拷問等禁止条約の意義、その運用の実際、
ヨーロッパ拷問禁止条約との異同について

今井 直(宇都宮大学)


1、条約の成立経緯と背景
 1970年代、第三世界、特に中南米で拷問が頻発していた。アルゼンチンなどではダーティーウォー(汚い戦争)といわれ、時の独裁政権の下で拷問が行われた。アムネスティーの報告によれば当時世界の3分の1の国が拷問を行っていたという。特に独裁政権による組織的拷問は国内法的にいくら禁止しても自らがそれを公然と破っており手の施しようがない状態で、アムネスティーなどは反拷問キャンペーンを行っていた。その成果が1975年の国連における拷問等禁止宣言採択であった。これはどのようにして拷問を禁止していくかのガイドラインを示したもので、国連の意思表明ということでは非常に重要な意味をもってはいたが、宣言なので法的拘束力がなく拷問を禁止していく実効力は持たなかった。政策的組織的に行われている拷問というものは、国内法でいくら禁止しろと言っても無理がある。そういった場合には国際社会が圧力をかけ、働きかけていくことが重要であり、もっと強力な国連の意思表示が必要であるということで作られたのが、拷問等禁止条約である。そこでもアムネスティーなどが大きな力をはたした。こうして起草から7年近くかかって、1984年に拷問等禁止条約が生まれた。
 拷問等禁止条約が念頭においていた拷問というのは組織的、政府によって政策的に行われる拷問である。しかし拷問等禁止条約はこういった組織的拷問のみを対象にしている訳ではない。いくら民主主義的国であっても国家が物理的強制力を独占している限り常に拷問や非人道的取り扱いを生み出す温床は残っており、そういった国においても日常的に拷問を防止するためにどうしたらいいのか考えねばならないという認識が、条約審議の過程で育まれていった。
2、条約の特徴、内容
 条約の正式名称は「拷問及びその他の残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取り扱い又は刑罰を禁止する条約」とあり、拷問だけを対象としている訳ではない。条約では拷問が内容的に定義され、国内法・国際法上拷問が犯罪とされた。ここで拷問は国際レベルでも犯罪とされたのである。拷問以外の取り扱いに関しては実体規定でいうと10条から13条、16条が適用される。一種の2重構造になっている。拷問禁止委員会(CAT)は拷問以外の取り扱いについても重大な関心を示しており、多くの勧告を行っている。
1)拷問の定義
 第1条に拷問の定義がある。3つの要件があり、第1に激しい苦痛を故意に加えること。精神的、心理的拷問も含む。第2の要件としては一定の目的、動機の存在。一般的には取り調べ、強制のためといった動機が考えられるが、差別によるものも含まれる。また拷問の対象者は被拘禁者のみならず、医療施設における患者、学校の生徒なども含まれ、例えば体罰も拷問になり得る。保護対象は広い。第3の要件として公務員の何らかの形での関与。条文にあるように公務員だけでなくその他の公的な資格で行動する人も含まれる。私人に関しても、公務員の同意、黙認の下に行えば条約上の拷問にあたる。拷問が行われていることを知りながらそれを防止しなかった公務員も、行った私人も処罰の対象になる。4条の拷問の共謀加担も処罰の対象となるということである。
2)拷問等の禁止
 この条約の基本は拷問を禁止、防止するためにはどうしたらいいのかというものである。そのことをはっきり言っているのが第2条。各国は拷問を積極的に防止する義務があり、禁止は絶対的。つまり拷問は戦争や内乱状況の下など、どんな場合であれ正当化されず許されないということを規定している。個人の場合でいえば上官から命令されて行なった場合でも救済の対象とはならない。拷問に関しては上官命令に反抗する義務が生ずるといっていい。
