国際矯正監獄協会(ICPA)会議報告

井口克彦(東京弁護士会)


 2000年8月27〜31日、ケープタウンで行われた国際矯正監獄協会(ICPA)会議に日弁連代表として出席した。

1 協会について

 この協会は、1998年にカナダで同国の矯正局が中心となって開いた各国矯正関係専門家のセミナーで、矯正専門家が集って情報交換する国際協会の必要性が合意され、設立された。
 中心になっているのは、カナダとイスラエル政府の矯正局長であり、カナダ政府の矯正局長(Commissioner of the Correctional Service of Canada)であるオレ・イングストルプ氏(Dr. Ole lngstrup)が会長となり、事務局もカナダのオ夕ワに置かれている。会員は、世界各国の矯正当局(局長・課長クラス、刑務所長)、保護観察専門家、裁判官、学者、民間の関係者等である。今回のケープタウン会議は、第2回会議であるが、広く世界35ケ国から矯正専門家約180人が参加している。特に、カナダ、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、イスラエル、香港、マカオ、中国、シンガポール、スウェーデン、デンマーク、オランダ、ウガンダ、南アフリカからは、矯正局長クラスが出席した。

2 会議の概要

1)日程
 会議は8月27日から31日までで、27日に総会、理事会、28日に全体会議、28日夕〜29日昼まで分科会(Work Shops)、29日午後〜30日全体会議、31日刑務所見学という日程だった。
 今回の会議のテーマは、「我々が選んだ刑事司法のキャリアで、潜在能力を最大限に発揮しよう」である。配布資料の中に、カナダの連邦「矯正」職員の職務、労働条件を「警察官」と比較し、矯正に従事するスタッフは困難な仕事の割に社会的な評価が低く、給与も低額で、プライドを失っている等とする本年4月公刊のカナダ政府の詳細な調査報告書があり、これと関係があるかもしれない。
2)全体会議―8月28日
(1)南アフリカのスコサナ矯正担当大臣とデサイ最高裁判事から歓迎のあいさつがあった後、イングストルプ、カナダ矯正局長(会長)から、「価値に基づく職業となる」のテーマで、矯正の職業が共通の価値判断、目的意識に立脚すべきことの重要性が強調された。会議で配布された“A Strategic Framework”(戦略的枠組)と題するぺ一パーは、これまでのシンポジウムの討議を踏まえ、矯正の目標を次のとおり8つにまとめ、「正義」、人権尊重の価値を強調している。
【矯正の役割と価値】
 矯正は、刑事司法制度の一環として、必要最小限の規制をしつつ、犯罪者に法を守る市民となるための援助の機会を利用するよう積極的に奨励することにより、社会を守る。
目標1―「正義」が中心的価値
 矯正は個人の自由、権利を大きく左右する刑事司法制度の一環であり、従って、矯正に従事する者は基本的人権を尊重しなければならず、又、法の下の平等、個人の尊厳、正直、オープン、一貫性を信条とする必要がある。
目標2
 効果的な矯正及び刑事司法制度にとって、犯罪者は自己の言動に責任を負い、順法市民となる潜在的可能性を有することを確信すること、が最も重要である。
目標3
 大多数の犯罪者は、社会内での拘禁されない矯正プログラムにより有効に処置されうる。拘禁は、制限的に用いられるべきである。犯罪者は、監獄に「罰されるために」ではなく、「罰として」送られるのである。監獄の環境は、安全、人間的で、できるだけ一般社会の条件に近くなければならない。
目標4
 公衆の利益のため、犯罪者についての決定は十分な危険性評価、管理に基づかなければならない。
目標5
 効果的な矯正は、正義で人間的、安全な社会に寄与するため、刑事司法の他のパートナー及び一般社会との密接な協力作業に依存している。
目標6
 注意深く雇用され、適切に訓練され、十分に情報を与えられたスタッフは、効果的な矯正制度に不可欠である。
目標7
 公衆は、矯正で何が行われているか知る権利があり、刑事司法制度に参加する機会を奪われてはならない。
目標8
 矯正の有効性は、変化に対応し、未来を形成する能力に依存している。

