千葉刑務所・革手錠国賠事件高裁判決について

上本 忠雄 (第二東京弁護士会)


 去る1月21日、東京高裁で千葉刑での保護房・革手錠の使用に対する国家賠償請求事件が、一審判決取消の逆転勝訴判決が下されたので、報告する。

1 事案の概要

原告は、K、Bの2名である。両名は、公務執行妨害等で逮捕・起訴されて、1990年11月7日以降、千葉刑務所で勾留されていた(その後、保釈)。

(1)原告Kの事件は以下のとおりである。
 原告Kは、在監者の自費購入用のみかんの缶詰が従来は124円であったものが、91年2月14日から一挙に180円に値上げされたことに対して、その理由などについて会計課宛に面接願いを提出し、2月20日保安課第二区(拘置区の意味)第一係長と代理面接を行った。その際に第一係長が値上げの理由について、「価格変更により値上げした」旨を告げるのみで、詳細について回答せず、面接の打ち切りを宣告した。そのため、面接の続行をKが求めていたところ、退室しようとした第一係長がKの左足を蹴った。Kがこれに激しく抗議すると、第一係長はKの顔面を押さえつけて面接室の壁に背中を打ち付ける暴行を加えた。その後、Kは警備隊員らに身体を持ち上げられた格好で保護房に収容され、その場で革手錠を両手後ろの体制で装着され、金属手錠も併用された。収容の翌日になって、革手錠は両手前に変更されたが、同月24日まで革手錠を使用され、25日になって保護房解除となった。その後、軽塀禁の懲罰を受けている。

(2)原告Tの事件は以下のとおりである。
 原告Tは、91年3月29日、運動のため居房から運動場に移動する際にスリッパをややひきづって歩いていた。これを看守から注意されたことをきっかけとして看守に対し「抗命と暴言」を行ったとの理由で運動時間終了後に取調を受けた。その際、思わず机を蹴ったところ、居合わせた看守らからうつぶせにされた上に背中を蹴るなどの暴行を受け、その場で革手錠を両手後ろの状態で装着されて(金属手錠併用)、そのまま保護房に収容され、翌日革手錠を両手前に変更されたものの、4月2日まで保護房収容を継続された。なお、K同様に軽塀禁の懲罰を受けている。

2 主たる争点

 事件の争点は、両名に対する革手錠・保護房収容の要件の存否、すなわち、@両名の暴行のおそれの有無、A保護房収容と革手錠装着との併用の可否、の2点である。

3 第一審での国側主張

(1)「必要かつ合理的」基準  「逃亡または罪証隠滅の防止という未決勾留の目的達成のために必要かつ合理的な範囲内において、また、監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生じる相当の蓋然性が認められる場合には、右の障害発生の防止のために必要な限度で身体の自由及びそれ以外の行為の自由は合理的な制限を受ける」と述べる。すなわち「必要かつ合理的」な場合には「必要かつ合理的」な制限ができる、としている。

(2)「暴行のおそれ」
 看守らの証言では、K・Tは屈強な警備隊員らに両脇をしっかり固められている筈なのに、これを一瞬にして振りほどいて看守に殴りかかろうとしたが、とっさによけることが出来たとか、両脇を看守らに押さえつけられている体勢で他の看守を足で蹴ろうとしたとかいうもので、何れもK、Tの手や足が他の看守に当たったことはないというものである。
 また、国側証人の証言態度は、「足で蹴ろうとする暴行」については、「足を振り回していた感じ」であるとするなど、極めて抽象的な印象をぬぐい去ることの出来ない不自然なものであった。

4 一審判決

(1)暴行のおそれ
 両名が看守らに対して暴行を行おうとしたことは否定。

(2)保護房収容・革手錠装着の違法性
 Kの保護房収容について、「居房に戻れとの指示に反し、大声を出し、また連行しようとした職員に抵抗した」から、「社会通念に照らして著しく妥当性を欠き、権限濫用にわたるものとは認められない」とした。
 また、革手錠使用については、職員の制圧に対するKの抵抗についてこれを暴行のおそれがあると判断して革手錠を使用したことに過失があるとはいえない、とした。
 Tの保護房収容について、Tが職員に「殴りかかるように見える動作」があったと認定した上、職員がこれを「殴りかかろうとしたと誤認したことはその状況からも無理もなく、過失があるとはいえない」として、違法ではない、とした。
 また、革手錠の使用についても、職員に抵抗したから裁量権の逸脱はないとした。

