広島拘置所房内姿勢規制懲罰事件

胡 田  敢(広島弁護士会)
田 上  剛(広島弁護士会)


一 事件の概要
 平成5年10月に、脅迫、傷害の被疑事実で逮捕・勾留されたY氏は、従前より左股関節機能全廃の障害を有し、勾留当初から微熱が続く状況であった。Y氏は、広島拘置所に移監された後の同年12月10日、上記身体障害と病状のため、居房内で座位で壁にもたれる姿勢をとっていたところ、巡回中の職員から上記姿勢を咎められたのに対し弁明した。ところが、上記弁明が「抗弁」として、懲罰委員会にかけられ、軽屏禁10日間に処せられた。
 本件訴訟は、上記懲罰の違法性を主張し、上記懲罰によるY氏の肉体的・精神的苦痛の慰謝料として、金100万円の国家賠償を請求した事件である。
二 裁判の争点
 本件訴訟の争点は、@未決拘禁者の姿勢の強制を定めた「未決被収容者の心得」(以下「心得」という)の違憲性・違法性、A係官の注意の違法性(「心得」違反の姿勢の不存在、上記身体障害等の理由により姿勢の正当性)、B「抗弁」自体の存否、という三点である。
三 第一審判決(以下「本件判決」という)の内容
(1)本件判決は、上記@の点について、未決拘禁の目的を逃走又は罪証隠滅の防止、及び施設内における秩序維持に求めた上で、「右の目的に照らし、必要な限度において、被拘禁者のその他の自由に対し、合理的制限を加えることもやむをえない」とし、合理的制限か否かの判定は、「制限の必要性の程度と制限される基本的人権の内容、これに加えられる具体的制限の態様との較量の上に立って決せられるべき」であると断定する。そして、本件の場合について、「(Y氏の)『抗弁』をそのまま放置しておくことは、拘置所内の秩序を維持する上で相当でないから、これを全面的に禁止する必要があり、この意味で未決拘禁者の言動の自由に対する右制限には合理性があるといえる」とし、また姿勢の強制を定めている点に関しても「右制約を科すことによって、巡回中の拘置所の職員は、居室内において、自殺・自傷を試みている被拘禁者に多く見受けられる不自然な行動を容易に発見することができ、被拘禁者の自殺・自傷を未然に防止するためには必要かつ合理的な制限であると認められる」とする。

(2)また、上記Aの点については、「心得」違反の姿勢(布団にもたれかかる姿勢)が存在したことを認めた上で、係官の注意は適法であるとし、さらに、上記Bについては、「(Y氏が、「心得」違反の姿勢のまま、)『言うとるわい、聞いてみいや、聞きゃーわかるじゃろう。』等述べた」という事実を認定し、「抗弁」自体の存在を認めた。
四 本件判決の評価と今後について
(1)本件判決は、「心得」の違憲性・違法性について、上記に指摘したような合憲性判定基準(昭和45年9月16日最高裁判決)を採用した上で、上記基準を適用して合憲であるとの結論を出している。そして、前述の判決文を引用の通り、本件判決は、拘置所内での秩序維持という極めて抽象的な利益や、被拘禁者の自殺・自傷を未然に防止するという、姿勢の強制との関連性自体に疑義があるような利益を強調して、「心得」による姿勢の強制が必要かつ合理的な制限であると断定する。
 しかし、本件判決における上記基準のあてはめの方法には、問題があると言わざるを得ない。すなわち、そもそも上記基準は、制限の必要性の程度・制限の態様と制限される基本的人権の内容とを較量するものであるが、本件判決は姿勢の強制の必要性の面からの考察しかされていない。また、制限の必要性について、職員が自殺・自傷を試みている不自然な行為を発見し易いことから、被拘禁者の自殺・自傷を未然に防止しうるという点を指摘するが、それは、換言すれば、同じ場所で同じ方向で同じ姿勢で座らせておけば職員が巡回中に便宜であるというのにすぎない。未決拘禁の目的はあくまでも逃走又は罪証隠滅の防止にあるのであり、すでに拘置所に拘禁されている以上、上記目的は十分に果たされている(それは調査嘱託で改めて明らかになった警察の代用監獄や入国管理局の施設内で何らの姿勢の強制がなされていないことからも明らかである)。しかも、拘置所内での姿勢の強制は、憲法のみならず国際人権規約にも違反する旨の主張もしているが、それに対する判断・評価もなされていないのである。

(2)現在、本件事件について、平成9年1月7日、広島高等裁判所に控訴し、近日中に第1回口頭弁論が開かれる予定である。