(2)午後は、“我々の職業の挑戦と機会”のテーマで、中国、ウガンダ、ニュージーランドの各矯正局長から自国の矯正の概況が紹介された。
 中国:刑務所在監者の総数は約143万人で、最も重点を置いているのは、道徳的な教育により受刑者の人格を改造し更正させることである。なお、ICPAニュースによると世界の刑事施設収容者総数は850万人で、その1/2が米国(185万)、中国(140万)、ロシア(105万)の3カ国に集中している。
 ウガンダ:再犯率が43%と高く、軍隊式のやり方を改め、受刑者の人権を尊重し、釈放後の社会復帰を援助するための一時滞在ホステルを設ける等、再犯防止にとりくんでいる。  ニュ―ジ―ランド:再犯の防止のため1995年に矯正省を設立し、制度を全面的に改めた(詳細は、ワ―クショップで説明)。
3)ワークショップ(分科会)
 次の14のワークショップに分かれて討議が行われた。
  1. 展望と価値
  2. ボランティアとの協働
  3. 矯正官の役割―看守から科学的マネジャーへ
  4. 電子モニタリングの導入
  5. 人権と矯正
  6. 立法―傾向、挑戦、機会
  7. 公務管理の3本の柱
  8. 専門家とのパートナー・シップによる公衆の教育
  9. 矯正職員の採用と訓練についての責任
  10. 労務管理のパートナーシップ
  11. 矯正組織変革のマネジメント
  12. 民間と政府のパートナーシップ
  13. 刑務官の養成
  14. 行動準則―矯正官の職業基準
 これらは、次の6つのテーマに沿う。
1、組織の指導性―(1)(7)。2、立法の枠組―(6)。3、価値に基づく変革管理―(11)。4、価値に基づく相互支援の条件整備一(2)(8)(10)(12)。5、刑事司法制度での人事管理一(3)(5)(9)(13)(14)。
 私が参加した分科会は、(5)人権と矯正、(8)専門家とのパートナーシップによる公衆の教育、(13)刑務官の養成、であり、以下の内容であった。
【人権と矯正ワークショップ】
 デンマークの弁護士が、刑務官が守るべき国際的な人権基準(人権規約、拷問禁止条約等)を説明し、同弁護士がカナダで行った、刑務所の管理職と面接し、人権基準をどの程度守っているかを評価するプロジェクトについて報告した。概ね守られているが、重警備刑務所(Maximum Security Prison)では、受刑者の人権が軽視されている、とのことであった。
 次にイスラエルの大学教授(元刑務所長)から、イスラエルでは受刑者から処遇改善を求める訴訟が急増し(1990年―314件、1998年―2900件)、最高裁で、新聞を自由に読め、居房にビデオテープを持込む等が認められ、相当、受刑者が勝訴している、との報告があった。
 討議では、裁判所が実情を理解せずに介入するので困っている、受刑者からの苦情について、スタッフによる“調停”を始めたら苦情が減った、等の意見が出された。
【専門家とのパ―トナーシップによる公衆教育】
 まず、カナダの警察官から、我々の目標は“公衆の安全”であり、犯罪者を逮捕してはどんどん裁判所へ送っているが、裁判にかけて刑務所へ拘禁するよりは、別の手段の方が有効ではないか、公衆に情報を十分提供し、支持を得なければ仕事をすることが難しい、等が報告された。
 次にベルギ―の裁判官から、最近仮釈放された者が起こした凶悪犯罪のため1999年に新しく法律が制定され、保護観察(Parole)制度が改められ、裁判官等から構成される仮釈放委員会が保護観察に付すべきかどうかを決める、その際犯罪被害者も意見を言える、等と説明された。
 イスラエルの専門家から、イスラエルでは受刑者の更正を援助するため、法律により「受刑者社会復帰機構(Prisoner Rehabilitation Authority)」が設けられ、コミュニティー、大学生等と協力して受刑者が出所後、滞在できる家を提供し、仕事を見つける等している、との報告があった(これについては後に報告者より法律を入手した)。
【刑務官の養成】
 まず、ロシアの研究所副所長が、ロシアでは刑務所は軍隊制度を取っており、以前は矯正官は軍服を着ていた、ロシアの在監者総数は106万人で再犯率が60%と高い、刑務所は過剰収容(overcrowding)である、HIVと結核の受刑者が多い、犯罪が増えているので犯罪者と戦わなければいけない、等と報告した。
 次にニュージーランド矯正省の幹部が、1995年の制度改革で矯正省となった、在監者総数は5600人、刑務官の質を改善し統一のとれた制度とするため、4段階に分け、試験をして合格証書を発行することにした、等と報告した。
4)全体会
1、刑事司法の専門家―矯正と薬物濫用
 アメリカの薬物専門家である保護観察官、連邦矯正局課長、イギリスの薬物専門官等から、薬物犯罪が急増している(アメリカでは、1970年に全犯罪の16.3%が薬物犯だったが、1998年には62%に急増)、薬物犯の再犯防止のためには、刑務所内での治療だけでなく、釈放後の治療継続が最も重要である、薬物犯については薬物裁判所(Drug Court)が設けられ、裁判官と薬物専門の保護観察官(Probation Officer)が事件の処理に当っている、治療が最も効果的で、ただ罰するだけでは犯罪を増やすだけである、等と報告した。
