監獄人権センター 第4回総会 報告


98年度活動方針について  事務局長 海渡 雄一

1、監獄人権センターの昨年度の活動
 昨年我々は2つのきわめて重要な勝訴判決を得ました。一つが97年11月25日に高松高裁で言い渡された徳島刑務所受刑者の接見に関する判決です。一審も一部勝訴だったのですが、それを上回るいい判決を勝ち取りました。一審では接見の際の30分という時間制限を違法としましたが、控訴審では受刑者と弁護士との接見に看守の立ち会いをつけるのは一定の状況下では違法になると述べています。控訴審判決は、国際人権規約がわが国の国内法廷で適用可能であるということをはっきり示しましたし、国連の「被拘禁者保護原則」が人権規約の解釈の一つの指針になることを明らかにしています。さらにはヨーロッパ人権裁判所の判例、キャンベル・アンド・フェル事件の判決を引用して解釈の指針とするという判断を示しました。これは極めて重要で、日本の国内法廷においてヨーロッパ人権裁判所の判例を具体的に引用した初めてのケースではないかと思われます。監獄訴訟をやって行く我々にとっての一つの大きな糧になるだけでなく、国際人権法を日本の法廷に認めさせて行くという大きな流れの中でもエポック・メーキングな判決でした。これは大阪の金子武嗣弁護士をはじめとする弁護団、熊本大学の北村泰三先生といったみなさんの成果の賜物であり、我々センターとしても共に喜びたいと思います。

 もう一つは千葉刑務所における革手錠事件で98年の1月21日に東京高裁で一部勝訴判決を得ました。「保護房、革手錠を使用したということ自体ではなく、革手錠を後ろ革手錠の状態で使用したということで、非常に非人道的で品位を辱める取り扱いがあった。具体的には食事や用便が自由にできない状態で処遇されたということが違法である」という判決が出された。食事を独力でとろうとすれば、首を突き出し「犬食い」の方法をとらざるを得ない、自分で排便の始末をすることは全く不可能となり「垂れ流し」の状態となる。両手首が腰の背中側で分厚い腕輪を通して革ベルトに固定されているので仰向けに寝ることは困難。うつ伏せになることや横になることも上腕部や背中の痛みを伴う。判決では革手錠を使った処遇がいかに人間の尊厳を傷つけているかということを、東京高裁という非常に保守的傾向の強い裁判所ではっきりと認めさせることができた。この裁判でも国際人権法に関する判決例などを提出していた。判決文には反映されていませんが、国際人権法の考え方というものがこの判決に大きく影響していると考えています。

 6月29日には一連の革手錠事件の先陣をきって府中刑務所のKさんの判決が言い渡されます。それ以降も結審になっている事件、審理が終盤を迎えている事件が幾つかあります。これらの事件で確実に勝って行くということが我々にとって極めて重要だと考えています。  東京拘置所建て替え問題と領置品規制の問題にも取り組んで来ました。東京拘置所建て替え問題で非常に特徴的なことは、法務省・大臣官房施設課と弁護士会との間で非常に長期にわたって定期的な会合がもたれていることです。そこで施設の構造等について具体的な説明があり、こちらが意見を述べて一部はその意見を容れるような形で改善がされてきている。少なくとも対話が持てる状態になったということはプラスだと思います。

 昨年度の活動で最も重要だったものの一つが、アムネスティ・インターナショナルの外国人被拘禁者問題と保護房・革手錠問題に関するレポートの調査への協力です。アムネスティから日本の被拘禁者の人権に関するレポートが2つも出されたことは本当に画期的なことであると考えています。

 また、私は今年3月、国連の人権高等弁務官事務所が主催する会議にCPR事務局長として招待されました。この会議は、世界中から10数名のNGOと政府関係者が集まって、国連が作る刑務官向けの人権教育のマニュアルの第一草案を4日間にわたり検討する会議でした。会議に参加して感じたのは、国際社会が刑務所における人権問題を改善しようと非常に努力をしている。その中で最も重要なことは一線で受刑者の処遇に当たる刑務官の教育・研修の問題であるということです。刑務官の教育にとって非常に有益なマニュアルを国連が作ろうとしている。マニュアルは今年か99年初頭には国連の名前で出版されると思います。これを使って日本の刑務官の人権教育を実施することが日本政府の責務になるわけです。そのためには、マニュアルを翻訳し紹介する活動をしなければなりませんけれども、日本の刑務官の人権教育ということに我々自身が関わっていける状態が生まれれば、これは大きな進歩だと思います。

