横浜刑務所Hさん事件で
現職刑務官から内部告発の手紙

海 渡 雄 一


2月6日、ニュースレターでも継続的に取り上げてきたHさん事件(News Letter第5、6、13号を参照)の口頭弁論がありました。96年4月、横浜刑務所で2年3ヵ月ぶりに厳正独居を解除された原告Hさんが「職員を刑事告訴するため」として弁護士名簿の閲覧を願い出たことを理由に、ひどい暴行と革手錠を締められたままの保護房収容4日間という人権侵害を受けたことに対して国家賠償を求めている裁判です。この日は幹部看守X氏の反対尋問が予定されていたのですが、驚いたことに前日の2月5日、横浜刑務所に勤務する匿名の刑務官から私宛に、次のような内部告発の手紙が来たのです。

 拝啓 はじめてお便りいたします。
私は横浜刑務所の職員ですが、ある職員が、幹部職員から暴力を受けた件で、今年の3月ころ東京矯正管区に訴え出ましたが、何もしてくれません。ほかに数人そのとき見ていたのに、何もなかったように口裏あわせられたのでしょうか。
その職員というのは、○○(註:実名、以下「A」と表記)という職員で、その幹部職員というのは○○○○(註:実名、以下「X」と表記)というのです。
 胸ぐらをつかんで、押し倒し、足に怪我をさせそれ以後、Aさんは、休むようになったほどでした。
 ほかの若い職員も、蹴られたり、顔を殴られたりしました。このことも、東京矯正管区への訴えの中に書きました。でも、今日まで、何の処分もないんです。私達の職場というのは、なにかおかしいです。東京矯正管区に訴えたら、そのことについて調査などはしないのでしょうか。横浜刑務所の所長さんも本当に知らないのでしょうか。そんなことぐらいと考えているのでしょうか。
 なにか処分があってもいいはずです。納得が行きません。新聞社に投書してみようかとも思いました。何か幹部だから暴力をふるってもいいんだといっているようで我慢と納得がいきません。
 噂かなにかは知りませんが、そのXは、府中刑務所へ栄転だということです。行く前になんとか処分してほしいのですが、なんとかならないものでしょうか。
 いろいろ、Xについては、知っています。○○(註:Hさんの名)裁判でも、嘘ばっかりいっています。あの裁判となった原因については、Xが「俺について来い。大丈夫だから。」というのを信じた職員から始まったのです。報告書は、「俺が書くからまかせておけ。」といってほとんどXが書いたのではないかと思います。」
 だので、○○(註:実名、以下「B」と表記)さんも、裁判に出たら、何と証言すればいいんだろうと悩んでいます。報告書はBさんが書いたのではないのです。すべてXが書いたとBさんは言っていました。自分で書いた報告書ではないので聞かれて返答できなくなるのではないかと言っています。
 ほかのかかわり合った職員も、同じことを言っています。「俺にまかせろ。」を信じたばかりに、みんなひどい目にあいそうだと。Xが全部の責任をとってやめるべきです。
こうして、うつうつとしているうちに、職員が殴られたことも忘れられていくことには我慢できません。
 なにか、できたら、どうかお願いします。
 敬具

 文章も宛先もワープロになっており、何とかしてほしいという要望に応えるには尋問に使うしかないだろうと思い、反対尋問に取り組みました。まず手紙を見せないで尋問したところ、証人は自分がこの手紙に記された名の部下から暴行されたとの訴えがなされ、矯正管区に報告書を書いていること、その件で処分を受けていないこと、もうすぐ、府中刑務所に転勤となることなど、この手紙にある事実関係の大半を認めました。
 そこで、手紙を見せて尋問したところ、この手紙が事情に通じた横浜刑務所内部の者が書いたものであることを認めました。さらに、あなたの言っていることは「嘘ばかりで、責任を取ってやめるべきだ」とまで、手紙に書かれていることを指摘したところ、この点については、私は部下に厳しくしているので、恨んでいる者もいるかもしれない、この手紙は誇張して書かれているなどの返答をしました。
 受刑者に対する暴行の指揮者が部下の刑務官からも暴行で訴えられていたということは裁判所の心証にも少なくない影響を与えたと思います。手紙の発信者の勇気には敬意を表したいと思います。その一方で、どれだけ発信者の希望に答えられたか、はなはだ心もとないのも事実です。今後、刑務所内で「犯人捜し」が行われ、この職員の方が不利益を被るようなことになれば、CPRとしてもできる限り支援していきたいと思います。ともあれ、監獄人権センターに期待している人が刑務所内部にいることを改めて感じさせられました。