2、最善の実務(best practices)を国際支援するためのICPAセンター
 各国が、他国の参考になりそうな自国の優れた実務をICPAセンタ―に報告し、皆で共有できる制度が発足した。
3、職業別会合
 30日に、(1)刑務所長、(2)研究者、(3)保護観察官、(4)コミュニティ―、NGO等、(5)民間部門、(6)矯正の訓練、開発、の6つに分かれて会合があり、私は(4)に出席した。
 アメリカ、カナダの中間施設(Half-way House)責任者、南アの大学教授等と共に、自分が何をやっているかを自己紹介し、再犯防止にコミュニティーの果す役割が大きいことを確認した。
4、次回会合は、2001年10月にオ―ストラリアのパースで開かれる。
5)刑務所見学
1、Goodwood刑務所(ケープタウン郊外)
 1997年に開設された新しい中警備刑務所で、在監者は、未決囚1100人、既決囚580人の計1680人。刑務所は6つのユニットに分かれ(各240〜280人)、ユニットは更に4つのセクション(70〜80人)に分かれる。私達は5人位のグループに分かれて見学し、案内してくれたユニットマネジャーが、自分が責任者である既決囚のユニットを見せてくれた。
 所内のドアはすべてカメラとコンピユーターで監視、開閉され、看守は鍵を持っていない。中央監視室(main control)と各ユニットの監視室で二重にコントロールしている。
 在監者は、18人毎の大きな雑居房で生活し、房のドアは午前7時から午後3時まで開けられている。広い中庭やどう球室等があり、労働しない時は自由に遊んだり、スポ―ツできる。テレビ、電話は、労働のない週末だけ利用できる。面会は、既決が水、日曜日、未決が火、木、土曜日にできる。原則は雑居であるが、大学の学位をとるために勉強する等学習する必要のある人は個室に収容され、勉強机等を与えられる。学習クラス室の1つはコンピュータ―クラスで、室内に8台のコンピューターが置かれていた。生徒はいなかったが、ちょうど先生がおり、3週間コースでコンピューターの基礎を教える、ここにあるコンピュ―ター(IBM)は、寄贈された中古品を修理して使っている、とのことであった。驚いたことに、この先生も受刑者であった。隣の室では、基礎教育の授業中で、20人位の受刑者が数学の勉強をしていた。
 その後、図書室を見た(既決と未決用に2つある)が、カード式で、受刑者は週1回ここに来て本を1週間借出すことができ、よく利用されている、とのことであった。ここでも運営に当っており、我々に説明してくれた2人は受刑者であった。
 病室も既決、未決の各1室あり、ベッドが並んでいた。医者2人と歯科医1人がいるとのことであった。
 南アフリカは、アパルトヘイトを経て数年前に新しい憲法を制定し、建国の途を進み始めたばかりであり、犯罪者の急増、刑務所での過剰収容等、深刻な状況にあるが、この刑務所は、非常に近代的なやり方で運用され、日本の刑務所よりずっと教育、人権に配慮している印象を受けた。
2、ロビン島刑務所
 ケ―プタウンのすぐ西の大西洋に浮かぶロビン島の刑務所は、ネルソン・マンデラ等政治犯が収容されていた最も苛酷な刑務所であり、南ア・アパルトヘイトの象徴ともなっていた。今は、刑務所は廃止され、文化遺産として元受刑者が運営する財団が管理し、一般に公開している。
 我々に説明してくれた人は、1964年にネルソン・マンデラと共に逮捕されて、ロビン島に収容され以後26年間も拘禁されていたANCの幹部で、財団の理事長をしている(マンデラは27年拘禁)。
 当時南アでは法律により合法的に人種差別が行われていたが、刑務所の中でも差別は行われ、白人→インド人→黒人の順に劣悪な処遇を受けた。ロビン島は、大西洋に浮かぶ、起伏のない平らな小島であり、夏は暑く、冬は著しく寒い。64年の冬逮捕され、説明者(インド系)は長ズボンを支給されたが、マンデラら黒人は半ズボンしか与えられなかった。政治犯は他の犯罪者と完全に隔離された小さな独房に入れられ、ベッドもなくコンクリートの床に寝て、昼は、近くの石切場で石を切出し、割る、厳しい労働(単に苦痛を与えるだけのまさに“苦役”)に従事させられた。看守は、すべて教育程度の低い白人で、極めて苛酷であった。
 南アの指導者は、マンデラら黒人指導者をここに隔離、拘禁し、国際社会から忘れ去られた存在としようとしたが、そうはならず、1991年にマンデラは釈放され、その後南アの大統領となった。
6)会議の印象とまとめ
1、世界主要国の矯正行政の最高責任者らが、相互に情報交換しつつ、より良い矯正を目指して種々の問題を討議する会議で、実務家にとっては極めて有意義である。欧米諸国だけでなく、アジアからも中国、シンガポール、香港等の矯正局長がメンバ―として出席しているのに、日本の法務省矯正局から誰も出席していないのは実に奇妙で、日本の孤立状況を表している。
2、会議を通じて、次の諸点については参加者に共通の認識があるようにうかがわれた。
(1)矯正の主要目的は、@公衆の安全と、A受刑者の人権保護、にある。
(2)いかにして犯罪者の再犯を防止し、犯罪を減少させるかが大きな課題だが、刑務所に拘禁することは犯罪の減少にあまり役立たず、社会内での他の有効な方法を拡大する必要がある。
(3)矯正の仕事を進めるうえで、広く民間の支援者、専門家等の協力を得ることが極めて重要である。(以上)