ニューヨーク市リーガル・エイド・ソサイエティー
の監獄訴訟

事務局  阿部 圭太


 リーガル・エイド・ソサイエティー(Legal Aid Society)は、日本の法律扶助協会にあたる機関である。しかし、日本と異なり諸外国の多くでは、今回紹介するニューヨーク市ソサイエティーと同様民事事件より、刑事事件、少年事件等の比率が高く、規模も日本より格段に大きい。
 今回ニューヨーク市リーガル・エイド・ソサイエティーの1996年年次報告書を入手し、監獄訴訟の分野について簡単に報告する。

リーガル・エイド・ソサイエティー

 ニューヨーク市リーガル・エイド・ソサイエティーは1876年に設立され、私選で弁護士を雇えないニューヨーク市民に法的サービスを提供する民間の非営利組織である。常勤の弁護士を約900人雇用し、他に事務職員、法学部の学生インターン、ボランティアなどにより運営され、裁判所等で年間30万人に様々な法的援助を提供している。ニューヨークで最大の、そして最も忙しい法律事務所と呼ばれている。資金源は多くが連邦、州、市からの補助金と、他の様々な形態の寄付金からなる。
 刑事部門には、通常の刑事弁護部門の他に、1995年に復活した死刑制度に対応すべく死刑囚弁護団が組織され、特定の分野についてはいくつかのプロジェクトが組まれている。今回紹介するのは被拘禁者の権利プロジェクトである。

被拘禁者の権利プロジェクト

 このプロジェクトの目的は、市及び州の矯正施設内の状況を、憲法上保証された、人間的なものにすることにある。1996年4月に施行された監獄訴訟改革法(Prison Litigation Reform Act)により、それまで認められていた被拘禁者の諸権利に対する攻撃が始まった。
 プロジェクトの努力の多くはこれらの擁護にあてられた。この法律は、刑務職員に対する禁止命令等を発することに制限を設け、現行秩序を破壊するものである。

監獄訴訟改革法との対決

 ベンジャミン対ヤコブソン事件は、ニューヨーク市刑事施設内の17000人の未決被拘禁者を巻き込むものであった。ニューヨーク市はこの「改革法」に基づき、被拘禁者の電話の使用、図書館へのアクセス等適正な生活状態を保証した命令10項目について無効にするよう裁判を起こした。裁判所は、まず懲罰房に収容されている被拘禁者に対して、図書館へのアクセスを制限することを認めた。プロジェクトは、権力分離の原則違反であり、法の適正手続きを否定し、法の保護における平等違反であるとして「改革法」が憲法違反であるとして争った。しかし、裁判所はこの主張を認めず、市の起した第2次訴訟では、市の要求をほぼ認める判決を下した。プロジェクトはこの件について控訴中である。また、プロジェクトは、「改革法」を問題にする中で、アメリカ自由人権協会と非公式に連携し、また、少年法律センター、全国女性法律センター、ヒューマン・ライツ・ウオッチと共同で控訴裁判所に法廷助言者として意見を述べた。 懲罰区域での虐待事件  シェパード対フェニックス事件では、ライカーズ・アイランド刑務所の隔離懲罰区域における虐待事件で、骨折や、鼓膜に穴が空いた等の傷害を受けた15名の原告につき160万ドルの和解が成立した。市当局は、自ら雇用していながら訴訟で名指しされた40名以上の被告を代理することを断った。そして、市の担当部局による調査の結果明らかになった虐待の事実と、関係者の刑事訴追を記者会見で発表した。また、この隔離懲罰区域は新たに建築される別の刑務所の区画へ移動されることも明らかにした。

少年への教育

 ハンドベリー対トンプソン事件は、市の拘禁施設における少年に定期的で特別の教育を提供するよう求める訴訟である。市の拘禁施設にいる18才以下の少年の内、少なくとも半数以上は学校に通わず、何らかの教育サービスもほとんど受けていない。収容される以前に教育が必要と特定された少年に対してすらである。

HIV感染者への不適切な医療

 HIVに感染した被拘禁者対パタキ事件は、1998年に提訴予定であり、準備が進められている。現在、州の刑事施設には約1万人のHIV感染者がいる。しかし、不適切な医療スタッフ、特別なケアの欠如のほか、施設内の診療施設が標準以下のケアしか行っておらず、重症のまたは瀕死の患者を的確に外の病院に移送できていない等多くの問題が明らかになっている。原告らの100以上の診療記録等が専門家により検討されており、提訴されればこのプロジェクトで最大規模の訴訟となる。

懲罰による隔離拘禁

 リー対コフリン事件では、懲罰の基礎となった事実自体が後に撤回されたにも関わらず1年以上を隔離懲罰房に収容された事件を扱っている。昨年最高裁判所は30日以内の懲罰による隔離拘禁は法の適正な手続きによる保護なしに課し得るとの判断を示した。プロジェクトは、より厳しい隔離収容に直面している被拘禁者も法の適正な手続きによる保護が確立するよう求めている。

適切な医療ケアを求めて

 ミルバーン対コフリン事件及びトデイロ対コフリン事件は、グリーン・ヘブン及びベッドフォード・ヒル矯正施設における医療ケアを求める大きなクラスアクション訴訟(注.class action:集団代表訴訟といわれ、同じ立場の被害者が多数いる場合に、代表となる者が訴訟を起し、特に除外されることを希望した者以外には、訴訟の結果が効果として及ぶとする制度)。本プロジェクトの弁護士及び裁判所が指名した弁護士による監視により、医療サービスが向上し続けていることが示されている。

プロジェクトにより施設の監査

 ヴェガ対ヤコブソン事件では、時代後れの施設となっているライカーズ・アイランド刑務所病院の不十分な医療ケア、施設、衛生設備を問題にした。判決では、これらのすべての問題について指摘があった。しかし、市当局はこれらの改善に取り組まなかった。プロジェクトが改善に向けて脅しをかけた後、市当局は監視の条項を付け加えることに同意し、プロジェクトのスタッフは、医療コンサルタントと一緒に実施状況についての監査を行っている。

ニューヨーク市リーガル・エイド・ソサエイティ・ホームページ http://www.legal-aid.org