徳島刑務所受刑者接見訴訟の控訴審判決について

−高松高等裁判所判決[平成9年11月25日]−
北村 泰三(熊本大学教授)


1.はじめに

 昨年11月25日、高松高等裁判所は、徳島刑務所における受刑者と弁護士との接見に 関する国賠訴訟の控訴審判決を下しました。第1審の徳島地裁判決はこのニューズレターでも取り上げられましたし、法曹界や学界でも注目されました。この度の高裁判決は、原審の判断を概ね踏襲するともに、国際人権規約(自由権規約)の受刑者の権利の解釈について踏み込んだ判断を示しています。特に、受刑者と弁護士との接見の際の刑務官の立ち会いが一定の場合には違法になりうるとした点で原判決よりも積極的な判断を示しています。他方で、接見制限がいかなる場合に違法となりうるかの具体的な判断では、個別の接見の機会毎にその制限の必要の度合いを検討し、原告側にとっては厳しい判断を示しています。以下では、今回の判決についてその内容を確認しながら重要点を指摘したいと思います。

2.事実関係

 本件の原告は、徳島刑務所に収監されている受刑者Aさんとその訴訟代理人である金子武嗣さんらの弁護士です。Aさんは、刑務官に対する暴行があったとして、懲罰に付され保護房に収監されていました。Aさんは刑務官らにより虐待され、暴行等を受けました。そこで、国に対して損害賠償請求を提起するために訴訟打ち合わせのため、訴訟依頼人である弁護士と接見を申し出ました。Aさんは、刑務官による暴行等により持病の腰痛が悪化したため接見時に椅子にすわれないので、横臥したままでの接見許可を求めたときには、刑務所側はこれを不許可としました。他の数度の接見の際にも、刑務所側は、監獄法施行規則に従って接見時間を30分以内に制限したり刑務官の立ち会いを条件としました。そこでAさんとその弁護士らは、これらの措置が自由権規約14条1項等に保障された裁判を受ける権利の実質的な侵害にあたり、精神的苦痛を被ったなどとして損害賠償を国に求めて提訴しました。
 平成8年3月15日の徳島地裁判決は、自由権規約14条の直接適用性を明示的に承認した上で、受刑者の権利に関する刑務所側の裁量的判断も国際人権規約に一致しなければならず、その点で刑務所長のとった措置は、裁量権を逸脱し、違法であるが立ち会いについては、裁量の範囲内としました。双方が控訴していました。

3.控訴審段階での双方の主張

 原告と被告国側の主張の要旨はを箇条書きにまとめると、ほぼ次のようになります。

(1)規約14条の解釈については、「条約法に関するウィーン条約」(以下、条約法条約といいます)にいう条約の解釈規則に基づき規約の趣旨および目的に照らして解釈すべきである。規約14条1項の趣旨は、裁判を受ける権利を実質的に保障することにあり、その解釈に際しては、欧州人権条約の関係条項の判例や国連被拘禁者保護原則等を参考とすべきである。同裁判所の判例では、本件と類似の事件で国家の条約違反を認定する判決(ゴルダー事件、キャンベルおよびフェル事件)がある。

(2)日本国憲法98条2項により人権規約は一般の法律に優位するから、監獄法の規定も規約14条1項に即して解釈されなければならなず、規約違反の国内法は無効である。

(3)憲法32条および特に規約14条により受刑者とその訴訟代理人である弁護士との接見の権利が保障され、かつその接見に刑務官の立ち会いを求める監獄法およびその施行規則の関連規定は同条に反しているから無効である。

(4)受刑者が弁護士と接見する権利も、裁判を受ける権利と密接不可分の件利として憲法32条によって保障されている。接見時に刑務所職員の立ち会いを義務づけることは、国側に一方的な情報収集の機会を与えることになり、これでは原告としては接見時に訴訟に関する十分な説明や相談ができない。

(5)これらにより弁護士法1条に規定する弁護士としての使命、義務の遂行が困難となるから、弁護士の弁護権も侵害する。

(6)以上のことから原告は、接見時の立ち会いを義務づける監獄法施行規則127条1項等の規定は、規約14条1項および憲法32条に即して解釈されなければならず、刑務所長の判断は裁量権を濫用し、違法である。

