国連人権高等弁務官事務所主催の専門家会議に招待される

海渡 雄一 (CPR事務局長)


第1、国連人権高等弁務官事務所主催の専門家会議

1、国連から招待状

 1月末に、3月9日から12日までの4日間スイス、ジュネーブの国連欧州本部で開催される国連人権高等弁務官事務所主催の専門家会議への招待状が届いた。私の肩書は監獄人権センターの事務局長となっている。監獄人権センターも世界的に有名となったものである。大変忙しい時期ではあったが、国連機関から会議に招待されることなどめったにないことなので、内容はよくわからなかったがとりあえず出席すると返事をした。その後2月の半ばに会議で検討される文書のドラフトが国際宅急便で届いた。
 今回の会議の目的は国連人権高等弁務官事務所が発行する刑事拘禁施設職員のための人権教育のためのパッケージ(マニュアルなど)のドラフト(文案)について専門家が検討するというものである。ドラフトは人権高等弁務官事務所がPRI(刑罰改革インターナショナル)と協力して作成したものである。

2、メイキング・スタンダーズ・ワークとの関係

 1995年4月29日から5月8日までエジプトのカイロで開催された第9回国連犯罪防止会議にオランダ政府から国連の被拘禁者最低基準規則の効果的実施を求める決議案が提案された。この中でPRIがドラフトを作成した「メイキング・スタンダーズ・ワーク」(以下、MSW。「刑事施設と国際人権」の邦題で翻訳が日本評論社から刊行されている。)を国連と共同出版することが提案されていた。この提案に対して日本政府などから内容的検討が十分でないという理由で慎重意見が出され、採択された決議の中では「PRIによって作成されたマニュアルの活用と検討のために、これを国連加盟国に配布することを考慮し、犯罪防止刑事司法委員会で検討されるべきマニュアルの続版の作成に関する見解を含むアドバイスを求めることを、この委員会に要請する。」と訂正された。
当初MSWと今回の人権教育パッケージとの関係がよくわからなかったが、ジュネーブで確認したところ、全く関係がない、つまり別々のプロジェクトであることがわかった。MSWについては、最低基準規則の注釈書として、ウィーンの犯罪防止刑事司法委員会で出版のための検討が続けられているとのことである。

3、ドラフトの内容

 ドラフトは3部構成となっており、マニュアルそのもの、トレーニングを行なう教育者用の手引き(一部はそのままOHPシートになるように作成されている。)、個々の職員が持ち歩けるようエッセンスを抜き出したポケット・ブックからなっている。最終的には国連のプロフェッショナル・トレーニング・シリーズの一環として出版される。このシリーズから、既に警察官に対する人権教育のマニュアルが出版されている。
 ドラフトの内容は、一言でいえばこれまで国連機関が作成してきた国際人権文書の内容を集大成したものと言えるだろう。このことは逆にいうとヨーロッパにおけるヨーロッパ評議会の作成したヨーロッパ刑事施設規則、ヨーロッパ人権裁判所の先例などへの言及はなされていない。MSWには国連の最低基準規則を超える実践例の紹介や国連機関以外の地域人権機構の先例にも言及があったが、このような記述は慎重に避けられている。ジュネーブに行く際にMSWの翻訳を担当していただいた刑事法の研究者の方にドラフトを見ていただいたところ、その内容については「物足りない」という評価が寄せられた。私も同意見であるが、国連加盟国の政府機関が実際に拘禁施設職員のトレーニングに使用するということを考えればこのような慎重な姿勢が必要だったということであろう。

4、会議の内容

 4日間における会議は朝9時から夕方6時まで休憩と食事を挟んで2時間程度のセッションで一章ずつドラフトをレビューしていくというかなりハードなもので、ジュネーブの町の観光は夜の散歩程度しか楽しめなかった。会議の参加者は末尾のリストの通りであり、政府関係者の参加とNGOからの参加が半分ずつ程度であった。
 会議の内容は文字通り1章ごとに内容を検討し、構成はこれでよいか、内容的に足りないことはないか、訂正が必要な個所はないか等を検討していくというものであり、ここに紹介しても一般の興味を引くようなものとはいえないであろう。ただ、参考となることは当たり前のことであるが国連における議論のスタンダードは国連の人権諸基準であり、常にどの規則、原則のどの部分をもとに発言しているかを明らかにする必要があるということである。そして、この点がクリアーな発言であれば、参加者一般の賛同を得ることができたといえる。いくつかの点で私の発言もドラフトをより良いものとすることに役だったのではないかと自負している。
 もう一点は世界中のさまざまな地域から、文化的な背景も異なり、立場も政府機関の関係者とNGOのメンバーが一同に会した中でも、もちろん見解の違いはあったが、むしろ刑務所制度における人権保障という問題については非常に広汎なコンセンサスがあるということである。日弁連がこれまで国際人権法に基づいて主張してきた諸点がこのようなコンセンサスに合致するものであることを確認することができたという意味で、私にとっても大変意義深い会議であった。

5、今後の手続き

 今後、この人権教育パッケージの作成作業は、人権高等弁務官事務所によるリライトと、関係国連機関への意見照会を経て完成・出版される見通しである。時期的には早ければ年内にも出版される見通しであるということであった。
 このマニュアルは現在国連が進めている「人権教育の10年」のプログラムの一環である。日本政府も国連のこのプログラムを受けて人権教育のプログラムを作成しており、その対象には警察官や矯正施設職員も含まれている。国連の人権基準を正確に反映したこのパッケージが速やかに完成され、日本国内、更にはアジア地域でも広く活用されることとなるよう心から期待したい。