 特に重要なのがノン・ルフールマン原則。難民条約などでもいわれているが、迫害・拷問の恐れのある国に難民等を引き渡してはならない、という原則。日本も難民条約を締結している限り拘束されている訳だが、条約では改めて拷問の観点から確認している。3条2項には引渡しの判断に際して「人権の重大な、明白な又は大量の侵害の継続的形態が関係国に存在するかどうか」考慮すべきと定義されている。通常の難民認定の場合、自国に送還された場合迫害にあうかどうかの危険性を難民自らが立証することになっているが、着の身着のまま逃げて来た難民に立証せよと言うのは無理な話で、条約では自国の一般的状況により迫害の恐れがあるという蓋然性が推定されれば、恐れがないと立証されなければ送還されないのである。
 条約の基本的考え方は普遍主義、普遍的管轄権の採用の中にも表れている。これは条約ができた時の目玉の規定だった。犯罪の処罰というのは通常、犯罪の行為地国で行われるというのが国際法上の管轄権の原則だが、5〜9条においては、全くの第三国に容疑者が所在している場合でも条約締約国はその容疑者を拘束しなくてはならない。そして自国へ送還しても公平な処罰が期待されない場合、拘束している第三国が処罰しなければならないと規定されている。つまり世界のどこに行っても拷問は犯罪として処罰されることになった。こうして拷問はテロとかハイジャックとかと同じ国際的犯罪となった。これを決定づけたのが拷問等禁止条約である。
3)拷問禁止委員会
 条約を国際的に実施していく機構として10名の委員で構成される拷問禁止委員会がある。委員は大部分法律家だが、医者とか心理学者なども含まれる。委員会の役割として第1に報告制度、これは締約国が自国の人権状況を報告する自己申告的制度である。第2に国家通報制度・個人通報制度。後者は個人自らが実際被害にあった場合申立できる制度である。申立に対して委員会が実際に違反があったかどうか認定する。条約締結の際、この制度を受け入れるかどうかには任意的受諾宣言が必要。国家通報制度は現在機能していない。第三に組織的拷問に対する調査制度が20条にあるが、委員会がいろいろな所(NGO等)から情報を集めてきて組織的拷問が行われていると判断したとき自らが調査に乗り出す制度を設けた。この調査制度は28条において留保することができる。実際に留保した国が何カ国かあり、これが条約の限界となっている。
3、拷問禁止委員会の活動
 10名からなる委員は、条約締約国の指名に基づいて候補者リストを国連事務局が作り、締約国により選挙される。現在、デンマーク(この方が今度お招きするベント・ソレンセンさん)、ギリシャ、キプロス、カナダ、セネガル、カメルーン、チリ、ロシア、スロベニア、ネパールから委員が出ている。
1)報告制度
 委員会の役割の中で一番時間がかかるのが報告制度である。締約国がガイドラインにそって報告書を提出、委員がその報告書を分担して検討し、国別の担当委員はその国のNGO等から情報を収集して検討した問題点に基づいて政府代表者に対して質問し、政府代表者が回答する形で本審査が行われる。大体2会合6時間ぐらいで行われ、委員会として結論を出し勧告を行う。こういった委員会としての組織的勧告・評価が定式化されるようになったのは1992年からで、比較的新しい慣行である。委員会からの勧告には法的拘束力はないが、委員会の組織的意見として明らかにされる。また不十分だと判断した場合に、委員会は政府に追加報告を要請する。
2)個人通報制度
 36ケ国が受諾しているに過ぎないので件数は多くないが、今まで12ケ国につき35件が終結している(非許容18件、検討中止9件、本案8件のうち違反認定6件)。
 内容は条約3条違反(スイス、カナダ、スウェーデン)で5件、当事国とは異なる難民性の判断を行い違反と認定。
 条約12条違反(オーストリア)、これは通報者が麻薬の件で取調中に暴行を受けたというもの。通報者が国内で申し立てたのが1988年12月で、手続き開始が1990年3月で、結果的には暴行は立証されなかった。委員会としては事実認定に関してオーストリア当局の判断を認めたが、刑事手続きが開始されるまでに1年3ケ月かかっていることを不合理な遅延であり12条違反と認定している。個人通報制度に関しては、認知度が少ないこともあって申し立て件数が少ない。むしろ民主主義のレベルの高い国ほど申し立てがあるという状況になっている。
3)調査制度(20条)
