病気の受刑者への懲罰に対して控訴審で一部勝訴が確定

永嶋 靖久(大阪弁護士会)


事件の経過

 94年10月12日に、刑の確定により京都刑務所に移監されたKさんが、以後、薬物中毒の後遺症による強迫症状のため手洗いや洗濯を行うのに対して、水の不正使用を理由とする懲罰が繰り返された。水の使用が禁じられ、軽へい禁や保護房収容が繰り返されることによって、いっそう症状が悪化し、ついには幻覚・幻聴症状が出るに至った。95年1月14日、家族からの訴えを受けたCPRからの連絡で2名の弁護士が面会し、同日直ちに懲罰処分の取消と国賠請求及び執行停止を申立てた。
 執行停止については、2月8日却下されたが、訴訟提起以後、医師は毎週2回かなり時間をかけて診察するようになった。弁護士が、ほぼ1週間に一回訴訟打合せのため面会し、刑務所の懲罰も注意にとどまるようになり、症状はかなり改善された。最終的には、同年5月15日、大阪医療刑務所に移監された。
 提訴対象の懲罰終了後は、国家賠償を求め、現在まで争っていた。

京都地裁判決

 98年5月8日、京都地裁は原告の請求を棄却した。判決は、要旨以下の通りである。
「…強迫神経症に起因する可能性のあることを否定しさる根拠はないが…『発症』する過程は容易に理解し難い。…これらに…原告の性格、拘禁拘束に対する回避傾向が顕著であることなどの事情を重ね合わせると…前記洗濯行為も原告がその是非善悪を承知しその意思で回避することもできたのではないかと見るほかない。…本件各行為が原告の当時罹患していた『潔癖性』から原告の意思に関わらず招来され、原告自身が回避することができなかったものとは認められず、むしろ原告の意識的な抑制次第で本件各行為の阻止を図ることができたのではないかと窺うことができる」

大阪高裁判決

 これに対して、今年6月15日、大阪高裁は、国に対して、10万円の支払いを命じた。判決の中心部分は以下の通りである。
「控訴人は、保護室拘禁処分を受けている間の平成七年一月六日、F医師の診察を受けた。同医師は、そのころには、控訴人に対して、懲罰処分をしても、控訴人の症状を悪くするだけであり、控訴人にこれを科すことはかえって逆効果であると認識した。そこで、F医師は、平成七年一月中旬ころ、刑務所長に対して、控訴人に懲罰処分を科しても強迫神経症を悪化させるとの意見を述べた。同医師は、控訴人の診察を希望した。しかし、刑務所長は懲罰の執行が終了する同年二月一二日までに精神科医に控訴人を診察させなかったし、本件懲罰処分の執行の一時停止もしなかった。」
「本件第一行為のうち無断洗濯行為、本件第四行為の洗濯行為については、控訴人は、その行為が刑務所内の規則に違反し、場合によっては懲罰を科せられる行為であることを知りながらも、これらの潔癖症的な行為をせざるを得なかったもので、これらの行為は強迫神経症の症状に基づくものであって、控訴人にとって、その行為をしないことが相当程度困難なものであったと認めることができる。
 そして、このような強迫神経症状にある者に対して懲罰を科し、それを執行することはかえってその症状を悪化させるので、医学的治療の見地からは、これを避ける必要があったものと認めることができる。
 刑務所長としては、遅くとも精神科医であるF医師が本件懲罰処分の執行が控訴人の強迫神経症の治療上逆効果であり、控訴人の診察をしたいとの意見が刑務所長に伝えられた平成七年一月中旬の時点で、新たな診察により、この意見が否定されない限り、本件懲罰処分の執行が中止されるべきであったと認められる。
 もちろん、刑務所長としては施設の秩序維持、収容者に対する処遇の平等の観点から、控訴人の自由意思による規律違反行為の抑制が不可能であるか、あるいは単なる詐病、方便、ないし、反発等によるものでないかについて、施設の管理者として、あるいは収容者に対する刑の執行者の長として医師の判断を参考にしながら独自の観点の下で、処遇方法を見極める必要のあることは否定できないが、少なくとも、医学的な問題については医師の意見を尊重すべきであることはいうまでもない。
 ところが、刑務所長は、精神科医師の再診察を受けさせないまま、本件懲罰処分を中止しなかったものであって、刑務所長の裁量の範囲を超えたものであって、これにつき過失があると言わざるを得ない。」

感想

 一審判決と二審判決を分けたのは、京都刑務所の精神科医師であったF医師の証言である。一審で、我々が同医師を証人申請したのに対し、国は、「医師が証人として採用されるならば…勤務意欲を低下させることとなり、場合によっては退職される恐れもある…矯正施設全般にわたる医師の確保等が困難となり」という意見書を出し、頑強に抵抗した。このため、一審はF医師を証人採用せず、「病気かどうか分からない」という理由で請求を棄却したのである。これに対して、控訴審裁判所は国が証人採用に反対する理由はとうてい納得できないとして、F医師を証人採用した。その結果、医師が懲罰に反対していた事実が明らかとなったのである。国は、F医師の証言内容が予測できたから、証人採用に抵抗したのであろう。
 二審判決は、一部勝訴の結果となったが、かなり遅い段階以降の懲罰にしか違法を認めていない点で、なお不十分であるといわなければならない。  事件の詳細と問題点については、「監獄と人権」及びCPRニュースレターbRの報告を参照されたい。