5 一審判決の評価

 K、Tが暴行を行おうとしたというのが、K、Tが保護房に収容され、また、革手錠を使用された理由であり、懲罰の対象とされた事実である。
 判決は、国側証人らの証言内容から、両名が暴行を行おうとしたという国側主張を排斥した。その論理的帰結は、保護房収容も革手錠の使用も、そしてまた懲罰もそれぞれ違法でなければならない。しかし、裁判所は上記のとおり、結果として違法性を否定した。殴りかかった(あるいは、殴りかかろうとした)事実がないにもかかわらず、また国側が殴りかかろうとしたと終始明言している中で、裁判所が判決で「殴りかかろうとしたと誤認したことに過失はない」というのは、国側の偽証(意図的な事実のねつ造)を救済するようなもの。判決は独自の判断から、誤認の可能性に言及しており、これ自体、国側の主張にも反するものであった。

6 控訴審での経過

(1)国際人権規約違反の主張−非人道的取り扱い
 革手錠使用の違法性を強調・補足するために国際人権規約に関する主張を補足した。
 参考までに、控訴審で提出した主な関連証拠は以下のとおりである。

(2)争点の絞り込み
 争点を後手錠の違法性に集中すべく、確実に立証できそうな論点に絞りこむ方針を採用した。

(3)検証の実施
 検証における裁判所の釈明は、後手錠と前手錠とでは、暴行抑制効果に差異があるか否かという点であった。
 国側は、両手後ろでは、「被使用者の重心を後方に移動させ、暴行をしようとして職員に突進してこようとする際の被使用者の機敏な前進動作を抑制すると同時に、職員が暴行を避けるための時間的な余裕を確保し」、「職員による制圧を容易にし」、「両手が制圧職員の身体及び衣服に触れず、暴行による被害を最小限にする」と述べた。
 原告は、重心の移動は任意に可能なことを失念した詭弁である、と反論した。
 検証の目的としては、革手錠を装着した状態での起臥寝食状況を明らかにする、というものであった。

8 B規約に関する主張要旨

 原告は、本件に対し、B規約の直接適用を主張し、B規約違反により違法との判断を求めた。
 アンティ・ヴォランヌ対フィンランド事件において示された、「取り扱いの継続期間、方法、肉体的又は精神的影響、被害者の性、年齢及び健康状態等、事案の全ての事情に基づいて」、「辱め又は卑しめの程度が一定の程度を越えること」を、非人道的取り扱いの判断基準として採用し、本件に適用した。すると、@取り扱いの継続期間としては、両手後ろで21〜26時間、である。A方法と肉体的・精神的影響としては、犬喰い、垂れ流し、睡眠の困難さ、が挙げられる。B辱め又は卑しめの程度は敢えて言及するまでもなかろう。
 国側は、B規約が保障する権利は、いずれも権利の性質、内容及び範囲において憲法13条が保障する権利と何ら異ならない、したがって「被収容者の基本的人権に一定の制限がなされることはやむを得ないところであり、必要かつ合理的な制約については、憲法はこれを許容している」とした。
 また、アンティ・ヴォランヌ対フィンランド事件についても、「独居拘禁によって達成しようとする目的から当該独居拘禁の必要性を審査し、当該独居拘禁の厳格さ、苦痛の程度、継続期間、苦痛が懲戒措置に内在するものにとどまるかどうかに基づいて、当該独居拘禁の合理性を審査し、被人道的取り扱いには当たらないとの判断が示されたものと理解」できる、として、本件での適用についても、必要かつ合理的な制約であるから適法であると主張した。

9 控訴審判決

(1)保護房収容の要件
 監獄法及び同規則には、保護房拘禁の要件・手続に関する規定がないので、所長の裁量に委ねられるが、矯正局長通牒が判断基準を具体的に定めているので、その要件を満たさない場合には、裁量権を逸脱したものとして違法である、と矯正局長通牒を基準に判断することとした。

