東京拘置所の仮舎房の実験舎房を見学する

海渡 雄一 (第二東京弁護士会)


自然を奪われた人たち

 季節は春。私ごとになるが、私の事務所は新宿御苑のすぐ隣にあり、窓からは新宿御苑が見渡せる。桜が一斉に咲き、桜が散ると今度は木々の緑が芽を出してくる。日本は不景気で、社会には暗いニュースが流れているが、窓から自然のうつろいを眺めていると心が本当に慰められる。しかし、この日本に四季の自然の変化を全く感ずることのできない人たちがいる。拘置所や刑務所で独居拘禁とされている被拘禁者たちである。
 東京拘置所の建て替えにともなって新設された仮舎房のなかにワンブロックだけ設備された実験舎房について、さる3月26日東京の三弁護士会で作る刑事拘禁施設調査委員会による見学が実施された。

東京拘置所建て替え計画と仮舎房

 まず、前提として整理しておくと、今回見学したのは新しく建てられる高層の東京拘置所ではなく、新施設の建て替え中に使用される仮舎房である。仮舎房と言っても7年間程度利用されるものである。この施設の通常房の構造は既にCPRニュースでも何度か取り上げたが、房の片側に廊下、他方に職員の巡視路があり、ただでさえ閉塞感のある構造である。巡視路に面した側の壁には窓があるが鉄格子が設備されている。巡視路の外側には全面に白色のプラスチック製の目隠しが設備されており、外の光だけは房内に入ってくるものの房内から外の景色は全く見ることができない。施設の屋上に運動場が設備されているがコンクリート床の上に人工芝を敷いたものであり、周囲はコンクリート製の板で囲まれ、空だけは見上げられるものの、外の景色は運動場からも全く見えない。すなわち、この設備に収容されている被告人たちは法廷に行くために護送バスに乗せられていく場合を除いて地面を踏んだり、地上の景色を見たりすることは一切できないのである。
 旧舎や刑務所では窓から外が見えた。
 古い東京拘置所の施設は違った。窓からは施設内の木々が見ることができた。施設の窓にきた猫や鳩にえさをやることは規則によって禁止されていたが、花を見たり、夜の星や月を見たりすることは何ら制限されていなかった。東京拘置所に収容された被拘禁者の中には短歌や俳句を詠むものも多いが、その多くが四季の拘置所内の風景を詠んでいる。
 刑務所で通常の刑務所労働に従事することのできる受刑者は毎日刑務所の中を行進して刑務所内の工場に行く際や、運動場でサッカーや野球をしたりする際に施設内の自然に触れる機会は少なくない。ただし、刑務所でも独居拘禁の対象とされている受刑者の舎房は窓も目隠しによって塞がれ、外が見えない構造とされる傾向がある。

実験舎房の実態

今回私たちが見学した実験舎房は仮舎房の4階の一角にワンブロックだけに設備されたものである。昨年の夏の段階の説明では仮舎房の二割を新型にするという計画が説明されていた。計画は相当縮小されたことになる。法務省官房施設課ではこの実験舎房を新しい高層拘置所の舎房の構造に応用したい意向を示している。
 実験舎房の房の構造は一方に廊下、他方に巡視路と言う構造は他の房と共通である。舎房の内側の窓は防弾ガラスを張り合わせた構造となっており、鉄格子はなく、見たところはほとんど普通の窓と変わらない感じである。
 問題は巡視路の外側の目隠しの構造であるが、上側約25センチメートル程度は全く何もなく素通しとなっている。雨も風も巡視路には入ってくるということである。その下に約1メートル程度の高さのすりガラスがはめ込まれている。そして、その下側にルーバーが14段入った目隠し構造がはめ込まれている。
 すりガラスからは外は見えないが上部構造からは空を見ることができる。そして、ルーバーには内側から外側にかけての傾斜が施されており、房の窓に近い位置からは施設に近い部分の地上を見ることができる。そこに、木々があればルーバーを透かしてではあるが、これを見ることはできるのである。

実験舎房の構造を基本的に支持する

実際に房内で受けた印象からも仮舎房の一般房と実験舎房では開放感に大きな差がある。内側の窓に鉄格子がないこと、空が見えること、地上が十分ではないが見えること、すりガラスのほうが全面目隠しよりもすっきりしており圧迫感がないことがこのような印象の根拠である。確かに巡視路は余計だと思う。目隠しの個数と角度はもう少し外がよく見えるように調整してほしい。しかし私は、獄中で暮らす当事者の方々から厳しい批判を受けるかもしれないが、法務省官房施設課の提示したこの実験舎房の構造をその基本において支持したいと思う。施設課ではこの舎房の構造の設計に当たってアメリカやヨーロッパ諸国の拘置所を訪問しこれらを参考にしている。ヨーロッパは概して開放的であるが、アメリカにはきわめて小型の埋込型の窓しかない構造の拘置所も見られた。実験舎房が仮舎房の一般房に比べて居住環境として改善されていることは明らかである。そして、設計の基本において矯正局からの保安上の要求と被拘禁者の居住環境をぎりぎりのところで両立させようとした工夫が見られる。将来的にはより開放的な施設にしていくことを期待するが、現状での選択可能な改善策としてはこの実験舎房の構造を支持することで、現状の改善を図りたい。
但し、実験舎房の構造に今一歩の改善を求めたい。それは、目隠しルーバーの数を減らしてルーバーの間をもう少し開け、目隠しの角度を部屋の内部の窓から遠い位置からも少しでも外が見えるよう改善を加えることである。これらの改善の要求を含めて、私はこの実験舎房の構造を基本的には支持し、これを新東京拘置所に取り入れるよう求めたい。法務省矯正局と東京拘置所当局は施設課からの提案を真摯に受け止め、今後新設される拘置所の構造にこのような目隠しを取り入れることを認めてほしい。また、既設の仮舎房の通常房についても実験舎房と同様の構造(改善を要求する点は前述のとおり)に設備替えをすることを求めたい。又、この機会に運動場から外が全く見えない構造の見直しも強く求めておきたい。