 国連の会議が終わった後、時期を合わせてロンドンで開催されたのが、インターナショナル・プリズン・スタディ(IPS)の理事会です。これは国際的なシンクタンクですが所長はCPRの総会で一昨年ご招待したアンドリュー・コイルさんです。いま彼は刑務所長をやめてIPSの所長になっている。同じくIPSの調査員としてビビアン・スターンさんも活躍されています。ビビアンさんには『未来における罪―世界における拘禁』という本をいただいたのですが、その中で刑務所での人権問題が特に指摘されている国が4つあります。アメリカ、ロシア、中国と日本なんですね。国連会議でも感じたのですが、アメリカにおける刑務所の人権状況は極めて憂慮すべき状態だ、というのがヨーロッパの専門家の見解です。法務省はよく「日本の刑務所の状態はアメリカよりましだ」と言っています。これはある意味で当たっているかもしれませんが、それでは世界では通用しません。理事会には国連拷問問題特別報告者のナイジェル・ロドリー氏やイギリスの刑務所査察官なども参加されていました。理事会では被拘禁者の処遇と人権の問題に関して、国際的に統一された戦略をNGOが共有する必要性について話し合われました。アメリカや日本の政府を中心にして、世界的に組織犯罪などに対する立法の強化や、「危険な受刑者」に対して厳しい処遇を科すことを求める動きが強まっています。もちろん深刻な犯罪は解決しなければなりません。人権を守りつつどうやって深刻な犯罪に対応していくのか、それについて国際的戦略が必要であるということが真剣に論議されていました。

2、弁護士会での動き
 弁護士会は、被拘禁者の問題については人権擁護委員会と拘禁二法案対策本部という2本立てで活動しています。人権擁護委員会第3部会には被拘禁者の人権救済申立に関して情報が集約されています。他方、拘禁二法案対策本部は法案自身が国会にかかっていないということもあり活動が一部停滞していることは否めません。しかしこの機会に被拘禁者の人権に関する事件を専門に担っていける集団を拘禁二法案対策本部として作っていこうというプランも出て来ています。7月10日には『刑事拘禁の実際とトラブル解決法―既決段階弁護の確立に向けて』と題して東京弁護士会・拘禁二法案対策本部主催の集会が開催されます。今まで弁護士はともすると「裁判が終わったら弁護はおしまい」という感覚が強かったのですが、判決を受けた後でも人権を守る活動があるのだという意識が生まれ始めています。こういう活動にもセンターとしてコミットしていく必要があると思います。

 もう一つ、日弁連の国際人権問題委員会ではカウンターレポートを作っています。これは今年の秋、国連の規約人権委員会で行われる日本政府からの報告書の審査に向けて作っているものです。すでに草案はほぼ完成し理事会の審査を待つばかりです。全150ページの中にはあらゆる人権問題が含まれており、被拘禁者の問題は40ページほどになりそうです。この部分は拘禁二法案対策本部が作成したものですが、これが秋の規約人権委員会の審査に役立つ事を願っています。

 また、東京の三弁護士会に刑事拘禁委員会が出来ました。これは以前の東京三会代用監獄調査委員会が改組されたものです。代用監獄だけでなく刑事拘禁全体について東京三会で連絡を取り合いながら活動する体制が出来てきました。今後、施設の訪問に活動の重点をおいていこうと考えています。東京拘置所建て替え問題もこの委員会で論議しています。弁護士が刑務所の訪問を繰り返すことによって、当局者と接点を持ち、改善を働きかけていく事を追求していきたいと思っています。この委員会では98年5月ヨーロッパに調査団を派遣し、フランスとドイツの拘禁施設の調査を行いました。同時にストラスブルグにあるヨーロッパ評議会を訪ね、昨年講演していただいたベント・ソレンセンさんが勤めていたヨーロッパ拷問禁止委員会、ヨーロッパ評議会、人権と刑事問題に関する委員会の方々から話を聞き、ヨーロッパにおける非常に進んだ重層的権利保護の仕組みというものを学ぶことが出来ました。

3、法務省・矯正局の動向
 いま法務省の中で起きていることをどう理解するのかは非常に重要な問題です。最も憂慮すべきこととしては領置品規制問題があります。被拘禁者が施設の中でいままで所持できていた物品の量を非常に厳しく制限する。刑事施設法案にもなかったような厳しい規制を、法律ではなく、規則レベルで実施し既成事実化しようとしています。CPRでは署名運動を通じて、この問題をより多くの人々に訴えていきたいと思っています。

