監獄人権センター第3回総会
97年度活動方針案について

海渡  雄一CPR事務局長)


1、権利救済活動 外国人処遇をめぐって

 昨年、ビビアン・スターン、アンドリュー・コイルさんご夫妻をお招きした総会からの一年を振り返りますと、センターは次々と領域を広げ、みんなヘトヘトになりながら活動に取り組んだ一年ではなかったかと感じます。
 昨年はたくさんの事件の訴えがありました。特徴的だったのは、府中刑務所の外国人からの訴えです。現在、訴訟になっているのは1件ですが、相談にのって提訴には至らなかった事件などたくさんの訴えが来ています。保護房に入れ、革手錠で締め上げ、些細なことで懲罰にするというように、日本人受刑者に対する人権侵害と本質的には変わらない部分もあります。しかし府中刑務所の外国人の場合、刑期の約5割か6割くらいで仮釈放になっている。それが、訴訟等をやれば仮釈放の機会を完全に失ってしまう可能性が高い。ですから、訴訟等が非常にやりずらい。最近相談されたケースでは仮釈放になった後に、実はひどい被害を受けていたんだというのもあります。外国人受刑者の事件が今まで明るみに出にくかった構造にはやはり特有のものがあると思います。
 このことが海外でもニューヨークタイムズ、ワシントンポスト、雑誌タイム、全米テレビネットワークのNBC、イギリスのBBCなどで次々と取り上げられ、非常に大きな国際問題になってきているのではないか。元東京矯正管区長の木原武久氏の『行刑批判への疑問』という論文(平成9年2月、『刑政』108巻2号)を読んでも外国のマスコミからの批判が法務省にとっては相当大きな圧力になっていることが分かります。  外国人処遇の問題については昨年の国際人権法学会や、今年の刑事法学会でのテーマとして取り上げられます。外国人処遇をトピックとして拘禁の問題が取り上げられていることが一つの傾向として指摘できると思います。

2、法務省との対話 東京拘置所建て替え問題

 次に、昨年の大きな問題として東京拘置所の建て替えがありました。監獄人権センターとしても単なる批判者という立場でなく、法務省に対話を呼びかけていくというスタンスで取り組んだつもりです。当初のプランでは窓がすりガラスになっていて、中からはまったく外が見えない、昼か夜かしか分からないような拘置所が建とうとしていました。4000名を越す署名を含む、様々な働きかけの結果、廊下を挟んで二重窓になってますし、窓の半分はやはりすりガラスで完全ではないんですが、その上下にいわゆるルーバーというブラインドみたいなものが入って、窓際に立てば窓の外が見えるという構造に変えることができました。しかし、実際には、拘置所の収容者は窓際に行くことができない、房の真ん中に座っていなければならないという規則があるわけです。自由に窓際に行くことができなければ、結局中から外は見えない。問題は残っており、今後とも交渉が必要です。
 このことでは法務省の、矯正局だけでなく、施設の建築を行う営繕課の担当の方とずいぶん話し合いました。その関係で、私は今年2月に営繕課の職員研修に呼ばれました。職員の方は、刑務所や少年院などの施設を建築設計される方で、30人くらいだったんですが、欧米など海外の刑務所建築について、写真を使って2時間半くらいかけて丁寧に説明しました。納得して聞いている方とちょっと首を傾げている方と、両方いたような感じです。質疑も活発に出されて、私自身にとっても有意義な面白い経験でした。今後とも法務省をターゲットにした活動と同時に、法務省の中へ私たちの味方を作っていく活動が必要ではないかと思います。

3、部会の活動

 去年新しく作ったシェイク・ハンズ・プロジェクトでは、もうすでに10人くらいのボランティアの方が10人くらいの獄中にいる方との交流を行っています。一つ大きな問題があるのは、今のところ、友人という形で文通ができるのは未決の場合に限られることです。受刑者にはまったく不可能です。今の日本の法律制度が受刑者に友人との面会や手紙すら許可していないことが大きな問題だということを指摘したいと思います。  また、インターネットを通じて昨年面白いことがありました。ある方が「自分は実は刑務所に入れられて非常に悔しい思いをした。何か協力したい」と電子メールを送ってこられて、事務局メンバーでお会いして収容中の生活環境についてお話を伺いました。インターネット上の検索で「拘置所」と入れてみたら、このホームページが見つかったと言われていました。
 刑務官の部会については、中心になっている坂本敏夫さんが、昨年『元刑務官が語る刑務所』というすばらしい本を出されました。刑務官部会の活動については法務省が非常に神経質になっているので詳しい中身は明かすことはできませんが、たくさんの刑務所の刑務官から相談事を聞いて、活動が継続されています。また、熊本刑務所の刑務官に対する懲戒解雇事件について、田鎖弁護士を中心にして弁護団が編成され、人事院の審理を支援しました。この事件は人道的な処遇を行おうとしていた看守の方が、それを理由に懲戒解雇になった事件でした。残念ながら勝利することはできませんでしたが、この事件を通じて刑務所の中にあって、本当に受刑者とともに働いている心ある刑務官のみなさんと非常に大きな心の絆を作ることができたと思います。