 これこそ条約の成立経緯からすれば最も強力に推進すべきシステムである。確かに委員会としては最も時間をかけてやっているが、20条5項にあるように非公開が原則であり、調査対象国名、件数も含め実態は明らかではない。こういった国連の実施措置の場合、国際世論がその国にいかに圧力を与えることができるかが生命線である。非公開原則が20条の実効性をかなり阻害するものとなっている。ただし5項に基づき手続きの結果の要旨が公表できることになっている。エジプトの場合、結局現地調査ができず、委員会としては書面調査や、NGOからのヒアリングぐらいで調査を終えてしまった。条約の生命線である組織的拷問についての調査が不十分な形でしか行われないというのが現状ではないか。
4、条約と国内法
 条約の批准にあたっては国内法との整合性が問われる。日本においては実態として拷問が存在する、というのは国際的には条約を批准しない理由にはできない。
1)拷問の定義
 刑法第195条の特別公務員暴行凌虐罪が主要な関連法令。それ以外は通常の傷害罪、暴行罪。刑法第195条は裁判所、検察、警察の職務の対象となる者と法令による被拘禁者に保護対象を限定。精神病院の医師・看護士、学校の教師には適用されない。拷問等禁止条約では被拘禁者以外も保護対象となっている。日本の場合傷害罪、暴行罪を適用することはできるが処罰の程度が違ってくる。また条約では精神的拷問という概念を採用しているが、刑法195条においての凌虐がそれに当たれば解釈上は対応できるが、実際に精神的拷問だということで処罰された例はないし、それを犯罪類型として取り込んで行こうとしているかというと疑問である。精神的拷問をカバーするような法改正が必要だろう。肉体的拷問だけではなく薬物を使っての人格破壊とか精神的能力を減少させることも拷問だと判断していく必要がある。
 公務員の「同意又は黙認」が現行法で実際に処罰されるか。黙認を不作為による共犯として扱うことは法的には可能かもしれないが、今の警察ではお互いにかばったりするわけで、その中で「同意があった、黙認した」などの立証は現行法のもとでは難しいのではないか。
2)ノン・ルフールマン原則(第3条)
 日本も難民条約第33条、自由権規約第7条によってこの原則に既に拘束されている。しかし、逃亡犯罪人引渡法の引き渡し制限事由にはこの原則は明示されておらず、実際に人権無視の判断もなされており(張振海事件など)、法律の整備が必要。難民認定に関しても本人の立証責任に重点を置いており、一般的な人権侵害の状況を考慮するというレベルに至っていない。そういった現行法の運用も条約3条との関連で改める必要がある。
3)普遍的管轄権(第5、7条)
 刑法第4条の2「条約による国外犯」の規定により対応可能。日本が外交官に対するテロ防止条約などを批准したときの規定である。
5、選択議定書の起草(現在第2読会)
 ヨーロッパ拷問等防止条約においては、定期的、または必要に応じて情報が入った場合、その国のすべての拘禁施設を訪問、査察することができる。現在28ケ国のヨーロッパ諸国がこの条約に入っている。この条約において締約国はすべての拘禁場所への委員会の訪問権を包括的に認めることになっている。原則として委員会が訪問したいという拘禁場所について拒否することはできない。現在定期的査察は一巡し、不定期な訪問ではトルコ等に行っている。また改善されたかどうかのフォローアップの訪問もなされている。  これは非常に効果的な方法だということで、国連でも導入しようとする方向性が出てきた。1980年にコスタリカが提案したが、時期尚早ということでペンディングされ、1992年から改めて審議に入っている。去年の段階で第1読会が終わり、今年第2読会に入っており、20世紀中には成立するかもしれない。
 この選択議定書(すべての拘禁場所への無条件の査察制度)成立に反対しているのが、中国、キューバ、メキシコ、ナイジェリアである。みな人権状況に問題がある国である。日本もこの制度に極度に消極的である。条約成立に向けたワーキンググループの審議が1年に1度だけでなかなか進まないので2回にしようという意見が出されているが、日本はそれに反対している。なぜ日本がそういった態度をとっているのか。代用監獄の問題があるからなのかわからないが、注意して見守る必要があるだろう。