 また東京拘置所の仮舎房は房から外が全く見えない建物となってしまった。施設課が作っている建て替え後の新しい舎房では、若干は外が見える構造にすることが約束されていたのですが、仮舎房は全く外が見えない構造です。今まで10数年拘置所で暮らして来た依頼者がいるのですが、彼は毎年拘置所の桜の咲く季節を大変楽しみにしていました。しかし今年は「全く桜が見えませんでした」と手紙に書いて来ました。我々は、春になれば花が咲き、新緑の季節になれば木々の緑が萌え出すのを感じることで季節を理解するのですが、そういう季節感を完全に剥奪されてしまうということは非常に深刻なことだと思います。非常に多額のお金をかけて新しい施設を作ったにもかかわらず、処遇が今までよりも悪化してしまうようなことがあってはなりません。

 また、現在、各地の刑務所で「不祥事」が多発しています。逃走未遂事件などがありましたが、もうちょっとささいな事で、刑務官が被拘禁者に携帯電話を渡して外部と連絡を取らせるといったケースが多いです。これらを防止するという名目で綱紀粛正が行われて、刑務官に対する管理が強化されてきている。具体的には刑務官と被拘禁者の私語を禁止する、従来行われてこなかった初等科刑務官の異動を施設ごとに義務づけるという動きが強まってきています。これは全く間違ったやり方です。現実に起こっている問題をみれば、禁止されている私語をした刑務官が被拘禁者に「幹部にばらす」と脅かされて便宜を図ったという例もあるのです。現在、CPRには受刑者からの訴えだけでなく、第一線で働いている現職刑務官の人達から「自分たちの人権も何とかしてくれ」という悲痛な訴えが寄せられてきています。取り扱うのは困難な問題ですがCPRとしても何とかこうした相談に対応していきたいと思います。

 それから我々が痛感しているのは長期刑の受刑者、特に無期懲役刑の受刑者の仮釈放が非常に困難になって来ているように思われます。関連は必ずしも明かではありませんが、無期懲役受刑者の自殺という非常に痛ましい事件が最近幾つか報道されています。千葉刑務所で新宿バス放火事件のM受刑者が97年10月に自殺していた。さらには城野医療刑務所でも今年自殺しているのが発見されている。最近、法務省で開かれた矯正管区長・刑務所長の会合でも、各刑務所で自殺が増加傾向にあり、これが憂慮されるといった報告がされているようです。自殺数は明らかに急激な増加傾向にある。このことは刑務所の中における精神的環境が極めて耐え難いものになって来ていることの現れではないかと考えています。

 それから6月には、大分刑務所での受刑者への暴行について矯正管区の指示により刑務所長が刑務官を刑事告発するという事態が発生しました。暴行した刑務官を告発すること自体は悪いこととは言えませんが、告発が非常にまれな一方、報道によれば事件は比較的軽いもので、どのように考えるか非常に難しい問題です。

 他方で歓迎すべき傾向もあります。今のところ新しい革手錠の濫用の例が報告されて来ていない。刑務所内部の規律のあり方、わき見や私語の禁止等について刑務所当局として再検討していると見られる動きがあります。もちろん公表はされていません。しかし、雑誌『刑政』に、諸外国の制度の紹介や規律の在り方の見直しを述べた現職幹部の発言が掲載されており、そういったアクションがとられるのではないかということが予測されます。また、元法務省に勤め、いま亜細亜大学で教鞭をとっている柳本正春先生という方の、第三者機関の設置や、国際査察制度の導入を積極的に評価する論文が、『刑政』98年5月号に掲載されています。これらが何を意味するのかを考えることが重要だと思います。

 規則の改正というプラスに評価出来るものは公表されていませんが、一連の動きの中でかすかにでも刑務所を改善していこうとする、ポジティブに評価出来る部分があることは間違いないと思います。しかしかなり複雑で、一方では領置品規制や刑務官と受刑者との私語を禁止する動きが強まっている。これをどう評価していくかは難しい。我々としては法務省のポジティブな部分をどうやって伸ばし、ネガティブな部分にどうやって歯止めをかけていくのかいうことを今後とも追求していく必要がある。刑務官と受刑者の交流を断つ私語の禁止などは一刻も早くやめてほしい。さらに、医療の不足ということから刑務所で生命が奪われるということが起きているが医療水準を引き上げる、そして適応に無理のある規則は廃止ないし改善していく、刑務官の教育・研修に我々NGOも何らかの形で関与出来る形を目指していきたい。そういったことで今後も活動を続けていきたいと思います。