被告国側は、以下のような諸点を主張しました。
(1)条約法条約31条1項によるならば、条約の解釈は、「用語の通常の意義」に従って誠実に解釈されるべきである。規約14条1項は、裁判所の前における平等原則および公開原則を確認したものであり、これ以上の特別の意味を有すると解することはできず、憲法32条、37条と同義である。

(2)したがって、規約14条1項の規定は受刑者が民事事件の訴訟代理人たる弁護士と接見する権利を保障していない。

(3)欧州人権条約は、B規約の解釈とは無関係であり、被拘禁者保護原則も条約解釈には何ら影響しないので、両者を規約解釈の基準とすることはできない。

(4)規約解釈の補足的手段として条約の準備作業および締結の際の事情に依拠することができるが、規約草案審議の経緯でも受刑者と弁護士との面接する権利を含むか否の議論はなかった。すなわち、規約14条1項は、受刑者と弁護士との接見の権利を保障するものではない。

(5)憲法32条は司法拒絶の禁止を意味するにすぎない。受刑者が弁護士と打ち合わせのために面会することも憲法13条の保障に属するが、絶対無制約のものではなく、受刑者については、拘禁の必要性に応じて合理的制約に服する。刑務所長の判断は、合理的な根拠があり、社会通念上著しく妥当性を欠くものではないので、裁量権の逸脱や濫用はなく、違法ではない。

4.控訴審判決要旨

 以上のように双方の主張が真正面から対立するなかで判決が下されました。以下ではその内容を簡潔に吟味します。
 まず、自由権規約に基づく主張を展開する際の第1の関門は、規約の規定を個人が援用することが可能かどうかです。この問題につき判決は、原審をほぼそのまま踏襲しました。すなわち、規約の保障する権利が人類社会のすべての構成員によって享受されるべきであるとの考え方に立脚し、個人を主体として当該権利が保障されるという規定形式を規約が採用しているところから、「自由権規定としての性格と規定形式からすれば、これが抽象的・一般的な原則等の宣言にとどまるものとは解されず、したがって、国内法としての直接的効力、しかも法律に優位する効力を有する」と述べています。
 次の問題は、自由権規約14条1項が受刑者と弁護士との接見の権利を保障しているかです。判決は、規約の解釈に際しては、条約法条約が規約解釈の指針となることを認めます。ただし、同条約に規定する条約の解釈原則も、条約の目的と趣旨に基づく解釈方法と文脈による解釈方法があることを並列的に述べるだけで、具体的な条項の解釈にあたってどちらに重きを置くべきかについてまでは言及していません。いずれが適切であるかは、個別の具体的判断に委ねられているのです。判決では、原告側の主張そのままではありませんが、実質的には原告の主張をかなり取り入れた判断を示しました。
 まず、B規約14条1項の「文脈」による解釈としては、裁判所で権限のある裁判官の裁判を受ける権利と裁判の拒絶が許されないこと(憲法32条)および対審および判決の公開原則(憲法82条)が意味内容であるとしました。さらに、条約法条約では文脈とともに(a)条約の解釈又は適用に関する当事国間の合意、(b)条約の適用に関する慣行、および(c)国際法の関連規則に触れていることに言及して、欧州人権条約や被拘禁者保護原則がこれらに該当するかどうかを吟味しています。欧州人権条約については、地域的人権条約としての重要性を評価し、規約との実質的関連性を考慮するならば、規約解釈上の指針とすることができるといっています。同条約6条1項は、規約同様に公正な裁判を受ける権利を保障しており、欧州人権裁判所のゴルダー事件においては、その内容には受刑者が民事裁判を起こすために弁護士と面接する権利を含む、との判断が、またキャンベルおよびフェル事件においては、右面接の際に刑務官の立ち会いを条件とする措置は同条約に違反する、との判断がなされていることに触れます。そしてこれらは、「受刑者の裁判を受ける権利についてその内実を具体的に明らかにしている点において解釈の指針として考慮しうる」と述べました。また被拘禁者保護原則は、「被拘禁者保護について国際的な基準としての意義を有する」るのでこれも規約解釈の指針とすることができるといっています。
 以上を勘案して規約14条1項を解釈すれば、同上はその内容として武器平等ないし当事者対等の原則を保障し、受刑者が弁護士と接見する権利をも保障していると解するのが相当であり、接見時間および刑務官の立ち会いの許否については、その趣旨を没却するような接見の制限が許されないことはもとより、監獄法および同法施行規則の接見に関する条項については、14条1項の趣旨に則って解釈されなくてはならない、と言っています。また憲法13条の保障する権利ないし自由に含まれるとも付言しています。
 次に接見の時間制限および立ち会いに関しては、憲法32条の裁判を受ける権利の保障は受刑者にも及ぶものの、この権利は、民事・行政事件にあっては、いわゆる司法拒絶の禁止を意味するものであって、受刑者が民事事件の訴訟代理人と直接に立ち会いなく面談し打ち合わせ内容の秘密を確保することまでを直接に保障したものではない。しかし、受刑者だからといって当然に憲法上の権利・自由の制約が許されるものではなく、拘禁目的を達成するために合理的な範囲内で制約を加えることが許容されるにすぎず、憲法13条で保障されている受刑者の弁護士との接見の権利についても合理的な範囲を超えた制約は許されない、とします。
 続けて、接見制約の合理的範囲の判断については、「接見を必要とする打合せの内容が当該刑務所における処遇等の事実関係にわたり、刑務所職員の立ち会いがあって会話を聴取している状態では十分な打ち合わせができないと認められる場合には、その範囲で刑務所職員の立ち会いなしでの接見が認められるべき」であり、30分以上の打ち合わせ時間の具体的必要性が認められる場合に、接見時間の制限を緩和しなかったとき、また、打ち合わせの内容が処遇等の事実関係にわたり、刑務所職員の立ち会いがあっては十分な打ち合わせができないと認められる場合に、刑務所職員の立ち会いなしの接見を認めなかったときには、裁量権の逸脱ないしは濫用があると解される、と判示しました。