専門家会議出席者リスト

  • Ms. Elena Ippoliti, United Nations High Commissioner for Human Rights
  • Ms. Isabel Chacon, United Naitons Latin American Institute for the Prevention of Crime and the Treatment of Offenders, Costa Rica
  • Dr. Andrew Coyle, International Centre for Prison Studies, UK
  • Mr. Joseph Etima, Commissioner of Prison, Uganda
  • Mr. Henk Greven, Former Directer-General Prison Administration & Child Care Probation, Holland
  • Mr. Yuichi Kaido, Secretary General and Attorney at Law Centre for Prisoners' Rights Japan, Japan
  • Ms. Irena Kriznik, Counsellor to the Government, Slovenia
  • Ms. Julita Lemgruber, Assistant to the Secretary of Justice / RJ, Brasil
  • Dr. J. J. McManus, Commissioner, Scottish Prison's Complaint Commission, UK
  • Mr. Kurt Neudek, Assistant Commissioner of Prisons, Uganda
  • Mr. Miroslaw Nowak, International Relations Division Central Board of Prison Service, Poland
  • Mr. Ahmed Othmani, Chair Person of PRI, France
  • Mr. Michael Platzer, Chief, Operational Active Section Center for Intarnational Crime Prevention UN Office in Vienna, Austria
  • Dr. Rani Shankardass, Senior Research Fellow, Centre for Contemporary Studies & Secretary, PRAJA, India
  • Mr. Dirk Van Zyl Smit, Professor of Criminology, University of Cape Town, South Africa

第2、監獄研究のための国際センターの理事会に出席

1、ジュネーブからの帰途、3月13日一日をロンドンに滞在した。午前中にロンドン市内のキングス・カレッジ内「監獄研究のための国際センター(International Centre For Prison Studies)」を訪問し、引き続き同日午後、英国内務省内で開催された同センターの理事会に出席した。
 このセンターは今回の専門家会議にも出席されていたアンドリュー・コイル氏がディレクターを、氏のパートナーでPRI事務局長であるヴィヴィアン・スターン氏がリサーチャーをされている研究機関であり、ロンドン市内のキングズ・カレッジの一室に事務所を構えている。事務所では久し振りに会うヴィヴィアン・スターン氏が出迎えてくれた。氏からは新著「A Sin Against The Future −Imprisonment In The World−」をプレゼントされた。世界の拘禁制度の抱える問題点を地域別、問題別に分析し、改革の方向性を明らかにしたすばらしい本である。日本はアメリカ、ロシア、中国と並んで大きな問題を抱えた国として紹介されている(ペンギンブックスISBN014 02.33091)。なんとか、日本でも翻訳して紹介したい。
 ところで、このセンターの目的は 拘禁状態に関連した国際条約、国際基準に関する知識の発展、 刑務所の管理に関する公正で、品位があり、人道的で、効率の良い最良の実践例を世界中に広めることである。
 現在のもっとも重要な仕事は旧東欧、ソビエト諸国の刑務所の改善のための実践的な協力が取り組まれており、過剰拘禁、結核の蔓延など古くて新しい諸問題と取り組んでいる。国連などの国際機関に人権の視点から新しい刑事司法、刑罰制度のありかたを提言していくシンクタンクを目指そうとしているのである。センターの常勤のスタッフ、非常勤のスタッフには英国のプリズン・サービスの現職、前職の職員が含まれている。半年間のインターンでプリズン・サービスから来ているレイチェル・ジョーンズ氏は20代の女性であり、ガバナーの資格を持っているエリートである。彼女の現在の課題はロシアやモンゴルの刑務所の改善に協力することだという。「ここでの経験は私が刑務所に戻ったときに必ず役立つと思います」と自信を持って話すレイチェル氏のあまりのかっこ良さに頭がクラクラするほどだった。  またその理事会メンバーには90年代のイギリス監獄改革の基礎を築いたウルフレポートの筆者であるウルフ卿、プリズンサービスとは独立に刑務所の状態を査察する権限を持った刑務所査察官(Her Majesty's Chief Inspector of Prisons)のジェネラル・サー・デイビッド・ランボサム氏、国連の拷問問題特別報告者でエセックス大学の教授でもあるナイジェル・ロドリー氏などそうそうたるメンバーが含まれている。
 ナイジェル・ロドリー氏は日本の旭川刑務所における13年間におよぶ独居拘禁の問題を特別報告者の年次レポートで取上げ、この受刑者が工場に戻るきっかけを作って下さった方である。経過を報告したところ、大変喜んでおられた。

2、理事会の内容は活動報告と今後の活動の計画の討議であった。その詳細は会議で配布された活動経過報告と活動計画書にゆずるが、結核問題が東欧とロシアで深刻化しているということはショックであった。また、今後監獄・刑罰問題についての国際的な雑誌「Punishment And Society」を発行する予定であるということだった。大変期待できる。

3、理事会の後はアムネスティ・インターナショナル本部に行き、ピエール・ロベール氏とマーク・アリソン氏と6月のCPR総会の打合せを行った。ピエールはキャンペーン担当に昇格して東アジア担当を離れ、後任にはマークが就任したということ。日本のレポートは二人で協力して作成中ということだった。ピエールは調査の仕事から離れることに少し残念そうだった。

4、夜のミーティングのあと、私はアンドリュー・コイル、ヴィヴィアン・スターン夫妻の自宅にディナーによばれた。ロンドン郊外の居宅はとてもインテリアの美しい素敵な家だった。PRIの今後の活動のことなどを聞いた。来年の1月には総会をロンドンで開くことになっているという。世界中で刑務所制度の改革のために働いている仲間たちと話し合うため、CPRの会員の皆さんもPRIの会員となって、総会に一緒に行きませんか。