構成する委員は、ヨーロッパ評議会の閣僚会議で各加盟国から1人選出される。このメンバーとなるのは弁護士、医者、監獄の職員、議員など専門職種を持つ人々で、その出身国からは完全に独立した立場にある。例えば現在のフランスの委員は、かつて破棄院の判事をしていた人である。委員の任期は4年であり、1回のみ再任が許される。
 この委員会の活動を支えているのが事務局の存在である。この事務局も国際組織として構成され、その財源はヨーロッパ評議会から出されている。この事務局にいる職員は委員会構成メンバーよりも長期にわたり継続的に委員会の活動を担っていることから、大きな発言力を持っているとのことである。
 そして、もう一つの委員会を支えるカテゴリーの人々が、それぞれの分野の専門家(エキスパート)である。このエキスパート達は監獄や法律、医学等の専門家であり、メンバーではないが、委員会が各国を訪問する際にそこに参加したりもするようである。国際赤十字で活動していた医者もこのエキスパートの中におり、ハーディング氏もこの1人である。

2 CPTの調査

 CPTの権限で特徴的なのは、拘禁されている場所に対する実質的に無制限のアクセス権である。拘禁場所の中には、監獄、警察留置場のみならず、精神病院や少年施設、外国人収容施設も含まれ、被拘禁者が実際にいる場所だけでなく、施設全体に対して調査することができる。また、被拘禁者と立会人なしに面会することが可能である。加えて、拘禁の記録そのものや、懲罰記録といったような受刑者にまつわる様々な記録に関してもアクセスすることが可能である。
 また、CPTの訪問には、定期的な訪問とアドホックな訪問の2種類がある。定期的な訪問については事前に告知はしてあるものの、実際にいつ来るかは明らかにされない。アドホックな訪問については全く事前告知はされない。面白いのは、CPTの訪問は休日や祝日も関係なく、深夜でも行くということである。警察署に対する調査は、なんと通常午前1時に行われるそうである。精神病院でも深夜に訪問するということは重要で、よく職員の数が足りないために夜は収容者がベッドに縛り付けられていたりする例があるそうだ。訪問される側は、もちろん明日の朝にしてくれとか、担当者・責任者がいないと抵抗するが、すぐ政府の窓口に連絡すると1時間くらいでOKがもらえる仕組みになっている。
 調査団は大体8〜9人で、そのうちの4人が委員、2人が事務局員、1〜2人がエキスパートという比率で構成される。調査団は通常2〜3週間その地にとどまり、NGOや弁護士会やオンブズマン組織と接触し、情報を得る。

3 トルコ、スペイン、ブルガリアに関するCPTのレポート

 CPTは既に拷問に関して、トルコ・スペイン・ブルガリアについて3つのレポートを出している。これらのレポートでは拷問が警察留置場や警察機関内で組織的に行われているということが詳細に述べられている。 スペインの調査は94年のバスク地方に関するもの。対象となったのは最厳戒刑務所内のテロ犯罪者の処遇についてである。多くは終身刑を宣告されながら、7年間以上もずっと独居拘禁とされ、他の囚人と会うときにも手錠をかけ、同じ人と継続して会えず人間関係を築くことができないという状況におかれている。そして電気ショックが頻繁に行われているという証拠をつかんだ。医学的な所見からも確かめられ、スペインで拷問が行われているということが明らかであるとCPTは結論付けた。その後状況は改善されてきている。
 ブルガリアでは、別々の場所に収容されている受刑者が、ある警察署、警察官による虐待・拷問に関して同じことを言っていたということから、CPTが調査に入った。ブルガリアでは足の土踏まずのあたりをベッドで寝たまま棒で打つというファラッカという拷問があるが、この痕があることが分かった。
 また、トルコでは、後ろ手に縛られて縄でつるされ棒で殴られるという、パレスチナ方式のつりさげが行われていた。
 興味深いのは、これらの3ケースのいずれの場合も、監獄の看守や職員が、警察段階で拷問が行われていたことにショックを受け、非常に憤るという状況が見られたことである。おおよそどこの国内にも敵対する人間関係というものがあって、そういう敵対関係の中から拷問についての重要な情報がCPTに流れてくることがあるそうだ。

4 「非人道的な、品位を傷つける取扱い」(CID)の概念の定義について

 CPTがとっている「拷問」の定義は、伝統的なもので、アムネスティや拷問等禁止委員会や国連人権委員会のとっている概念と同様である。しかし、興味深いのはCPTが「拷問」ではない、「残虐な、非人道的な、品位を傷つける取扱い」の概念の部分を明らかにしていこうとしている点である。特に公式文書や裁判例を検討しているというわけではなく、CPTが日ごろ接している経験に照らして考えられているということである。例えば、精神病院の中で患者が裸で転がされていたり、拘禁施設には光も差さない、窓もないといった暗いところに放置されていたり、そういった経験的なところからこのCIDの再概念化を試みているということである。
 このCIDに関しては、最初は1992年のイギリスでの訪問で、8平方メートル内に3人の受刑者が閉じ込められ、トイレは部屋の中のバケツで済ませ、その部屋に1日23時間閉じ込められていることが明らかになった。このにおいを実際に嗅ぎ、汚れ具合を確認したうえで、これらの扱いがCIDを構成すると定義づけたのである。

5 現在抱えている問題

 現在CPTが抱えている問題の中には、例えば未成年者の問題、女性の問題、HIV感染者の問題等々がある。最近ではロシアに関するものとして、収容所内での結核の蔓延という問題がある。現在ロシアでは1日に10人の収容者が結核のため死んでいるが、このような死に瀕した状態でも家族に会うことができないという状況になっており、ハーディング氏の感覚では十分に品位を傷つける取扱いにあたるであろうと考えているとのことであった。