 以上のような判断はかなり画期的な部分を含むものでしたが、前述のように個別の接見ごとの制約が具体的に必要とされるかどうかの判断は、かなり原告側に厳しく、損害賠償額の認定にもそれが現れています。

5.判決の意義と評価

 本件判決は、自由権規約の裁判規範性(直接適用性)を一層確実なものとしたといえましょう。控訴審段階では、国側もその点を争いませんでした。他の判例とあいまって、規約が直接適用可能であるという理解について裁判所の理解が定着傾向を示したといえるのではないでしょうか。
 自由権規約の判例では、規約の解釈についてはおざなりな判決が大半でしたが、本件では規約解釈に関する実質的な議論の展開が見られたことが注目されます。特に、控訴審段階では被告国側、原告側の双方が条約法条約に基づく解釈を闘わせたなかで、裁判所が国側の主張に組せずに国際的傾向を考慮した判断を下した意義が大きいと思われます。国側の主張は、人権条約の解釈や適用例が世界的にもまだ乏しかった30年以上も前の採択時の議論にとらわれて、そこから一歩も出るべきではないという後ろ向きなものでした。判決は、こうした解釈の限界性を認めて、狭義の文理解釈よりも欧州人権条約の判例や国連被拘禁者保護原則などの国際社会の動向に留意する姿勢を見せています。この解釈態度は、今後の裁判における人権規約の解釈方法としても手がかりとなるものであり、評価に値します。原告側が主張した欧州人権裁判所の具体的判例などが裁判所に対して説得力をもっていたといえましょう。  判決は、自由権規約を根拠として国側の裁量権の逸脱を認めただけでなく、一定の場合には、監獄法施行規則で義務づけられている接見時の刑務所職員の立ち会いも裁量の範囲を逸脱し、違法となりうるとしています。これは、施行規則自体が規約違反であるとの原告側の主張に一歩近づいた感があります。国内裁判所も国際人権法を適用すべき任務を負っているわけですから、国内のみならず国際的批判に耐えうる判決を示す必要があります。あと一歩踏み込んだ判断がほしかったところです。(了)