拘禁二法案の一部再提出を念頭に法務省と日弁連の勉強会開始の方向

海 渡 雄 一


日弁連各単位会に意見照会

 日弁連拘禁二法案対策本部は昨年12月28日に各単位会弁護士会に次のような報告を行った。日弁連と法務省は11月29日、12月14日の二回にわたって会合を行い、両者の間で受刑者処遇の問題に限定した勉強会を開くことを検討することとなったので、各単位会で討議を行い、検討結果を報告するように求めた。
 今回の法務省の動きの背景には政府が外国人受刑者移送条約の批准のために、主としてアメリカから受刑者処遇に関する法制度の改革を迫られているという問題がある。明治時代の監獄法のままでは、条約の批准は難しいとアメリカなどから指摘を受けているようだ。また、代用監獄や死刑確定者、規律秩序などに関する部分は日弁連と法務省の間に考え方の開きが大きく、勉強会の対象から外されている。

外国人受刑者移送条約とは

 この外国人受刑者移送条約とはヨーロッパ評議会が起草したもので、1983年に締結されている。条約の目的は外国人受刑者の増加に伴い、外国人が外国で受刑することに伴う生活習慣や宗教などからの困難を避けるため、外国人を国籍国に移送し自国で外国判決の受刑をすることを簡易迅速に実現することにある。アメリカなどからの指摘は、現在の監獄法に基づく受刑者処遇制度のもとでアメリカなどで有罪が確定した日本人を日本に移送することが人権を侵害するおそれがあるとするものである。

規約人権委員会の最終見解の実現こそ急務

 今回の申入は日弁連と法務省の間に比較的争点の少ない「受刑者処遇」という論点について話し合いの端緒を開き、日弁連の長年の代用監獄廃止・被拘禁者の人権尊重の主張を弱めて、最終的には法案全体の成立を図る狙いがあることは否定できない。むしろ、今必要なことは1998年11月の規約人権委員会の指摘に従って、
  1. 苛酷すぎる所内規則の緩和
  2. 懲罰手続の適正化
  3. 革手錠などの残酷な戒具の廃止
  4. 独居拘禁についての厳しい制約
  5. 独立の権利救済機関の設立
  6. 死刑確定者の外部交通の原則自由化
などの緊急を要する改善点に絞って改正を行うことだとも言える。

勉強会は日弁連の主張の実現の好機

 しかしながら、この話し合いの申入自体を拒否すれば逆に法案の国会提出を強行されたり、日弁連の姿勢に関して「監獄法の改正を妨害している」などの逆宣伝が行なわれたりする可能性もあり、これを拒否することは困難である。これまでの弁護士会の活動の蓄積を生かして、法務省を説得すれば、受刑者処遇の部分に限定されるとしても、現行監獄法を真に改正する法律を制定することは困難ではあるが、不可能とは言えない。いつまでも、明治時代の監獄法のままということはあまりにも異常である。私自身も話し合いを始めることには反対ではない。

市民に開かれたものに

 しかし、この問題は日弁連が長く政府案に強く反対してきた経緯があり、対応を誤ると日弁連が基本的な方針を転換したのではないかというあらぬ誤解を与える危険性がある。そのようなことになれば、国会筋や市民運動から日弁連のこの問題に対する姿勢に疑念を持たれたり、今後の日弁連の法案全体に対する活動に支障を生じることも考えられる。とりわけ、司法改革を巡って日弁連全体が浮き足立っている時期にこのような話し合いを行うことに対する危惧も否定できない。このような点に、細心の注意を払いながら、国民に開かれたかたちでの意見交換を行っていく必要がある。
  •  現在のところ、法務省は受刑者処遇についての勉強会を行い、共通の理解が確認されてから法案の内容に入るという手順を提案している。最初に法案を巡る意見交換があるのではないと言うことをはっきりさせるため、共通の理解が得られない場合には意見交換を継続できない場合もありうるという可能性を残す意味でもこのようなやり方には賛成である。

    監獄人権センターの役割

     また、意見交換を行なう以上十分に準備を行ない、判決例を収集分析したり、日弁連や弁護士会の人権救済事例を活用した意見を述べたり、新たな国際人権基準や国際人権機関の先例、諸外国の法制度及び実情なども踏まえた発言を行ない、議論をリードできるようにする必要がある。監獄人権センターもこの間の活動によって蓄積した資料・情報を弁護士会に提供して側面からこのような活動をサポートする必要があるだろう。

    国際人権基準に即した議論を

     外国人受刑者移送条約の批准でアメリカからのクレームがあると言うことも、実はこの間の府中刑務所における外国人受刑者に対する人権侵害事件の多発に根拠がある。問われていることも、実は日本に法制度だけでなく、現実の受刑者処遇が国際人権基準に違反しているのではないかと言うことなのだ。
  •  従って、今回の意見交換の基本となる資料は法制審議会の終了後にわが国が批准した条約や国際人権規約やヨーロッパ人権条約などの人権条約に基づく先例、又は成立した国際人権基準、先進諸外国の法規、行刑政策等を含むものとすべきである。特に、法制審議会の答申がなされた1980年以降に採択された被拘禁者の人権に関連する国際人権基準は議論の大きな前提となるものである。それらには次のようなものがある。

     1982年12月 国連「拷問等から被拘禁者を保護する医療倫理原則」
    1984年5月  国連「死刑に直面している者の権利の保護を確保する保障規定」
     1984年12月 国連「拷問等禁止条約」(1999年7月日本国批准)
     1985年12月 国連「司法部の独立に関する基本原則」
     1987年 ヨーロッパ評議会「ヨーロッパ刑事施設規則」
     1987年11月 ヨーロッパ評議会「拷問等防止ヨーロッパ条約」(ロシア・東欧を含む40ヶ国が既に批准)
     1988年12月 国連「被拘禁者保護原則」
     1990年12月 国連「社会内処遇のための国連最低基準規則(東京規則)」
     1990年12月 国連「被拘禁者の処遇に関する基本原則宣言」
     1990年12月 国連「弁護士の役割に関する基本原則」
     1992年10月 ヨーロッパ評議会「ヨーロッパコミュニティ・サンクション・アンド・メジャーズ」
     1998年4月  ヨーロッパ評議会「監獄におけるヘルス・ケアの倫理的・組織的側面に関する勧告」

     拘禁二法案はこのようなめざましい国際人権基準の発展を全く反映していないのである。

    市民のサポートを

     監獄の中の人権というような地味な問題が現在のような問答無用でひどい法律が通されていく風潮の世の中でまともに取り扱われるか、正直に言って不安がある。しかし、監獄法を改正することは私たちが一貫して求めてきたものである。なんとか、このような話し合いの機会を生かして、受刑者の処遇が少しでも改善されるような成果を勝ち取りたい。
    そのための皆さんからのサポートをお願いします。