(2)革手錠使用の要件
 使用の要件は、監獄法19条、規則50条1項に規定される。具体的場合の必要性の判断は、所長の裁量に委ねられる部分があることは否定できないが、矯正局長通牒が、手錠の使用は法令に定められた事由のある場合に限り、その使用目的に従って、かつ、目的達成のための最小限度において使用されなければならない旨を明らかにしていることに鑑み、所長の裁量判断は「暴行、逃走もしくは自殺の具体的なおそれがある在監者について、手錠を使用することが必要であると認められる場合に限り、かつ、介護の目的達成のための最小限度の範囲、方法において使用されなければならない」というべきであるとした。

(3)両手後ろ手錠について
 身体の拘束の程度及び苦痛の程度について詳細に認定し、「犬喰い」、用便の「垂れ流し」、「就眠困難」などについて、「人間として生存するために最低限必要な生理的行動」であり、両手前の方法と比較して、両手後ろの場合と比較して、「軽視し難い重要な差異があると認められる」とする。
 また、暴行抑制効果についても、両手前と両手後ろとで顕著な差異はないとした。
 結論として、「保護房内において、両手後ろの方法により革手錠及び金属手錠を使用されることにより被使用者が受ける身体的、精神的苦痛の程度」は、「戒護の目的達成のための必要最小限度の範囲、方法を明らかに逸脱」し、「いたづらに身体的、精神的に強度の苦痛を与えたもの」としている。

(4)国際人権規約について
 国際人権規約の適用・効力については国側主張と同様の判断を下した。

10 控訴審判決について

(1)法務省通牒の法的拘束力
 保護房については、旭川刑務所革手錠事件判決(判タ835、165頁)を踏襲したものである。同判決は、「右通達により『保護房』拘禁が直接的に具体化されていることを考えれば、右裁量(註・刑務所当局の裁量)は右通達の定める範囲でされるべき」としている。
 また、革手錠については、新しい判断を下した。旭川事件では、「金属手錠及び革手錠の使用は、同法19条1項、同規則48条、49条、50条1項にいう懲戒具であり、暴行、逃走、若しくは自殺の虞れがあるときを除き所長の命令により、これを使用することができるものであって、右実体的・手続的要件を欠くときは違法となる」としていた。

(2)必要最小限度
 矯正裁判例では、おそらく初めての判断ではないか。原告側では、国際人権規約の適用の問題として、「必要かつ最小限度」を厳しく遵守すべきことを主張していた。これに対し、判決では、通達・通牒に法的拘束力を肯定するという方法で、人権規約の適用の問題を回避しつつ、規制の網を掛けた印象がある。

(3)国際人権規約について
 B規約7条、10条について、自動執行力を肯定した。但し、国側主張と同じく、憲法の保障と同じとの判断では、豊富に蓄積された見解、人権裁判所等の判例などの詳細な認定を援用する根拠を失わせるものであり、大きな問題である。

11 補足

 この判決は、国側から上告されることなく、二審で確定した。判決の手法が、事案との関係での「行き過ぎ」という判断手法であったので、上告理由の構成が困難であったということと、上告棄却になった場合の影響力を考慮したものと思われる。
 原告側では、控訴審では国際人権規約の解釈を中心的な争点として据えたので、この点についての何らかの判断が欲しかったが、前述のとおり、従来の判決と同様の判断になったのが悔やまれる。
 しかし、事例判断とはいえ、革手錠の濫用に対しての歯止めとなったことは間違いなく、本判決の判断手法に従えば、従来反抗的な被収容者に対して行われる制裁的な革手錠の装着は、「暴行のおそれ」と拘束方法との関係で厳格に「必要最小限度」性が審査されるべきことになろう。また、両手後手錠と片手後ろ・片手前手錠は、本判決の認定方法では、両手前の場合と暴行抑制効果の点では、殆ど差異がないことになるから、原則として違法と判断されるべきことになると言ってよいものと思われる。
 いずれにしても、本判決を援用する訴訟を繰り返していくことで、自ずから本判決の射程距離がより鮮明になっていくだろう。

(以上)