4、今年の最大の課題 拷問禁止条約の批准

 今年の最大の課題は拷問禁止条約の批准に置きたいと思います。理由の一つは条約の批准が本当に目前の課題だということです。実際には法務省から陰の圧力があるのかもしれませんが、外務省も「批准しない理由はない、順番だけの問題、世論の盛り上がりが問題だ」という言い方をしています。昨日のアムネスティ議員連盟主催のセミナーには、国会議員のみなさんが秘書も含めて30名くらい出席し、政府に圧力をかけていこうという機運も盛り上がってきています。この条約が批准されたときの最大のメリットとして、一つにはその国の拘禁制度について国際人権法の基準に基づいて、ソレンセンさんのような専門家による審査が保障される。それから条約3条は、拷問を受けるおそれのある本国に対して退去強制によって送還してはいけないという「ノン・ルフールマン原則」をはっきり規定しています。日本では今、難民認定は難しいわけですが、これを変えていくためにも非常に有効ではないかと思います。それから、拷問禁止条約はすでに102ヶ国が批准しています。一方、アジアでは中国などを除き、批准が特に遅れています。日本という経済的な大国が批准していないということがアジア地域での批准を止めている一つの要因ではないか、日本が批准することによってアジア地域全体の人権状況を変えていくはずみになるのではないかと思います。

5、その他の継続的課題

 東京拘置所の改築について、今後とも監視を続ける必要があります。また、国際人権規約の規約人権委員会の審査が来年くらいに予定されていますが、これに向けたカウンターレポートの準備も始めようと思っています。各部会の活動は今後も継続していく必要がありますし、死刑確定者や長期刑務所の処遇改善というテーマにも具体的に取り組む必要があると思います。長期刑務所の実態については最近少しずつ手紙が来るようになりました。無期懲役の方の人権救済も仮釈放との関係でたいへん難しい課題ですが、何とか突破口を切り開いていく必要があると考えています。

6、出獄者に役立つパンフレット作成

 ただでさえ忙しいセンターに新しい仕事を持ち込むというのはためらわれるのですが、今年新しいことを二つ考えたいと思います。
 一つは出獄者の社会復帰に現実的に役に立つような簡単なパンフレットを作れないか、ということです。村井先生のゼミの学生の方の『高齢受刑者の社会復帰』というテーマのたいへんすばらしい卒論のおひろめの会を事務局でやったのがきっかけです。この論文をもとにパンフにしてはどうかと思います。こういうテーマに興味があるという方はぜひ事務局に入っていただいてご協力いただけないかと思います。

7、日本に近しい国々の拘禁状況にどう関わるか
 もう一つは、日本に非常に近しい関係にある国で起こっている拘禁上の人権侵害にセンターとしてどのように関わるのかを考えていきたい。今年3月に弁護士会で韓国を訪問し、刑務所の訪問をして、向こうで監獄の中の人権問題を扱っている弁護士などとも交流をしてきました。また、昨日ロンドンに本部のあるペナル・リフォーム・インターナショナルから私のところにタイにいるナイジェリア人の受刑者からロンドンに宛てた手紙を送ってきて、「中で非常にひどい人権侵害を受けている、どう対処したらいいか、あなたの意見を聞かせて欲しい」という問い合わせがありました。まだまだアジア地域で刑務所の中の人権問題に取り組むようなNGOは非常に数が少ない。そういうネットワークをどう作っていくのかというような問題もあると思います。
 さらには距離的には離れていますけれども、日本が非常に巨額の援助をしているペルーの刑務所で、非常に大きな人権侵害が行われている。このことが日本大使公邸人質事件で明らかになりました。ああいう武力解決がなされて刑務所内の人権問題は忘れ去られようとしているわけですが、そういう問題も忘れてはならない。日本にいる私たちとも無縁な問題ではないと考えています。
 私たちの力は微力ですし、日本国内でも取り組まなければならない問題はいっぱいありますから、どこまで可能か分かりませんけれども、日本国内の問題を解決するためにも、国際的なネットワークの中で日本という位置にあるNGOに求められている役割というものも、自覚する必要があるように痛感しています。
8、忙しく、金の無いセンター強化を訴える

 最後になりますけれども、私たちのセンターは本当に何重苦にもあえいでいます。忙しく、お金がない、というのが最大の悩みです。昨年は会の活動が忙しくなって、中心的な役割を担っている事務局のみなさんは、だんだん不機嫌になってきて、疲労が蓄積しているというのが実態ではないかと思います。一方で、今日も、つい最近まで学生だったようなメンバーも来てくれていますし、また今回のごく短期間でのたくさんの英文の翻訳などもおおぜいの方のご協力があってできたことです。もうあと100人くらい会員が増えて、あと10人くらい事務局員が増えたら、どんなに楽になるだろうかと痛感しているわけです。さらには次々と起こってくる事件に対応する全国の弁護士のネットワークというものも必要です。新しく弁護士になった方向けのオリエンテーションなども開催していきます。今日もここに司法修習生の方も来ていますが、修習生向けの企画であるとか、さらには大学生向けの企画であるとか、そういう形で新人のリクルートにも取り組んでいきたいと思っています。
 まだセンターが発足して2年とちょっとしか経っていないんですけれども、この活動の成果に確信を持って、少し疲れ気味ではありますけれども、楽しく、明るく、これからも取り組んでいきたいと思います。みなさんにぜひ事務局メンバーとして参加して欲しいし、そこまでできないという方は一人でもお友達に会員になっていただけるように会員の拡大にご協力をいただければ、と思います。ありがとうございました。

(5月17日のCPR総会より)